『Cheryyの憂鬱・後編』



これが一昨日のこと。
ちょっとショックだったんだけど、1日たったら少し落ち着けたの。
だって、そうでしょう。
小狼くんと知世ちゃんが一緒だったのはたまたまなのかもしれないじゃない。
二人で一緒にお店に入るところを見たわけじゃないしね。
ほ、ほら、テディベア展の時にエリオルくんも言ってたよ。
小狼くん、くまのぬいぐるみ買ってたって。
ひょっとしたら小狼くん、見かけによらずカワイイものが好きなのかも。
それでツイン・ベルに買い物に行ったら偶然、知世ちゃんがいて。
それだけだったかもしれないじゃない。
昨日のお顔は、知世ちゃんに見つかったのが恥ずかしくって照れ隠しであんな顔をしてたんだよ。
きっと、そうだよ!
そう思ったら少し落ち着いたの。
落ち着いたはずだったの。

だけどね。
聞いちゃったの。
そうじゃないって。
小狼くんと知世ちゃんが一緒にいたのは偶然なんかじゃないって。
二人は一緒にお店に入ったんだって。
しかも、それは一昨日だけじゃなかったんだって。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

それを聞いたのは昨日の放課後のこと。
日直の仕事を終えて教室に戻ってきた時。
教室に残っていたのは山崎くんだけだった。
別に知世ちゃんと約束してたわけじゃないけど、いつもなら待っててくれるのに。
そう思って山崎くんに聞いちゃったの。

「山崎くん、知世ちゃんは?」

って。
特に深い意味はなかったんだよ。
ちょっと気になっただけ。ただそれだけ。
バカだよね、わたし。
余計なことなんか聞かなければよかったのに。
聞かなければこんなに胸がもやもやすることもなかったのに。

「大道寺さんならさっき李くんといっしょに帰ったよ」
「小狼くんと?」
「うん。あの二人、最近仲いいよね」

―――ドクン―――

何気ない山崎くんの一言に胸が波打つ。

「そ、そうかな」
「そうだよ。この前だって二人でツイン・ベルに行ってたしね」

―――ドクンドクン―――

「この前って・・・・・・いつ?」
「あれはたしか〜〜先週の金曜日だったかな〜〜」

先週の金曜? 昨日じゃなくて?

「先週の金曜? 昨日じゃなくて?」
「うん。二人でツイン・ベルに入っていくのを見たよ。大道寺さんはともかく、李くんがあんなオシャレな店に行くなんて珍しいな〜〜って思って」

二人で入った? 一緒に?

「あ、ひょっとしてあの二人、昨日も行ってたの?」

―――ドクンドクンドクン―――

山崎くんがしゃべる度に胸のもやもやはどんどん大きくなっていく。
その後、山崎くんになんて答えたのかは憶えていない。
気がついた時には家の前に立ってた。
どこをどう歩いてきたのかもわかんない。
わかってるのは、わたしが逃げたってことだけ。
わたし、また逃げたんだ。
知世ちゃんと小狼くんの話を聞くのが辛くて逃げちゃったんだ。
昨日と同じように。
ううん、昨日だけじゃない。あの時もそうだ

『オレが本当に好きなのは・・・・・・好きなのは・・・・・・』

小狼くんが好きな人のことを言おうとしたあの夜。
あの時のわたしも逃げたんだ。今と同じように。
小狼くんの好きな人を聞きたくなかったから・・・・・・

それが昨日のこと。
家に入ってからも胸のもやもやは消えなかった。
小狼くんと知世ちゃん、きっと今日も一緒にツイン・ベルに行ってる。
ツイン・ベルじゃないかもしれないけど、二人で一緒にどっかに行ってる。
そう思うと胸が苦しくなってくる。
それが顔に出ちゃったのかな。
みんなに心配かけちゃったみたい。
ごめんね。お父さん、お兄ちゃん、ケロちゃん。
でも、自分でもわからないの。なんでこんな気持ちになるのか。
エレベーターの事件で小狼くんと仲良くなれて嬉しいなって思ってたのに。
なんでこんな気持ちになるんだろう。
男の子と仲良くなるとこうなっちゃうのかな。
考えてみたらわたし、これまであんまり男の子と仲良くしたことなかったもんね。
山崎くんくらいかなあ。あ、最近はエリオルくんもいるか。
でも、山崎くんと千春ちゃんが仲良くしてるのを見てもなんとも思わないんだけどなあ。
エリオルくんにも好きな人がいるみたいだけどあんまり気にならないし。
う〜〜ん、わかんないなあ。
なんで小狼くんのことだけこんなに気になるんだろう。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

