『ドキドキの理由・後編』



「・・・・・・ん・・・・・・ここは?」

ここは・・・・・・どこ? ベッドの・・・・・・上?

目を覚ましたさくらは、自分が見慣れない部屋で寝ていることに気がついた。
見慣れた自分の部屋ではない。
知世の家とも違う。
さくらの記憶にはない部屋だ。
どうやら、どこかのマンションらしい。
窓から見える風景からするとかなり高い階のようだ。
キレイに片付けられた部屋である。
大きな本棚にはギッシリと難しそうな本が並べられている。
英語、中国語、その他見たことのない文字と不思議な紋様で彩られた本だ。
カード達が封印されていた魔法の本にどこか雰囲気が似ているような気がする。
魔法の本が置いてある部屋?
それってひょっとして・・・・・・

「ここってひょっとして、小狼くんのお部屋?」

そう思って部屋を見回すと、本棚の横に勉強机が、さらにその上には男の子用のランドセルも置いてあるのを見つけた。

「やっぱり! ここ、小狼くんのお部屋だ」

それに気がついた時、さくらは今日の出来事を思い出した。
小狼と一緒に学校から帰る途中でクロウの気配に襲われたのだ。
今回襲ってきたのは龍の形をした炎の塊り。
それに対抗するため、『矢(アロー)』、『雨(レイン)』、『雲(クラウド)』の3枚のカードをさくらカードに変えた。
そこで眠くなって倒れてしまったのだ。
眠ってしまったさくらを小狼が自分の部屋まで運んできてくれたらしい。

「ふ〜〜ん、ここが小狼くんのお部屋かぁ〜〜。キレイに片付いてるな〜〜」

これまで何度かこのマンションに来たことがあるが、小狼の部屋まで入ったことはない。
ここが小狼の部屋ということは、今自分が寝ているベッドは当然、小狼のベッドということになる。

(小狼くんのベッド・・・・・・。小狼くんのにおいがするよ。なんだか不思議な感じ。まるで、小狼くんに包まれてるみたい)

こうしてシーツにくるまっていると、小狼がそばにいてくれる。
小狼が自分を守ってくれる。
そんな気がしてくる。
とっても不思議な感じだけどイヤな感じではない。
いや、むしろ気持ちがいいくらいだ。

(小狼くん、今日もわたしを守ってくれた・・・・・・。小狼くんはわたしのことを守ってくれる。いつも。いつでも・・・・・・)

そんなふうに、さくらがウットリしながら小狼のことを想っていたら

「さくら。目が覚めたのか」

小狼が部屋に入ってきた。
湯気の立つカップの乗せたお盆を両手で支えている。

「あ、小狼くん」
「もう起きて大丈夫なのか。無理しないで寝てていいんだぞ」
「ううん、もう大丈夫だよ。それにしても、小狼くん。ここって、小狼くんのお部屋だよね。小狼くんが運んでくれたの」
「あぁ。お前の家よりここの方が近かったからな。元気がでるまで休んでいるといい」
「え、でも。小狼くんにそんなに迷惑かけていられないよ」
「バカ。オレのことより自分の身体を心配しろ。今日はカードを3枚も変えたんだ。体に相当な無理がかかってる。もうしばらく休んでいけ」
「うん・・・・・・」

小狼に諭されてさくらは弱々しい返事を返す。
その声は大丈夫というにはほど遠いものであったが、それでも一応は無事なことが確認できてホッとしたのか。
小狼の頬がわずかにほころぶ。
その笑みに、さくらは胸のどこかが波打つのを感じた。

転校してきた時はいつもムッとした顔をして笑った顔など見せてくれない男の子だった。
それは今でも大して変わらないけど、最近は時々、ほんのちょっぴりだけど笑顔を見せてくれることがある。
いつもの小狼からは想像できない、とても穏やかな笑顔だ。
さくらはこの小狼の笑顔を見るのが好きだった。
あんなに怖かった李くんが、今はこんなにやさしくしてくれる。
それが嬉しい。
今もこうしてさくらのための飲み物まで用意してくれている。
初めて会った四年生の時には思いもよらなかったことだ。

(あの李くんと、今はこんなに仲良しになれたよ。えへへ・・・・・・)

物思いに耽るさくらの前で、小狼はカップの中身をマドラーでかちゃかちゃと掻き回していたが、やがて

「ほら、これ」

とさくらの方にカップを差し出してきた。
カップからは湯気とともに甘そうな匂いがしてくる。

「これって、はちみつミルク?」
「そうだ。大道寺がよく『さくらちゃんにははちみつミルクが一番ですわ!』って言ってたのを思い出してな。力がつくぞ」
「本当に・・・・・・いつもいつもありがとう、小狼くん!(ニコッ)」
「(かぁ〜〜〜っ)こ、零さないように気をつけろよ」

