Story Tellers from the Coming Generation! Interactive fighting novel JOJO-CON

双方向対戦小説ジョジョ魂

Epilogue

- 0 -

下へ、下へ、下へ――。
光も音もない空間を、ブラフォードが螺旋を描くように回転しながら落ちていく。

下へ、下へ、下へ――。
下へ、下へ、下へ――。

TIIII……

ブラフォードが、下を「見上げた」。

BAAAAHHHHH…………

ブラフォードが見上げる遙か下方で、ゴゥンと低い音を立てて、紫色の雷鳴が轟いた。黒く雄々しい山脈が見えた。薄暗い広大な森が見えた。コールタールのような大河が流れていた。

呼び声が聞こえる。

TIIIII……
QWWWWWW……

QWWWWWWWWW……
BAAAAAAHHHHHHHHHHH…………

ブラフォードを呼ぶ声が、下方の至る所から発せられていた。
いつしかブラフォードは笑っていた。見上げた世界中に響くように、叫声を上げていた。

黒い大河が近付いてくる。川沿いの河原が見えた。
そこに立つのは、見覚えのある老婆だ。ブラフォードを、ぎらりと見上げた。

TIIIIQWWWWWBAAAAAAHHHHHHH!!!!

老婆の口ががっと開いた。深い口腔が広がっていく。
狂った笑いを続けたまま、ブラフォードはその口の中へと飛び込んだ。


- 1 -

「『監視』……それが伝承の中で我々に与えられた使命でした」

仙道の研究者・ジェファーソンは、ベッドに横たわるスピードワゴンにそう切り出した。洞窟の中を彷徨い、出口まで近付いていたスピードワゴンを最初に発見したのが彼であり、それ以来、重傷のために不自由なスピードワゴンの世話を見ていた。年が離れていないこともあって、二人が打ち解けるのに時間はさほど必要としなかった。

「あの洞窟の奥底深くには、忌むべき原初の世界が広がっているのだと、伝承に謳われています。人間が誕生する遙か前、地球の始源の世界の話です」
「へえ……なんだか、俺には想像もつかない話だな」
「そうでしょうね。伝承でもそれほど詳しくは語られていません。非常に曖昧な、仄めかし程度のことが口伝によって伝えられているのみです。それが後年、書物に書き留められました」
「口伝? あぁ、そりゃそうか。そんな時代のことが、最初から本やなんかで書かれている訳ないもんなぁ」
「……そうとも限らないのですが」
「え?」

ごほん、と一つ咳払いをして、ジェファーソンが話を戻した。

「いや、まぁ、それはともかく……『監視』なのです」
「ん? ああ、そうだ。そうだった、その話だったな。なんなんだ、その『監視』ってのは。何を『監視』するっていうんだ?」
「もちろん、あの『原初の修練洞』をですよ、スピードワゴンさん」

ジェファーソンは室内をうろうろと歩き回り始めた。スピードワゴンがそれを目で追いながら、話に耳を傾ける。

「伝承は、原初の世界からの『来訪者』を伝えています。『それ』は約2000年の周期で、あの洞窟の奥底から上がってくるのだそうです」
「『来訪者』? 『それ』とは何だ? あ、もしかして!」

スピードワゴンが声を上げて指を差す。

「ブラフォードがそうだってのか、ジェフ?」
「いや、違うでしょう。まだ2000年経っていませんから。ただ、それに関係しているとは思います」
「うあ? ……なんか分かりにくくなってきた」
「だったら話の途中で質問を入れないでくれませんか、スピードワゴンさん」
「あ、そうか。悪い、続けてくれ」

「『来訪者』は人間にとって……そうですね、言うなれば極めて危険で邪悪な存在でした。そして彼等に対抗できるのは、我々の先祖、波紋戦士達だけだったのです」
「屍生人や吸血鬼と同じなのか?」
「そうです。陽光を浴びると死に、波紋もまた効くのです。そうして彼等を退けた後で、この洞窟を監視するために修練洞を作って、更に修行に励んだのです。2000年後の戦いのために」
「監視と修行、一石二鳥という訳か」
「そうです」

