『マリオネット・2』



その夢の内容はとりたてて珍しいものではない。
むしろ当たり前のものとすら言える。
夢に出てくるのはいつもの自分だ。
日常の生活が夢に反映される―――特におかしいところはない。
夢の中でおれはいつもと同じように昼は学校に通い、夜は李家当主としての責務にあけくれている。
昼のオレは優等留学生という仮面をかぶり教師にも同級生たちにも上々の評判を得ている。
夜のオレは彼らの想像もつかぬ怪異な深い闇の世界を相手にする。
いつも通りのオレだ。
なんらおかしいことはない。
もちろん、さくらを苛めることも忘れてはいない。
夢の中のオレも現実のオレと同じようにさくらを責め苛む。
ここは夢の中でも特にハッキリと印象に残っている箇所だ。
さくらに執着するオレの深層意識のあらわれだろうか。

「んむぅぅぅ・・・・・・」

『樹(ウッド)』の蔦に絡め捕られて宙吊りになったさくらの口から苦しげなうめき声が漏れる。
何度聞いてもけっして飽きることはない。
素敵な悲鳴だ。

「正直に答えろよ、さくら。今日一緒にいたあの男はなんだ」
「一緒にいた男の人・・・・・・ですか?」
「そうだ。今日の放課後、男と一緒に図書館にいたろう。あいつは誰だ。お前とどういう関係なんだ。あいつと何をしていたんだ」
「あ、あの人は図書委員の会長さんで図書委員の打ち合わせをしていただけです。なにも特別なことは・・・・・・かはっ!」

『樹(ウッド)』の締め付けをほんの少し強めただけでさくらの肺から全ての空気が絞り出された。
呼吸ができなくなったさくらは声を出すこともできずに陸にあげられた金魚のように口をパクパクさせる。
バカが。
そんなことはわかっている。
お前がオレ以外の男と特別な関係になるなんてできるはずないからな。
わかっていていちゃもんをつけてるんだよ。
お前を苛めるために。
だからお前はオレが求めることだけ口にしてればいいんだ。
いい加減に覚えろよ。頭の悪いやつだなあ。
そんなところも可愛いぞ、さくら。

「ウソをつくなよさくら。お前のような女がそんなはずないだろう。オレに隠れてあの男とつきあってる、そうなんだろ?」
「け、けっしてそんなことは・・・・・・あぐぅっ!」
「ん? よく聞こえなかったぞ。もう一度言ってくれないか。オレに隠れてあの男とつきあっていた。そうだな、さくら」
「そ、そうです・・・・・・。小狼様に隠れてあの人とつきあっていました・・・・・・」
「やはりそうか。オレを裏切って他の男とつきあうなんていい度胸をしてるじゃないか。当然、覚悟はできてるんだろうな」
「お許しください小狼様・・・・・・」
「まったく。お前はまだ理解してないのか。許すとか許さないとかは人間様にだけ与えられた権利だ。オモチャのお前にそんな権利はないんだよ」
「あぁ、そんな・・・・・・。小狼さまぁぁぁ・・・・・・」

捕えられ抵抗する術のをなくした哀れな小鳥をオレはぞんぶんに責めたてる。
これもいつものオレの姿だ。
おかしなところはない。
いつもと同じ生活をいつもと同じように続ける夢。
人が見る夢としても特におかしなところはないはずの夢。
それなのに。
この夢はなにかがおかしい。
どこかに違和感を感じる。
しかし、その元がなんなのかがわからない。
それがオレを苛立たせる。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

だが、最近になってようやく違和感の元がどこにあるのかがわかった。
違和感の元、それは夢に出てくるオレ自身だ。
より正確に言うと夢の中のオレの動きだ。
立つ、歩く、しゃがむ、座る、走る、寝る・・・・・・それら日常ありふれた動作の全てがどこかぎこちないのだ。
動きだけではない。
表情もぎこちない。
笑う、怒る、喜ぶ、落胆する、さまざまな表情を浮かべはするが、どこか不自然だ。
なによりもその瞳に何の輝きも感じられない。
魂が入っていないとでも言おうか。
ネットで見かけたバーチャルアイドルってやつに似ている。
いろいろな表情を浮かべはするけど、どこか作り物っぽさが抜けない。
あれと同じだ。
夢の中のオレはよく出来たお人形が人のふりをしている、そんな風に見えてしまうのだ。
オレは人ではない、それがこの夢の真意なのだろうか。
これがただの夢とはオレは考えていない。
夢の中に未来の暗示がこめられていることは魔道士の中では常識だ。
この夢にも何らかのメッセージがこめられていることは間違いない。
だが、それが読み取れない。
いったい、どんなメッセージなのか。

