『雨に降られて(小狼編)』



「少しここで様子をみよう。ひょっとしたらすぐに止むかもしれない。この季節の雨は気まぐれだからな」
「うん。そうだね」

突然の雨にバス停で雨宿りすることになったさくらと小狼。
二人とも頭からバケツの水でも被ったかのようにびしょ濡れだ。
少しぽーっとした表情で小狼を見つめるさくらに対して、小狼はちょっとムッとしたような顔で曇り空をにらみつけている。
視線はずっと空に向けて固定されたままだ。

それほど雨雲の行方を気にしている・・・・・・のではない。
実のところ、今の小狼の頭の中には天気の心配などカケラほどもない。
空を見続けているのは天気を気にしているからではなく、視線を下ろせないからなのだ。
なぜか?
視線を下ろすと見えてしまうからである。
なにが?
さくらが、だ。
正確には濡れてぴったりと肌に張り付いたシャツが浮かび上がらせる、さくらの悩ましいボディラインがである・・・・・・

―――――――――――――――――――――――――――――――――

それは実に扇情的な光景であった。
走ってきたせいか上気してほんのりと赤くなった頬。
髪から首筋を伝い落ちていく水滴。
少しだけ荒くなった呼吸。

(雨に濡れたせいか。今日のさくら、ちょっと色っぽいな)

な〜〜んてヌルい感想は、視線を少し下げただけで地平線の彼方まですっ飛んでいってしまった。
彼は見てしまったのだ。
濡れて張り付いたシャツがさくらのボディラインをくっきりと浮かび上がらせているのを。
細い肩。
思っていたよりも自己主張の激しい胸。
すべすべとした下腹。
丸い腰。
やわらかそうな太もも。
それは彼の頭の中のさくらの全身像を一瞬で書き換えてしまうのに充分なインパクトを持ったものであった。

(女の子って、こんなに変わっちゃうものなのか・・・・・・?)

さくらの水着姿は小学生の時に何度も見ている。
でも、あの頃はさくらの体を見ても特に感じるものはなかった。
胸もぺったんこでお腹と区別なんかつかなかったと記憶している。
それなのに今は。
見ているとドキドキが止まらない。
胸の奥、いや身体の深いところが熱くなってくる。
これまで感じたことのない熱さだ。
そして、その熱さは「あるもの」の存在に気がついた瞬間に一気に沸点へと達した。

さくらの胸のあたり、張り付いたシャツの下に見えるもの。
シャツの下でやっぱりびしょ濡れになって肌に張り付き、胸のふくらみを際立たせているもの。
それは。

(あ、あれって・・・・・・ぶ、ブラジャー、だよな?)

女性用胸部補正下着、すなわち『ブラジャー』であった。

かぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜っっ!

顔面が真っ赤になったのが自分でもわかる。
多分、茹でられたタコみたいになってるだろう。

(ば、バカ! なにをそんなに興奮してるんだ。さくらの年でブラジャーなんて当たり前じゃないか。落ち着け、落ち着くんだ、おれ!)

そうは思っても、初心な彼がこんな刺激的なものを目にして落ち着けるはずはないわけで。
胸のドキドキは激しくなる一方。
このまま見続けたら熱暴走は間違いなし。

そんなわけで今、小狼は最悪の事態を免れるために考え付く限り最善の手段―――

「さくらから視線をそらす」

を実行しているわけなのだが。
それもそろそろ限界が近づいてきたようだ。
いかに目を逸らそうと、さくらがすぐ傍にいるのは感じ取れる。
心なしか、少しずつ近寄ってきているような気もする。
実物を見ないというのも、それはそれで結構やばい。
頭の中で妄想が膨らんでしまうからだ。
もう小狼には空も雨雲も見えていない。
目の前にチラついているのは、さっき見たさくらの艶姿である。
あの太ももをこころゆくまで撫で回したい―――
あのお腹をさすってやったらさくらはどんな声をあげるんだろう―――
なによりもあの胸。
どんなにやわらかいんだろうか。
いや、聞くところによると、思ったよりも張りがあってなんともいえない手応えがあるそうな。
どちらにしても、すごく気持ちいいに違いない。
確かめてみたい。
触ってみたい。
さくらの体を。
自分の手で。体で。

どっくんどっくんどっくん。

もう心臓が爆発しそう。
それより先に理性の方がすっ飛んじゃいそう。
このままここにいたら、ヤバイことになるのは確実。

(だ、ダメだぁぁぁぁ〜〜〜〜。これ以上、ここにいたらヤバイ! 我慢できなくなる!)

なんとかしなきゃなんとかしなきゃなんとかしなきゃ・・・・・・
そんなパニくった頭で必死に考えた結果が

「今のうちだ。さくら、走ろう!」

という叫びなのであった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

バシャバシャバシャ・・・・・・

水しぶきを上げて走りながら小狼は考える。

(あぶないところだった。もう少しでさくらにヤバイことをするところだった・・・・・・)

あぶないところだった。
あともう少しあそこにいたら自分はどうなってたか。
多分、さくらに手をだしてしまっただろう。
あんなところでそんなことをしたらさくらにどう思われるか・・・・・・考えただけでゾッとなる。
ホントにあぶないところだった。
けど、ギリギリのところで回避できた。
そう思った。

しかし。
走っているうちにあることに気がついてしまった。
それは回避に成功した至近の過去の問題についてではない。
これから起こりうる至近の未来の出来事についてだ。

たしかにここからマンションまでそれほどの距離は無い。
二人の足ならば5分もかかるまい。
マンションには最新式の乾燥機が備えられている。
あれならば30分もかからずに服を乾かせる。

でも、乾燥機で服を乾かすためには当然、服を脱がせなければならない。
下着までびしょびしょになってるだろうから下着も乾かさないとダメだろう。
当然、それらも脱がせる必要がある。
パンツもブラジャーも。
ガールフレンドを部屋に連れ込んで、すっぽんぽんにひん剥く・・・・・・

(や、ヤバイ! そんなのどう考えても・・・・・・)

どう考えてもイケない下心があるとしか思えない。
かといって、この雨の中、びしょびしょのさくらに傘だけ渡して追い出すなんて可哀想なこともできない。
やっぱり部屋に入れて暖めてあげないと。
でも、そのためには服を脱がせないとダメで。

もわもわもわ〜〜

小狼の頭の中にすっ裸にバスタオル1枚だけを羽織ってプルプル震えるさくらの姿が浮かび上がる。
震えているのは寒いからか。
それとも怯えのせいか。
それとも―――期待しているのか。

(うわ〜〜、何を考えてるんだおれは〜〜!! バカなこと妄想してる場合じゃないだろ! なにかいい対策を考えないと!)

なんて思っても都合よくいいアイデアが浮かんでくるはずはないわけで。
そうこうしているうちにもう、マンションが見えてきてしまった。
自分の部屋まで―――イケない期待と魅惑に満ちたドアの前まであとわずか。
どうする、小狼!

END


もちろん、この後はなんにも起きません。
服を乾かす間、二人でドキドキしてるだけでおしまいです。
この二人には「いいところで邪魔が入る」「二人ともドキドキしてるだけで進展なし」という黄金パターンがよく似合うと思います。

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