スピードワゴンが首を傾げた。

「しかし、そんな話は全然聞いてなかったな。ストレイツォやヨナールも、シマもそんな話はしてくれなかった」
「そうでしょうね」

ジェファーソンはバツが悪そうに苦笑した。

「この伝承、今では殆ど知る者がいません。『監視』という面はおざなりにされていました」
「なんでまた?」
「長い年月の間に、『修行』の面が強くなりすぎていたんだと思います」
「それは……なんてこった……」

部屋に二人の乾いた笑いが響いた。しかしすぐにジェファーソンの表情が引き締まる。

「しかし、ストレイツォ師範がそういったのなら話は別です」
「『原初の伝承に備えよ』、だ」
「そうです!」

ジェファーソンが口癖の台詞を、より強い口調で言った。

「今回の事件における犠牲は、あまりにも大きい。しかし、それを代償として我々は、本来の使命を再認識することが出来たのです。『来訪』の時は近い……一刻も早く立て直し、迎え撃つ準備をしなければなりません」

スピードワゴンが、ベッドから手を出して伸ばした。

「俺は、アンタ達の力になれないだろうか。なんでもいい、ストレイツォ達の遺志、俺にも継がせてくれ」

ジェファーソンが、スピードワゴンの手を力強く握った。

「ありがとうございます。こちらからも是非お願いしたい。とりあえず、『アレ』から」
「『アレ』?」
「そうです」

扉を開けて、波紋研究者達がどやどやと入り込んできた。各人の手には、分厚い書籍やダウジングロッド、更に奇妙な形状の機器が抱えられている。それを部屋中にばらまいて、唖然とするスピードワゴンを巻き込みながら、夜遅くまで研究者の談義は続けられた。


「ちょっと待てよ、引っかかっていたんだ」

夜も更けて、最後に部屋を出ようとしたジェファーソンの背中に、スピードワゴンが呼びかけた。

「人間がまだいない時代の地球……その様子を語った伝承といったな?」
「はい、そうですが。何か?」
「じゃあ、その様子を見て、そして語ったヤツは……誰なんだ?」
「……そうですね」

声のトーンを落として、ジェファーソンが答える。

「人間がいなかったのですから……人間以外の誰かが見て、語ったということでしょう」
「人間以外って……そりゃ一体……」
「スピードワゴンさん」

ジェファーソンが更に低い声でスピードワゴンを遮る。

「貴方には、空に浮かぶ星を、希望を持って見られる人であり続けて欲しい」
「……え?」
「私のように探求の道に入り込んだ者は、月の光に不安を抱き、星の瞬きに心騒がされるものなのです」

ジェファーソンの弱々しい笑みをしばらく見つめてから、スピードワゴンが両手を振って答えた。

「分かった……もう聞かねえよ。それでいいんだろう?」
「そうです」


スピードワゴンがカーテンを開けて窓の外を眺める。満天の星空の下を、俯いて歩いていくジェファーソンの姿が見えた。スピードワゴンはしばらく空を見上げてから、明かりを消さずにその身をベッドに埋めた。


―― それから、18年の歳月が流れた。


- 2 -

ゴドトーン ゴドトーン
ゴドトーン ゴドトーン

白いコートの女が、ゆっくりと席を立った。右手を帽子に添えて、暗い車内を見回す。ほぼ満員だったはずの車内には、今、自分と、そして向かい合っている車掌が一人立っているだけである。

