『ダークプリズン・4』




『火(ファイアリー)』、『水(ウォーティー)』、『風(ウィンティ)』・・・

小狼は奪ったカードの使い心地を試していた。
問題なく使える。
特に『駆(ダッシュ)』や『嵐(ストーム)』など小狼が捕獲したカードはいい感じだ。
他のカードは多少の違和感を感じるがじきに慣れるだろう。

だが『翔(フライ)』のカードを試した時には笑ってしまった。
『翔』は天使の羽の代わりに醜悪な悪魔の翼を生やしたのだ。
カード達の無言の抗議なのか、それとも今の小狼にはその姿がお似合いだとでも言いたいのか。
どちらでもいいことだ。

まだ何枚か生まれ変わっていないカードもあるが、いずれ機会を見て変えていけばいい。
今の魔力をもってすれば造作もない。
香港に帰ってからゆっくり考えればいいことだ。


小狼にはもう友枝町に残る気はなかった。
クロウ・リードの起こす事件になど興味は無い。
強力な魔力は持っていたが、所詮は一族を捨てて辺境で果てた変わり者。
勝手にすればいい。
もともとクロウの気配など日本に残るための口実にすぎなかった。
日本に・・・こいつの傍に残るための。


小狼はベッドの上に横たわるさくらに視線を向けた。
魔力を強引に奪われた影響で気を失って倒れている哀れな少女に。

もうなんの力も感じない。
どこにでもいる、ちょっとかわいいだけの平凡な少女だ。
もはや何の利用価値も無い。
美しい女性など香港に戻ればいくらでも手に入る。

あらためてさくらの顔に視線を向ける。
今まではこいつと視線が合うだけでわけもなく顔が熱くなった。
それも今日で終わりだ。
こいつの顔を見るのもこれが最後だ。
見納めのつもりだった。


・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?


目が離せない。
魔力を奪われた無力な少女。
カードの主でもクロウリードの後継者でもない平凡な女の子。
今の小狼にとって何の利用価値もない卑小な存在。


なのに。


さくらの顔から視線を逸らすことができない。
視覚だけではない。
倍加した魔力の影響で鋭敏になった感覚の全てがさくらに集中している。
聴覚、嗅覚、触覚・・・あらゆる感覚が目の前の少女の情報を求めている。
小狼の全てが『さくら』を求めてあがいている。
得体の知れない謎の感情が心の底から湧き上がって来る。


なぜ!?


こいつの魔力は奪った。
もうオレを惑わせるものはなにも無いはずだ。
なのにどうして!?


『お前が雪兎に会うと混乱するのは雪兎から感じる月の魔力のためだ』


魔力だろ?
魔力のためなんだろ?
オレがあの人やこいつの前で混乱するのは魔力のためなんだろう?
そう言ったよな、月!

ならば、なんで魔力を失ったこいつの前でこんなに混乱するんだ?
どうしてなんだ!
教えてくれよ、月!



『落ち着いて己の心と向き合えば、真に己が想う者がわかる』



・・・あ。
そうだ。
あの時、月は続けてこう言ったんだった。
己の心と向き合えば、真に己が想う者がわかると・・・


真に・・・想う者・・・


オレは・・・
オレは何がしたかったんだ?
なんで日本に残ったんだ?

ただ、こいつの傍にいたくて・・・

『気をつけろ!油断するな!』

危なっかしいこいつを助けたくて・・・

『李くん』

こいつに呼ばれるのが嬉しくて・・・

『このカードはお前のものだ』

こいつの喜ぶ顔が見たくて・・・

オレは・・・オレは・・・



オレはこいつが『好き』だったんだ・・・



魔力もカードも関係ない。
「木之本さくら」が好きだったんだ・・・


―――――――――――――――――――――――――――――――――


ようやく理解した『自分の本当の気持ち』。
だが、その理解はすぐに恐怖に変わった。
これまで小狼とさくらは魔力とクロウカードという特別な関係で結ばれていた。
カードをめぐる事件の中で築いてきた特別な絆があった。

その絆を自分の手で壊してしまった。

明日からさくらと自分の関係は「ただの同級生」でしかない。
いや、多分それ以下だ。
卑劣な手段でカードを奪った自分がさくらの目にどう映るか・・・それを想像しただけで気が狂いそうになる。

「オレは・・・なんてことを・・・なんて・・・」

小狼の口から絶望の呻きが洩れる。
取り返しのつかないことをしてしまった。
もう、どうしようもない。
今さら魔力を返すことはできない。
「家族の命を盾にカードを奪った卑怯者」という烙印は消せない。
自分とさくらの関係が元に戻ることはない。
あの笑顔が自分に向けられることは二度とない。

魔力と引き換えに大切なものを失ったのは自分の方だった・・・
「くだらないプライド」と「真に己が想う者」という間違えようの無い選択を誤ってしまった・・・


―――――――――――――――――――――――――――――――――


どれくらい時間が経ったのか。
ふいに小狼の顔が上がった。
その瞳にはさっきまでの絶望の色はない。
代わりにゾッとするような冷たい光が宿っている。

先ほど小狼をそそのかした満月の狂気、それが再び囁き始めたのだ。

『なにを迷っている。欲しいならば奪え。喰らえ。どんな汚い手を使ってでも』

と。
今度は小狼はその声を否定しなかった。
もう後戻りは出来ない。
今のままではこの先、さくらが自分に振り向いてくれることは絶対にない。
あの笑顔は雪兎か、エリオルか、それとも他の誰かのものになる。
自分にはそれを遠くから見ることしか許されない。
そんなのはガマンできない。

ならば・・・奪う。

たとえどんな卑劣な手段を使っても。

そのまま立ち上がるとのろのろと部屋の奥へ歩いていく。
そして書棚の前まで来ると、一冊の古びた本を取り出した。
何かの魔道書らしい。
表紙には著者の名なのか"飛王"という文字が見える。


飛王・リード
かつてクロウ・リードに次ぐ力を持つと言われながらも、邪悪な術を追求しすぎたために追放された男。
そんな男の残した魔道書をいったい何に使うつもりなのか。


一通り魔道書に目を通した小狼は、再びさくらに目を向けた。
暖かさや優しさをカケラほども含まない視線。
獲物を前にした肉食獣がこういう目をするのかもしれない。

「お前は誰にも渡さない。絶対に」

宣言する声もかつての小狼とは違う。
少女を助けてきた優しい少年はもうどこにもいない。
冷酷な魔道の一族の新当主誕生の瞬間だった。


NEXT・・・


なんでこんな暗い話を書いたのか少しだけ言い訳です。
実はこの話、昨年の『チェリーダンス』に投稿した「もしも」のオリジナル版です。
「もしも」はさくらが魔力を失っても小狼はさくらを好きでいられるのか?というのをテーマにしていました。
最初に書いた時はこんな話だったのですが、10周年記念のめでたい場にはふさわしくないと思ったので、軌道修正して「もしも」を書きました。
ツバサでのCCさくらの扱いも一段落ついたので、多少暗い話でもOKだろうと判断して掲載しました。

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