風を切り裂くような唸りを上げて、
巨大な蠍の尾が襲い掛かる。
辛うじて回避しながら、打撃を与えていくが、
かなり強靭な体をもっており、
攻撃が中々通らない。
さらには攻撃している最中、
再生の能力もあるらしく、
折角与えたダメージも無駄となってしまう…
それでも、なんとか後1歩…
後一歩というところまでなんとか追い詰め…
(…もう少し…後は――)
限界が、来た。
相手の懐まで飛び込み、
ギリギリの状況によって追い込んだものの、
油断をしてどうにかなる相手ではない。
その一瞬の隙をつかれ、
私の体を蠍の毒針が貫く。
意識が遠のく――
これは…
死んだかしらね…
心臓の上を直撃、
更に毒が流れる感覚が分かる。
フッ…無様ね…
ここまで…か…
………
……


――…月…
…?
――魅……
…ついにお迎えでも来たのかしら…
――魅月!
…そんな大きな声出さないでも聞こえてるわ。
…でも、変ね。
この声は…
目を開く。
目を開くと飛び込んできたのは、エモさんの顔。
「エモ…さん?」
「魅月!
 よかった、起きてくれて。
 2人共倒れたけど、
 頑張って私1人で倒したよ!
 おなかすいたー
 ごはんちょうだいー?」
「え…あれ…
 私はあの時…」
「?」
…確かに…
自分の頬をつねってみる。
痛い。
どうやら夢じゃなかったらしい。
が、私は生きている…
…ふう。
…私も存外しぶといのね。
これからの事を考えると良かったわ。
さすがにやるべき事を終えずして死ぬのは本位じゃないもの。
「どうでもいいけど、
 おなかすいたー
 はやくごはんごはんー」
…思わず笑みがこぼれる。
それにしても、
エモさんはいつも明るく、
悩みなんてない感じがする。
実際は色々あるのかもしれないが…
そんな彼女の無邪気さに、
私達はいつも助けられている。
今日もまた…
「はいはい。
 それじゃ、ドーナツでいいかしら?」
「わーい、ドーナツ、ドーナツ〜♪」
体を起こし、
痛む身体を我慢して動かし、
鞄へと手をのばす。
そして、鞄の中から、包装されたドーナツを取り出す。

それにしても、
常に何かお菓子を携帯するのが常になってきたわね。
まぁ、エモさんがよく食べるから、
こうでもしないと大変な事になるというのもあるのだけど。
「はい。ドーナツ」
「わーい♪」
そっと包みごとドーナツを差し出すと、
喜んで食べ始めるエモさん。
あたりを見回してみると、
奏さんはまだ気絶しているらしく、
倒れていた。

凄いわね。
1人で最後は押し切るなんて。
もっと頑張って、
しっかり耐えれるようにならないと…
今後が思いやられる。

もっと集中して、
もっと真剣に…
相手の攻撃をいなし、
かわす修練が今だ足りない。
もっと…もっと鍛えて、
しっかり最後まで立てるようにならないと…
だって…
「…エモさんばかりに頼ってられないものね。」
そっとエモさんの頭の上に手を置く。
すると…
「?」
ドーナツを食べる動きを止めて私を見上げるエモさん。
「なんでもないのよ…」
頭を撫でながら、
微笑む私に食べる手を止めて微笑むエモさん。

…こんな小さい子が、
あんなに強い蠍を、
1人になってもしっかり片付けて、
何気ないように振舞えるなんて…ね。
…本当に強い。
私もしっかり見習いましょうか…
「それにしてもよく食べるわね…」
「おなかへったらごはんいっぱい食べないと。
 いっぱい食べて、
 いっぱいうんどーして、
 げんきにがもっとーだから。」
「偉いわね……」
「うんどーはきらいだけど。」
「…。」

全くつかみどころがないわね。
まぁ、それもまた良い所なんだけど。
そうやっているうちに奏さんが首をふって起き上がる。
…どうやら無事のようね。
やれやれ。
次に移動する準備を整え、先に進む。
この調子で上手く先に進み続ければいいのだけど…
まぁ、こればかりは分からない事ね。

その後は特に何事もなかった。
ゆっくり野営の準備を終わらせ、
静かに眠りに落ちていく。
ゆっくりと…
ゆっくりと…

* * * * * * *
――仁義。
その言葉には色々なものが秘められている。
人によって、
立場によって違った面を見せるもの。
けれど…
きっとそれは忘れてはならない何か――



