『知世ちゃんお誕生日記念話』


キャスト
ゴルゴ13:国籍、年齢、本名、その他一切不明
依頼人(クライアント):大道寺知世
標的(ターゲット):ひがし某

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コミックマーケット。
日本、いや世界最大の規模をほこるマンガ、アニメ関連イベントの名称である。
1975年に始まりこれまで30年以上の歴史を誇っている。
本来は同人誌即売会であったこのイベントであるが、その年月のうちに様々なものを取り入れていき、今では一言では表現できぬ複雑な性質を持ったものと化した。
その規模も増加の一方をたどり、今では1日の参加者数が20万人にも達しようかという勢いである。
これほどに巨大なイベントは2019年現在、他の分野を見回してもあるものではない。
しかし、その巨大さゆえに様々な問題を引き起こしているのもまた事実である――


ゴルゴ13 第1401話

『真夏の狂宴』



PART1 夏のイベント

「……今年も夏のコミックマーケットの季節が近づいてまいりました……」
「ほうか。もうそんな季節か。いや〜〜今年はどうなるんやいろうなあ。オリンピックのおかげでえらいことになりそうやが」
「ケロちゃん、何のニュースを見てるの。コミケ? なに、それ」
「なんや、さくら。コミケも知らんのか」
「知らないよ。なんなの?」
「コミケっちゅうのはな。まあ、一言でいえばマンガのお祭りや。マンガのファンが年2回、夏と冬に集まって大騒ぎするっちゅうイベントやな」
「へえ〜〜、マンガのイベントか〜〜。面白そうだね。わたしも行ってみようかな」
「と、考えるのが素人の浅はかさやなあ」
「なによ、それ」
「コミケはな。まあ、たしかにえらいイベントではあるんや。そやけどな。それゆえにこれまたえらい数の人が集まるんや。もう半端やない。入場規制中のディズニーランドの8倍の混雑度っちゅう報告もあるくらいや」
「ディズニーランドの8倍っ? そんなにすごいの?」
「そりゃあ、もうこの世の地獄ちゅうくらいなもんらしいで。特に夏は暑さのほうも半端ないらしい。毎年何人も熱中症でぶっ倒れてるっちゅう話や」
「ふ〜〜ん。でも、みんなそれでも行ってるんだよね」
「そやな。まあ、その筋のもんにはこたえられイベントちゅうのもまた事実や。天国と地獄、一緒くたっちゅうところかのう」
「ふ〜〜ん。なんかすごいイベントなんだね」

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PART2 少女の依頼
―――20XX年8月01日 23:30 東京都某所―――

東京都港南区有明公園 。
東京都りんかい地区開発計画によってビッグサイトなどの展示会場とともに設置されたこの公園。
日中はまばらながらも人通りもあるが、さすがにこの時間帯には人はいない。
しかし、人影のないはずの公園に今日は1つの影が立ち尽くしていた。

「そろそろ時間ですわね。しかし、時間には厳しいはずのあの方がまだいらっしゃっていないのは」

影はまだ年端のいかぬ少女のものだ。
こんな時間に一人で公園にいるのは不自然ではあるが、この少女はそれを思わせぬ何かを纏っているかのように見える。
まるで、何かの固い決意を秘めているかのような。
時間を気にしているようだ。
何度も時間を確認するかのように腕時計を見直している。
少女が何度目かに時計を見直したその時、ふいに背後から声がかかった。

「時間通りだな」
「!?」

愕然と振り返った少女の目に入ったのは一人の男である。
均整のとれた見事な体躯に短く刈り込んだ頭髪が印象的な男だ。
しかし、なによりも印象に残るのはその男の目であろう。
カミソリのように鋭く光るその瞳。
その目でこれまで何を見てきたのか、そう問わざるをえない、いやその問いを明確に拒否することを宣言する瞳である。

