風が吹く――
それだけで弱者は朽ち果て、
燃え盛り、
狂乱の渦の中倒れ伏す。
「良く、燃えるわね…」
されど…
余計なものまでは燃やさない。
燃えるのは敵のみ。
なぜならばその炎は実態に非ず。
精神への干渉によって出でたものだから。
例外があるとすれば、
私達かしら。
出でたものが私であるだけに、
私に近しいものには影響を及ぼす事がある。
そしてそればかりは仕方ない事。
だが――
「…力不足ね…」
その炎では届かない。
敵を焼き尽くす邪念の炎。
その炎をものともしないものだけが、
私達を焼き尽くす事が出来るのだから。
…だから、
燃え尽きなさい。
何もできないままに。

「お・・・お腹が裂けるように痛いぃ・・・ッ!!」
「きゃあぁぁっ!!」


全て灰になってしまえばいい。
真っ白な灰へと。
後には何も残さない。
かつて己達がそうされたように。
かつて己達がそうなったように。
五体満足、
無事である事が許せない…
平穏である事が許せない。
だから味わえ、
己達の苦しみを…
もっと…
もっと……!
………
「〜ッ!」
駄目…
霊達に飲まれてはいけない。
霊の残したものが強ければ強いほど…
私の精神への影響も大きい。

危うく自分の意識を飛ばされてしまう所だった。
もっと気を付けて…
もっと…
もっと心を強く持たないと…
それにしても……
なんて悲しい事なのだろう。
「…そして、なんて運が悪い――
 今集まっていたのは…」

* * * * * * *
―闇を駆ける―
それは時に獣であり、
時に小さな動物。
だが、とりわけ恐ろしいのは、
暗殺者と“化け物”達。



 

――標的を確認。
――標的は屋敷内に。
――障害を確認、危険性大1人、危険性中4人、危険性小10人。
――危険性の排除の提案。
――提案を受諾。危険性の低い者から順番に確固無力化。
――不確定要素1を確認。こちらに気づいている。
――部隊の1/3をもって不確定要素を排除、終了後合流。
――承諾。



「…静かな夜ですね。」
「しかし、こういう夜こそ気をつけねば。
 …招かれざる来訪者がいるようです。
 私は我が主の護衛に回る、
 他のメイド達の招集を。
 …犠牲者が沢山出るのが…」
「…仕方ありません。
 その覚悟はしていました。
 連絡はいれましたが、
 …来ても一人か二人といった所でしょう。」
「仕方ありませんな…
 して…客人は…」
「それが…
 静止を振り切って…」
「…成程。
 とりあえず、私達は成すべき事をするとしましょぅか。
 良いですね?」
「…はい。」
己の主を守るべく、
動く執事とメイド達。
そうしている間にも一人一人と屠(ほふ)られ、
無力化されている事を知りながら。

「さてと…」
そんな様子も気にかけず、
私は一人歩いていく。
とりあえず私にできる事はといえば、
敵をいくばくか引きつける事。
そして脅威と認識させ、
引き返す。
犠牲者は出るのは仕方がない。
だが…
おそらくこれが一番犠牲が少ない方法だろう。
「それにしても…
 …10と少し、
 大分数いたようね。
 …で、いつでも良いわ。
 かかってくるの?
 こないの?こないなら――
 こちらから行くわ。」
声と同時に駆け出す。
少し動揺を走らせる事には成功したらしく、
一番近くにあった気配へと接近し…
――ヒュッ!
――ドサッ…!
投げ飛ばした。
おそらく、普段であればこんな事成功しないだろう。
それくらいまでに強い相手である事は分かる。
一瞬の油断。
それをついたからこそ出来た芸当。
「…まさか人間じゃないなんてね。
 …一族の秘密を知られたから殺す、
 そんな所かしら?
 そして、貴方達…
 意識を共有しているわね?
 気配が同じよ?」
「――!」
息を飲む声。
どうやら――
私の憶測はあたっていたみたいね。

――残敵は5。いずれも危険性は高。
――標的の元に固まっている。
――素早く敵を倒し合流せよ。
――不確定要素が目的に気づいた。
――不確定要素が我々の秘密に気づいた。
――何?ならば…
――不確定要素も標的に認定。
――不確定要素の実力は未だ不確定。
――放置は危険。
――了解、各々が仕事を現状でこなすよう提案。
――承認。各自行動に移れ。



「そして、殺気…
 どうやら成功のようね。
 それにしても…」
軽く下がって勢いよく繰り出される爪の攻撃を避ける。
「…
 まるで狼、
 人狼とは貴方達みたいなのをいうのかしら?」
「…ルルル…」
「聞く耳持たない…ぐっ!」
背中に鈍痛。
どうやら、致命傷というほどではないが、
背中を切り裂かれたみたい。
「…そして囲まれてこのまま終わり、
 という訳ね。
 やれやれ、
 本当に…」

