「だって――?」
「きっと私の願いを神様が叶えてくれたんだと思うよ。」
「…九音さんの願い?」
「うん。
 一人で帰るのは寂しいから、
 途中で魅月さんに会えたらいいなって。
 魅月さんなら一緒に帰ってくれると思っていたから――」

――神様が叶えてくれたんじゃないかな?
きっと、姉さんが助けてくれるって。
どんなに寂しい時も、
どんなに苦しい時も、
姉さんなら助けてくれるって信じてたから――



九音さんの言葉で、
ふと昔を思い出した。

どうして皆は…
私を信じてくれるのだろう。
私は…
大切な時にいつも何も出来なかったのに――
守りたいものも守れず、
ただ無為にこの永劫を過ごして――
「ところで、魅月さんに聞きたい事が出来たんだけど…」
一人考えていると、
そんな様子もなく九音さんは私に話しかけてきた。
思考を中断し、九音さんの話を聞くことにした。
「何?」
「冬薔薇(ふゆばら)ってよく聞くけど、
 どんな花なのかな?
 冬に咲く薔薇でいいの?
 でもそれなら薔薇のままでいいよねぇ…」
「…ええ、冬に咲く薔薇の事ね。
 ふゆさうびとか
 寒薔薇(かんばら・かんさうび)もいう事もある…
 まぁ、俳句とかで使われる表現である事が多いかしら。
 季語の関係ともいえるわね。
 …それに、
 薔薇にはきっと人は思い入れがあるのかもしれないわね…」
「成程ねぇ。
薔薇って…そういえばいつの季節の花になるのかな?」
「夏ね。」
「そっか。
 つまり…
 魅月さんみたいな花なんだね。」
「……は?」
私みたいな…花?
そんな風にいわれるなんて予想だにしなかった。
「そう、魅月さんみたいな花。
 薔薇のように気高くて、
 棘がある。
 けど…
 本当はとても優しくて…
 棘があると皆を遠ざけているだけ。
 そして…
 たった一人で、
 どんな苦境に立たされても、
 負けない人。
 私がそう思ってるだけで、
 実際どうかとか、
 魅月さんがどう思ってるかなんてわからないけどね。」
「…気高くもなければ、
 優しくもないわよ?」
「そんなことないと思うけど・・・
 ま、気にしないでいいよ。
 私はそう思ったってだけだからさ。」
「…ふふ。
 それもそうね。
 …
 ねぇ。
 私の方からも一つ聞いていいかしら?」
「何?」
「…氷に閉じ込められたお姫様は、
 どうして氷の中でずっと生き続けたんだと思う?」
「え…?
 そうだねぇ…
 お話だからで片づけるのは簡単だけど――」
しばしの間考えこむ九音さん。

一体彼女はどんな答えを出すのだろう?
その答えが出るのに、
そう時間はかからなかった、
「――彼女が諦めなかったからかな?」
「諦めなかった?」
「うん。
 愛されて愛されて…
 歪んだ愛の形によって氷漬けにされたお姫様。
 どれだけ長い間そうだったのかは私にもわからないけれど、
 誰かがここより出してくれるのを諦めなかったから。
 諦めたなんていってるけど、
 それは諦めてない事の裏返し。
 自分を助けてくれるっていう、
 愛したい誰かがいる事で、
 絶対に諦めなかった。
 そして…
 氷の中の彼女に触れて愛したい彼。
 氷に阻まれどうしても届かない、
 それでもずっと彼女を愛する彼。
 その愛がきっと彼女にも届いたから…
 奇跡は起こったかぁ。
 …うん。
 そう考えると、
 面白いよね。
 …ふふ。」
「…?」
答えをいい終えると不意に笑う九音さん。
不思議そうに私が首をかしげると。
「…魅月さんがこの話が好きな理由ちょっとわかったかも。
 …きっと、
 魅月さんも王子様を待ってるのかもしれないね。」
「…まさか。
 そんな年じゃないわよ。」
「そんなことないよ。
 女の子はいつも王子様を待ってるんだから。
 ふふ。現れるといいね。
 魅月さんの王子様。」
「だから、違うっていってるのだけど――」
なんの変哲(へんてつ)もない、
遥か昔の日常の一時。
…そう。今思えば、
私はずっと諦めていながら、
諦めず、救ってくれる誰かを探していたのかもしれない。

見返りなんて必要がない。
そう思えて初めて手に入れる事ができる何か。
それはきっと尊くて…
何よりも綺麗で、
失ってはならないもの…なのかもしれない。

* * * * * * *



目を覚まし、
あたりを見回す。
日は高くのぼっている。
「魅月、大丈夫?
 そろそろ行くけど…
 辛かったらそのまま寝ていても…」
一体今はいつなのだろうと、
疑問に思う暇もなく、
それに答えるかのように、
扉の外からレイナさんの声がした。
…それにしても、
それほどまでに長い時間、
私は眠り続けていたとは…
予想だにしなかったわね…
…体の調子は…大丈夫。
問題ない。
むしろ快調なくらい。
「いえ、行くわ。
 …迷惑かけてごめんなさい。
 その分きっちり頑張らせて貰うわ。」
「…ん。分かった。
 それじゃ、先にいって待ってるから。
 他の皆とも…ね?」
「ええ。
 しっかりお礼をいう事にするわ。
 …それじゃ、また後で。」
こちらの答えを聞いてほっとしたのか、
すぐさま扉の前から気配が消える。

