『雨に降られて(さくら編)』



「まいったな。こんなに降ってくるとは思わなかった」
「朝の天気予報じゃ晴れだったのになあ」

それは本当に突然の雨だった。
朝は雲ひとつない快晴だった。そのため、二人とも傘を持ってきていない。
午後になってもそれは変わらなかった。
雲行きが怪しくなってきたのはほんの1時間ほど前のことだ。
それでも夜まではもつと思っていたのだが。
少し考えが甘かったらしい。
学校を出て5分と経たぬうちにざあざあ降りの大雨となってしまった。
あわてて屋根つきのバス停に逃げ込んだものの、二人とも頭からバケツの水でも被ったかのようにびっしょりだ。

「ね、どうしよう、小狼くん。このままここで止むのを待つの?」
「そうだな。少しここで様子をみよう。ひょっとしたらすぐに止むかもしれない。この季節の雨は気まぐれだからな」
「うん。そうだね」

そんなわけでさくらと小狼は二人、バス停の中で雨が止むのを待っている。
二人で。
二人きりで。

(小狼くんと二人きりになるのは久しぶりかな。ここのとこ小狼くん、忙しかったからね。えへへ、なんだかちょっと嬉しいよ)

雨に降られたのは災難だったけど、そのせいで小狼と二人きりの時間が持てたことがちょっとだけ嬉しい。
何気なく雲を見上げる風を装いながら小狼の顔へと視線を向ける。
自分を見つめるさくらの視線に小狼は気づいていないみたいだ。
ちょっとムッとしたような顔で曇り空をにらみつけている。

(うふ。今日の小狼くん、ちょっとカッコいいかも。水も滴るいい男ってやつ?)

全身水浸しのせいか、今日の小狼はいつもとちょっと違って見える。
濡れてびったり肌に張り付いたシャツがその下の体をくっきり浮き上がらせているせいだろうか。
見た目よりもずっと筋肉質な腕。
拳法で鍛えられたたくましい胸。
ガッチリとした肩。

(小狼くん、変わったよね・・・・・・。始めて会った時は背の高さも同じくらいだったのに)

『剣(ソード)』のカードをめぐって取っ組み合いになった時のことは今でもハッキリ憶えている。
あの時の小狼は背の高さも体つきも自分とそんなに変わらなかった。
それなのに今は。
もう見上げなければ視線が合わせられない。
背の高さだけじゃない。
体の大きさも、形も、硬さも、強さも、何もかも自分とは違う。
女の子とは違う男の子の、いや、男の人の体になってる。
男の人・・・・・・

(や、やだ! わたしなにしようとしてたの?)

さくらはあわてて指を引っ込めた。
無意識のうちに小狼の胸へと指を伸ばしていたのだ。
小狼の体の変化を自分の指で確かめようとしてたらしい。

(なに考えてるのよ、わたし! これじゃあ、エッチな子みたいだよ)

恥ずかさで顔が真っ赤になってしまう。
だけど、一度意識してしまったことはなかなか頭から離れない。
目がどうしても小狼の体に向いてしまう。
あの腕に触ったらどんな感じがするのだろう。
やっぱり筋肉でガッチリ硬いんだろうか。
それとも思ったよりも柔らかいんだろうか。
どちらにしても、すごい力があるに違いない。
あの手で抱きしめられたら、絶対に逃げられない。
胸にぎゅ〜〜っと押し付けられてしまう。
あの逞しい胸に。
胸の方はどんな感じなんだろう。
やっぱり筋肉質で硬いんだろうか。
ひょっとしたら、とっても柔らかくて温かいのかも。
どっちなんだろう。
どちらにしても、すごく気持ちいいに違いない・・・・・・
確かめてみたい。
触ってみたい。
小狼くんの体の感触を。
自分の指で。体で。

(ダメだよ、こんなの。おかしいよ。わたし、こんなヘンな子じゃないはずなのに・・・・・・)

そう思ってももう止まらない。止められない。
指がひとりでに小狼の胸へと伸びていってしまう。ゆっくりと。だけと着実に。
あともう、10センチ。
5センチ。
3センチ。
1センチ・・・・・・

―――――――――――――――――――――――――――――――――

けれど、さくらの指は結局、最後の1センチの壁を破ることはできなかった。

「今のうちだ。さくら、走ろう!」

頭上からの小狼の声がさくらの指を引っ込めさせてしまったのだ。

「あ・・・・・・。な、なに、小狼くん」
「雨が小降りになってきたみたいだ。走るなら今だ」
「そ、そうだね」
「ここからならおれのマンションの方が近い。走れば5分もかからないはずだ。ここにいるよりはマシだろう。服も乾かせる。さくら、急ごう!」
「うん!」

バシャバシャバシャ・・・・・・

水たまりの中、小狼の後ろを走りながらさくらは考える。

(あ〜〜あぶなかった。もうちょっとで小狼くんにヘンな子だって思われちゃうところだったよ)

あぶないところだった。
あと少し声をかけられるのが遅かったら小狼の胸に触っていた。
あんなところでそんなことされたら、小狼がどう思ったことか。
ヘンな子かエッチな子か、どっちかだと思われたことは間違いない。
ホントにあぶないところだったけど、ギリギリのところで回避できた。
そう思った。

だけど。
走っているうちに気がついてしまった。
さっきのあぶないことは回避できたけど。
別のアブナイことが迫ってきているような気がする。
さっきよりももっとアブナイことが。

たしかに小狼のマンションはすぐ近くだ。
走れば5分もかからない。
乾燥機も最新式のやつがあったはずだ。
あれならば30分もかからずに服を乾かせるだろう。

でも、乾燥機で服を乾かすためには当然、服を脱がなければならない。
下着もびっしょりなので、乾かさないとダメだろう。
当然、それらも脱ぐ必要がある。
つまり、服が乾くまでの30分間はすっ裸。
生まれたままの姿だ。
一人暮らしのボーイフレンドの家で30分間すっぽんぽん・・・・・・

いかにポヤヤンなさくらでも、それがどれほどアブナイことかは容易に想像できる。
ご馳走が自分からお皿の上に乗っかりに行くようなものだ。
あるいは、まるまる太った豚さんが調味料を抱えてオオカミの巣に乗り込むようなものか。
まさに「美味しく召し上がってください」状態である。
このまま小狼についていったら相当にヤバイ。アブナイ。

(ほ、ほぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜! だ、大ピンチだよ〜〜〜〜!!)

そう思ってもなぜか足は止まらない。止められない。
このまま行っちゃダメ、いけない、そう思ってるのに足が勝手に動いてしまう。
小狼の後を追ってしまう。
さっきと同じだ。
そして、さっきの妄想がまた頭に浮かんでくる。
あの手で抱きしめられたら。
あの胸にぎゅ〜〜っと押し付けられたら。
絶対に逃げられない。
いや、逃げる気になんかなれない―――

そうこうしているうちに小狼のマンションが見えてきてしまった。
小狼の部屋まで―――オオカミの巣まではあとほんの少し。
さくらの運命や如何に?

END


小狼サイドへ続きます。

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