「……会いたいと? 私に?」

女の問いが車掌に向けられる。車掌が痩せ気味の身体をくの字に曲げて、女に頭を垂れる。

「はい。そのお方が先の車両でお待ちになっております」
「それで?」
「ご足労願えないかと……」

女は不満そうにため息を付いた。

「随分とまた身勝手な話……」
「お手数をお掛けして申し訳ありません。ですが……」
「分かっているわ」

女が窓へと顔を向ける。

そこには、窓一杯に幾つもの顔が外からビッシリと張り付いていた。裂けた口から犬歯を露わにして、血走った目を車内の女に向けている。それは全員、屍生人であった。

そのうちの幾つかの顔に、女は見覚えがあった。興奮しきった表情のために分かりにくいが、それは数分前までは確かに車内にいた、乗客の顔であった。しかし今、彼等は走行中の列車の外側に張り付いて、女を相手に涎を垂らしている。

この状況においても眉をぴくりとも動かさない女に、車掌がいう。

「お客様がこのままこちらに居られますと、彼等の我慢も限界となりましょう。『お預け』と、命令してはいるのですが……」
「確かにこれほどの屍生人達に見つめられるのは、いい気分ではないわね」
「それでは……?」
「前の車両に、行けばいいのね?」
「ご案内いたします」

車掌の後に付いて女が通路を歩いていくと、窓の外の屍生人達もそれに合わせて後を追うように移動していく。その様子を帽子の奥から見ていた女が、長く垂れた赤いマフラーを巻き直しながら車掌に問いかける。

「ねえ。やっぱりアナタも、屍生人なのよね?」
「そうです。実際、私も……」

車掌が軽く振り返り、犬歯を見せながら女に答えた。

「結構我慢しているのですよ」
「なるほど……よくしつけられているのね」
「あのお方は、恐ろしいですから」
「それは大変ね」

扉を開けて、二人は先の車両へと進んでいった。

Story Tellers from the Coming Generation! Interactive fighting novel JOJO-CON

天明さんの「スピードワゴン(1部)」
VS
於腐羅さんの「黒騎士ブラフォード」

双方向対戦小説ジョジョ魂


"We built this city"


- 3 -

アメリカ、マサチューセッツ州。
日の暮れた町の中に、家路を急ぐ青年がいた。黒い鞄を大事そうに抱えて、大通りを走っていく。三日月が冷たく彼を見下ろしていた。

彼は急いでいた。鞄の中の本を早く自宅に持ち帰って、その中身の解読に入りたかった。かなり古いラテン語で書かれたそれを訳すのには、相当の時間が掛かるだろう。しかし、そこから得られる……文字通り人智を超えた……暗黒の智慧、禁断の秘儀は、それらの労力と、付随する恐怖を乗り越える価値のあるものである筈だった。

恐怖。彼はまた、恐怖から逃れるために急いでいた。この一年程の間に、彼のような「特殊な研究家」が姿を消す失踪事件や、彼等が発狂して近隣の住民を襲う事件が何件も相次いでいたためだ。死ぬことよりも恐ろしい事態に陥る事を、彼は心底怖れていた。夜はなるべく出歩かなかった。静けさが心地よく、好んで歩いた寂しい裏道を、彼は歩かなくなった。

大通りから両脇に住宅が並んだ、自宅へ通じる小道に入る。そして、近くに立つ尖塔の影が住宅の間から伸びて青年の姿を覆ったとき、背後の音が彼の耳に届いた。

金属と金属の擦れ合う音……それが歩み寄ってくるように、彼には思えた。「振り向いてはいけない」……彼の本能がそう告げた。しかし彼は「探求者」だった。本能による警戒よりも、知性から来る、聞き慣れない音の正体への興味が勝った。立ち止まり、後ろを振り返る。

薄暗い月明かりの中、一人の騎士が立っていた。音を立てていたのは、漆黒の鎧だ。兜は被っていない。黒衣と共に黒い長髪が風にたなびいていたが、それはどこか不自然な動きだと青年は虚ろに思った。紅い射るような視線が、彼の心臓を鷲掴みにした。騎士の低い呟きが、彼の意識を霞で覆った。

