剣を構えた狼が三匹に、
巨大なハリネズミが二匹。
いずれも強敵。
だが――
「タイミングが、悪かったわね――」
今日の霊達は昂(たかぶ)っている。
それは嵐となって、駆け抜けた。
力も技も意味は成さない。
それは暴虐(ぼうぎゃく)。
それは災害。
避けようなんてない――
あっという間に敵を駆逐(くちく)する。
後には何も残らない。
だが、そんな力を使えば反動は必ずある。
頭痛が、する…。
頭が痛く、
視界が揺らぐ。
あぁ、全く――
不甲斐(ふがい)ない。
ここまで、か――
幸い道程は殆ど終わっている。
迷惑をかける事になるが――
後は…仲間達に任せるとしましょうか――
崩れ落ちる体を支える事も、
声を出す事も出来ず、
私の意識は闇の中へ――

* * * * * * *
少女は一冊の本を手に取る。
その中にかかれているのは様々な物語。
単調に読み進め、
ある物語に差し掛かった時、彼女の手は止まった。
物語の題名、それは――
『愛されるより愛したい真剣(マジ)で』


少女は眠る。
氷の棺の中で。
いつの頃から眠っているのか。
どうして氷の棺で眠っているのか、
それは誰にも分からない。
ただ、
彼女は眠り続ける。
氷の棺の中で、
永遠に。
ずっとずっと若い姿のままで。
もう2度と覚める事のない眠りの中で、
彼女は何を夢見るのだろう。
楽しい夢なのだろうか?
それとも、悲しい夢なのだろうか?
彼女の顔からは何も読みとれない――



「…あぁ…」
なんて、美しいのだろう。
或(あ)る日偶然に見つけた僕の秘密基地。
そこに彼女は眠っていた。
氷に抱かれ眠る彼女はとても美しくて――
初めて出会ったその日から、
僕は恋におちた。
でも、この想いはきっと彼女には届かないのだろう。
何故なら彼女は眠り続けているのだから。
生きているのか、
死んでいるのか――
それすらも分からない。
けれど、僕は恋に落ちてしまった。
そこに理由なんて必要は無い。
その事実こそ、僕にとっては大切な事。

氷の中で夢を見る。
私が氷に閉ざされてどれほどの月日が流れたのだろう。
もはや数えるのも億劫(おっくう)で――
ここから出る事なんてとうの昔に諦めてしまった。
だから…
私はずっと夢を見続けている。
夢の中は幸せだから。
夢の中でしか私は幸せになれないから――
だから、
夢を見続ける。
私だけの王子様があらわれて、
私をこの氷の中から救い出してくれる。
王子様といっても――
別に白馬を乗っているわけじゃない。
普通の人。
――だけど、
とても私を愛してくれて、
その愛で氷を溶かしてくれる。
そして――
幸せな家庭を彼と共に築いてゆく。
そんな幸せな夢を――



 

それから数年が経過した。
少年だった男の子も、大人になって、青年に――
それでも、
彼の想いは変わらなかった。
それはさながら彼女が変わらないように。

だが――変わったといえば変わった。
彼が大きくなったが故に、
その想いも大きく――



「…今日も君は美しい…」
氷を撫でる。
伝わってくるのは冷たい氷の感触のみ。
僕だけの秘密。
僕だけが知っている。
彼女がここにいる事を。
この氷を溶かして抱きしめたい、
そう何度願っただろう。
けれど、この氷は溶けない。
どうしてなのかは分からないけれど――
ひょっとしたら、
僕が死ぬその瞬間まで、
この氷は溶けないのかもしれない。

ずっと、彼女だけを愛していたい。
けれど…
僕はずっと彼女だけを愛し続ける訳にはいかない。
…妻を娶(めと)って、
親に子供…孫を見せて、
幸せな家庭をみせてやらなければならない。
だけど、どうして出来ようか。
僕は、彼女しか愛せない。
彼女以外の誰を見ても――
例えそれが彼女に似ていたとしても、
僕の心は動かないのだから。
ああ。この氷が溶けてなくなってしまえばいいのに。
…毎日こうして温めていても溶けない氷。
そして、溶けたとしても、
彼女が愛してくれるとは限らない。
沢山の困難が、
避けようの無い現実が僕を襲う。
だけど…
それでも
――僕は彼女を心の底から愛し続けたい。

ああ、王子様、私はここにいます。
なんど、そう呼び続けただろう。
けれど、声も、見る事も、聞く事も叶わない。
誰にも届く事のないこの叫び。

そう、私は何も届けられない。
この私の心のうちの思いすらも凍てつかされて――
死んだも同じなのだから。
これは呪い。
溶かそうとしても、溶けはしない。
壊そうとしても、壊れはしない。
ずっと私を永遠に縛り続ける鎖。
もはや、
呪いをかけたものも生きてはいないだろう。
私はいつまで…こうして縛り続けられるのか。
心が折れそうになる。
けれど、私の心は折れることはない。
それもまた呪い。
…私は、
この世界が終わるその時まで、
氷に閉じ込められた日のまま心も体も縛りつけられるのだろう。
だから、
私は願わずにはいられない。
でも、その願いが叶わぬ事もまた知っているから、
今日もまた夢を見る。
王子様の夢を。
――愛されなくてもいい。
だから、だからこそ――
この想いは永遠で…
変えがたい何かなのだと信じている。
貴方を愛し続ける、
その想いを――