10月…
秋も半ばとなった日の夜、
1人の男が街の片隅でぼろぼろになって座り込んでいた。
無慈悲にも降り注ぐ、
冷たい秋雨が男をうつ。
容赦なく体温を奪うその雨はまるで命の灯火を消すかのよう。
男は空を見上げる。
しかし、
見上げた先には
どんよりと重くのしかかるような雲が覆った暗い空と、
降り注ぐ雨しか見えない。
それを見上げて、
男は自嘲(じちょう)するかの如く嗤(わら)った。
「は、はは…」
力なく、諦めたように。
救いの手などどこにもありはしない。
恐らく…己がここで朽ち果てるのが分かっているかのように。
「いつかは…こうなる事は分かっていた…
 けれど…俺ならもっと上手くやれる…
 その為の力も…
 志も…全て備えてると思っていた…
 だが……
 まさか……こんな風にして…
 終わりを目の前にするなんて…
 思ってもいなかった…
 …ああ。
 後悔はしていない…が……
 口惜しいな…
 …チッ…
 目もかすんできやがった…
 お迎えの…時間…か…」
1人、空に向かって呟き続ける男。
だが…不意に変化が訪れる。
男に容赦なく降り注ぐ雨が急に途絶える。
薄れ行く意識の中、男は見た。
いつのまにか現れて…
いつのまにか傘で雨から守ってくれた女性の姿を。
どんな顔をしていたのかは分からない。
ただ、分かったのは…
セーラー服から学生である事、
そして…
――その赤い瞳――

「――ふぅ。」
今日も一日が終わる。
この学校へきて、はや1年と6か月。
もう完全に馴染んでいる。
とはいえ、
卒業が控えている手前、
そう長居は出来ないのだけれども。
卒業を迎えてしまえば…
もはやこの地にはいられない、
直に次の地へといかねばならない。
――永遠に繰り返す学園生活。
別に学生をやめてもいいのだけど、やめないのは…
“不都合が多すぎる”
ただ、それだけの理由。
…いいえ、
きっとこれも呪縛なのかもしれない。
私の時はあの時からずっと止まっている。
絶対に進まない時計のように…
縛りつけられている…
親しい人は何人か作っても、
親しくなりすぎないように、
気をつけながら…

でも、それは別れが辛いからじゃない。
不幸を呼び寄せるから…
他人が不幸になろうとなるまいと、
私には関係ない。
けれど…
私が原因であるならば、
出来る限り避けたい。
その為の処置。
何度も失敗を繰り返してきたが、
今いるここではなんとか上手くやって来ている。
――それは孤独に等しいが、
孤独など恐ろしい事でもなんでもない。
…もっと恐ろしいものを私は知っている。
(ああ、そういえば…)
不意に色々思い返しているうちに、
そろそろ食料が足りないことに気づく。
…時間はまだある。
外は雨がふっており、
あまり時間もないけれど…
思い立ったが吉日。
さっそく傘をさして買い物をしに行く事にした。

買い物を終えて、
住処に帰る。
その途中…
ふと、路地の片隅、
目立たない場所に1人の男性を見つけた。
怪我をして…
動かず空を見上げているのが見て取れた。
ほっておけば、
そのまま死んでいくだけだろう。
私には関係ない。
通り過ぎようとして…
不意に男の言葉が聞こえた。
――後悔はしていない。

死に際してそんな言葉を心の底から吐ける人は何人いるだろう。
…私は…きっと…
興味がわいた。
傘で、男に降りかかる雨を遮り、
服を破いて包帯代わりに使う。
時間稼ぎにしかならないが…

そういえば、近くに医者が居たわね。
私の力ではそう重いものはもてないが、
ゆっくり引きずるようにして運べばいけるかもしれない。
やれやれ。
重労働。
まぁ…仕方ないわね。
興味をもってしまったのだから…
全く本当に運がいい人。
まぁ…
私にかかわりを持った事、
そして…
こういう状況に陥り、
覚悟をきめたというのにこうして助けが来るなんて時点で
運は悪いともいえるのだけど…
…せいぜい…
足掻いてもらいたいものね。
そうそう…
私の事は伏せさせてもらいましょうか。
わざわざ知らせる事ではないし…
恩にきせたくないものね。

――覚悟。
覚悟を決めたとき、
覚悟が無駄になってしまったらどう思うだろう。

願わくば、
その覚悟の分だけ前に進まん事を――

* * * * * * *


目を覚ます。
…ああ。
そういえば…あれから随分立つのね…

あの時の事もまた私の心の中に深く刻まれている。
私は…
いまだあの時から抜け出せていなにいのだろうか…
気にしてもしょうがない。
しっかり朝の日課を果たして、
次へと進む。
そんなに私達の目の前に現れたのは…
「っや!また会ったね、こんにちは♪」
以前であったエドとかいう少年。
そして黒い獣。
「えーとねぇー・・・・・・
 なんかね、
 この道は島の核へと繋がる一本道だったんだってさ!
 それで神崎さんは慌てて先に行っちゃった。
 『お前はここにいろ。誰も通すな。』
 だって。
 ひどいよねー、お前・たち・だよねぇ。」
なるほど?
つまり…
「君達を倒さないと進めないというわけかしら?」
「ご明察!
 ・・・・・・っま!
 そういうわけだから、
 よろしくぅッ!!」
元気に挑んでくる少年…エドとその仲間の獣。
フフ、良いわ…
なら…

「さぁ、いらっしゃい…
 最高のもてなしでお相手するわ?」

 



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