早く用意をすませて、皆と合流しないといけないわね。
ゆっくりしたい所だけど、
そうもいってられない。
……
ふと、用意をしていると、
服の洗濯がしてあり、
たたんであるのが見えた。
全く…
こんな事までやっくれるなんて…
本当に私には過ぎた…
そう…
もったいないくらい素敵な仲間達――

用意をすませるとすぐさま仲間達に合流し、
礼をいう。
…そして、私達は先へと進む。
事前に得た情報によると、
この先にはベルクレア第三隊の面々が道を塞いでいるらしい。
はたしてどんな相手なのやら…
気を引き締めて前に進む。
石畳(いしだたみ)の道を進んでいくと…
視界に見えてきたのは、
一人の男と八人のメイド。
まさかとは思うけど、あれが――
「ロベルト様……あちらに。」
「……ん?
 …あぁ、ありがとうビビアナ
 ……ようやく僕の出番か。」
男が軽く会釈をしてくる。
「やぁ、お客人。
 僕たちはベルクレア騎士団、第三隊だ。
 僕はロベルト、
 そしてこちらの麗人たちが左から、
 エルビラ、ディアナ、モニカ、アンジェ、ビビアナ、シノ、アメリーだ。」
やはり、第三隊、
立ちふさがる敵…

…気が抜けるわね。
しかし、油断は出来ない。
一度戦いとなると、
その連携があるのだろう。
もっとも…
「…私抜けてる、ロベルト。」
「あぁ!
 ごめんごめん……
 あの子がロディッサだ。」
「後ろでジュース飲んでるからいけないのよ。」
「ディアナは黙れ。いいから黙れ。」
「…ッ!アンタが黙りなさいよガキィッ!!」
「落ち着きなディアナ。
 そこで怒るなら貴方も一緒だよ。」
「エルビラの言う通り。
 ロディッサはまだ小さいんだからぁ。」
「そうそう、いっろいっろねー!」
「アメリーも黙れ。
 モニカは一言いらない。」
「えぇー、気にすることないってばぁ。
 シノと並ぶとどっちも小さくてかわい…」
「あと1文字発せば背中をいきます。
 2文字発せば胃にも効きます。」
「……はっははー、
 冗談冗談…。」
「あらあらまぁまぁ。
 うふふ、
 楽しいですわねぇ。」
仲がいいのか悪いのか。
まるで漫才のようね。
「それで…
 私達はこのまま通り過ぎていいのかしら?」
そんな私の言葉に、
「…ロベルト様、そろそろ戯言を止めましょうか。」
やる気を見せるかと思ったのだけど…
「ん?
 …いや、いいんじゃないかな。」
「そうですか、でしたら。」
「っていうかぁ。
 私たちってここ守る必要あるの??
 だって騎士団長様はもう装置の起動まで辿り着いて、
 あとは装置に行くのみでしょう?
 ここ全然関係ないわよね!?
 敵も味方もあわせて全員無駄足よね!?」
「でもさっき、
 ボーンズ先生が先のほうに飛んでいったから……また何かするのかもぉ。」
「部下の男達を連れて飛んでいってたわよねぇ……
 一体何を考えてるのやら。」
「ははっ、
 ほら僕らは騎士団長様の邪魔になる要素をすべて消しておけばいいんだよ。
 それ以上の働きは無意味さ。
 騎士団長も言っていたじゃないか。」
「…
 ”私の未来を最優先すれば、
  君達は過去から遡り未来すべてが勝手に幸せになる。”
 …ですか。」
「…うさんくさ…」
「…騎士団長様に暴言を吐くのでしたら
 1文字につき120cmほど喉元を裂きます。」
「やれるもんならやっ……」
「はいはいはいはい、
 ちっちゃいの2人で殺し合いしないの。」
「あらあらまぁまぁ。
 うふふ、楽しいですわねぇ。」

どうやらやる気はないみたいね。
それにしても、騎士団長か…
カリスマがあってロクでもなさそうな計画を立てる人って、
一番面倒なのよね…
ま、いいわ。
「それじゃ、勝手に進ませてもらうわよ。」
今のうちに先に進ませて…
「…ロベルト様、そろそろ…」
「ん?
 …いや、いいんじゃないかな。」
「いえ……
 そろそろ……」
「…ん?
 そうか?」
「えぇ。
 そろそろ。」
「そうか。」
全員に隙がなくなる。
…先には進ませてもらえないか。
まぁ、分かっていたことだけど…
「…じゃ。」
視線がこちらに集中する。

「 は じ め よ う か 。」

…戦うしかないわね…
それにしても見事な統制。
ほれぼれしそうね。
ばらばらの個性を、
隊長であるロベルトが纏め上げ、
チームワークを武器に戦う恐ろしい部隊。
けれど…
この部隊には欠陥がある。
そして…私とは相性が悪い。

「…そうね。
 でも、手加減はしないし、先に言っておくわ。
 貴方達では…
 私にまず勝てないわよ?」


――戦いが始まる――





                                         戻る