「……『素質』……精神を暗黒に浸す者には……『素質』を有する者が多いという…………」

騎士は背中からゆっくりと、鎧と同じく漆黒の長剣を抜き出す。今度は本能が勝った。鞄を落とし、足をもつれさせながら、青年は騎士から逃げ出そうとした。

しかし次の瞬間、彼は騎士の後ろ姿を見ていた。騎士は一瞬にして、青年の横を駆け抜けていたのだ。青年の左の肩から右の腰までが、ぱっくりと断ち切られている。

「貴様はどうだ……見せてみろ……」

裂け目からずるりと音を立てて、血に濡れた蛸の足を思わせる器官が伸びた。一本、二本とその器官が数を増すに連れ、青年の輪郭は人間とは別のものへと変わっていく。耐え難い恐怖に、彼は叫んだ。しかしその叫びは、ごぼごぼという泡を吹き出すような音にしかならなかった。そしてその変容は、彼の精神にまで及んでいった。

「よし……ゆけ……魂を連れて、回帰せよ……」

騎士の命令に応えるように、既に人間でなくなったものは、月明かりの向こうへと身を滑らせて行く。騎士は黒衣を翻すと、尖塔の影の中に姿を消した。

そして青年の鞄だけが、ぽつりとその場に残されていた。


- 4 -

ゴドトーン ゴドトーン
ゴドトーン ゴドトーン

車掌の後ろで、女が軽く上を見上げる。視線の先には揺れる列車の天井があるだけだったが、女の目はそこには何も見ず、別のところを見ているようだった。

車掌が振り返る。

「どうかなさいましたか? 何か気になる物でもありますか?」
「いえ……何も……いえ、そうね。そうしましょうか」
「は?」

車掌に構わず、女はマフラーを解きながら右の窓に歩み寄っていく。窓の向こうには、相変わらず屍生人がびっしりと顔を寄せている。その内の一体に、女は顔を寄せていった。表情を変えずに、屍生人に言い放つ。

「退きなさい」
「ハァーッ! ハァ~ッ!」
「退きなさいって言っているのよ」
「白いィ! 白い首筋ィ、カブりツキたイィィーーーッ!!」

女が窓に人差し指の先を付けて、ぽつりと呟いた。

「波紋疾走(オーバードライブ)」

見る見るうちに屍生人の顔が鼻を中心に渦を巻き、液状化して夜闇の中に散らばっていく。それを見た他の屍生人が慌ててパッと散り、窓のほぼ全面が外の暗い空間を映し出した。ニヤリと女が笑みを浮かべる。

「これでいいわ」
「い、一体何をなさっておられるので?」
「鏡よ、鏡」

答えながら、首に下げたペンダントをコートの外へと取り出す。ペンダントには、小指の先程の大きさの紅玉が付いていた。

「窓の向こうが暗くて中が明るいと、それは鏡になるでしょう?」
「……それが、どうかなさいましたか」
「まぁ、身だしなみというヤツね。アナタの主人に会うんだから、それなりにしておいた方がいいのではなくて?」
「はあ、そうですか」

ぶら下げたペンダントの紅玉が、窓の向こうへ紅い光を煌めかせる。もう一度笑みを浮かべてから、女は列車の通路を再び歩いていった。


- 5 -

18年前、『原初の修練洞』におけるブラフォードの襲撃の数日後、スピードワゴンと修行者の数名は、シマの自室へと足を踏み入れた。あまり親しい友人は持たなかったシマであったが、比較的仲良くしていた女性の修行者が数名いた。そして彼女等の話通り、シマの部屋はその几帳面さを物語るかのように、整然と片付けられていた。彼女がいつも観察し、成長を記録していたという観葉植物が、無味乾燥な部屋に彩りを添えていた。

しかし、とあるものだけがスピードワゴン達の足をすくませた。紅い、血で付けられたような手形が、部屋のあちこちに付けられていたのである。それは床だけに留まらず、壁や天井にまで付けられていた。

彼等が部屋に入って程なく、一人の修行者の指摘によって、それは左手のみの手形であることが明らかになった。それを聞いたスピードワゴンは、ふと思いを巡らせた。シマの最期の時、自分に振り下ろされたのは確かに右手だった。あの時自分は、シマの左腕を見ただろうか。ブラフォードの剣によって肩口で岩に張り付けにされた、あのシマの左腕を。