そして今日。

「これでホームルームは終わりにするぞ。みんな、また明日な」
「はい。さようなら寺田先生」

あ〜〜ぁ。
もう1日終わっちゃったよ。
早いなあ。
今日は小狼くんと全然お話してできてないよ。朝に挨拶しただけ。
ホントはもっとお話したいのになあ。
昨日は知世ちゃんとどこに行ったの、って聞きたいのに。
知世ちゃんがいればもう少しお話ししやすいんだけど、知世ちゃん今日は合唱部のコンクールに行ってていない。
小狼くんに面と向かってじゃちょっと聞きにくいよ。
あ〜〜ぁ。わたし、なにやってるんだろ。
なんでこうなっちゃっうんだろ。
こんな時、クロウさんの気配でも出てくればいいのにな〜〜。
クロウさんの気配が出てくれば、小狼くんわたしのこと守ってくれるのに。

「さくら」

って呼んでくれるのに。

「おい、さくら」

そうそう、こんな優しい声でわたしのこと呼んでくれるのに。
そうすれば小狼くんと二人だけの特別な時間が過ごせるのに。
クロウさんも気が利かないよね。

「さくら! 聞こえてないのか?」
「ほ、ほえ!? あ、小狼くん」
「一体、どうしたんださくら。ボーっとして。今日のお前は少しおかしかったぞ。まさか、また魔力が足りなくなってるのか」
「そ、そんなんじゃないよ。ちょっと考えごとしてただけだから」

あ〜〜、びっくりした〜〜。
小狼くん、いつの間にかわたしの前に来てたよ。全然気がつかなかった。
ちょっとボケッとしすぎだったかな。

「そうか。ならいいんだが。それより、さくら。これからちょっと時間がとれないか」
「これから? いいけど。なにかあるの?」
「い、いや、その・・・・・・。お、お前に渡したいものがあるんだ」
「ここじゃダメなの?」
「ここじゃちょっと渡しにくいものなんだ。そ、その・・・・・・。ダメか?」
「ううん、ダメじゃないよ。一緒に帰ろう!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・

こうして小狼くんと二人で帰るのは久しぶりだな。
ここのところクロウさんの気配も現れてなかったからね。
小狼くんはやっぱりカッコいいなあ。
こうして横で見てるとよくわかるよ。
小狼くん、とってもカッコいい。

でも、このお顔は昨日のとは違う。
キリっとしてカッコいいけど昨日知世ちゃんに見せてた優しいお顔じゃない。
やっぱり、あれは知世ちゃんにしか見せないお顔なの?
知世ちゃんにしか見せない「特別なお顔」なの?
知世ちゃんが小狼くんの「特別な人」だからなの?
ねえ、小狼くん・・・・・・

「さくら」
「え、あ? な、なに?」
「おいおい、お前、本当に大丈夫なのか? やっぱりなんか変だぞ」
「だ、大丈夫だよ! ホントになんでもないから!」

あ〜〜、もうバカバカ。
わたしなにやってるのよ。小狼くんにまで心配かけちゃうなんて。
ゴメンね小狼くん。
なんか、わたし昨日からみんなにあやまってばっかりだな〜〜。
とほほだよ。

「そ、それよりも小狼くん、わたしに渡したいものってなに?」
「あ、あぁ。これだ」

そう言いながら小狼くんがくれたのは、可愛いリボンにラッピングされた小さな包み。
小狼くんにはちょっと不釣合いなファンシーなリボン。
包みの中から出てきたのはこれも可愛らしいクマのブローチ。

「これをわたしに?」

これをわたしにくれるの?
これ、どう見てもプレゼントだよね。
小狼くんがわたしにプレゼント?
どうして?
今日ってなにかある日だったっけ。
ホワイトデーはとっくに終わってるよね。

「あぁ。お前、来週誕生日だろう。オレからの誕生日プレゼントだ。本当は当日に渡したかったんだけど、来週は春休みで会えないからな」
「あ・・・・・・」

―――ドクン―――

小狼くん、わたしのお誕生日憶えててくれたの・・・・・・?
それにお誕生日プレゼント?
小狼くんがわたしに?

―――ドクンドクン―――

やだ、また胸がおかしくなってきた。
けれど、これは昨日のとは違う気がする。
ドキドキしてるけど、昨日みたいにイヤな感じじゃない。
なんでだろう。
とっても嬉しい。
小狼くんがわたしのお誕生日を憶えててくれた。
それだけなのにとっても嬉しい・・・・・・

「い、いやだったか?」
「ううん、そんなことないよ! すごくうれしいよ。ありがとう小狼くん!」

本当にすごくうれしいよ!
小狼くんがわたしのお誕生日を憶えててくれて、そのうえプレゼントまでくれるなんて!
こんな可愛いプレゼントを。

ん? あれ?

このリボンどこかで見た気がするんだけど。
どこで見たんだっけ。
え〜〜っとぉ〜〜。
あ、そうだ! これ、ツイン・ベルのリボンだ!
うん? ツイン・ベルのリボン?
ということはこれ、ツイン・ベルで買ったってことだよね。
当然、つい最近買ったんだよね。
つい最近って多分、先週とか昨日くらいだよね。
それはつまり〜〜。
知世ちゃんとツイン・ベルに行ってたのは、これを買うためだったってこと?
わたしのためだったってことなの・・・・・・?

