「もう・・・終わりね・・・・・・」

巨大な肉の人形が崩れ落ちると同時に、
蒼い光も段々と光が弱まり消えていく。
反応は無し。
これで終わりね。
これほど容易く勝てるなら、
自分達の実力がどこにあるのか、
もう一度考えなおしてみようかしら。
もっと深くに潜っても良い…
そう思う。
「魅月。」
ゆっくり考え事をしていると、
奏さんが話しかけてきた。

特に思い当たることはないけれど…
「…あら、奏さん。
 どうかしたのかしら?」
「いや、何があるわけでもないが…
 体の調子の方は大丈夫か?」
ああ、成る程。
そういうことね。
「お蔭様(かげさま)でね。
――私には傷一つないわよ。」
私の返答に一つうなずき、
苦笑いを浮かべる奏さん。
「それならいいんだ。
 まぁ、怪我してたら直すのは私の役目だからな。
 それに、魅月は無茶をする。
 無茶をする患者を診るのは医者の務めさ。
 ――まぁ、面倒がないに越した事はないが…
 どこかの誰かさんは、
 手間を増やしてくれるからね。」
「あら、皮肉?」
「たまにはいいだろう?」
それもそうね、というかわりに、
クスクス笑う私、
そんな様子をみて、奏さんも笑う。
暫く笑いあって、
「ああ。そうだ
 ――実は魅月に尋ねたいことがあるんだ。」
不意に真剣な目でこちらを見る奏さん。
尋ねたいこと…
何かしら?
「何かあったかしら?
 …言ってみて?」
「――魅月は」
「私は?」
「…どうして耐えられるんだ?
 あの時からずっと見てきた。
 今まで負った傷、
 そして回復も。
 上手く言葉には出来ないが…
 少なくとも、ただの人が耐えれる代物じゃない。
 肉体的に…ではなく…
 『精神的に』
 本来ならば、もうとっくにどうにかなっているかもしれない。
 そうならない何かがあったとしても、
 どこかに歪みが出る。
 ――だが、魅月は歪んだようにも…見えない。
 …魅月に聞いても答えられないかもしれないし、
 不快に思うかもしれない。
 けど――気になったんだ。
考えても分からないなら当たって砕けろってね。」
…永遠に続く苦痛。
永久に続く絶望。
取り返しのつかない過去――

そう。
私はあの日からなんら変わりなく生き続けて来た。
私は私で在り続けてきた。
時には曲がりながらも真っ直ぐに。
何度かその疑問には答えた記憶がある。
――でも――
「申し訳ないから…かもしれないわね。」
今日、私が答えたのは、
全く違う答え。
どうしてこう答えようと思ったのかは分からない。
「…へぇ?」
「…そう。申し訳ない。
 たった一人で生き延びてしまった事。
 多くの人に不幸を運んだ事、
 傷つけ殺してしまった事…
 様々な出来事があったわ。
 直接的に私が何かしたわけでないこともある。
 けれど…
 私は…
 関わり、当事者だったのは確かな事実。
 なら――
 痛みくらいで…
 苦しみくらいで…
 絶望くらいで、己を見失うのは、
 関ってきた皆に悪いわ。
 皆はもっと苦しくて…
 辛かったと思うから。
 それに…
 …私が私であるかぎり、
 全ては私の中にある。
 …皆が生きてきた証でもあるわ。
 ――ふふ。
 だから、私は私で在り続けられる。
 気障で傲慢な考えなのかもしれないけれどね。」
「…」
静かに私の話を聞く奏さん。
そんな奏さんに背を向けて歩き出す。
「それじゃ、またね。
 ここから先は別行動…
 お互いのなすべき事を済ませましょう?
 心配しなくてもすぐあえるから、
 気にする必要はないけどね。」
数歩あるく、
すると…
「…魅月。
 いや、振り向かないで良い。
 …自分で在り続ける事は…
 死んだものにとっての手向けになるんだろうか?」
「…さぁ…ね。
 私はそう信じているけど…
 独りよがりな考えだとは思うし、
 ひょっとしたら違うのかもしれない。
 けど…自分に出来る事をしていくしかないのなら、
 そうあることは最低限必要な事なんじゃないかしら?」
「成る程、そうか…
 ああ。確かにそうだな。
 …ま、私は適当にやるだけ…か。
 いや、すまなかった。
 変な事を聞いた。
 それじゃ、気をつけてな。」
「ええ、貴女もね。」
そのまま別れる。
深くは聞かない。
意味があったのかもしれないし、
無かったのかもしれない。
ただ、
それで己の心に整理をつけて、
何かを見出したのなら…
きっと意味はあったし、
素敵な事だと思う。
それに…
もし何かあるのであれば、
それは必要な時、
明かされるのだろう。
…だから、今は前を向いてゆこう。
ここより先は己のみの力でやるべき事が待っている。
久しぶりの一人きり。
…気を引き締めないと。

