退屈といえば
とても、退屈だった。
けれど、
救いというものはあるもので――
「…それでも、本があるから退屈が紛れるかしらね…」
もう何度読んだことだろう。
この島に来る前に用意した本。
こちらに来てから一冊も補充していないから…

読みすぎて結構ボロボロになってきている。
別に新しい本を買ってもいいのだけれど――
なんとなく、
この本以外読む気になれない。
別に思い入れがあるとか、
好きな作家の本だとかいうわけでもない。
ただ…そんな気分なだけなのだけれど。
「……」
しかし、何度も読んでしまったせいか、
既に私は内容のほとんどを覚えてしまっていた。
「ただ、ページをめくるだけになってるのも確か…
 なのだけれど、
 どうしてこれを続けていられるのかしら…」
とても、静か。
ただ辺りにはページをめくる音だけがする。
誰かいないか…
とはいっても、
そう都合よく誰かがいるとは限らない。
今までは誰かがいるという環境だったせいか、
それが当たり前のように感じていた事を痛感する。
「…はぁ…」
本を閉じる。
その事に思い当たった瞬間、
読む気が失せた。

「他に何か暇つぶしでも探さないとダメかしら?
 時間はまだあるのだし…」
とはいえ、
特に趣味という趣味があるわけではない。

ゆっくり何か探していこう。
それと…やはり趣味を作るというのは大切。
これも…
ゆっくり作っていくべきだと思う。
退屈だけならまだしも、
寂しさも埋めるとなると、
何もないというのは流石に…
耐えれるようなものではないのだから――

* * * * * * *
――狂演――
それは常識はずれの大騒ぎ。
之を狂演といえばそうなのだろう。
悲鳴が、絶叫が…
とても良く響き渡るのだから――



魅月に爪を振り下ろそうと殺到(さっとう)した獣達。
その全てが静止する。
暫し流れる沈黙ののちに、
獣達は何かに怯えるように距離をとる。
そして…
頭を抱え、
獣達はのた打ち回る。
 

――アァァァァァァァァァッ!
――入っテ来るナ…!俺の中二…!
――やめて…!やメテくれッ…!
――…!どうした何が…ぐ…あ…!
――駄目だ。汚染される。何があったか分からないが…
――ウォォォォッ!頭が…頭ガ…!
――遮断(しゃだん)しろ!回線を…!残念だが…!
――くそ…!何が…!



全身に傷をおったメイドが3名、
既に一人はやられてしまった。
そして、メイド達ほどではないが傷を負った執事。
…残された4人は茫然(ぼうぜん)と獣達がのたうつ様子をみていた。
「…こ、これはいったい…!」
「…いえ、私にもさっぱり…
 …!
 茫然としてはいられません、
 今が好機!
 攻めますよ!」
「あ、はい…!」
のたうつ者達をみて、
未だのたうっていないものは混乱しているだけの獣達。
だが
時間を置けば冷静さを取り戻し、
不利な状況は変わらない。
だからこそ、
乾坤一擲(けんこんいってき)の行動が必要。
一縷(いちる)の勝機を見出し、
それに全てを賭けるべく行動する4人。
獣達はそれに対応する前に混乱を解く事は出来ず――

「…」
ただ一人、
のたうつ獣達を眺め続ける。
私は何もしていない。
それを成したのは――

「この様子だと、
 どうやら向こうでも被害は出たようね。
 …
 それにしてもつまらない結末。
 これで終わりかしら…」
「ア…アアッ…!
 貴様…何ヲ…!」
だが、そんな中でも未だ理性を保っている獣もいたらしい。
頭を押さえながらも未だこちらを理性の光を宿したまま睨(にら)みつける。
「…
 私は何もしてないわ。」
「馬鹿ナ…そんなはずは…!」
「…
 ただそうね。
 ここは場所が悪ければ、
 時間も悪く、
 そして私に危害を加えようとした事が不味かった。」
「ナ…に…?」
「全て悪条件がそろっていた。
 …
 貴方達には見えないのかしら?
 …ひょっとしたら、
 目を凝らせばみえるかもしれないわよ?」
「…」
その言葉に苦痛に顔をゆがめながら目を凝らす獣。
そして、
その顔には恐怖が張り付いた。
声なき悲鳴を上げる獣。
私はその声を聴いて場を後にする。
ここにはもう何も残っているものはない。
全ては決した。
死者によって死に引きずられ、
正気を失い死にゆくものにかける
手向けの言葉なんて気の利いたものは私にはないのだから。