 

彼女の美しさを何に例えよう。
星に例えようか?
けれど、どんな星でも彼女に勝てやしない。
花に例えようか?
けれど、冬薔薇ですら彼女の美しさを言い表せやしない。
きっと、神様よりも美しい。
けれど、秘密はいつかはばれ、
白日の下にさらされる。



僕は前に立ちはだかった。
…ずっと彼女を守り通せると想っていた。
けれど、彼女の事が町の人にばれてしまった。
それだけならいい。
…だけど、
彼女を見世物にしようという人達が沢山現れ、
町の人達は皆賛同してしまった。
だから――
僕は護る。
何の力もない僕だけど、
前に立ちはだかる事は出来るから。
殴られても、
蹴られても、
ずっと立ちはだかり続ける。
ここで、死んでも構わない。
それで彼女が守れるのなら――
「…どうして、そこまでして守る。
 氷漬けの女1人で。
 どうみても死んでいる。
 お前がどんなに想おうと、
 そいつは何も返してはくれない。
 無駄な事はやめろ。
 …もう十分だろう?」
男の1人が立ちはだかり続ける僕を説得しようと、
暴力を振るう男達を押しのけ前に歩み出た。
確かに、彼のいう事に一理はある。
だが、そうじゃない。
そうじゃないのだ――
「…
 それでも、さ…」
「…?」
「愛されなくてもいい。
 僕は彼女を愛したい。
 見返りなんて求めはしない。
 ただこの気持ちに偽りは作りたくない。
 何故なら、僕は彼女を愛してしまったのだから。
 この想いに一点の曇りも作りたくない!
 笑いたいなら笑えばいい。
 けれど――
 これが!
 僕に出来る彼女に出来る事!
 そして…!
 誓う!
 死ぬその瞬間まで、僕はこの想いを貫き!
 愛する事を!」
だから、叫んだ。
僕の心の想いを。
僕の気持ちを。

――パキィィィン!

それと同時に酷く澄み切った音が辺りに響いた――

夢を見た。
(もうすぐ迎えにいくよ――)
そう答える王子様の夢を。
もうすぐ迎えにくる?
一体どういう事なのだろう。
こんな夢は初めてだった。
いつも救い出してくれる瞬間、
そしてその後の夢しかみていなかったのだから。
…ひょっとしてこれは予兆だろうか?
けど…
希望をもってもダメなものはダメ。
悲観的な気持ちも強くなっていく。
(だから――信じて――)
でも、続く王子様の言葉に、
私の悲観的な気持ちは消えていった。
…信じよう。
どうなっても構わない。
王子様が夢の中でこう語りかけてくれたのだ。
愛したい――
だから、私は…
信じ続ける。
きっと王子様が今に救い出して――
私を抱きしめてくれると。
覚悟を決めたその瞬間、
私は目覚め――
私の体は宙へと投げ出されていた。



 

男が振り向くと、
氷が全て砕け散り、
そこには、
氷漬けにされていたはずの女がまさに地に落ちんとしていた。
男は駆け出し、女を抱き締める。
「…まさか、こうして君を抱きしめる日が来るなんて…」
女はじっと男を見つめ、
声を絞り出す。
「…王子…様?」
…それ以上、2人に言葉は要らなかった。
愛したいと願う2人が起こした奇跡――
そして2人は幸せに末永く暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。



 

※■第五回 文章コミュイベント■
シチュエーション:童話
キーワード:冬薔薇
タイトル:愛されるより愛したいマジで※



「…何を読んでるの?」
「…誰かと思えば、九音さんじゃない。
 …?
 元気なさそうね?」
本を読んでいると、
九音さんが話かけてきた。
「いや、そんな事はないけど…
 なんか魅月さん泣きそうな顔してたからさ。
 ちょっと見せてよ。
 えーと…
 『著者不明の物語』?
 読んでたのは…」
「――259ページ目よ。」
「あ、これか。
 ……」
そんなに私、泣きそうな顔していたかしら?
自覚は――無い。
ともあれ、私が指し示したページに書かれた物語を、
一心不乱に九音さんは読んでいく。
「……
 うーん…」
「どうしたの?」
「…魅月さんがそんなに泣きそうになった理由が…
 さっぱり分からなくて――」
「…別に不思議な事じゃないでしょう?
 分からない事なんてざらにあるわ。
 …さてと、この本は買うとして…
 折角だから一緒に帰りましょう?
 全く不思議ね。
 遅くなるといっていた貴方と結局一緒に帰る事になるなんて。」
「…別に不思議じゃないと思うよ?
 だって――」
 

――To Be Continued...






                                         戻る