剣を構えた狼が三匹に、
巨大なハリネズミが二匹。
いずれも強敵。
だが――
「タイミングが、悪かったわね――」
今日の霊達は昂(たかぶ)っている。
それは嵐となって、駆け抜けた。
力も技も意味は成さない。
それは暴虐(ぼうぎゃく)。
それは災害。
避けようなんてない――
あっという間に敵を駆逐(くちく)する。
後には何も残らない。
だが、そんな力を使えば反動は必ずある。
頭痛が、する…。
頭が痛く、
視界が揺らぐ。
あぁ、全く――
不甲斐(ふがい)ない。
ここまで、か――
幸い道程は殆ど終わっている。
迷惑をかける事になるが――
後は…仲間達に任せるとしましょうか――
崩れ落ちる体を支える事も、
声を出す事も出来ず、
私の意識は闇の中へ――
「…あぁ…」
なんて、美しいのだろう。
或(あ)る日偶然に見つけた僕の秘密基地。
そこに彼女は眠っていた。
氷に抱かれ眠る彼女はとても美しくて――
初めて出会ったその日から、
僕は恋におちた。
でも、この想いはきっと彼女には届かないのだろう。
何故なら彼女は眠り続けているのだから。
生きているのか、
死んでいるのか――
それすらも分からない。
けれど、僕は恋に落ちてしまった。
そこに理由なんて必要は無い。
その事実こそ、僕にとっては大切な事。
「…今日も君は美しい…」
氷を撫でる。
伝わってくるのは冷たい氷の感触のみ。
僕だけの秘密。
僕だけが知っている。
彼女がここにいる事を。
この氷を溶かして抱きしめたい、
そう何度願っただろう。
けれど、この氷は溶けない。
どうしてなのかは分からないけれど――
ひょっとしたら、
僕が死ぬその瞬間まで、
この氷は溶けないのかもしれない。
…
ずっと、彼女だけを愛していたい。
けれど…
僕はずっと彼女だけを愛し続ける訳にはいかない。
…妻を娶(めと)って、
親に子供…孫を見せて、
幸せな家庭をみせてやらなければならない。
だけど、どうして出来ようか。
僕は、彼女しか愛せない。
彼女以外の誰を見ても――
例えそれが彼女に似ていたとしても、
僕の心は動かないのだから。
ああ。この氷が溶けてなくなってしまえばいいのに。
…毎日こうして温めていても溶けない氷。
そして、溶けたとしても、
彼女が愛してくれるとは限らない。
沢山の困難が、
避けようの無い現実が僕を襲う。
だけど…
それでも
――僕は彼女を心の底から愛し続けたい。
僕は前に立ちはだかった。
…ずっと彼女を守り通せると想っていた。
けれど、彼女の事が町の人にばれてしまった。
それだけならいい。
…だけど、
彼女を見世物にしようという人達が沢山現れ、
町の人達は皆賛同してしまった。
だから――
僕は護る。
何の力もない僕だけど、
前に立ちはだかる事は出来るから。
殴られても、
蹴られても、
ずっと立ちはだかり続ける。
ここで、死んでも構わない。
それで彼女が守れるのなら――
「…どうして、そこまでして守る。
氷漬けの女1人で。
どうみても死んでいる。
お前がどんなに想おうと、
そいつは何も返してはくれない。
無駄な事はやめろ。
…もう十分だろう?」
男の1人が立ちはだかり続ける僕を説得しようと、
暴力を振るう男達を押しのけ前に歩み出た。
確かに、彼のいう事に一理はある。
だが、そうじゃない。
そうじゃないのだ――
「…
それでも、さ…」
「…?」
「愛されなくてもいい。
僕は彼女を愛したい。
見返りなんて求めはしない。
ただこの気持ちに偽りは作りたくない。
何故なら、僕は彼女を愛してしまったのだから。
この想いに一点の曇りも作りたくない!
笑いたいなら笑えばいい。
けれど――
これが!
僕に出来る彼女に出来る事!
そして…!
誓う!
死ぬその瞬間まで、僕はこの想いを貫き!
愛する事を!」
だから、叫んだ。
僕の心の想いを。
僕の気持ちを。
――パキィィィン!
それと同時に酷く澄み切った音が辺りに響いた――
「…何を読んでるの?」
「…誰かと思えば、九音さんじゃない。
…?
元気なさそうね?」
本を読んでいると、
九音さんが話かけてきた。
「いや、そんな事はないけど…
なんか魅月さん泣きそうな顔してたからさ。
ちょっと見せてよ。
えーと…
『著者不明の物語』?
読んでたのは…」
「――259ページ目よ。」
「あ、これか。
……」
そんなに私、泣きそうな顔していたかしら?
自覚は――無い。
ともあれ、私が指し示したページに書かれた物語を、
一心不乱に九音さんは読んでいく。
「……
うーん…」
「どうしたの?」
「…魅月さんがそんなに泣きそうになった理由が…
さっぱり分からなくて――」
「…別に不思議な事じゃないでしょう?
分からない事なんてざらにあるわ。
…さてと、この本は買うとして…
折角だから一緒に帰りましょう?
全く不思議ね。
遅くなるといっていた貴方と結局一緒に帰る事になるなんて。」
「…別に不思議じゃないと思うよ?
だって――」