番長方面 Top | ジョルナダ日記


Last Modified - 12 JUNE 2000

K's Journey
- K氏の旅行記 -


SIX丸藤の友人、「K氏」の旅先で綴られる日記です。メールで送られてきたモノを、SIX丸藤が編集しています。この記事に限り、日付が上の方が最新になるように日記が並んでいます。



PREVIOUS ISSUE | 目次

’00/04/18

プノンペンからシアヌークビルへバスで移動した。(13000リエル) シアヌークビルへ移動中の4時間はカンボジアの田園風景をながめながら過ごした。

高床式の家が湿地の中にぽつんぽつんと建っている。電線は道沿いの木に引っ掛けられて、家と家をつないでいる。家の前では牛や鶏、豚が放し飼いにされている。親鶏を追って、ひな鶏が走っているのが見える。時折、古びたバレーボールのコートが現れ、少年達がゲームをしている。

そして、山の向こうに海が見えるとシアヌークビルへ到着である。宿はAPSARAゲストハウスにした。(10ドル) エアコンあり、窓が2つ(風通し良い)、温水シャワーの家庭的な宿であった。場所は街の南にあるソッカービーチ沿いにある。

夕食にコー・ポスで、カニの黒コショウ炒めとごはんを食べる。(3.3ドル)

’00/04/20

シアヌークビルは白砂の浜である。砂を鳴らして海へ入ると、海水があたたかい。海水はとてもきれいで、流木なども見当たらない。ビーチにあるレストランも、かや葺きでのんびりした感じだ。日焼け止めを体にぬって、浮き輪に乗り、日が暮れるまで波にゆられていた。

ゲストハウスに戻りシャワーを浴びると、足の甲だけが日に焼けてひりひりする。いつもサンダルで隠れている部分が日に焼けてしまった。日焼け止めをぬり忘れたのだ。ふと、アキレス腱の故事を思い出した。

昼食にミレニアムでエビの黒コショウ炒めとごはんを食べる。(3ドル) ミレニアムはゲストハウスの横にあるレストランである。

夕食にハワイ・レストランで茸のオイスターソース炒めとごはんを食べる。(2ドル) ここの料理はおいしい。

’00/04/21

夕食にハワイ・レストランでエビのカシューナッツ炒めと牛肉のグリル、ごはんを食べる。(5ドル)

’00/04/23

雨が降る。ゲストハウスで本を読んで過ごす。

’00/04/24

昼食にビーチにあるドラゴン・レストランでカニ炒飯を食べる。(2.5ドル)

夜食にミレニアムで魚のチリカレーを食べる。(3ドル)

’00/04/25

夜、マーケットの横にある屋台で飲んだ。

’00/04/27

夜の19時にPEAKというカジノへ行った。客は誰もいなかった。カジノにはルーレットが1つ、カードのテーブルが4つあった。VIPルームもあり、同じ構成である。シアヌークビルには他に、ホリディというカジノもあるらしい。

’00/05/01

ビザが05/02に切れるので、タイへ出国する。

シアヌークビルからパックロンへスピードボートで移動する。(15ドル) スピードボートは乗員が140人ほどの大きさである。12時発の16時着であった。途中、14時頃にコ・スデンに寄った。(スピードボートのチケットは10時から売り出される。)

パックロンからクーロンヤイへモーターボートで移動する。(100バーツ) モーターボートは乗員が6人ほどの大きさであり、16時発の17時着であった。

クーロンヤイにあるカンボジアとタイのイミグレーションオフィスに寄る。そして、タイへ入国した。

タイではコ・サメットに行く予定である。コ・サメットは島全体が国立公園に指定されているアイランド・リゾートである。しかし、コ・サメット方面へのバスは終わっていた。とりあえず17時発の19時着でトラートに乗合バスで行った。(50バーツ)

トラートへの道は走りやすく、バスは快調に目的地へ向かった。バスのスピードに、タイへ入国したことを感じる。宿はTRADホテルにした。(370バーツ) TV・エアコンあり、窓なし、水シャワーの汚れた宿であった。

’00/05/02

トラートからコ・チャン行きのバスに乗り、パンペイへ移動する。(50バーツ) 7時30分発の11時着であった。パンペイの港へバイクタクで移動、スピードボートでコ・サメットへ渡った。(バイクタクは自分が20バーツ、荷物が20バーツの計2台で移動した。)

(スピードボートは往復300バーツを払ったが、本当は片道40バーツだった。)

コ・サメットは、ほどよく観光地化された島であった。宿はホワイトサンドバンガローにした。(500バーツ) ファンあり、窓が2つ(風通し良い)、水シャワーの少々汚れた宿であった。

ビーチで遊んでいて、タイ娘のフォンと友達になる。

’00/05/03

朝からフォンが友達のルーンを連れて遊びに来た。夜にフォンの家へ呼ばれて、ごはんをごちそうになる。家に電気が来ていないので、ろうそくの灯りで食べた。味わい深く、おいしかった。食事中はフォンのお母さんが世話を焼いてくれた。

’00/05/05

宿の予約がいっぱいで、コ・サメットを出る。パンペイの港からレイオンまで乗合バスで移動する。(50バーツ) 13時発の13時30分着であった。

レイオンからバンコクまでバスで移動する。(110バーツ) 14時発の17時着で、バスは東バスターミナルに着いた。ラオス語のテキストがないので、ワールドトレードセンタの紀伊国屋へ買いに行く。BTS(高架電車)に乗って行った。(25バーツ)