「み、ミスター!? いつからいらっしゃったのですか」
「要件を聞こうか」

男は少女の問いを無視して話を始めた。
一瞬、驚愕の表情を浮かべた少女だったが、すぐに理解したかのように落ち着きを取り戻した。
この男のルールを思い出したのである。
依頼者の素性、安全を確認してから交渉を始める。
それがこの男のルールだ。

「まずはこちらをご覧ください」

少女は手にしたカバンからゆっくりと荷物を取り出した。
必要以上にゆっくりとした動作なのはこれもこの男のルールに従った結果だ。
少女が男に差し出したのは一冊の本であった。
大きさはそれなりにある。週間少年誌とほぼ同じサイズだ。
しかし、その厚さは非常に薄い。数ミリしかない。
それにしては表紙はフルカラーでかなり豪華な印刷となっている。
商業ベースでは採算がとれるとは思えぬ造りである。

手渡された本を男はパラパラとめくって内容を確認した。
中身はマンガだ。
そう、いわゆる同人誌といわれる冊子である。
同好の士が個人で作成し、イベントや専門のショップで販売するものだ。
最近ではそれほど珍しいものではない。

だが、男が手にしたその本の内容は愚劣としかいいようのないものであった。
いたいけな少女が陵辱される、いわゆる男性向け創作に分類されるものだ。
男性向け創作とは聞き覚えのいい言葉であるが、要するにエロである。
その中でもこれは特に酷い内容のものであったろう。
ストーリーもへったくれもない。
ただエロシーンの羅列が続くだけのものだ。
俗に言うやるだけ本である。

「わたしのさくらちゃんにこのような酷いことを……許せませんわ!」

少女が憤っているのは題材にされた作品のキャラクターが問題であるらしい。
これもこの業界では珍しくない光景だ。
自分の愛するキャラクターを汚されることへの嫌悪感を表す者はかなりの数に上がる。
憤る少女を無視し、本の内容を確認し終えてから男は言った。

「だが、これもお前達ならではの愛情表現というやつではなかったのか」

男の言うこともまたこの業界ではよく言われてきたことだ。
キャラを愛し、愛が暴走した結果このような表現に行き着く。
全てはキャラへの愛ゆえ、そう主張する者もまた多くいる。
だが、少女は切り捨てるかのような言葉でそれを否定した。

「いいえ! この男にキャラへの愛などありませんわ! この男がやってるのは流行のジャンルに便乗して人気のある、売れるジャンルでエロを書いて小銭を儲ける、ただそれだけですわ!」

これもまた、この業界で度々指摘されてきたことだ。
そもそも同人誌とは作品、キャラへの愛を表現するためのもの。
作品を愛する、キャラクターを愛するがゆえに本を作成し、その作品への想いを表現する。
それが本来の同人誌だったはずだ。
しかし、同人誌市場の拡大に伴い、その販売による利益も当初とは比較にならぬほどに大きなものとなった。
そのため、作品への愛など関係なく、金銭目的のみでただ売れ筋のジャンルで売れそうな本を濫造する、いわゆる同人ゴロと言われる手合いが存在するのもまた事実である。

「それをよりによってさくらちゃんに……絶対に許せませんわ!」

少女の声には紛れもない怒りが込められていた。
よほどにその作品、キャラクターを愛しているらしい。
そんな少女の怒りに男は何の反応も見せなかった。
男にはどうでもよいことだったのであろう。
現実しか見ないこの男の目には創作の世界の出来事など入り込む余地はないのだ。
あるいは、お前がそれを言うかという揶揄の気持ちも若干はあったのかもしれない。
だが、男が口に出したのは別のことである。

