『ダークプリズン・1』


(※この話には性的・暴力的な表現は含まれませんが、かなり歪んだ展開になります。
一応、小狼×さくらな話ですが、原作の雰囲気を損ねたくない方はご遠慮ください)



『XX省XX郡で発生した崩落事故は現在も救出作業の目処がたっていません。現在安否が不明となっているのは以下の方です・・・』

さくらは茫然としてニュース報道を見つめていた。
それしかできることがなかった。
テレビから流れているのは中国での遺跡発掘中に起きた崩落事故のニュース。
本来ならば日本で報道されるほどの規模の事故ではない。
もしも日本からの調査隊が参加していなければこうしてテレビで報道されることもなかったろう。
だが、今回の発掘には日本からも調査隊が参加している。

・・・そして、その調査隊にはさくらの父・藤隆と兄・桃矢が参加していたのだ。

桃矢はかねてから一度は父親のライフワークを間近で見たいと言っていた。
それが今回桃矢が藤隆に同行した理由だったが、まさかこんなことになろうとは。

『○○大学××さん、△△大学××さん・・・』

次々に行方不明者の名前が読み上げられていく。そして

『○○大学 木之本藤隆さん、木之本桃矢さん・・・』

「・・・!」

藤隆と桃矢の名が読み上げられた時、さくらの口から声にならない悲鳴が漏れた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


「はなして、ケロちゃん!お父さんとお兄ちゃんを助けにいくの!」
「落ち着け、さくら!どうやって助けに行くつもりや!どうにもならへん!」
「『翔』で中国まで飛んで行って、『影』でお父さんたちを探せば!」
「阿呆!中国まで何キロあると思っとんのや!魔力がもたへん!それに遺跡って地下やろが!影のできない場所で『影』は使えん!見つけたとしてもどうやって連れ出すんや!怪我しとったらどうするつもりや!」
「そんな・・・」

ケルベロスの言う通り今のさくらにはどうしようもなかった。
いくらさくらの魔力が強くても『翔』で何千キロも飛ぶことはできない。
また、たとえ現場で行けたとしてもさくらには小狼のような人探しの術は使えない。
見つけられたとしても怪我をしていたら魔法ではどうしようもない。
どうすることもできなかった。

魔法は万能ではない。
どんな魔法だろうと、どれだけ魔力があろうともできないことはある。
さくらも今までの経験でそれはよく理解しているつもりだった。
だが、肉親の危機というこれまで経験したことのない恐怖の前では取り乱さずにはいられない。

「こんな時に・・・こんな大事な時に何にもできないなんて・・・魔法って・・・なんなの・・・なんのためにあるの・・・ケロちゃん・・・」
「さくら・・・」

ケルベロスとて辛い。
さくらにとって大事なあの二人をなんとか助けてあげたい。
しかし、その方法が考えつかない。
現地にいるならばまだ何かの手段がとれるかもしれないが、何千キロも離れた場所ではどうにもならない。
知世が大道寺家の方で動いてくれてはいるが、外国ではどうにも手の出しようがないというのが現状だ。

『繰り返しお伝えします。X日X時頃、XX省XX郡で発生した事故は・・・』

テレビではアナウンサーがもう何度目になるかわからない事故速報を繰り返している。
事務的なその口調にさくらは神経を逆撫でされたようだ。

「もうやめて!」

悲鳴としかいいようのない絶叫をあげる。
だが、ケルベロスは今のアナウンスから何かを思い出したらしい。

「いや、待て。XX省XX郡つったな?」
「ケロちゃん?XX郡に何かあるの?」
「あぁ、XX郡はたしか・・・」

・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・


―――――――――――――――――――――――――――――――――



『木之本様のお父様とお兄様の身柄を確保いたしました』
「そうか。で、二人は無事なんだな?」

崩落事故のニュースは小狼の元にも届いていた。
いや、さくらよりもずっと早く正確な情報を入手していた。

それにはいくつか理由がある。
1つは小狼自身が今回の遺跡調査に注目していたためだ。
本当は考古学の道に進みたかった小狼にとって、この遺跡は非常に興味をひく存在だった。
一時は自分も調査隊に参加しようと考えていたくらいだ。
さすがに小狼本人は参加できなかったが、代わりに李家のエージェントを何人か調査隊に送り込んで情報を送らせていた。


そしてもう1つの理由・・・実はXX郡は香港に渡る以前に李一族が住んでいた場所なのだ。
李一族が香港に移ってからもう100年以上が経っているが、まだいくつかの拠点と人が残っており、現在でもXX郡に対してそれなりの影響力がある。
そのつてを使って調査隊にある程度干渉することができたのだ。