テキストを買った後は、ミャンマーとの国境の町であるメーサイへ向かう。ワールドトレードセンタから北バスターミナルへタクシーで移動する。(300バーツ) 北バスターミナルから19時30分発のメーサイ行きに乗った。(440バーツ)

’00/05/06

夜明けに山間へ重く雲がかかって、バスを出迎えた。朝の8時にメーサイへ着いた。宿はKING KOBRAゲストハウスにする。(300バーツ) エアコンあり、窓が1つ、温水シャワーのきれいな宿であった。宿の窓からはミャンマーの山並みが見える。

’00/05/18

ミャンマーのタチレクへ日帰り入国する。(ビザ 5ドル) 国境はメーサイ川でイミグレーションオフィス横の橋を渡って入国する。タチレクにはタイとは違った活気があり、興味深かった。また、MORNING STARというゴルフ場があり1日600バーツだった。

’00/05/20

宿の予約がいっぱいで、メーサイを出る。

メーサイからチェンライへバスで移動する。(18バーツ) 12時45分発の14時30分着であった。宿はMAEKOK VILLAにした。(200バーツ) ファンあり、窓が3つ(風通し悪い)、温水シャワーの古びた宿であった。

’00/05/21

宿をBOONBUNDANアパートに変えた。(300バーツ) TV・エアコンあり、窓なし(風通し悪い)、温水シャワーの比較的きれいな宿であった。

’00/05/23

体調を崩す。1日中寝て過ごす。

’00/05/24

中耳炎も併発して、バックパックを背負って歩けなくなる。荷物はアパートに置いたままにして、病院へ行き入院する。問診し、採血、薬を飲み、点滴を受けて寝る。少し楽になる。

’00/05/25

かなり良くなった。しかし、まだ、体を起こすと具合が悪くなる。

’00/05/26

点滴付きだが、歩けるようになった。退院する。入院先はOVERBROOK病院である。(日本語は通じない。) 治療費はクレジット・カードの海外旅行保険を使った。

’00/05/27

体調を崩したときの悪夢を思い出すので、宿を変える。BAN KHUN YOMホテルに移った。(500バーツ) TV・エアコンと冷蔵庫あり、窓が2つ(風通し良い)、温水シャワーの清潔な宿であった。建物の作りが木造で凝った宿である。

’00/05/28

リハビリで日帰りトレッキングをする。象に乗ったり、メーコック・ビーチという行楽地で涼んだりした。トレッキング中のチェンライ郊外の風景は、いい田舎振りであった。自分が子供のころの田舎を思い起こし、もう存在しない風景と重ね合わせた。

まだ、体調は完全に復活していない。

’00/05/30

今日でタイのビザが切れる。体調が復活するまでオーバーステイすることにする。

’00/05/31

なかなか体調がいいので、ラオスへ向かう。

チェンライからチェンコンまでバスで移動する。(37バーツ) 9時20分発の11時40分着であった。チェンコンのANN TOUR旅行代理店でビザを申請する。(1900バーツ) 13時頃にイミグレーションオフィスへ行き、タイを出国する。オーバーステイが1日で、200バーツの罰金を払う。

国境がメコン川のため、ラオスのフェイサイに渡し舟で入国する。(20バーツ) ルアンパバン行きのスピードボートが終わっていたため、フェイサイに宿泊する。フェイサイの宿はTHAVEESINHホテルである。(200バーツ) ファンあり、窓が2つ、温水シャワーの新しい宿であった。

’00/06/01

朝8時30分にスピードボート乗り場へ行く。客が6人集まるか、6人分の運賃を払うとスピードボートは出発する。11時にパクベンまでの客が6人集まり出発した。(500バーツ) 緑深い山々が続くメコン川を下り、15時にパクベンへ着いた。

ルアンパバン行きの客がいないので、パクベンで宿泊しようとする。しかし、船頭さんが追加料金でルアンパバンに行くというので払う。(500バーツのところ、1100バーツ払う) 16時発で雨に降られたり、ボートが故障したりして20時30分にルアンパバンへ到着する。

宿はRAMAホテルにした。(15000キップ) ファンあり、窓が1つ、水シャワーの不潔な宿であった。しかもRAMAホテルだけ断水で、シャワーもトイレも使えなかった。他のホテルはもう閉まっているので、しかたなく寝た。

’00/06/02

宿をHEUANG PA SEUTHゲストハウスに変えた。(10ドル) エアコンあり、窓が2つ(風通し良い)、温水シャワーの清潔な宿であった。窓からのながめがいい宿である。

’00/06/03

クワンシーの滝とバン・パノン村を見た。 バン・パノン村は織物が有名で、機織のようすなどを見て歩いた。

’00/06/04

パクオーの洞窟に行った。

’00/06/06

ルアンパバンからビエンチャンにトラック・バスで移動した。(40000キップ) 11時30分発の21時30分着であった。宿はSISAVADゲストハウスにした。(13ドル) エアコンあり、窓が1つ、温水シャワーの湿った宿であった。

’00/06/07

宿をPANG KHAMゲストハウスに変えた。(12ドル) エアコンあり、大きな窓が1つ、温水シャワーの清潔な宿であった。

次の4つのマーケットを見て歩いた。


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