――不確定要素に傷を負わせた。
――敗北の要素なし。
――直に援護に向かう。
――こちらは難航。
――拮抗している。
――時間がかかりそうだ。手早く頼む。
――承諾。



「ついてない…わね。」
『オォォォォォ!』
一斉に襲いかかる獣達、
その無数の爪が私へと襲い掛かり――

――勝利。
それは容易く手より零れ落ちる。
敗北。
それは容易くもたらされる。
どちらにも要因がありさえすれば――

* * * * * * *



夜が明ける。
服の整理をしていると懐かしい服が出てきた。
基本的に気分だけでもあの時を忘れないように、
セーラー服ばかりなのだが、
もちろん他の服だってもっている。
それにしても…
「…あの霊に、この服か。
 何の因果なのかしらね。
 まぁ、たまにはこんな服も面白いかしら?」
古い服だが、
保存はよく、
暇があるときに手入れしていたせいか、
着れないほどではない。
「…それにしても…
 あの時からやっぱり体型が変わってないわね…
 測ったようにぴったりっていうのは…
 …全く…
 後は刀と銃かしら?
 まぁ、そんなもの必要ないから別にいいのだけどね。」
その服とは…
軍服。
…一時期徴兵などの関係で着ざるをえなかったこの服。
いい思い出は…
さして無い。
陰惨(いんさん)な思い出ならいくらでもあるけれど。
けれど、
それでも大事なものには違いないし、
普段着ているセーラー服とて大差はない。
「魅月はん、起きてはる?」
着替えを終えてどこか変な所がないかチェックをすると、
不意にノックの音と声が飛び込んできた。
声の主は…
晃さんね。
「…ええ、起きてるわよ。
 着替えも終わったから、
 入ってきてもらっても構わないわよ?」
「そぉですか、
 それやったら、ちょっと入らせてもら――
 ――ッ!」
扉を開けて入って来た晃さんが驚いたような表情になる。
一体何が…
といっても、
心当たりになるような事は一つしかないけれど…
「…どうかしたの?」
「あ、いえ…
 少々驚ろいてしもうただけで――
 …
 魅月はんは、その服は何処で――」
「…昔の服よ。
 一時期そういう所に所属していた事もあったから、ね。
 …
 余りいい思い出はないけれど。」
「…さよか…」
暫く流れる沈黙。
何をいうべきか、
どう切り出すべきか、
分からない時間が流れる。
そんな沈黙を破ったのは…
晃さんだった。
「…なぁ、魅月はん?」
「何?」
「…
 その服を脱ぐ前に何を見はったんやろか?」
「…聞きたいの?」
「……もし、問題ないんやったら――
 お願いできんやろか…」
…一つ頷く。
別に今更の事。
隠す必要も、
喋れない理由もない。
そして…
脱ぐ前に見た光景。
それはただ一つ。
今でも鮮烈に記憶が残っている。
「真っ赤な空。」
「…真っ赤な空?
 というと…」
「燃え盛る炎に包まれ、
 世界の終わりのような真っ赤な空。
 辺りは絶望に満ち溢(あふ)れ、
 全てが死に絶えたよう。
 ――
 声が聞こえる。
 阿鼻叫喚ですら生温いほどの声が。
 違う場所でも同じ事が起こって――
 その後は言う必要がないわね。
 ――それが、最後の光景よ。」
「…」
「…それ以来、
 私はこの服に袖を通してなかったわね…」
再び流れる沈黙。
「…昔の話よ?
 それに今はそんな事すらも忘れるかのように、
 色々問題あるけど平和に暮らしているわ。
 色々と苦難もあって、
 それを乗り越えてだけど。」
「…もし、それを――」
「覆(くつがえ)す力なんてあったら…
 いえ、それは実在する。
 けれど、それは…
 世界の破滅よ。
 後には何も残らない。
 その力でさえあれだけの絶望を生み出した。
 それ以上の力なんて――
 まぁ、最も使いようだとは思うけど、
 安易に…
 そう、
 全ての世界と引き換えにしていいような何かとでなければ、
 使われてはならない力だと思うわ。
 …
 抑止力にはいいのかもしれないけれど。」
「…確かにそぉですな…
 それは確かに…
 あってはならないもの――
 …ままならんもんやねぇ…ほんに…」
「ま、
 力といってもあくまでもこれは、
 戦闘…戦争の事。
 そうでない力もあるのだし、
 その中から力を上手く使っていけば…
 素敵な未来が切り開けるのかもしれないわね。
 だからこそ、私の世界の今があるわけなのだし、ね。」
「…確かに。
 …
 あ。
 思わずなごう話してしまもうたけど、
 まだ間に合いますし、
 一緒に朝でもどないやろか?
 せっかくやから一緒に食べた方がご飯もおいしいやろし。」
「そうね。
 頂くわ。
 急いでいかないと…
 じゃ、行きましょ?」
…積もる話があったとしても、
それはご飯を食べながら。
仲間との一時を楽しみに私は今日を始めよう――




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