手形が特に集中していた机の中から、シマの日記が発見された。その場に居合わせたジェファーソンによって制されたため、スピードワゴンはその場でそれを読むことは出来なかったが、後日強く願い出たスピードワゴンに根負けする形で、その日記の一部を閲覧することが許された。

それはシマの観察の細やかさを現す内容であった。空や植物に見る季節の移り変わり。動植物の習性や生長。そして、師・ストレイツォへの思慕。

しかし、シマの持つ暗黒面も伺い知ることが出来た。嫌悪を抱く人間への怨嗟。呪いの言葉。そのような箇所で特に酷いところでは、スピードワゴンは吐き気を覚えるほどであった。

更に、普通の人間には見えていないものが、彼女には見えていたようだった。日記には、その一部が切り取られている部分があった。それについてスピードワゴンがジェファーソンに尋ねると、大概は「波紋の伝承に関わることですので」という回答が返ってきた。しかし時折、「普通の方は知らない方がよろしい知識ですから」という答えが返って来ることがあり、そんな時スピードワゴンは、シマが見ていたこと、知っていたことについて、仄かな不安を感じずに入られなかった。

スピードワゴンは、その日記を最後まで読み切った。そしてそこで見た。

小さめの、まるで活版印刷されたかのような整然としたシマの字が、最後の頁だけ乱れていた。いくつも付けられている紅い手形と共に記されていたその文章は、本来そこに記される筈のない内容になっていた。

―― 割った卵から出てきた、孵化前の鳥のぬらぬらとした目と視線を交わした時のような不快。
それを口に含んでゆっくりと噛み潰す時のような快感。
それらがないまぜとなって、腹部の切断口から私の全体に広がってゆく。

―― 忌まわしきあの刀身から伝わった不浄のエネルギーが、私をヒトとは違う別のモノへと変えてゆく。
解放、そして影に埋没した本能の覚醒、変容。足音。全ての『運命』が見える……それは命の運ばれてゆく先……


- 6 -

夢の中にブラフォードはいた。闇に包まれた夜の世界。ゆっくりと流れる黒い河に、足首まで浸かって歩いている。

河には時折、奇怪な形状をした肉の塊が流れている。ただ石ころのように流れゆくものもあれば、羽根とも腕とも付かない出来損ないの器官を震わせて、河面に波紋を作るものもいる。その内の一つが、ブラフォードの右足に触れた。「チィチィ」と、小さな鳴き声を上げている。踏みつけた。黄土色の体液を河の中に撒き散らしたそれは、再び河の流れに戻っていった。

ブラフォードが、河の流れを追って視線を走らせる。その河はやがて高くそびえる山脈へと伸びていた。そこを上へ上へと登ってゆく。暗い山脈の頂上は灰色の雲に覆われ、見えなかった。

今度は逆に目を向ける。河の源流の方角、そこにも山々が連なっていたが、それは比較的近く、そして低いものだった。ブラフォードは山を越えたことは無かったが、その向こうにあるものは知っていた。海だ。黒い海が広がっている筈なのだ。ここへ上空から「戻ってきた」時に、視界の端にそれが映っていた。しかし、決してそちらを見ることは無かった。意識の奥底から来る原初的な恐怖が、それを許さなかったのだ。

時折、山の向こうで雷鳴が紫色に空を染める。その時、ブラフォードは見る。
空を落ちていく魂達を。そして下から伸びてきて、それに食らいつく「何か」を。
TIIIQWWWBAAAHHHH……
TIIIIIQWWWWBAAAAHHHHHH……
山の向こうに、呼び声が木霊していた。

