『ドキドキの理由・中篇』



「なあ、さくら。今日、学校で何かあったのか」
「ほえ? なんにもなかったけど。なんでそう思うの?」
「いや、さっきからずっと難しい顔してなにか考えてるみたいだったから。また、何か起きたのかと思ったんだが」
「ななな、なんにもなかったよ! ホントだよ!」
「そうか。ならいい」

さくらのうろたえぶりは、あきらかに何かあったことを示していたが、小狼はそれ以上深く追求しなかった。
今日は1日、おかしな気配は感じていない。
ということは何かあったとしてもそれは魔力絡みの話しではないということだ。
これは例によって、また山崎か柳沢にロクでもないことを吹き込まれたんじゃないか。
だったら、そう深く追求する必要もないだろう。
そう判断したのだ。
小狼のこの判断は正しい。
ただ、いかに明敏な彼の頭脳をもってしても、その“ロクでもないこと”が自分に関係することとまではわからなかったのだが。

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(最近のわたし、ちょっと変だよ・・・・・・小狼くんといっしょにいると・・・・・・)

さくらは考えている。
最近の自分はちょっとおかしい。
小狼といっしょにいると、時々、わけのわからない感情がこみ上げてくることがある。

「オレたちを狙ってるぞ! 気をつけろ!」

謎の気配との闘いの最中、声をかけられた時。

「よくがんばったな」

闘いが終わってねぎらいの言葉をもらえた時。

頬がかぁぁぁ〜〜〜っと熱くなる時がある。
心臓がドキッっと跳ね上がる時がある。
最初、それはごく小さなものでしかなかった。
でも、小狼といっしょの時を過ごすうちに、それは少しずつ、少しずつ、大きくなっていった。
さくらがそれを強く意識しだしたのは、あの事件の後だ。
テディベア展を見に行ったあの日。
電気の消えたエレベーターの中で、暗い穴に落とされた時のこと。
『浮』のカードで浮かび上がった自分を小狼は

「よかった・・・・・・」

そう言って抱きしめてくれた。
あの時のあたたかさは今でもよく憶えている。
あの日から自分は小狼のことを「小狼くん」、小狼は自分のことを「さくら」と呼ぶようになったのだ。
あれから何度、「小狼くん」と口にしただろう。
「小狼くん」と1回口に出す度にこの気持ちは大きくなっていく気がする。

この気持ちは雪兎にはにゃ〜〜んとなってる時の気持ちによく似ている。
似てはいるけど、どこか違う。
どこがどう違うのかうまく言えないけれど、違うということだけはハッキリわかる。
雪兎に感じるものとは違う気持ち。
また、観月先生に感じたあの気持ちとも違う。
それは、これまでさくらが感じたことのない、とっても不思議な気持ちだった。

そこで、さくらはさらに考える。
小狼から感じるドキドキは雪兎から感じるドキドキとは違う。
そして、自分は今、雪兎に恋をしている。
ということは、小狼に感じるこの気持ちは恋ではないということになる。
では、一体なんなのか?
それがさくらの悩みだった。

そんな時に聞かされたのが、さっきの「吊り橋効果」の話だったのである。
あの話が正しいのならば、小狼へ感じるドキドキの説明はついてしまう。
思い返してみれば、小狼といっしょにいるのはクロウ・カードを巡る事件だったり、謎の気配との闘いだったりと危ない状況の時が多い。

(危ないところで男の人に優しくされると、その人がとっても素敵に見える、かぁ・・・・・・)

今の自分と小狼の状態はそれにピッタリとあてはまってしまう。
それはつまり、小狼へ感じるドキドキはただのカン違いにすぎない、ということだ。

そしてそれが

(なんかイヤだな。この気持ちがただのカン違いだなんて。そんなのイヤだな)

という別の悩みに変わって、今、さくらに難しい顔をさせているのである。

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さくらはそっと視線を横を歩く小狼の顔へと向ける。
凛とした瞳。
キリッとした眉。
高い鼻梁に、形のよい唇。
とてもカッコよく見える。
同級生の男の子たちの中にも、こんなにカッコいい子はいない。

(小狼くん、とってもカッコよく見えるんだけど。これも『吊り橋効果』ってやつのせいなの?)

今は下校途中でそんなに危ない状況にいるわけではない。
だったら、今カッコよく見えるのは本当に小狼がカッコいいからで、吊り橋効果のせいではないのでは? という思いもある。
だけど、これまで何度か下校途中にクロウの気配に襲われたという記憶もある。
ひょっとしたら、自分は無意識のうちにそれを警戒しているのかもしれない。
つまり、今を危険な状態と考えているのかもしれない。
だとしたら、カッコよく見えるのは吊り橋効果のせいなのか?
でも、まだ襲われたわけではない。
やっぱり、今はまだ安全なのでは?
安全なのにカッコよく見えるということは吊り橋効果とは関係ないのでは?
でも、やっぱり警戒しているのかも。
いや、そんなことはない。
でも、でも・・・・・・

(あぁ〜〜、もうわけがわからないよ。わたし、小狼くんのことをどう思ってるの? カッコよく見えるのはクロウさんのこと警戒してるせいなの? クロウさんのこと・・・・・・)

さくらがそう考えたまさにその瞬間。

「!? この気配は?」
「クロウさんの気配!」

ジャストタイミングと言うべきなのか。
二人の魔力の感触にクロウの気配が触れてきたのだ。
小狼が目を閉じて気配の方向を探る仕草を見せる。
が、それも一瞬のこと。
数瞬の精神集中で方向を特定できたのか、目を開くやいなや公園の方へと走り出していた。

「こっちだ!」
「あ、待ってよ小狼くん!」

あわててさくらも小狼の後を追って走り出す。
夕暮れの友枝町を駆ける少年と少女。
先を走る小狼の後姿を見ながらさくらは考えていた。

(やっぱり小狼くんはカッコいいよ。これは吊り橋効果のせいなんかじゃないよ・・・・・・)

と。

NEXT・・・・・・


続きます。

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