「つまり、この本の作者が今回のターゲットというわけか」
「はい。この許されざる男に貴方の手で然るべき報いを!」
「わかった。報酬の振込みを確認次第、仕事にかかろう」
「いえ、ミスター。この依頼には条件があるのです」
「条件?」
「はい。罰を与えるには罰にふさわしき場所が必要です。この男が罰せられるにふさわしき場所……それはコミケ会場です! 来週の夏コミにこの男もサークル参加することは確認しています。この汚らわしい本とともにこの男を葬ってほしい、それが今回の依頼内容です」
「コミケ会場でか。難しいな。コミケには30cmを超える長物の持ち込みは禁止だ。それに狙撃ポイントの確保も難しい」
「無茶なお願いなのは承知してます。ですが、ミスター! 貴方ならば!」
「まあいい。なんとかしてみよう。条件はそれだけか」
「申し訳ありませんが、あともう一つ……」

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PART3 真夏の狂宴
―――20XX年8月12日 11:30 コミックマーケット96 4日目 ビッグサイト南ホール―――

「500円になります。はい、ありがとうございました〜〜」
「いやあ、ひがしさん、今回もよく売れてますね。今回のネタはカー〇キャプターさ〇らですか。アニメの第二期も待ち遠しいところでいいネタになりますよね」
「やだなあ、ネタだなんて。ぼかぁ、さくらちゃんを愛してますから。これも愛があるがゆえですよ。ははは」
「さすがはひがしさん。そこらへんの同人ゴロとは違いますね」
「はは、当然ですよ。これでも年季が入ってますから」

人気ジャンルに媚びた本ではない、作品への愛ゆえだと主張する男。
これもこのジャンルではよく見られる光景だ。
キャラクターへの愛があるから。全ては愛ゆえに。
しかし、男の下卑た表情はその言葉が嘘であることを明確に告げていた。

(けっ、なにがキャラへの愛だ。こんなの売れりゃあいいんだよ。売れ線のジャンルで本を出せばバカどもがいくらでも買ってくれる。艦〇れ、Fa〇eとよく売れたぜ。さ〜〜て、次は何にするかな。やっぱり駆逐艦は最高だぜ。ひゃっはぁ!)

まさに同人ゴロのきわみである。
しかし、それを規制する法も術も現在はない。
表現の自由の大義名分のもと、どのような本の販売も自由だ。
これも現在のコミケのかかえる問題の一つではあろう。

しかし、今この時点に限っていえばそれよりもはるかに大きな問題があった。
夏コミ。
夏。
すなわち、このコミケ会場に充満する強烈な熱気である。
夏コミ最大の課題は熱中症対策だ。
カタログでも毎回、厳重な注意がされているが、それでも熱中症で倒れる者は後をたたない。
夏の暑さに加えて、会場に集まった群衆の発する熱気を考えれば無理のないことである。
男もこの暑さにはまいっているようだ。
アニメキャラのプリントされた団扇でしきりに顔を仰いでいるが、滝のように流れ出る汗はどうしようもない。

「それにしても熱いなあ〜〜。ったく。何度くらいあるんだ?」
「うわ、33℃を超えてますよ。すごい暑さですね」
「今回は天気がいいからなあ。っていうか天気よすぎ。今回は熱中症で倒れるやつが多そうだなあ」
「本当にそうですね。もう少し雲が出てくれるといいんですけど」
「まったく。毎度のこととはいえ、やってはいれない……」

ひゅっ

「あつさだ……ぜ……あ? あ……」
「あれ、どうしましたひがしさん。ひがしさん?」
「…………」
「ひがしさん? いけない。意識を失ってる。熱中症か? すいませ〜〜ん、準備会の人〜〜」

………………………………
……………………
…………

「また熱中症で誰か倒れたらしいな」
「サークルの人みたいだね。サークルの人でも熱中症になっちゃうんだ」
「まあ、この暑さじゃあね。日差しは防げても暑さはどうにもならないし」
「そうかあ。それにしても、さっきそこで見たコスプレの人、すごいカッコよかったなあ」
「なんのコスプレ?」
「なんのキャラかはわからなかったんだけどね。まあ、なんていうかコスプレよりも本人がすごいカッコよかったんだよ」
「へえ〜〜」
「なんかこう、すごくビシッときまっているっていうか。まさにホンモノ! って感じ。あれはすごかったなあ」
「ふ〜〜ん。それはおれも見たかったな」
「でも、腰につけてたピストルだけはダサかったけどね。なんかもろ、オモチャって感じで。あれさえなければ完璧だったんだけどな。いったい、なんのキャラだったんだろう」

