『Cheryyの憂鬱・前編』



なんだろうこの気持ち。
胸の奥がもやもやするみたいな、ざわざわしてるみたいな。
変な気持ち。
こんなの初めて。
これがなんなのかはわかんない。
だけど、どうしてこうなっちゃったのかはわかってる。
あれを見ちゃったからだ。
一昨日、学校から帰る途中であれを見ちゃったからだ・・・・・・

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・・・・・・

「さくらさん、どこか体の調子が悪いのですか」
「うん? 別にどこも悪くないけど」
「本当ですか。さくらさん、昨日からあまり顔色がよろしくないようですけど。ご飯もあまり召し上がっていないようですし」
「そ、そんなことないよ! わたし、元気だから! ほら!」

うぅ、お父さんはやっぱり鋭いなあ。
わたしのこと何でもわかっちゃうんだ。
心配させてごめんね。

「どこかでなにか悪いモンでも拾い食いしたんじゃねえのか、怪獣」
「お兄ちゃん!」
「正露丸でも飲んどくか? お前、自分じゃ気づいてないかもしれないけど、マジで顔色が悪いぞ」

お兄ちゃんまで。
お兄ちゃんも鋭いよね。わたしのことよく見てるよ。
口は悪いけど、わたしのこと心配してくれてるんだよね。

「ホントに大丈夫なの! なんでもないの! ごちそうさま!」
「あ、さくらさん!」
「あいつ・・・・・・。またなんか隠してやがるな」

ゴメンねお父さん、お兄ちゃん。
でも、本当にどこも悪くないから。体は。
おかしいのは気持ちの方。
胸の奥のもやもやだけだから。
お父さんとお兄ちゃんが心配するようなことじゃないから。

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「なあ、さくら」
「なに、ケロちゃん」
「もしかして、体のどこかおかしくしとるんか?」
「な、なに言ってるのケロちゃん。わたし、どこもおかしくなんかないよ」

あれ? ケロちゃんにまでわかっちゃうの?
わたし、そんなに変な顔してるのかなあ。
自分じゃそんなつもりはないのに。

「ほんまか? さくら、昨日からなんかおかしいで。なんかあったんとちがうか?」
「何にもないよ! ホントだよ!」
「ならええんやが。なあ、さくら。わいらにヘンな隠し事はなしやで。なんかあったらキチンと相談してくれな」
「わかってるよ、ケロちゃん。でも本当になんにもないから。わたしは大丈夫だから」

ケロちゃんもわたしのこと心配してくれてる・・・・・・。
ありがとうケロちゃん。
でも、ゴメンね。
ケロちゃんの言うとおり、わたしケロちゃんに隠し事してる。
だけど、これはケロちゃんには相談できないことなの。
ケロちゃんのこと信じてないからじゃないよ。ケロちゃんにはちょっと相談しにくいことだからなの。
ケロちゃんだけじゃなくて、お父さんにもお兄ちゃんにも相談しにくいことなの。
なんていうのかな。
男の人には相談しにくいことなの。
こんなことが相談できるのは同じ女の子だけ。
そう、知世ちゃん。
いつもだったら真っ先に知世ちゃんに相談してる。
知世ちゃんはいつもわたしの相談にのってくれて、知世ちゃんに相談すればたいていのことは解決しちゃう。
だけど、今回は知世ちゃんには相談できない。
だって。
この胸のもやもやは、その知世ちゃんが原因なんだもん・・・・・・
知世ちゃん・・・・・・
小狼くん・・・・・・

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「知世ちゃんと小狼くん?」

二人を見かけたのは一昨日、学校から帰る途中のこと。
真樹さんがやってるツイン・ベルの前を通った時。
お店の奥に知世ちゃんと小狼くんがいるのを見たの。
知世ちゃんはともかく、小狼くんがこんなファンシーなお店にいるなんて珍しいなってちょっと驚いたよ。
だけどね。
それよりも驚いたのはその時に見た小狼くんのお顔。

「あれ・・・・・・ホントに小狼くん?」

そこにいたのは、わたしの知ってる小狼くんじゃなかった。
小狼くん、とても優しい顔をしてた。
ちょっと照れくさそうで、だけど嬉しそうで、とっても柔らかい顔で笑ってた。
あんな小狼くん見たことないよ。
わたしの知ってる小狼くんは

