「まさかこの私があぁッ!」

黒き羽を持つ梟も、ついには朽ち果てる。
…ふぅ…
たった一羽に2人がかりでやっと。
…恐ろしい敵ね…
晃さんの頑張りがなければ…
きっとダメだった。

早く…
早く私も強くならないと…
…焦りが心を支配する。
けれど、焦りに心を支配されてはならない。
己を信じて前を歩くしかない――
しかし…

「あっれー、だめじゃん強いじゃん。
 僕でも大丈夫って言ってたのにぃ・・・」


――先日、
エドを倒し、倒れた後の言葉を思い出す。
この梟と遭遇する直前にあった敵…
彼は、この梟より弱かった、
だが…
彼は決して弱くは無い。
出会った当初であれば、
勝てたかどうかすら危ぶまれただろう。

恐るべきはこの島の特性ね…
あまりにも強くなるのが早い。
しかし――
強くなるものと、強くならずに変わらないものがいる。
例外はあるのだろうが…
元よりある程度の力を島で発揮し、
立ちふさがる者は基本的に強くならない傾向にあるらしい。
つまりは――
(先に素早く進んだからといって、
後から進んだものが勝てないという道理はない…
そういう訳ね。
不公平な事を探せばきりはないけど…
これほど公平な事は無いわね。)
ほかのメンバー達も、
強敵相手になんとか勝利したらしいし、
ならば後は目的地へと到達するのみ。
ゆっくりと歩を進める。

すぐに目的地にたどり着き、
魔法陣より遺跡の外へと戻る仲間達。
仲間達が皆外に出たのを確認して、
最後に私も魔法陣に入ろうとした時…
「お嬢さん、お1人ですか?」
――不意に、背後より声がした。
振り向いてみると、
こげ茶色の長い髪をした…
男性だろうか?
いや、女性だろうか?
恐らく聞いてみれば分かるのだろうが、
全く分からない。
ここまで分からない人とは始めてあったかもしれない。
「ええと…」
「宜しかったら私とお茶をしませんか、
 いえいえ、
 そうでなくとも――
 何か楽しいお話だけでもどうでしょうか♪」
「…」
答えあぐねる私に言葉を更に積み重ね、
暇を全く与えてくれない。
よくもこうも舌が回るものね。しかし…
“どうしてだろう”
…何故話しかける気になったのか、
そして、私が名前を尋ねようとすると、
被せるように次の言葉が来ている気がする。
…気のせい…
にしてはあまりにも重なりすぎている。
偶然ではなく必然。
そう考えざるを得ないだろう。
「それで――」
息を吸い込む。
「――その辺でいいわ。
 それより…貴方は誰?
 私は魅月、伊賦夜魅月よ。
 ――まずは自己紹介から始めるものではないかしら?」
そして、強く言い放つ。
別に大きな声を出す必要はない。
大きな声よりも、強い声の方が良く届く。
「――おや、これは失礼しました。
 私の名前は田中太郎と――」
「…嘘ね。」
「およ?ばれちゃいました?
 いやぁ、
 初対面だというのにすぐ嘘がばれるとは思いませんでした。」
………
…まぁ、確かに普通はばれないだろうけど、
名前をいう直前に悪戯めいた笑みが浮かんでいれば…
それに、どうみても田中太郎という感じではない。

恐らくは――
名前からでも性別はうかがえないはず。
「うーん、どうしてばれたのかなぁ…
 もうちょっとらしい名前にしとくべきだったでしょうか…
 それはさておき――
 夜一と申します。
 どうぞよろしくお願いします♪」
夜一さん…ね。
…どうやら――
少なくともピントハズレの嘘って事はなさそう。
それにしても…
したたかというかなんというか…
表現に困るわね。
しかし、激流は収まったみたいだし、
いうべき事はしっかり伝え、
聞くことは聞くとしようかしら。
「…まぁ、話すのもお茶をするのもいいけど、
 今、それほど時間取れないから、
 ゆっくりとするのはまた今度になるわ。
 いいかしら?
 それにしても…よく話しかける気になったものね…」
「いやいや、綺麗なお嬢さんが一人でいたら、
 ナンパしてみませんと♪
 …それに、
 なんだか懐かしい感じがしたからなのですが――
いえ…なんでもありません♪
 それに、何か危険な香りが…
 そう、危険な香りに引かれたのです、
 このゾクゾクするような危険がたまらなくて――
 ああっ…♪」

何か聞き取れなかった部分があるものの、
少し落ち着いて整理してみましょうか。
多少変わった人だと思っていた。
ここまではいいわね。
そして、今の発言。
話を統合すると…