会話に興ずる男達は知らない。
件の男のコスプレがいかなる作品のキャラでもない、完全なオリジナルなものであることを。
ある一人の少女がその男のために、この瞬間のためだけに手作りしたものであることを。
そして、その腰につけたオモチャにしか見えないピストルの銃口から上がる硝煙が本物であることも。
そのピストルから発射された極細の銃弾が、サークルで倒れた男の耳孔を貫き、外傷なき死を与えたことも――

男は混雑した会場で巧みに人を避けながら何事もなかったかのように出口へと向かう。
創作と架空のものしか存在しない、日常空間から断絶された異世界、コミケ会場。
この世のあらゆる国、組織、ルールから切り離された実体なきこの男には、ある意味でこの上なくふさわしい居場所であったのかもしれない……

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PART4 夏休みの感想

「……以上、コミケ会場からお伝えしました」
「おーおー、いつもながらご苦労なことや」
「それって、この前言ってたコミケってやつ?」
「そうや。今日やっとったんやがな。今年は天気が良すぎたからなあ。熱中症で倒れたやつがぎょーさん出たらしいで。病院送りになったやつもおるらしい」
「ふ〜〜ん。大変なんだね。でも、そうまでして行かなきゃいけないものなのかなあ」
「そりゃあ、さくら。考えてみいや。会場で小僧の等身大人形が売っとったらどうする?」
「うっ、それは。行きたくなるかも」
「そやろ? そういうマニアのコレクター心をくすぐるものがぎょーさん出るのはコミケなんや。そこで倒れても我が人生に一片の悔いなし! それがマニアっちゅーもんなんや」
「ふ〜〜ん」

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PART5 少女からの依頼 追加事項

「事件のあった証拠を全く残さない、事件性を完全に隠ぺいしてほしいのです。殺人事件があったとなれば警察が介入します。そのようなことになってはコミケの存続自体が危ういものになりかねません」
「…………」
「コミケはみんなの夢。それをわたし一人のわがままで妨害することは許されません。狙撃のあった証拠も、痕跡もまったく残さずにあの男を始末してほしいのです」
「…………」
「貴方の過去の仕事にはそのような事例もあったと伺っています。無理を言っているのは承知の上ですが、お願いできないでしょうか」
「…………。用意してもらいたいものがいくつかあるな。手配できるか」
「も、もちろんですわ! あぁ、ありがとうございますゴル……いえ、ミスター・デューク東郷!」

………………………
………………
………

夏コミと冬コミ、どちらが危険かと言えばそれは断然夏コミであろう。
冬コミで問題になるのは当然、気温の低さであるが所詮は東京。
どれほど気温が下がったとしても人命に関わるようなレベルにはならない。
それに対して夏の熱中症は日本全国、場所を問わずに人命を危機に晒す。
コミケ会場に限らず毎年、あらゆる地域で何人もの犠牲者が報告されている。
ましてや人が異常なほどに過密するコミケ会場においてその危険性がどれほどのものかは言うまでもあるまい。
毎回、何人も倒れていることが報告されている。
中には重篤な症状に陥った者も若干あるとの報告もある。
2020年に開催されるコミックマーケット98は同年開催される東京オリンピックとの兼ね合いから、通常の8月ではなく5月に開催されることが決定している。
さすがに5月では熱中症の心配はないだろう。
2020年は、コミケが熱中症の驚異から解放される、唯一の年となるかもしれない……

END(2019年作品)

Extra Track


夏コミは暑かったです。
今年は天気がいいというか、よすぎてとても熱い1日でした。
今回は熱中症で倒れた人も多かったのではないでしょうか。
参加した方、ご苦労様でした。

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