「その程度の力でクロウ・カード集めは無理だ」

とか

「泣いちゃダメだ。泣いたって何にもならない。落ち着いて対策を考えるんだ」

なんて大人っぽいことばかり口にするちょっとキビシイ男の子。
わたしにはあんなに優しい顔を向けてくれたことなんて一度もなかったよ。
ううん、正確には一度だけあったかな。
あれはたしか、テディベア展に行ってエレベーターの穴に落っこちた時だったっけ。
そう、小狼くんがはじめて『さくら』って呼んでくれた時だ。

「よかった・・・・・・」

『浮(フロート)』で昇ってきたわたしを抱きしめながら、とっても優しい顔で笑ってくれた。
今の小狼くんのお顔はあの時に似てる。
でも、あの時はちょっと特別。
あの時はクロウさんの気配に襲われて、小狼くんもわたしもとっても危ない目にあってたんだもん。
穴から昇ってきたわたしを見て小狼くん、ホッとして気が緩んだんじゃないかな。
あの時とは状況が違うよ。
クロウさんの気配はしないし、知世ちゃんも小狼くんもなにかに襲われてるわけでもない。
危ないことなんか何にもない。
それなのに、あんなに優しい顔をしてる。
わたしには特別な時にしか見せてくれない顔を、知世ちゃんには普通に見せてる。
知世ちゃんには―――
そこでふいに頭の中に浮かんだのは、スキー合宿の夜に聞いた小狼くんの言葉。

『オレが好きなやつは他にいる』

『オレがあの人に惹かれていたのは月の魔力に惑わされてただけなんだ。オレが本当に好きなのはあの人じゃない』

『オレが本当に好きなのは・・・・・・好きなのは・・・・・・』

ドクン。

なんでかわからないけど、胸が苦しくなる。
そうだ。小狼くんには雪兎さんじゃない本当に好きな人がいる。
そして、それは多分わたしの知ってる人だ。
わたしが知らない人だったらあんな言い方はしなかったと思う。
わたしが知ってる人で、小狼くんが好きな女の子。
小狼くんが好きになるくらい素敵な女の子。
ひょっとしたら、その子のために日本に残ったのかもしれない。
それくらい魅力のある女の子。
そんな素敵な女の子がわたしの周りに―――いる。

知世ちゃん・・・・・・

なんで今まで気がつかなかったんだろう。
知世ちゃんは可愛くて、とっても素敵な歌声で、お料理も上手で、お裁縫もうまくて、頭もよくて、おしとやかで、おまけにお母さんは大きな会社の社長さん。
まさに完璧な女の子。
小狼くんが好きになったっておかしくない。
それに、小狼くんはいつも知世ちゃんといっしょにいたもの。
あれだけ一緒にいたら知世ちゃんの魅力に気づかないはずはない。
好きにならない方がおかしいよ。
小狼くんもとってもカッコよくて、スポーツが得意で、頭もよくて、お料理も女の子顔負けなくらい上手くて、やっぱりお母さんは大きな会社の社長さん。
小狼くんと釣り合う女の子なんて知世ちゃんくらいしかいない。

ドクンドクン。

胸がドンドン苦しくなってく。
やだ、わたしどうしちゃったんだろう。
なんでこんなに胸が苦しいの?
小狼くんの好きな人は知世ちゃん―――それがわかっただけなのに、どうしてこんなに苦しくなるの?
小狼くんの恋を応援してあげなくちゃいけないのに。
それに知世ちゃんにも約束したはずだよ。知世ちゃんの恋を応援するって。
知世ちゃんが好きな人は聞いてないけど、小狼くんの可能性は高いよね。
だって、知世ちゃんもあんなに嬉しそうな顔してるもん。
小狼くんも知世ちゃんもわたしのとっても大事なお友達。
その二人が好き同士っていうのは、わたしにもとっても素敵なことのはず。
それなのに。
どうして。
どうしてこんなに胸が苦しいの?
どうして・・・・・・

結局、わたしはツイン・ベルには入らなかった。
ううん、違う。
入らなかったんじゃない。入れなかった。
幸せそうな小狼くんと知世ちゃんをこれ以上、見てることができなかったから。
二人に気づかれないように、こっそりとお店の前から逃げ出すことしかできなかった・・・・・・

NEXT・・・


続きます。
小学生時代、小狼の告白前のお話です。
なんとなくどこかで読んだことがあるような〜〜と思われるコンセプトの話だとは多いと思いますが、あえて挑戦してみました。

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