小狼から受け取ったコップを口に運んで中身を口に含む。

こくっ

あまい。

(あまい・・・・・・)

とっても甘い。それに温かい。

こくっ、こくっ

さらにもう一口、二口と飲み込んでいく。
温かいはちみつミルクが体に染み渡っていく。
一口飲むごとに体が温まり、力が蘇ってくるかのようだ。
体と一緒に心まで温かくなってくる。

(甘くておいしい。それに、とってもやさしい味。このはちみつミルク、小狼くんみたいだね。飲んでるだけで落ち着いてくるよ。落ち着いて・・・・・・ん?)

「あ!!」

そこで、さくらはあることに気がついた。

「どうした、さくら。急に大声だして。何か思い出したのか」
「思い出したっていうか。そ、その〜〜」
「言いにくいことなのか。それなら無理して言うことはないぞ」
「ううん! 違うの。えっとね。あのね。一つ聞いてもいいかな」
「なんだ」
「今のわたしって、安全・・・・・・だよね?」
「はぁ?」

さくらが思い出したこと。
それは、学校で奈緒子に聞いた『吊り橋効果』のことだ。
奈緒子の話では、危ないところで男の人に優しくされるとドキドキしてしまう、ということだった。
クロウの気配はさっき撃退した。
これまでの経験では、クロウの気配は1度撃退するとしばらくは襲ってこない。
ならば、今はかなり安全な状態のはずだ。

それならば。

安全な今でも小狼にドキドキするのであれば。
それは『吊り橋効果』のせいではないということになる。

「それはどういう意味だ? なにかおかしなものを感じているのか」
「そ、そういうわけじゃないんだけど。ね、教えて! わたしって今、安全なの?」
「? 何を気にしてるのかわからないけど、まあ、安全だろうな」
「ホントに? ホントに安全なの?」
「あぁ。このマンションの周りには強力な結界が張ってある。クロウの気配もそうは手を出せない。ここにいる限りは安全だ」
「そっかぁ。わたし今、安全なんだぁ・・・・・・」

危険なことはなにもない。
安全な状態にある。
心も落ち着いてきた。
つまり、今は奈緒子の言う『吊り橋効果』には当てはまらない。

さくらはちょろっと上目遣いに小狼の顔を見つめる。
凛とした瞳。
キリッとした眉。
高い鼻梁に、形のよい唇。
さっきと変わらない。
とてもカッコよく見える。
いや、闘いの緊張が解けて穏やかな顔をしているせいか。
さっきよりもずっと優しく、ずっと素敵に見える―――

見ているとドキドキしてくる。
胸の奥がきゅ〜〜っとしてくる。

(やっぱり違うよ! これは吊り橋効果のせいなんかじゃないよ! 小狼くん、とってもカッコいいよ! 小狼くんといるとドキドキするよ! やっぱり、小狼くんは特別なんだよ!)

小狼くんへのドキドキは吊り橋効果のせいなんかじゃない。
それが確認できてとても嬉しい。
なんでかわからないけど、とっても嬉しい。

「えへへへ・・・・・・」
「なんなんだ、お前。さっきからヘンなこと言ったり、ヘンな顔したりして。ちょっとおかしいぞ」
「いいでしょ、べつに。嬉しいことがあったんだから」
「嬉しいこと? なんだよ、それ」
「えへへ。秘密だよ」
「? まったく。なんのことやら」

小狼が自分にとって“特別な相手”であることがわかってご満悦のさくら。

だけど、さくらが『特別』の本当の意味を知るには、あともう少しの時間と―――辛い別れの体験が必要である。

END


さくらオタオメ話でした。
全然誕生日に関係ありませんでしたけど。
この話の元ネタは、以前にブログで紹介した「アカギ ざわ・・ざわ・・ アンソロジー」。

「昭和40年―――『吊り橋効果』という言葉はまだ、無い―――」

だそうです。
CLAMPの怪作、「鷲巣様とゆかいな仲間たち」も載ってる「アカギ ざわ・・ざわ・・アンソロジー」。
竹書房 648円(税込み)。
みなさんも是非ともお読みください。
この先、CLAMP全作品集とかが発行されることになっても、「鷲巣様とゆかいな仲間たち」はぜったいに掲載されないと思いますので・・・・・・

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