『ダークプリズン・5』




こうしてわたしは魔力とカードを失った。
カードさん達を裏切ってしまった。
お父さんとお兄ちゃんを助けるためには仕方が無かったのだけれど、それはカードさん達には何の関係もない。
必ず助けると誓ったカードさん達を自分のために売り渡してしまった。
わたしを信じてくれたカードさん達、ケロちゃん、月さんを裏切ってしまった・・・
李くんの家からの帰り道でケロちゃんと月さんに謝ろう、たとえ許してもらえなくても、どんなに酷く罵られても、どこまでも謝ろう・・・それだけを考えていた。

けれどケロちゃんは一言もわたしを責めなかった。

「そうか。カードは小僧のものになってしもうたか。ま、しゃーないな」
「ケロちゃん、怒らないの?わたし、ケロちゃんもカードさん達も裏切ったんだよ?」
「お父はんと兄ちゃんを助けるためにはしょうがなかったんやろ?どうしようもないわ。あの小僧のやり口には腹がたつけどな」
「そうだけど・・・でも、カードさん達には関係ないことだよ。それなのにわたし・・・」
「関係ないことあらへん!もしも自分たちのせいでさくらのお父はん達が助からなかったらカード達も悲しむ!それが友達っちゅうもんや!そうやろ?」
「ケロちゃん・・・ありがとう・・・」

それから駆けつけてきて事情を聞いた知世ちゃんも、わたしを慰めてくれた。

「ケロちゃんの言うとおりですわ。カードさん達もさくらちゃんを責めたりしませんわ」
「知世ちゃん・・・ありがとう。でも、これでもう撮影会はできないね」
「そんなことありませんわ!わたしが撮りたいのは『カードキャプター』でも『世界最高の魔法使い』でもありませんわ!わたしが撮りたいのはさくらちゃんなんです!」
「そうやそうや!そのうち兄ちゃんたちも帰ってくるやろ。お出迎え用に派手な衣装でも作ったれや!」
「はい!ですわ」

二人は必死でわたしを慰めようとしてくれている・・・その好意が身に染みた。

その夜、知世ちゃんのお母さんからお父さんとお兄ちゃんが助かったという連絡が入った。
李くんの家の人達が助けてくれたと、言っていた。
それを聞いた時、涙が出てきた。
お父さんとお兄ちゃんが助かったのが嬉しくて泣いてるのか、カードさん達を失ったことが悲しくて泣いてるのか、自分でもわからなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


1週間後、お父さんとお兄ちゃんは日本に帰ってきた。
お兄ちゃんはまだ起き上がることができないけど、

「少し見ない間に太ったんじゃねえのか、怪獣」

憎まれ口を叩くのは変わっていない。

「桃矢くん、さくらさんにずっと心配かけたんですから、そんなこと言っちゃダメですよ」

お父さんの優しさも変わらない。

そう、何も変わっていない。
優しいお父さんがいて、いじわるなお兄ちゃんがいて、ケロちゃんに知世ちゃん、素敵なお友達がいて・・・なんにも変わっていない。
カードさん達はいなくなってしまったけど、消えてしまったわけじゃない。
きっと李くんのところで元気にしている。

わたしが魔力を失っただけ。
他にはなんにも変わっていない。
悲しいことなんか何もない。
なにも。
学校に行けば知世ちゃんがいて、エリオル君がいて、山崎君が相変わらずウソをついてて、千春ちゃんがそれを止めてて・・・いつも通りの楽しい毎日が続いている。

ただ一つだけ変わったことがあるとしたら李くんのことくらいだ。
あの日以来、わたしは李くんの視線を感じなくなった。
初めて会った時からずっと時には厳しく、時には優しい李くんの視線を感じていた。
けれど今は何も感じない。
李くんはあの日以降もずっと学校に来ているけど、何の視線も感じられない。

わたしが魔力を失ったから感じないのか。
それとも、魔力を失ったわたしにはもう興味がないのか。
どちらかわからないけど、それが少しだけさみしい。

でも、それだけ。
悲しいことなんかなにもない。

なにも・・・


―――――――――――――――――――――――――――――――――


「あれ、李くん?」

ある日の夕方、さくらは学校からの帰り道にペンギン公園で小狼を見つけた。
ただ一人、池の前に立っている。
あんなところで何をやってるんだろう?
なにか緊張した顔をしてるけど・・・と思った瞬間にそれは起きた。
池の柵がいきなり何かに引き千切られたかのように浮かび上がったのだ!
さらにその鋭い切っ先が小狼に襲い掛かる。
クロウ・リードの気配がまた現れたのだ!