極めて特殊な性癖をもつ人なのかしら。
確かに私は危険かもしれない。
でも――
寧ろ、もっと危険なのは夜一さんな気がしてきたわ。
まぁ、別にいいのだけど。
「…態々危険の渦中に飛び込むなんて…
 変わってるわね。」
「良くいわれます♪
 おっと、あんまり長々とお引止めしては悪いですね。
 それじゃ、また会いましょう。。
 あんまりお引止めしても悪いようですから。」
「ええ、それではまた…ね…
 次にあう時を楽しみにしているわ。
 ゆっくりとしたいものね、本当に…」
ゆっくり手をふって遺跡の外へ出る。
…奇縁…ね。
この出会い、中々面白い事になるのかもしれないけど、
はたして何処へ向かうのか――
フフ。
考えてもせん無き事…ね。
まぁ、いいわ。
この縁が本物ならば…そう遠くないうちにまた巡り会う。
縁というものはそういうもの。
そして――
縁は断ち切れない――

遺跡の外に戻って、
直に仲間達と別れる。
今日は1人…
そう、1人でいたいから。
日がやがて沈み行き、
夜になる。
私は1人湖畔で静かに月を見上げ――
襲い来る闇へと飲まれていった――

* * * * * * *
―何気の無い行為。
―深い意味の無い行為。
そんな気軽で行った行為でも、
いつの日か回りまわって自分へと。
縁が深いのであれば尚更に――


とても、憂鬱だった。
静かに空を眺めてみれば、
灰色の雲が広がっている。
せめて晴れてもいれば、
憂鬱な気分も少しは楽になるだろうのに――
ああ、そういえば…
あの日の空もこんな感じだった。
拾ったあの男はどうなったろうか?
あのお医者様は信頼出来る人だし、
恐らくは大丈夫だとは思うのだけど――
出来る事はやっておいたのだし、
後は彼の気力次第かしらね。
しかし、もう会うことはないだろう。
たまたますれ違って、
たまたま助けただけ。
深入りする必要はない。
深入りさせる事はない。
命が助かったのなら尚更に。
――この姓の通り、
私は…人を死へと誘ってしまうのだから――

空ばかり眺めていてもしょうがないので、
ふと視線を下へとずらす。
すると思いもかけないものが目に入った。
黒いスーツの1人の男が校門の柱の影で1人佇んでいる。
目を凝らす。
こうみえても視力はいいので、
すぐに彼が誰なのかはっきりと見る事が出来た。
彼は確か…
そう。
あの顔には見覚えがある。
間違いない…
あの日、
私が助けた男だ。
一体何故彼はここに…
…かすかにふれて離れていく縁だとばかり思っていたのに…
騒がしくなりそうね。
…嵐がきそう…

あれから二週間の時がながれた。
万全とはいえないが、
十分動きまわる体力はついた。
――ベッドの上でゆっくり考えて、
俺は1つの結論を出していた。
俺を助けてくれた彼女を探し出す、と。
そして、恩を…返さねばならない。
俺が俺である為に。
そして…
探し始めてからついに、
彼女が通ってあるであろう学校を突き止めた。
(…ここか)
名門所の学校だ。
ゆえに、長居はできない。
柱の影からじっと眺めてみる。
学生達が勉強をしているのが見えた。
そんな中、
ただ1人、空を眺めている女学生がいる。
少し気になってじっとみていると、
不意に、その女学生と目があった。
(――!)
遠目でよく見えないが、
目が紅い…
そんな気がした。
そして確信する。
彼女がそうなのだと――
(見つけた…!
…こんなに早く見つかるとはな…)
ならば、今はここに用はない。
直にこの場を離れ次の行動へと移る。
心配は要らない。
すぐに会えるのだから。
そう。
すぐに――
(…惜しむらくは…
色恋沙汰の花ある話では無い事か。
まぁ…それよりも大切な事だから別に構わねぇんだがな…)
男は自嘲(じちょう)めいた笑みを浮かべる。
己の不甲斐(ふがい)なさが招いた事。
それが思ってもみなかった方に転んだのだから。
それに…
その出会いが何よりも優先すべき事だったはずの事よりも、
もっと優先させるべき事をもたらしたのだから――
こうなってみて初めて己を省みて出た笑み。
嗚呼、本当に…
(…俺は…弱いな…)

――今、静かに嵐が近づいていた――

出会ったのが縁ならば、
こうして巡り会うのも縁。
はたして凶なのか吉なのか。
これだけ強固な縁なのだから、
1つ分かっている事がある。
それは――
ただで済むはずがない事…

* * * * * * *


目を覚ます。
すると…何か全身が冷たい。
そして、地面が揺れている。

身体を起こそうとすると、
手が沈む。
ああ、
そうかここは――
(水の上…
どうやら湖に落ちてしまったみたいね…)
泳いで岸まで移動する。
幸い、いつものように服は血に濡れていたものの、
このまま水浴び序に服を洗うことは難しくない。
…せっかくだから楽しむとしましょう。
誰もいないしね。

水浴びを堪能し、
新しい服へと着替える。
着替え等もっていた荷物は、
濡れずに済んでいた。
之からの今日の予定は無い。
明日には再び遺跡に潜るのだが、
折角出来た一日。
無駄に過ごすことはない。
ゆっくり遊んでみるのも一興。
ともあれ…

「羽を伸ばしましょうか…
 ふふ、たまにはいいわよね――」






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