――昨日は楽しい一時だった。
あまりにも楽しかったもので、
気がつけば、
疲れて眠ってしまっていたらしい。
とても、良い朝。
――毎朝がこのように快適であれば、いいのだけれど――
それもまた…
心がけ次第なのかしら?
ともあれ、気分の良い朝を迎えられたせいか、
朝の日課も早く終わったので、
朝食も素早く終わらせてしまう。
…さて、出発といきたいが、
出発まではまだ時間がある。
暫くのんびり読書をする事にする。
青空の下の読書は中々心地が良い。
四分の一ほど本を読み進めた頃だろうか。
何か疲れた様子の男が目の前を通るのが視界に入った。
男の名は岩絃。
私は彼の事をガンさんと読んでいる。
「こんにちは。
 …大分疲れてるようね?」
「ん…?ああ、あんたか。
 別にそんな事はないが…
 ひょっとしたら戦いの疲れが出てたのかもしれないな。
 まぁ、気にする事はないさ。
 問題はないからな。」
「…クス。
 あんまり肩肘はってると余計疲れるわよ。
 そう…ね…
 …時間あるんでしょう?
 良かったらのんびり横になってみたらどうかしら?
 私も予定があるから、
 時間になったら起こしてあげるわ。」
横にいらっしゃいというように誘う。
やれやれといった顔をしつつも横に座るガンさん。
「まぁ、魅力的な提案だし、
 お言葉に甘えようか。
 まぁ、これで寝心地が良ければ最高なんだが…」
寝心地が良ければ最高、ね。
流石にこんな場所では――

ああ。
良い事を思いついた。
「じゃあ、私が膝枕をしてあげてもいいわよ?」
「…おいおい、本当にいいのか?
 ま、構わないならお願いするか。
 ついでに抱きしめさせてくれなーんて…」
「別にいいわよ。
 その代わり、頭をなでさせてもらうわ。
 ああ――
 仰向けだと不便よね。
 うつ伏せでなら丁度いいと思うのだけど?」
さらりと、相手の冗談を冗談にする前に許可を出す。
顔を赤くして狼狽(ろうばい)するガンさんが可愛い。
「え…い、いや、普通に…」
「…ほら、早くなさい?
 時間はそんなにないわよ?
 遠慮なんていらないわ?」
けれど、このままでは埒(らち)があかないので、
手を引っ張って強引に膝枕の態勢に持っていく。
そして、彼の頭をなでる。
髪の感触が中々心地よい。
「…まったく、あんたって人は…」
「…クス。
 でも、こうされるのは気持ちよくない?
 そのまま瞳を閉じて眠れば、
 疲れは癒されるわよ?」
「否定はしないが…
 本当に良かったのか?」
「…嫌ならこんな事はしないわよ?」
「それも、そうか…
 …
 お言葉に甘えて、このまま眠らせて貰うよ。」
「…ごゆっくり…」
やはり大分疲れていたのだろう。
顔を赤くしながら、
そういって時間がそう立たないうちに寝息が聞こえてくる。

お疲れ様、ガンさん。
ゆっくり体を休めて――
また頑張って――
…そっと頭を撫で続ける手にぬくもりが伝わる。

本当に――弟が戻ってきたみたいで――
私は、微笑んだ。

ガンさんを起こし、
別れた後、
すぐさま仲間達と合流する。
そして、速やかに移動する。
――今回、
とても苦難の戦いが待ち受けている。
はたしてどうなるか…
たち塞がるは、
前に倒したワイヤーの悪魔と、
鉄の騎士3体。
かなりの強敵だが――
吹き荒ぶ風で相手を薙ぎ払う。
エモさんの魔法、
そして奏さんの一撃もある。
問題はない。
余裕で倒しきれる、
そう確信した所で――
嵐のように攻撃が飛ぶ。
対象は…
全て私。
「ッ…くッ…!」
さして力があるわけではない。
風で逸らすことが出来たとしても、
重い一撃は逸らしきれはしない。
霊達が消えていく…
「魅月ッ…!
 無理するな!
 後退しろ!」
「…いえ、まだ届かない、
 まだやれるわ。
 それよりも…!
 早くあれを倒してしまって!」
「…分かってる。
 大丈夫。
 後はこれで…!
 ――――サヨナラ。」
相手は徐々に朽ちていくも、
最早限界。
これまでか――
と覚悟を決めた瞬間、
エモさんの攻撃が相手を刺し貫いた。
私はそれを見届け――
気を失った…