「李くん!」

さくらはあわてて小狼に向かって走り出した。
無論、魔力を失った自分が何の助けにもならないことはわかっている。
それでも小狼の側に行きたい、それだけを思って走った。
しかし。

「!?」

近づかない。
どれだけ走っても小狼との距離が縮まらない。
ちゃんと足は動いている。
前進している感触はある。
それなのに一向に小狼に近づけない。

「李くん!!」

大声で小狼に呼びかけるがその声も届いていないようだ。
二人の間に何か特殊な空間があってそれがさくらの接近を拒んでいる。
小狼の方からはさくらが見えていないらしく、さくらの方を見向きもしない。

さくらは今まで事件が起きた時、かなりの騒動だったのに誰も人が来なかったことを思い出した。
きっと同じような空間が人が近寄るのを防いでいたのだろう。

必死で足を動かし、大声で小狼の名を呼び続けるが全く状況は変わらない。

そうこうしているうちに、事件は小狼が『霧(ミスト)』のカードを使って鉄柵を腐食させることで解決した。
小狼は生まれ変わらせた『霧』を回収すると立ち去った。
最後までさくらに一瞥もくれなかった。


しばらく走り続けてようやく池の前にたどり着いた時には何も残っていなかった。
小狼も。
カードも。
おそらくはクロウ・リードの気配も。
壊れたはずの柵もいつのまにか元通りになっている。

さくらは誰もいなくなった公園に一人で立ちすくんでいた。


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家に帰り着くまではなんとか我慢できた。
でもそこが限界だった。
玄関のドアを閉めた途端に涙が溢れ出た。
いくら拭いても止まらない。
後から後から湧いて出てくる。
何が悲しくて泣いているのか、それすらもわからない。
ただ涙だけが出てくる。

最初はカードたちが完全に自分の手を離れてしまったことが寂しくて泣いてるのだと思った。
次は今まで自分を中心に起きていた事件から疎外されたことが悔しくて泣いてるのだと考えた。
最後はあの謎の空間が怖くて泣いてるのだと思おうとした。

でも違う。
どれも違う。
そんなことで泣いてるんじゃない。
なにか・・・もっとずっと悲しいことがあるから涙が出てくる。

考えて考えて・・・
さくらはひたすら考え続けてようやくその『なにか』の正体に気がついた。


あの時、小狼は自分を見てくれなかった。
自分の存在に気づきもしなかった。
走っても走っても近づけず
どんなに叫んでも声は届かず
最後まで見向きもされなかった。

魔力を失った自分は小狼にとって何の興味も持たれず、近寄ることすら許されない存在・・・それが悲しくて泣いているのだと気がついた。

魔力を失う前は違った。

『泣いちゃダメだ!泣いてもなんの解決にならない』

いつもわたしを助けてくれた。

『気をつけろ!オレたちを狙ってる!』

いつでもわたしを庇ってくれた。

『助けたおぼえはない』

そう言いながらも力を貸してくれた。

いつも・・・

『消(イレイズ)』の時も、『戻(リターン)』の時も、『火(ファイアリー)』の時も・・・

いつでもわたしを助けてくれた。
それがいつしか当たり前のことになっていた。

『李くんはいつでもわたしを助けてくれる』

それが心地よかった。

だが、その心地よさは失われてしまった。
魔力とともに。
この先、小狼は二度と自分を見てくれない。
今日、それをはっきりと見せ付けられた。
それが悲しい。

なんで?
李くんがわたしを見てくれないことがなんでこんなに悲しいの?

また考えて、考えて・・・
考え続けてさくらがたどり着いた答え。
それは


わたしは・・・李くんのことが好きになってたんだ・・・


雪兎に憧れる気持ちとは異なるこの気持ち。
『人を好きになる』という気持ち。
さくらはようやく「自分の本当の気持ち」を知ることができた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


でも、もう遅い。
今まで小狼が見ていたのは「クロウ・カードの主」である自分だ。
「木之本さくら」じゃない。
今の自分は小狼にとって何の価値もない。
振り向いてもらうことはできない。
今日のように。

もしも、もっと早くこの気持ちに気づいていたら?
魔力のあるうちにこの気持ちに気づけていたら?

小狼にもっと自分を見せられたのではないか?
「クロウ・カードの主」ではない「木之本さくら」を見てもらえたのではないか?
そうしたら魔力を失った今でも、少しは小狼に興味を持ってもらえたのでは?

もう遅い。
今からでは間に合わない。
もう素の自分を見てもらえるチャンスはない。
生まれ変わっていないクロウカードはもうあと何枚もない。
それを変え終えたら小狼は香港に帰ってしまうだろう。
そして二度と会えなくなる。


その夜、さくらは泣き続けた。
いつまでもいつまでも泣き続けた。


NEXT・・・



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