――皆とわかれ、
目的の物を探す。
特殊な飴玉。
それを手に入れれば、
新たな力となるらしい。
見つけるのはそう難しくなかったけれど、
皆は大丈夫かしら?
――ま、今日は久しぶりの一人。
覚悟しておかないとね。

* * * * * * *
――多数――
弱者は群れる。
しかし、群れの中心にいるのは、
弱者ではなく、
常に強者。
ならば、弱者を倒せば出てくるのは――


「ば…化け物…か?
 こ、これだけの人数でも…」
呻(うめ)くように声を出し、
昏倒する男。
化け物か…
あながち間違ってはいないけれど…
今した事は人の域。
これくらいで化け物というなら、
本当の化け物に悪いと思うわ。
――まぁ、
普通ならば当然の反応とはいえるけれど。
ふぅっと一息ついて、
掌の埃を払うように叩く。
「――終わりでいいわよね?
 それじゃ、もう会わない事を祈るわ。」
勝敗は既に決した。
ならば…
勝者となった私は、
自分の思うようにこの場より立ち去る事を選択する。
――人気がないとはいえ、
この騒ぎを聞きつけて誰かが来るかもしれない。
そうなったら面倒な事になるもの。
だが、去ろうとしたその時…
「――待て。」
背後から声が聞こえる。
ふぅ。新手かしら?
…負けるとは思わないけど、
只者じゃない気配ね。
銃でも持たれていたら、
流石に分が悪い。
ここは――会話して様子をみるとしましょうか。
「…あら…
 私は自分の身を守っただけなのだけれど、
 気に入らなかったかしら?
 今度は貴方が相手?
 生憎――私はもう帰りたいから、
 せめて後日にしてほしいのだけど?」
「…いや。
 こいつらは私の子分でな。
 無関係ではないが、
 別に君をどうこうしようとか、
 そういう訳ではない。
 ――実に鮮やかな手際だった。
 流石に本来の目的を忘れた上、
 堅気の女に手を出されちゃ困るから、 
 止めようとしたんだが――
 いや、必要無かったな。
 まさに見入ってしまった。」
「――それで?」
続きをうながす私の声に、
笑いをあげる男。
振り向いてみたいけど…
まぁ、ここは顔を見せないほうがいいわね。
覚えられたくないし。
「いや、失敬。
 ――若いのに落ち着いたものだ。
 敵には回したくないな。
 ああ、それで――
 謝罪をな。
 すまなかった。
 後でこいつらにはしかるべき罰を与えておく。
 何か礼を…といっても断られるだろうから、
 やめておこう。
 ――
 そう、それと最後に一つ聞いておきたい。
 深川砕斗という人物を知っているか?」
深川砕斗。
そういえば――
あの助けた男の人もそんな名前よね。
…つくづく厄介を抱えてるのね。彼は。
「…いえ、知らないわ。」
「ならばいい。
 もし見かけたら――」
「気が向けばね。
 貴方達が誰なのか、見当はつくわ。
 名乗らなくても結構。
 まぁ、私は関わりあいたくないの。
 それじゃ、話は終わりみたいだし、 
 帰らせてもらうわ。」
話を最後まで聞かず、
打ち切り立ち去る。
それが――最善だから。

去り行く女を眺め、
男は首をふる。
「――やれやれ。
 助かった。
 ――やりあう事になってたらどうなっていたか分からんな。
 しかし――
 何者だ…?
 ただの女子高生にしか見えないが…
 まったく…
 近頃の女子高生も物騒になったもんだ。
 おら、起きろ!
 あとでみっちり説教だ!」
地べたに倒れた男達を蹴る男。
蹴られた男達は立ち上がると、
すごすごとその場を後にする。
「…しかし、最近の若い奴は使えないな。
 己の欲望を優先させやがる。
 …ま、半死人の死体が一つ見つからないだけだ。
 どうせ奴に力は無い。
 暫くプレッシャーをかけて、捨て置くか。
 どうせくたばるに決まっている。
 そう、何も出来やしない」
くくっと男は笑う。
全てが己の掌で動いている事を確信しているかのように――

暴である事。
それは平穏を乱すもの。
平穏を守るもの。
だから、関わってはいけない。
――ただ只管に平穏を願うだけならば――

* * * * * * *


眼を覚ます。
今日はたった一人。
そう、たった一人で挑まねばならない。
どうせ合流前に襲ってくるのだから。
「皆は…大丈夫よね。
 それよりも…
 やれやれ、今日は一段と激しく霊達は暴れたのね。
 いつも以上に服がぼろぼろ。
 ――困ったものね。
 でも…」
まぁ、構いはしない。
分かっていた事なのだから。
気分を変えるため、朝の日課を済ませる事にした。

――仲間達との合流を急ぐ。
目的を果たしたならば、
危険な場所であるがゆえに、
仲間と行動したほうが安全だから。
しかし、そんな私の前に一匹の栗鼠が立ちはだかる。
中々強そう。
私一人で勝てるかどうか、いえ…

「――私は
     レ     ギ     オ     ン
 大群をもって敵を討ち滅ぼす存在也――
 さぁ――いくわよ…
 覚悟しなさい――」








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