ハンバーガー・前編

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ある休日の街、人々が笑いさざめきながら歩いていく。
思い思いにそれぞれの休みを楽しんでいる。

家族、カップル、若者たちのグループ……あるいは一人、のんびりと……

その中に紛れる様にして、成歩堂と御剣は肩を並べて歩いていた。
良い天気に目的も無く、ただふらりと二人で出かけてきたのだ。

「お腹空いたな~」
「うム、確かにもう昼も過ぎてるな」

成歩堂の言葉に、腕時計を確認しながら御剣が応える。
時刻は昼の12時をすでに大幅に回っていた。

「どこかで昼食にしよう……何か食べたいものはあるか?」

御剣が問うと、

「う~~ん……そうだなぁ」

成歩堂は立ち止まり、辺りを見回した。
かなりな数の店は目につくが、さすがに昼時、どこもかなりな賑わいを見せている。

「御剣は何が食べたい?」
「そうだな……今はこれと言ったものは無いが……」
「う~~ん」

更に辺りを見回す。

そこでふと、近くにあるハンバーガーショップを思い出した。

「…………」

ちらりと隣を歩く御剣に眼をやる。

今日は休日だから流石にあのスーツこそ着てはいないが……
ややカジュアルに纏めていても、どことなく隙の見えない服装をしている。

(この格好で、ハンバーガー……)

…………

どうしても想像がつかない……

「何をちらちらと見ているのだ」

視線に気付き、胡乱気に御剣が視線を返す。

「いや、御剣ってさ、ハンバーガーとか食べそうにないな、って」

ちょっと照れたように後ろ頭を掻きながら、成歩堂は素直に白状した。

「何だ、ハンバーガーが食べたいのか?」

呆れたような表情で御剣が肩を竦める。

「君が食べたいのならば別に構わない。この近くにあるのか?」
「うん、近くにね。でも、御剣がハンバーガーねえ」
「私だって小さい頃には食べた記憶もある」
「大人になってからは?」
「そうだな……数度、現場に出た時にくらいか」
「そっか……よし、じゃあそっちにしよう」

どちらにせよ陽気に誘われるようにふらりと出てきたのだ。

御剣はともかく、成歩堂は完全にカジュアルな出で立ちだった。
今日は髪の毛さえもセットしていない。

こんな恰好ではいつも御剣と行くような所には行けない。

それに何より今日は休日だ。
正直あまり肩肘を張りたくなかった。

「たまには御剣とハンバーガーって言うのも面白いかもしれないしな」

わざと少し悪戯っぽい笑みを浮かべて言うと、

「全く……君には私はどう見えているのだ」

呆れたように返された。それを更にニヤリと笑って返す。

「うん、検事局きっての堅物鬼検事」
「こら」

軽く御剣が小突く真似をして見せる。それをひらりと躱すと、

「こっちだよ、早く行こう」

笑いながら成歩堂は、その腕を引いたのだった。


 

バーガーショップはそこからすぐ近くにあった。

昼のピークを過ぎたとはいえ、まだまだカウンターに人がたくさん並んでいる。

その最後尾に付きながら、二人は上に掲げられたメニューに眼をやっていた。

「御剣、何にする?」
「そうだな……私は……」

御剣が何かを言いかけた時、成歩堂の腰に何かがぶつかってきた。

「……!?」

押されて危うく踏みとどまり成歩堂が下に眼をやると、
小さな男の子が一生懸命背伸びをしてカウンターの上に置かれたおもちゃを見ようとしていた。

夢中になり過ぎてぶつかった事には気付かなかったのだろう。

「こら!」

母親らしき女性が小声で男の子を引き留めようとしている。

成歩堂はうっすらと微笑むと、カウンターが見えやすいように少し横に身を寄せた。

その拍子に隣に並んでいた御剣と肩がぶつかる。

「ム? どうした?」

とっさに肩を支えてそう問い掛けかけて、御剣は成歩堂の視線の先にいる子供に気付いた。
同時に成歩堂の口元に浮かぶ笑みを認め、何事があったのかを悟る。

母親は申し訳なさそうに苦笑を漏らしながら、成歩堂たちに向かって会釈した。

それに向かって二人も同様に会釈を返す。

「あ、ごめん、御剣……」

視線を御剣に向け直して、成歩堂はポリポリと後ろ頭を掻いた。
御剣はふっ、と微笑み返すと頭を振った。

「いや、構わない……それより君はもう何にするか決めたのか?」
「僕はもう決まってるよ。御剣は?」
「私はよくわからない……今は色々あるのだな」
「そういえばそうだね。いつもは何食べてるんだ?」
「現場の時には刑事が買ってきたものを適当に食べてるからな……」
「それ以外の時には?」
「局に居る時には大抵が食堂か喫茶室だ。後は弁当かサンドイッチだな」
「……良かった。昼はちゃんと食べてるんだ」
「君とは違って、な」

皮肉めいた笑みを浮かべて御剣が言うと、途端に成歩堂はギクリとしたように肩を竦めた。

「藪蛇だったか……なーんてね。この頃はちゃんと食べてるよ」
「公判中もか?」
「ああ、真宵ちゃんがうるさくてね……それに」

少しばかり恨めしげな眼で御剣を見やる。

「食べないと誰かさんが煩いし」
「それは良かった」

涼しげな顔で受け流し、成歩堂に悪意なく微笑んでみせる。

「コンビニのおにぎり一個でもましではあるからな」
「……うわ、しっかりばれてる」

そうして軽口を叩き合っている内に順番が回ってきた。

「結局何にするんだ?」
「私はさっき言ったように判らないからな。君に任せよう」
「了解」

カウンターについて成歩堂は改めてメニューを覗き込んだ。

「いらっしゃいませ! 本日はこちらでお召し上がり……です……か?」

レジを操作しながら女性の店員がいつもの言葉を口にしかけて思わず口籠る。

その視線の先に御剣が捉えられている事に、成歩堂は苦笑を漏らした。

(まあ、無理も無いとは思うんだけど……)

御剣と歩くといつもこうだ。

熱烈な女性たちの視線に晒される。

光を弾くようなグレーの髪色に整った顔立ち……
同性の自分が見ても羨ましくなるような均整の取れた身体は、モデルの様に何を着ても似合っている。

これでは注目を集めるのも至極当然……

初めのうちはヤキモキもしたが、こうもしょっちゅうだといい加減慣れも出てきた。

いちいち取り合っていては神経ももたないし、何より……

(私は君以外、何も要らない……)

そう御剣が言い切ったから……

だから、気にするのを止めた。

「あ、あの……お会計は……」
「あ、一緒で良いです。え、と……」

成歩堂は期間限定の、しかしオーソドックスなものをチョイスし、セットで頼んだ。

「お飲み物はいかがなさいますか?」

初めのうちこそ戸惑っていた店員も、既にいつもの仕事ぶりに戻っている。

「え、と……僕はコーラで………御剣は?」
「私も同じでいいが?」
「コーラ、飲めるの?」
「そのくらいはな」
「了解。じゃ、二つともコーラで」
「かしこまりました」

会計を済ませ、成歩堂は少し横に身体をずらした。そのまま御剣を振り返る。

「先に席取っておいてくれないか?」
「うム……わかった」
「空いてるところでいいよ」
「探してみよう」

鷹揚とも取れる態度で一つ頷き、御剣は店の奥へと向かった。

「……大丈夫、だよ、な」

少し不安はあったが、子供でもあるまいし、と思い直し、成歩堂は注文が揃うのを待つことにした。

 

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