『歪んだ関係・4』



なぜサクラは最善のはずの行動をとらなかったのか。
それにはもちろん理由がある。
この時、サクラの中には2つの異なる感情があった。

1つは単純な恐怖だ。
逃れようのない至近距離から異性に欲情のこもった視線を浴びせられる。
当然ながら初めての経験だ。
未だ汚れを知らぬ乙女が恐怖を感じるのも無理はない。

もう1つは新たな発見による驚きだった。
この人にもこんな生々しい感情があったのか―――
という驚き。
そして、その生々しい感情があまりにもストレートに伝わってくることへの驚きである。
かつてこれほど荒く、猛々しい感情を小狼から受けたことはない。
それは熱くて生々しい、動物の本能的なものとすら言える。
だが、それゆえにそこには何のウソも偽りもない。
混じりけなしの純粋な感情、そう感じ取れる。
何の偽りもない本当の小狼であるかのように―――

サクラはこの旅の間、ずっと違和感を感じ続けていた。
この小狼という少年と小狼と自分の関係にである。

いつも自分を守ってくれる少年。
どんな危険をも厭わず、無償で自分のために羽を求める純真な剣士。
そのために時には何の躊躇もためらいもなく命をかける。

でも、それは何のため?
どうしてそんなに一生懸命になれるの?

「王様の命令ですから」

サクラに問われた時、彼はそう言った。
お兄様の命令だから? 本当にそうなの?
それだけ?
それだけであんなにも強く戦うことができるものなの?
それじゃあ、時折見せるあの辛そうな瞳はなんなの?
違う。
小狼くんを動かしてるのはお兄様の命令なんかじゃない。
もっと別の何かだ。
自分と小狼くんの間には自分の知らないなにか大きな秘密が隠されている。
それが小狼くんが戦う本当の理由なんだ。
小狼くんはそれを隠している。
サクラはそう確信している。

だけど、その何かがサクラにはわからない。
取り戻した記憶の中にもその答えはない。
二人にとって一番大事なはずのこの問いに小狼は答えてくれない。
小狼だけではない。
黒鋼もファイもモコナも次元の魔女も、みんなその何かに触れるのを避けている。
いや、それどころか自分自身ですらその秘密に近寄るのを避けていると感じる時があるのだ。
これもサクラが違和感を感じる原因の一つである。
自分の性格からして、こんな重大な疑問をいつまでも放っておくはずはない。
小狼にでも他の誰にでもどこまでも詰め寄って疑問を解決しようとするはずだ。
なのに、これまで自分はそれをしていない。
どこかがおかしい。
なにか不思議な力が自分の心に干渉している。

真実を語ってくれない小狼と。
真実を追求しようとしない自分。
ウソと偽りの中で旅を続ける二人。
こんなにも近くにいるのに。
手を伸ばせば触れることもできるのに。
心は触れ合っていない。
近寄ることもできない。
まるで―――
目に見えない透明な壁が二人の接触を阻んでいるかのように。

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見えないその壁が今、ふいに消失したかのようにサクラには感じられた。
小狼の欲情は何の障壁もなくストレートにサクラに届いてくる。
欲情の中で滾る熱さまでもが伝わってくるかのようだ。
いままでこれほどまでに小狼を身近に感じたことはない。
なぜ今になって急に壁の力が消失してしまったのか。
サクラはその理由をこの壁は知性や理性、そういったものに基づく意思にのみ反応するためと考えた。
おそらくは次元の魔女が言った『対価』が関係している。
この壁は自分の知らない『対価』を守らせるためのものなのだろう。
壁が検知するのは『対価』に反する意思や行動だけだ。
だから、欲情のような動物的な本能にはこの壁は関与しないのだ。

だから。
今ならば。
小狼が欲望に流されようとしている今ならば。
なんの障壁にも力にも阻まれることなく、小狼の本当の心に触れることができるかもしれない。
たとえそれが欲情という下卑た感情からくるものであったとしても。
偽りでごまかされた笑顔なんかよりずっといい。
幸いにも今、黒鋼もファイもここにはいない。
それにこんな場所ならばどんな音や声をあげようと誰も気にはすまい。
誰にも邪魔はされない。
本当の小狼に触れることができる。

ごくっ

緊張のあまり喉があまり上品ではない音をたてる。

「あ・・・・・・、やぁぁ・・・・・・」

か細い声をあげながら少しだけ後ずさる。
しかし、立ち上がって逃げようとも助けをよぼうともしない。
怯えの声をあげながら明確な否定の意思はあらわさない。
男性を拒んでいるように見せながら、その実、誘うための行為だ。

「姫・・・・・」

小狼の声もうわずっている。
サクラの媚態に反応してか、瞳にこもる狂気の色が少しずつ濃くなってゆく。
少年の中に危険のものが充満しつつあるのがサクラにもわかる。
これが危険な賭けであることはサクラも承知の上だ。
そもそも欲望に流された行為によって本当に心を通じ合わせることができるのか。
性の経験のないサクラにそんなことがわかるはずがない。
女官長の教えの中にもそれは入っていなかった。
そもそも、あの女官長の教えには恋愛という要素はなかったように思う。
王族の子女には恋愛など無縁と考えていたのだろうか。
女官長が教えてくれたのは男性の危険さと、いざという時に自分の身を守るための術だけだった。
自分は今、その教えと正反対のことをしている。
すなわち、自分を危険な状況に追い込んでいる。
あるいは女官長の言うとおり、男性とは危険な存在なのかもしれない。
こんなことをしても、結局なにも得ることなく自分の身体を傷つけるだけの結果になるかもしれない。
小狼の真実の姿を知ることなどできないかもしれない。

それでも―――

それでもサクラはこの瞬間に全てを賭けた。
見えない壁を通してではなく、直に小狼の心と体に触れたい。
そのためには身体をいや、心までも傷つける結果になってもかまわない。
たとえ、その結果なにも得るものがなくてもいい。

これも一つの選択。
人は何かを選ぶことにより己の進む道を決める。
ひとはずっと選び続けなければならない。
自分の行く末を。

自分の肉体にとりかえしようのない傷をつけてでも小狼に触れたい。
サクラはその道を選択した。

NEXT・・・・・・


ツバサで話を書くのは難しいです。
どうしても説明っぽい文章が長くなってしまいます。
それをうまく表現できるようになれればいいのですが。
次回からはエッチッチな方に話を持っていきたいと思います。

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