* * * * * * *
――命運――
思えばそれは、
とうの昔に尽き果てていたのかもしれない。
それでも己の体を突き動かすのは…
心残りがあるから。



「…ッ!?」
部屋に黒川蓮次が入ってくる。
滝夜と私。
それだけならばいい。
その視線が、砕斗を捕らえた瞬間、
彼の顔は露骨に蒼ざめた。
「久しぶりだな…
 帰って来たぜ。」
「な、何故――」
「何故俺がここにいるか?
 簡単な話だ。
 証拠は揃った。
 俺の無実は証明できた。
 何故なら本当は誰の仕業なのか分かったからな。
 …そう。お前だよ。」
「ッ…!」
助けを求め、滝夜を見る蓮次。
だが…
既に蓮次に味方などいない。
「…てめぇは破門、
 そして、縁は切る。
 …流石に越えちゃならない一線を
 完全に踏み越えた。
 流石に可愛い息子でも、
 許したとあったら、お天道様に申し訳がたたねぇ。
 そして、組の連中には全部伝えてある。
 …何か言い残す事はあるか?」
すっぱりと斬り捨てられる。
「…〜〜ッ!」
そして、視線は私の方へ。
「…そういう訳よ。
 貴方の負け。」
そう、私が宣言した瞬間、
蓮次の手が懐へと伸びる。
「き、貴様ァァァァァァ!
 貴様さえ、貴様さえこなければぁぁぁぁぁっ!」
そして、懐から取り出した銃が、私の方を向き、
――パァン!
乾いた音と共に私目掛けて銃弾が飛んでくる。
「蓮次!見苦しいぞ!
 誰か!」
凶行を滝夜が止めようと、
人を呼ぶも間に合わない。
が…
いつまで待っても銃弾は私の方へは飛んでこなかった。
「な…」
「……お前のやる事なんてな。
 分かってるんだよ。
 残念だ。
 …そこまで下種とは思ってなかったから…なっ!」
――バキィッ!
拳が蓮次にめり込む。
吹き飛ばされ、
ぴくりとも動かなくなる蓮次。
そして、拳の主は、
胸から血を流し、
踏みしめる地を血で染めていた。
「…!
 砕斗!貴方!」
「…お、おい!」
「……大丈夫。
 救急車呼んでもらえますか?」
「ああ、そりゃあ――」
「お願いします…おやっさん。」
「…分かった。」
そう、私を庇って彼は撃たれた。
驚きを隠せない私と滝夜に静かに語りかけ、
滝夜は部屋から出て行く。
「…さすがは…おやっさん。
 …さて…と。」
どさりと壁にもたれかかり座り込む砕斗。
「…どうして私を…
 私は撃たれても…」
「構わない、平気だ。
 そうなのかもしれない。
 だが…
 体が咄嗟(とっさ)に動いていた。
 …まぁ、これで借りは返したって事にしておいてくれ。」
「それは勿論…
 …」
「…俺は助からないんだろう?」
「…ええ。」
…助からない。
そう。
分かっている。
どう足掻(あが)いても彼は助からない。
…それは、私だから――
「…全く、良かった。」
…え?
「不思議そうな顔をするな。
 …これほど良い事はないさ。
 全て諦めて死ぬはずだったのに、
 俺は…
 得る事が出来た。
 己の無実を。
 守る事が出来た。
 己の矜持(きょうじ)を。
 そして…
 お前と出会えて守れた。
 …辛い道程だ。
 今は分からないかもしれないが…
 きっと…
 お前の前にお前を本当に救う人物が現れる。
 だから…お前は…進め。
 苦しい時は歯を…食いしばれ…
 ………」
長い独白。
そして瞳を閉じる。
今、彼の命は…
――尽きた。

――希望――
彼が何をいいたかったのか。
今ならそれが分かる気がする。
その時は全く分からなかったけれど…
今、分かって、私の命は尽きていないから、
私は…進もうと思う。
そこに向かって――

* * * * * * *



「あ、起きたか。」
目を覚ますと、
奏さんが傍にいた。
「ああ、ついさっき起きて額のタオル替えに来ただけだから、
 気にする必要はない。
 まぁ、外傷は特にないし、
 これから皆単独行動で、私と魅月が最後。
 先にいってるから、
 ちょっと休憩したら追いかけてくるといい。」
「…なるほど。
 ありがとう。
 …そうね。
 先にいっておいて。
 大丈夫だから。」
「ん。
 それじゃ、また後でな。」
そして、奏さんは用件だけ告げてさっていく。
額には濡れタオル。
きっと奏さんが用意してくれたのだろう。
ありがたい事だ。
…少し休憩した後、朝の日課を済ませ、
私も出発する。
歩みを進めると、奇妙な男女が道に立ちふさがっていた。
「クリフォード兄さん……あれ、アレ、あれよ……」
「ォオアァァ…?アアァ……」
どうやら2人は宙に漂う球体を捕まえようとしているようだ。
それにしても…
話をこっそり聞いていると。
あの黄色い球体は、男の心らしい。
だが…
あれはもっと別の――

「そうっ!
 貴方も兄さんの一部になりたいのねっ!!
 ……望みを叶えてあげるわッ!!
 私の兄さんを元に戻すお手伝いさんが
 こんなにたくさんいるなんて知らなかった!
 あぁ神様ッ……マリアベルは幸せ者ですっ!
 とっても素敵な翼をいただいて、
 兄さんも笑顔で元気で、
 そしてこれから……私達はもっとシアワセにッ!!」
「ヘッ…ヘヘ、
 ヘッ…へへ……マ、マッ、ナァアァァァッ!!」


だが、私に気づいて二人は私に向かって戦闘態勢をとる。
狂気に侵された相手に何をいっても無駄でしょうね…
――それにしても、
なぜ彼等はあれほどの狂気に侵されているのだろう。
いったい何がこの先に…
…まぁ、いいわ…

「…狂っていようが、
 狂っていまいが、
 貴方達は私の敵に他ならない。
 だから――潰させてもらうわ。」






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