――屋敷の中へ戻り、
エリザの元へと歩いていく。
屋敷の中は静か。
もはや全てが終わったのだろう。
そして、それを肯定するかのように、
屋敷を巡ると執事とメイド一人が扉の前でエリザに治療されているのが見えた。
「…どうやら無事終わったみたいね」
「そのようですな…
 突然苦しみだしたものもいたおかげで、
 本当に助かりました。」
「ええ…でも、
 他の皆はもう…」
「…そう、まぁ仕方ないわよね…
 ……
 奴らは貴女が調べているから襲い掛かったらしいのだけど、
 貴女はこれからどうするつもり?」
「…」
ぎゅっと唇をかむエリザ。
己のせいと分かっていても、
引くわけにはいかないという感情と、
これ以上はもう犠牲を出したくない、
そんな感情が今渦巻いているのだろう。
「…」
じっと返答を待つ。
「…それでも、私は…
 ここでやめる事は出来ませんわ。
 …
 犠牲が生まれてしまった、
 これからも犠牲がでるかもしれない。
 それでも…
 だからこそ…
 私は続ける。
 既に犠牲は出てしまったのですから。」
そして、出た答え。
それは私が満足するものだった。
私から彼女に手向ける言葉はまた無い。
なぜならば、
私は彼女にずっと付きっ切りというわけではないのだから。
だから背を向けて執事に向かって言い放つ。
「…彼女の事、
 これからも支えてあげて。
 貴方ならできるでしょう?
 今までも之からも…
 ずっと見てきたのだから。」
「…勿論です。
 こんな事か二度とないよう…心がけるつもりですとも。」

全く。
どこまで喜ばせてくれるのか。
ならば邪魔者は消えるとしよう。
幸運を祈りながら。

「…行ってしまわれましたね…
 全く…ゆっくりしていかれればいいですのに。」
「…彼女にも事情があるのですよ。
 そんな事よりこんな事にお手を煩(わずら)わせてしまい、
 申し訳ありません。」
「…これくらいはさせて下さいな。
 忙しくなりそうですわね。」
残された者達は残された者達の義務を果たす。
その結果がもたらすものは今は分からないが――
きっと素晴らしい結果を手に掴(つか)むだろう。
覚悟を決めたものは強いのだから――

――風は立ち止まらず、
風は歩み続ける。
一所に留まらぬが故の風。
その風が後に残したものは…
死と価値があるかもしれない何か。
ただ、それだけ――

* * * * * * *



あまり遺跡外にも長居してはいられない。
次の戦いの地へと向かう。
そこで出会ったのは…
「…また会ったわね?」
「あらぁん、おひさしぶり。
 こんなトコロまで来ちゃったのねぇ…
 …もう、イケないコ。」
…レディボーンズ。
そして…
「それにしても趣味が悪いわね。
 彼等に一体何をしたのかしら?
 大体の予想はつくけど。」
視線を彼女と共にいた者達へ向ける。
完全に正気は失われている兵士達を。
「驚きが少なくて残念ねぇ。
 それにしても…ふふっ……
 ここまで来てくれるならぁ…
 私が連れていかなくてもよさうねぇ。」
「…連れて行く?」
それは?と耳を傾けた所で…

ズウゥンッ・・・
ズウゥンッ・・・


大きな足音が耳に飛び込んできた。
「……あらぁ?」
そして現れるは異形の黒い巨人。
「あ〜らぁ、カリムちゃん。
 追いかけてきちゃったのねぇ…
 …かわいぃんっ!
 そ・れ・か・ら…
 ごめんなさいねぇ、
 さっき出来損ないのエキュオスが
 私の研究所の方に飛んでっちゃってぇ……
 だからぁ、
 貴方の相手は、
 こ・の・コ・た・ち……また後で、ねっ♪」
…そういってレディボーンズは走り去る。
本当にしたたかな相手ね。
この黒い巨人と兵士達を押し付けるとは。
やれやれ…まぁ、いいわ。
仕方ない事だもの。

「…へへぁ、……にぃ、…ひゃいぇえうぁやあぁぁッ!!!」
「全く面倒だけど…
 少し遊んであげる…!」


「あの方は元気でしょうか…」
「あの方?
 それは一体…」
「ああ、貴方は知らないのでしたわね。
 …
 貴方のお父様と私が…
 何が有ろうと前に進むと覚悟を決めた話はしましたわよね?」
「それはもちろん。
 詳しい事までは知りませんが…」
「…彼女はその場に居合わせたの。
 彼女が何をしたのかは知らないし、
 分からないけれど、
 彼女のおかげで私達には今がある。
 そんな気がするわ。」
老年に差し掛かった女性と、
若き青年。
二人は昔屋敷であった場所を眺めていた。
今やそんな昔の風景の面影も周囲には求められないが、
「…そして、ここはそんな場所。
 何かあるたびにここに来るようにしているの。
 そうしたら、彼女に会えるような気がしてね。」
「なるほど…
 でも、彼女に会って何をするつもりなんですか?」
「…友達になりたかった、
 そんな思いを叶えたいのかしらね。
 あの時はそんな事すら出来なかったから。
 もっとも…
 彼女の方は…
 そんな事望んでくれてはいなかったのでしょうけれど。」
「…なるほど。
 でも、会えますかね?
 ここら辺の人ならもうすでにあっていても…」
「さあ?
 でも…会えるとしたらここだと思っているのよ。
 運命を感じるとでもいうのかしら?
 そう。今振り向けば――」
振り向く女性の瞳に一人のセーラー服を着た少女が飛び込む。
あの時と同じ服、同じ姿で。
――そして二人は再び出会った






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