『ブラフォード……』
『ブラフォードよ……』

自分を呼ぶ声に、ブラフォードは足下の河面を振り返り、そしてその視線を河に沿って動かした。その行く先は山の向こう……海の方角だった。

『ブラフォードよ……』
『我等がこの母なる大海より生まれ出るには……』
『あと僅かばかりの魂の帰還が必要だ……』
『影たりえる魂だ……』

ブラフォードは、声をじっと聞き入っている。

『お前に頼みたい……』
『暗き魂を導くのだ……』
『影たりえる魂を……』

「何故おれにそれを……?」
ブラフォードが尋ねた。

『お前が還って来ないのであれば……』
『お前が終わらぬと言うのであれば……』
『そうなのだろう、ブラフォード……?』
『終われぬのだろう、ブラフォード……?』
『ならば仕えよ、還りて生まれる我々に……』

「……そうだな。騎士にはそれが、必要だ」
ブラフォードが河の中で跪いた。頭を垂れる。心なしか、その表情は薄く笑っているように見えた。

「おれは黒騎士(ダークナイト)、ブラフォード。闇の夜に仕えよう……」


「ブラフォード……ブラフォードよ……」

老婆の声に、ブラフォードは目を覚ました。老婆がにたりと不快な笑みを作る。

「うむ、ちゃんと治っておるようじゃ」

その言葉の意味するところに気付くまでしばらくかかったが、ブラフォードは起き上がり、自分の身体の各部、その全ての損傷が無くなっていることを確認した。

「再生には結構な量の魂を要したが……お前ならその分を充分取り返してくれるじゃろう」

立ち上がり、簡素な石造りの住居を出たブラフォードは、すぐ傍に流れる黒い河に歩み寄った。川縁に立ち、老婆について思いを巡らせようとしたが、ふと海を連想してそれを止めた。

「母なる海……魂を食らう……母……」

ガチャガチャと固い物が立てる音をさせながら、老婆がブラフォードに近付く。

「お前に必要な道具は用意してある。好きな物を持って行くといい」

振り向いたブラフォードが見たものは、老婆が担いだ多くの武器だった。

「黒い石で造られた武器は、暗き精神の素質を引き出す……どれがいい? この槍はどうじゃ? こっちの斧は? 弓と矢もあるぞ?」

老婆の差し出す武器を押し除けて、ブラフォードは「それ」を引き寄せた。

「……何度死んでも、やはりそれか」

ブラフォードの手には、黒い長剣が握られていた。それを見て老婆がにやりと笑う。

(還っていくものどもの中に見つけた、太陽のように光り輝く魂。それを取って食ろうてみれば、その殻の中からこれ程の暗くぬめった塊が現れた。「横取り」もどうしてなかなか、捨てたもんじゃないわい)

老婆がぺろりと唇を舐める。その口の奥から、微かに魂を呼ぶ声が聞こえた。


- 7 -

ゴドドドドッ ガダダダッダダダダッ
ドドドドドドドッ ゴドドダガダダダダダッ

夜闇を行く列車は長い鉄橋に入って、けたたましい音をその車内外に響かせている。客車の外を付いてくる数十人の屍生人を従えて、屍生人の車掌と女は更に前方へと歩を進めていた。

瞼を薄く閉じて何かを窺うようにしていた女が、目をぱっと開くとおもむろに懐に手を入れる。車掌ががらがらと音を立てて次の車両への扉を開けた時、女の左手に持った物がぽろりと落ちた。

コトン コロコロコロ

それが車掌の靴にこつりと当たる。車掌が気が付いて、振り返りながら下を見た。それの表面が、車掌の顔を映しだす。

「あら、ごめんなさい。鏡を落としたわ。取ってくれるかしら?」
「……よろしいですよ」

車掌がそう答えてしゃがみ込む。その瞬間、女が通路を駆けて車掌の上を飛び越えた。

「……え?」

驚いた車掌が顔を上げる間もなく、女は扉を抜け、更に前の車両の扉を勢いよく開けるとその向こうへと飛び込んでいく。慌てて振り返り、女を追う車掌。車外の屍生人達も虚をつかれ、車掌に一拍遅れて動き出した。

