『歪んだ関係・3』



そういう訳で、今、二人はベッドの上に座り込んで隣の部屋の情事が終わるのを待っている。
せっかくの二人だけの時間なのだが、それを楽しむどころではない。
壁から洩れてくる声は、まだそういう経験の無い二人にはあまりにも刺激的すぎた。
聞くまい、聞くまいとしても、どうしても耳に入ってしまう。
そのため、二人とも黙りこくって情事の盗み聞きをする羽目になってしまった。

「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

真っ赤な顔でうずくまる二人。
そんな二人におかまいなく隣室の情事は激しさを増してゆく。
今のサクラには“そういうこと”への知識があった。
幸か不幸か。
あるいはそれが必然なのか。
今回取り戻した羽はまさしく“そういうこと”についての記憶だったのだ。
サクラも王族の子女として男女の性についての教育を受けている。
性のこと、男性の欲望のこと、女性の身体のこと、様々なことを女官長から教わった。
宮殿で女官長と交わした会話がサクラの脳裏に蘇ってくる。

『いいですか、サクラ姫。殿方は誰しも女性に対してとても危険な欲望をお持ちなのです。そうそう簡単に気を許してはなりませんよ』
『そうなの? あんまりそんな気はしないけど。お兄様も雪兎さんもそんな風には見えないけどなあ』
『あの方達は特別です。桃矢王も神官様も特別な立場にあるお方です。あの方達と他の殿方を一緒に考えてはいけません』
『そうなのかなあ』
『そうなのです。姫様は殿方への警戒心がなさすぎます。まあ、あのお二人と長いこと一緒に過ごされては無理もないかもしれませんが。世の殿方はみんな姫様のような可愛らしい女の子にはけがらわしい欲望を抱くものなのです。ご注意ください』
『みんなそうなの? それじゃあ―――も?』
『もちろんです。いえ、むしろ――――――』
『―――は―――なの』
『―――こそ―――』
『――――――』

いつもと同じく取り戻したはずなのにどこか抜け落ちた記憶。
しかし、今のサクラはその不自然さよりも気にかかることがあった。
男の人は誰しも女性に危険な欲望を持っている――――――
誰でも?
みんなそうなの?
それじゃあ――――――
小狼くんも?

そっと視線を横にずらして隣の小狼の顔を盗み見る。
いつも自分を守ってくれる少年。
どんな危険をも厭わず、無償で自分のために羽を求める純真な剣士。
この男の子にもそんな欲望があるのだろうか。
小狼くんにもそんな感情が。

「ねえ、小狼くん」
「な、なんでしょう。姫」
「小狼くんもあういうことしたいって、思うことある? たとえばわたしと」

サクラがこの質問を口にしたのはそれほど深い考えがあったわけではない。
男はみんな危険な存在という女官長の言葉と、自分の横に佇む少年とがうまく結びつかなかっただけだ。
男の子はこんな時どんな風に思うんだろう、そんな軽い気持ちしかなかった。

だが、言い終えてから小狼の顔をもう一度盗み見て―――そこで愕然となった。
小狼の目に今までサクラが見たことのない光が宿っていたからだ。
それは、まさに女官長の言う―――女体への欲望を滾らせた光だった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

サクラは知る由もなかったが、小狼にとってこの問いはあまりにも残酷なものだった。
幼いころからずっと想い続けていた少女。
だけど、自分には手を伸ばすことさえ許されていない存在。
けっして越えられぬ身分の壁。
命をかけてでも守ると誓っても、その対価として得られるものは何もない。
この旅の終わりが自分とサクラの関係の終焉。
そう諦めていた。
それが今、目の前でこんなにも無防備な姿をさらしている。
こんな売春窟などという下卑た場所で、それも下着一枚の姿で。
黒鋼もファイもいない。
邪魔をするものはなにもない。
たとえサクラが悲鳴をあげたところで誰も助けには来まい。
今ならば―――
ここでならば秘め隠していた想いを遂げることができるかもしれない―――
そんな風に思ってしまってもいったい、誰がそれを責められるだろうか。

ごくっ

少年の喉から欲望の昂ぶりを示す下品な音があがる。

思いもかけぬ小狼の反応にサクラは驚いたが、こんな時はどのような対応すべきであるのか。
敏いサクラはそれをよく理解していた。
これも女官長から教えられている。
冗談に紛らわせてしまえばいい。

「やだ〜〜小狼くん。エッチな顔してる〜〜」

そう言って笑い飛ばしてしまえばいい。
そうすれば小狼も自分の反応を恥じておとなしくなるはずだ。
一番まずいのは怯えを見せてしまうことだ。
女性の怯えには男の欲望を加速させる効果しかない。
今の状況では特にマズイ。
ここで怯えを見せれば、小狼は自分の欲望がサクラに伝わったことを知ってしまうだろう。
それは小狼をさらに刺激することになる。
今ならまだ大丈夫のはずだ。
うかつに少年を刺激しなければ。
笑いと冗談に紛らわせてしまえば。
多少のしこりは残ることになるかもしれないが、この場はこれでおさまる。
そこまでサクラにはわかっていた。

しかし。
なぜかサクラはその最善と思われる対応をとろうとはしなかった。

「小狼くん・・・・・・?」

小狼に不信と疑惑の声をかけながら、両手で胸をかかえこみ、足をすぼめる。
まるで少年を恐れるかのように。
少年から逃れようとするかのように。

サクラがとったのは一番マズイとわかっているはずの、明らかな怯えを見せるというものだった。
まるで―――
少年を刺激するかのように。
胸を隠すのも、股間を守ろうとするのも、却ってその存在を殊更に強調して見せつけているかのようだ。
震えながら上目づかいに見上げるその姿は、媚態とすら言える悩ましいものであった。

NEXT・・・・・・


かなり間が空いてしまいましたが続きです。
このお話は書き始めた時からオチまで考えたあったのですが、なぜか続きを書く機会がなくのびのびになっていたのをツバサ再開記念ということで再開してみました。
しかし、写し身たちの出番はあるのでしょうか。
かなり予想通りでしたが、ニライカナイ編、サクラの出番すらありませんでしたし。
ここであえて主張させていただきたいと思います。
ツバサの主人公は小狼・写し身であると!

※以下、北斗の拳風にお読みください。

「おい、おまえ。ツバサの主人公の名を言ってみろ!」
「いいか〜〜このお方はシャオラン様(写し身)! ツバサ・クロニクル真の主人公シャオラン様(写し身)だあ!」
「本体だと〜〜! コミックス巻数も二桁になってから登場する主人公なぞ存在しねえ!」
「本体! 本体! 本体! どいつもこいつも本体! なぜだ! なぜやつを認めてこのおれを認めねえんだ!」

いや、ホントにツバサの小狼というと本体の方ばかり注目されて、写し身くんの方はやけに存在感が薄いんですよね。
連載開始時は主人公だったのに・・・・・・

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