『ダークプリズン・2』


(※この話には性的・暴力的な表現は含まれませんが、かなり歪んだ展開になります。
一応、小狼×さくらな話ですが、原作の雰囲気を損ねたくない方はご遠慮ください)



あれは最後の審判が終わってから1月も経ったころ。
小狼は事の顛末を報告するために香港に戻っていた。
現当主である夜蘭を筆頭に一族の重鎮が列座する中でさくらがクロウカードの新しい主に決まったこと、友枝町にクロウ・リードのものらしい気配が現れ謎の事件を起こしていることを報告した。
クロウの気配について調べるために引き続き日本に残るつもりであることも伝えた。

小狼がカードの主になれなかったことについては夜蘭は何も言わなかった。
ひょっとすると夜蘭には最初から誰がカードの主になるのかわかっていたのかもしれない。
小狼が日本に残ることについても了承してくれた。

当主の決定に異議を唱えることは許されない。
それが李一族の掟だ。
その場は何事もなく納まった。
納まったと小狼は思っていた。


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「小狼様には呆れたものだな。あれだけ大言壮語して日本に行ってこのザマとはな」
「まったくだ。よくもおめおめと顔を出せたものだ」


その話が小狼の耳に入ったのはほんの偶然だった。
廊下を歩いていたら少しだけ開いたドアから老人達の会話が聞こえてきた、ただそれだけだ。
広大で迷路のように入り組んだ李家の館だからこそ起きてしまった偶発的な事故でしかない。
だが、その声を耳にした小狼はその場から動けなくなってしまった。


「クロウ・カードを奪われた?李家の宝を何だと思っているんだ」
「それもどこの馬の骨ともわからない女の子にか!どこかの魔道師にというならまだわかるが、同い年の女の子に負けた?呆れてものも言えんな!」
「情けない。あんなのが次の当主になるのか。李家の先が思いやられるな」
「案外、夜蘭様も見限ってるんじゃないのか?芙蝶様か雪花様にどこかから婿を連れてきて当主にする気かもな」
「だから小狼様は帰ってこなくてもいい、というわけか」
「クロウ・リードの気配が現れたとかいう話も怪しいもんだな。恥ずかしくて戻ってこれないだけじゃないか?」
「はははっ、そうかもしれないな」
「だいたいだな・・・」


聞くに堪えない侮蔑の言葉が続く。
小狼は黙ってその場を離れた。
物音をたてず、老人達に気付かれないように。
そのために理性と忍耐力の全てを振り絞る必要があった。


自分の部屋に戻ったら涙が出てきた。
これまで次期当主としてエリートコースを歩いてきてこれほどまでに屈辱を受けたことはなかった。
声を殺して泣いた。
悔しくて泣くのはこれが初めてだった。
他人に憎悪を抱いたのもこれが初めてだった。
今すぐ式神を送り込んであの老人達を引き裂いてやりたい、その衝動をかろうじて抑えた。


その憎悪は一瞬だったがさくらにも向けられた。


「あいつが・・・あいつさえいなければオレがカードの主になれたのに・・・こんな悔しい思いをせずに済んだのに・・・」


それを責めるのは酷だろう。
いくら強い魔力を持つとはいえ、彼はまだ10をいくつも出ない未熟な少年なのだ。
感情を完全にコントロールしろというのは無理な注文だ。


それでも香港を離れるまでにはなんとか精神の安定を取り戻していた。
カードの主になれなかったのは自分が未熟だったからだ。
あの老人達が言い分もわからないではない。
さくらが悪いわけでもない。
全ては自分の未熟さが原因だ。
そう割り切ることができた。

できたはずだった。


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あの時、心の奥深くに封じたはずの憎悪・・・それが今、偶然の事故から再び蘇ってくる。
あの屈辱。

こいつさえいなければあんな屈辱を受けることはなかった。
クロウカードはオレのものになっていたはずだ。
次期当主を継ぐことにケチをつけられることもなかった。


・・・いや、こいつに苦しめられたのはあの時だけじゃない。
今もそうだ。

こいつの顔が頭に浮かんで眠れない夜が何度あったか。
こいつに気をとられて失敗を犯したことが幾度続いたか。

『李くん』

こいつに呼ばれるだけでなんでこんなに胸が苦しくなるんだ・・・
なんでこんなに辛い思いをしなければならないんだ・・・
なんでだ・・・

なぜかわからないが、こいつといるとオレの全てがおかしくなっていく。
こいつの存在がオレの全てを狂わせていく。

なんでこんなに苦しいんだ・・・
なんで・・・



・・・そうか、月が言ってたな。

『お前が雪兎に会うと混乱するのは、雪兎から感じる月の魔力のためだ』

って。

そうか。
そういうことか。
魔力だ。
こいつの魔力がオレを混乱させているんだ。
オレはこいつの魔力に狂わされてるだけなんだ。
こいつの魔力は強力だからな。
やっぱりこいつの魔力が全ての原因なんだ。


ならば・・・
こいつから魔力とカードを奪えば
もう、こんなに苦しむことはない。

あの老人どもにも二度とあんな口はきかせない。
次期当主として誰にも文句は言わせない。

今、ここでカードと魔力を奪えば
オレは全ての苦しみから解放される。
そして全てを手に入れることができるんだ。

魔力も
クロウ・カードも
次期当主の座も
未来も・・・


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さくらにとって、そして小狼にとっても不幸だったのは今日が満月だったことだ。
月の魔力を持つ者は満月の日に精神を狂わせる。
もしも今日が満月でなければ小狼は別の回答を出していたはずだ。
いつも通り、何の見返りも求めずにさくらを助けるという答えを。

だが、満月に狂わされた精神は常とは異なる答えを導き出した。


「対価をよこせ」


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