そこまで考えた時、ふいにオレはあることに気がついた。
なにかキラキラするものが夢の中のオレにまとわりついているのだ。
それは本当に些少なもので、よほどに注意深く見ないと気がつかないほどのものだけど、たしかに何か光るものがオレの手足に絡みついている。
手足だけじゃない。
顔にも首にも背にも体中のあらゆるところにキラキラ光るものが見える。
なんだ、これは?
心気を凝らして光るものに視点を集中する。
そこで見えてきた光るものの正体。それは―――
それは糸だった。
蜘蛛の糸よりも細い透明な糸だ。
その細い糸はオレの手といわず足といわずありとあらゆる箇所から上方に伸びている。
伸び行く先は天井を超えた遥か彼方の空のどこかだ。
オレが手足を動かすたびにその糸も動くように見えるがそうじゃない。
糸の動きに吊られてオレの手足が動いているんだ。
糸が震える度にオレは立ち、歩き、しゃべり、笑う。
細かい表情すら糸に支配されている。
これの意味するものは一つしかない。

人形、だ。

マリオネットに操られるあやつり人形だ。
夢の中のオレは正体不明のマリオネットの意のままに操られる滑稽なオモチャの人形なのだ。
強烈な怒気が吹き上がる。
これはいったい、どういうことだ!
オレが誰かのあやつり人形にすぎない、この夢はそう告げているのか。
全てを手にして完璧な人生を歩むこのオレが?
ありえない!
今のオレは世界最高の魔力をもっている。
たとえクロウ・リードであろうとも今のオレをあやつることは不可能だ。
オレを凌ぐ力の持ち主などこの世に存在しない!
そのオレをあやつる者がいるだと?
どこのどいつだ!
見極めてやる!

夢の中の視線を上空に向ける。
糸は雲を超えたさらに先まで伸びていてその果ては見えない。
意識を上空に集中してその先を追う。
追っても追ってもまだ果ては見えてこない。
さらに意識を集中して視点を上昇させる。
高い。
どこまで昇ったのか見当もつかない。
もう何千メートルも登っているはずだ。
物理的にはありえないこの高さも夢の中ならではのことか。
気が遠くなるほど意識を集中して辿った先にようやく何かが見えてきた。
見えてきたそれはこんなところにあるはずがないとも、予想通りともいえるもの。
糸をあやつる巨大な手だ。
とてつもなく大きい。
どれほどのサイズがあるのかすぐには理解できない、それほどに巨大だ。
これも物理的な大きさではあるまい。
おそらく、この手の持ち主の力をオレが視覚的に大きさとしてとらえているのだ。
今のオレにこれほどの力を感じさせるこの手の主とはいったい―――?

それにしてもこの手。
注意深く見ると巨大ではあるが指そのものはほっそりとしていることがわかる。
全体のシルエットも柔らかさを感じさせるものだ。
指先の爪もサイズを別にすれば可愛いと形容してもいい。
これは男の手ではないな。
女か。
それも大人の女性じゃない。
多分、女の子、それもオレと同年代の女の子のものだろう。

ん?
オレと同年代の女の子?
想像を絶する巨大な力を持ったオレと同年代の女の子?
そんなやつは一人しかいないぞ。
いくらなんでもそんなやつが何人もいるはずがない。
だが、あいつの力はオレが奪ったはずだ。
あいつのはずはない。
しかし、まさか。
いや、そんなはずはない。そんなはずは。

頭に浮かんだ考えを必死になって否定するオレの耳に何者かの声が響く。

「小狼くん・・・・・・」

鈴の音のように可憐なその声。
あぁ。
オレはこの声を知っている。
この声の主を知っている。
やはりそうなのか。
オレをあやつっているのはお前なのか。
オレはお前の全てを支配したつもりだったのに。
真実はお前のあやつり人形に過ぎなかったのか。
そんなバカな。
だが、お前にならばそれも可能なのか。
自分の望むように世界を改変する、それすらも可能だったのか。

「わたしの小狼くん。わたしの、わたしだけの小狼くん・・・・・・」

ダメだ。
見てはいけない。
この声の主を見てはいけない。知ってはいけない。
それを知ってしまったらオレの自我は崩壊してしまう。
この残酷な事実に耐えることは不可能だ。
しかし、オレの意思を無視して視線は声の元へと向かう。
夢の中のオレだけではなく、夢を見るオレそのものがお前に支配されているからなのか。
やめてくれ。
見たくない。
知りたくない。
そんな残酷な真実は見たくない!
声にならない悲鳴を上げるオレの目に巨大な手の中央に浮かぶ顔が写りこむ。
お気に入りの人形を愛でる童女のように無邪気な笑みを浮かべたその顔は―――

「小狼くん」

さくら―――!

NEXT・・・・・・


バレンタインなどという異教の催しごとはこのサイトとは無縁です。

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