―――ドクンドクンドクン―――

「このリボンって、ツイン・ベルのだよね。ツイン・ベルで買ったの?」
「そうだ。あそこならお前の気に入りそうなのがあるんじゃないかと思って。まあ、本当のこと言うと、それを選んだのはオレじゃなくて大道寺なんだけどな」
「知世ちゃんが?」
「あぁ。オレじゃどんなのがいいかわからないから大道寺に相談したんだ。お前のことならアイツに聞くのが一番いいと思って」

やっぱり!
知世ちゃんとツイン・ベルに行ってたのはわたしのためだったんだ!
知世ちゃんが小狼くんの「特別な人」じゃないんだ!

・・・・・・ってことにもならないか。
身近なことを相談できるっていうのは、仲のいい証拠だよね。
ツイン・ベルみたいなお店に一緒に入れるのもやっぱり特別な仲良しさんだからだよね。
やっぱり知世ちゃんが小狼くんの一番の人?
でも、知世ちゃんに相談したのはわたしのためで。
ツイン・ベルに行ったのもわたしへのプレゼントのためで〜〜。
あ〜〜もう、わかんないよ〜〜。
やっぱり、ちゃんと聞かなきゃ!
こんなこと聞いたら変な子だって思われるかもしれないけど、もう我慢できない!
小狼くんに聞こう!
小狼くんが本当に好きな人のこと!

「ねえ、小狼くん。一つだけ聞いていいかな」
「なんだ」
「小狼くんが好きな人のこと。前に言ってたよね。小狼くん、雪兎さんじゃない本当に好きな人がいるって」
「!? あ、あぁ」

あ、小狼くん、真っ赤になっちゃった。
恥ずかしいのかな。やっぱりこんなこと聞いちゃダメなのかな。
で、でも!
それでも聞きたい!
ここで聞かないともう聞くチャンスが無い気がする。
それにここで聞かないとわたし、多分ダメになっちゃう。
小狼くんには迷惑かもしれないけど、聞かなきゃ!

「あ、あのね。わたし、気がついちゃったの。小狼くんが言ってた本当に好きな人に」
「そ、そうか」
「小狼くんが好きな人って・・・・・・」

ごくっ。
ううっ、緊張するよ〜〜。
でも、ちゃんと聞かないと!

「知世ちゃんでしょ!」

ガクッ

あれれ?
小狼くんずっこけちゃった。
違ったの?

「なんでそうなる! なんでオレがあいつを好きにならなきゃいけないんだ!」
「だって〜〜。小狼くん、最近知世ちゃんとずっと一緒だったでしょ」
「あれはお前へのプレゼントの相談をしてただけだ! オレが好きなのは大道寺じゃない! あいつはどっちかって言うとライバルだ!」
「そうなの? それじゃあ、小狼くんの好きな人って誰?」
「そ、それは・・・・・・。言わないとダメか?」
「うん。お願い小狼くん。教えて。小狼くんの好きな人」
「お、オレが好きなのは・・・・・・」
「好きなのは?」

好きなのは誰なの?
教えて小狼く・・・・・・・・・・・・?

ッッ!?
この感じは!!

「この気配は!」
「クロウさんの気配!」
「あっちだ! さくら、行くぞ!」
「うん!」

あぁ〜〜、もう!
クロウさ〜〜ん。なんでこのタイミングで出てきちゃうの〜〜?
タイミング悪すぎるよ〜〜。
ひょっとして、わたしが出てくればいいな〜〜とか思ったせいなの〜〜?
もう〜〜。

でも、わたしちょっとだけホッとしてる。
小狼くんの好きな人のこと、聞かなくてよかったって思ってる。
よくわかんないけど、今は聞かない方がよかったって気がする。
なんでかわかんないけどね。

なんかわかんないことばっかりな気もするけど、今はこれでいいのかなあ。
今はもう少しだけ今のままでいるのがいいのかも。
小狼くんとはまだ、「仲のいいお友達」でいたい。
その先に行くのはまだ早いよね。
もちろん、もっともっと仲良くなりたいけど。

「さくら、なにやってる! 早くしろ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ小狼くん! もう少しゆっくり走ってよ。そんなに早く走れないよ〜〜」

でも、もうちょっとだけ優しくしてくれないかなぁ。
まぁ、しょうがないか。それが小狼くんだもんね。
ねえ、小狼くん。
いつかは教えてね。
小狼くんが本当に好きな人のこと。
今じゃなくてもいいから。
わたし、小狼くんの恋を応援するよ。
絶対に!
だから。
だから教えてね。
小狼くんの一番好きな人。

END


小学生時代の二人のお話でした。
自分の気持ちに気づかないさくらが小狼にやきもきするという、王道なお話が書きたかったのです。
時系列的に少し矛盾していますがそこは大目に見てください。

戻る