事故の情報も日本で報道される何時間も前に小狼には伝わっていた。
調査隊に藤隆と桃矢が参加していたことも事前に知っている。
事故の一報を受けると即座に李家のエージェントに二人の救出を命じ、連絡役として偉を現地に送り込んだ。

ちょうど今、その偉から結果報告が来たところだ。
どうやら無事二人を救出できたらしい。
これも特殊な技能を持つ李家のエージェントだからこそ可能な術だったのだろう。

『はい。お二人ともかなりの傷を負われていますが命に別条はありません。現在病院に搬送しているところです』
「よかった・・・。偉、すまなかったな。また何かあったら連絡してくれ」
『かしこまりました。小狼様』


―――プツッ―――


「ふぅ」

携帯を置いた小狼は一息ついた。
偉から連絡を受けるまではさすがの小狼もずっと緊張していた。
あの二人に何かあったらアイツがどんなに悲しむか・・・それを思うと胸が張り裂けそうだった。
アイツ・・・木之本さくら。
小狼本人も理由はわからず、気がつけばいつも目で追いかけている少女。
アイツも心配しているだろう。
早く連絡してやらないとな。
アイツ、どんな顔して喜ぶのかな・・・

さくらの喜ぶ顔を想像すると自然に顔がほころぶ。
なぜこれほどにさくらのことが気になるのか?
その理由を未だに小狼は自覚していない。
ただ、アイツの悲しむ顔は見たくない。
その想いがあるだけだ。

強張った身体をほぐしてさくらに連絡しようと携帯を取った時、玄関のインターフォンが鳴った。
誰か来たらしい。
こんな時に誰だ?と思いながらドアを開けた小狼の目に入ったのは・・・

「木之本!?」
「李くん・・・」

今しがた彼が想像していた少女だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


「お願い、李くん!お父さんとお兄ちゃんを助けて!」

さくらは部屋に入るなりそう叫んだ。
何の説明もなくいきなり「助けて」では話が通じるわけもないのだが、そんなことにも気づかない。
それほどさくらは混乱していた。

「おい、木之本!少し落ち着け!」
「あ・・・」

小狼に諭されてようやく我に返る。
そしてまだ小狼に何の説明もしていなかったことにようやく気づいた。

「あのね、中国で事故があってね・・・お父さんとお兄ちゃんがそこに行っててね・・・それでね・・・李くんに助けてもらおうと思って・・・でも携帯が話中で通じなくて・・・だから・・・」

あわてて説明を始めるが支離滅裂な言葉しか出てこない。
黙って話を聞いていた小狼だったが、このままでは話が進みそうもないので助け舟を出すことにした。

「その話ならばオレも聞いている。XX郡の事故だろう?」
「知ってたの!?だったら教えて李くん!ケロちゃんに聞いたの!XX郡は昔、李家が住んでたところだって!まだ李家の人が残ってるんじゃないかって!どうなの?まだ李くんの家の人がいるの?」
「あぁ。少しだけどあそこにはまだうちの者がいる」
「ほんと!?」

小狼の返答を聞いてさくらの顔に喜色が浮ぶ。

「お願い、李くん!お父さんとお兄ちゃんを助けて!李くんの家の人にお願いして!お父さんとお兄ちゃんを助けに行ってって!」

泣きじゃくりながら小狼に懇願する。
なりふりかまわず、とはこのことだろう。

「なんでもするから!お父さんたちを助けてくれるならなんでもするから!お願い、李くん!」

そんなさくらの狂態を小狼は余裕をもって見つめていた。
もう藤隆と桃矢の救出は終わっている。
あとはそれをさくらに話し出すタイミングの問題だけだ。

『大丈夫だ。お前の父さんも兄貴も無事だ。今、偉が病院に運んでいるところだ。何も心配は要らない』

そう言ってあげるだけでいい。
いつもと違うさくらの姿をもう少し楽しんでからそう切り出すつもりだった。


・・・そのつもりだった。
それを告げるために小狼は一度は口を開きかけた。
だが、その言葉はついに小狼の口から出てくることは無かった。


『お父さんたちを助けてくれるならなんでもする』


この言葉を聞いた時、小狼の心の奥深く・・・もっとも暗い箇所で何かが囁き始めたのだ。
その声はこう言っていた。


『チャンスだ。こいつからカードを奪い返せるぞ』


と。
もちろん小狼はその声をすぐに否定した。
何を考えてるんだオレは!そんな卑怯な真似ができるか!
だが、声は続けてこう言ってきた


『忘れたのか。あの時のことを。あの屈辱を』


と・・・
あの屈辱を・・・あの時の香港での出来事を忘れたのかと・・・


NEXT・・・



次へ

戻る