「な、何をなさって……!?」

前の車両に駆け込む車掌の耳に、女の呼吸音が聞こえてきた。あの独特の呼吸音が。

コオオオォォォーーーーッ

車掌の見る先で、女が仁王立ちして右手を掲げていた。その手に握られているのは、首にかけていたペンダント。そしてその紅玉が、一際紅く光り輝いていた。

「太陽のエネルギー増幅ッ! 収束放出ッ!」

ゴッ

ペンダントから一本の紅い光線が放たれた。女の小指よりも細い光線が、客車の天井を撃ち抜いて夜空を切り裂く。

「波紋疾走(オーバードライブ)ッ!!」

女が右腕を時計回りに回転させる。ペンダントの紅い光線が、客車の天井から壁へと移動しながら、音も立てずに切り裂いてゆく。女の腕の回転に合わせ、それは床へ、そして反対の壁へと廻っていく。

「な、なにをしてやがるッ!」

車掌が声を荒げて叫んだ。

女の腕が再び頂点で止まる。パキンと音を立てて紅玉が割れると共に、光線の放出も止まった。

ゴオオォォ……

女の髪やマフラーがたなびく。車掌と女の間を、風が駆け抜けていた。

二人の間の距離が徐々に離れていく。客車は紅い光線によって、完全に切り裂かれていた。

「『さよなら』よ、屍生人共」
「ギ、ギャアアーーースッ!」

車掌の屍生人が離れていく車両から跳躍して、女の前に着地した。後ろを振り向いて、仲間の屍生人に呼び掛ける。

「オイッ! テメェラも早く来るんだよッ! ぼんやりしてるんじゃネェーッ!」

女がため息を付いた。

「ふー……やれやれだわ。やっぱり『聞こえて』いないのね。屍生人の耳は腐っているのかしら」
「な、なんだとッ」
「私は『さよなら』と言ったのよ」

ドオオォォンンッ!!

突然、後方の車両が巨大な火球となって吹き飛んだ。まとわりついていた屍生人達が炎に焼かれて散っていく。爆発は更に二回、三回と続いた。

「こ……何だこれはアァーーッ!?」
「そして『聞こえていない』とも言ったのよ。空を飛来する『あれ』に気付かないなんて……あの音が聞こえなくなるくらい、私の首筋は魅力的だったのかしら、フフ」

車掌が車両の切断面から空を仰ぎ見る。夜の上空……そこに輝く月をバックに、一機の複葉機が飛んでいた。

「ま、まさか……爆撃した、のか? あれがッ!?」
「さらに」

厳しいものに変わった女の口調に、屍生人の車掌が向き直る。帽子の奥から冷たい視線が、車掌を睨みつけていた。

「屍生人は一匹たりとも生かしてはおかないわ。ええ、許さないの」
「ウ、ウウッ!」

車掌は一瞬たじろいだが、客車の通路を蹴ると一気に女との間合いを詰めた。マフラーを掴んで、女が腕を前に差し出す。垂れたマフラーの先端が、床に接した。

「ウィギイイイィィィィッーーーッ!!」
「蛇首立帯(スネックマフラー)!」

女に向かって繰り出された手刀が、何もない空間を滑る。車掌が不思議そうに自分の手を見つめ、次にきょろきょろと周りを見回す。そして自分の横に、女の紅いマフラーが真っ直ぐ上に伸びているのを見つけた。

その時、頭上から声が聞こえた。

「Dの薔薇(ディーズ・ローズ)」
「ハッ!」

車掌が頭上を見上げた瞬間、その右目に一輪の薔薇が突き立った。更にもう一輪が続いて胸部に突き刺さる。途端に薔薇の刺さった部分から車掌の身体が溶け始める。

「ド! ドッギャアアアァァァーーーッ!!」
「その呪われた魂を! 波紋で浄化してやるッ! この世から消滅するのよッ!!」

波紋で固くなったマフラーによって天井に張り付くようにした女が、これまでにない険しい表情で屍生人を罵っていた。

やがて、波紋エネルギーにより屍生人の車掌が溶けて無くなったのを確認すると、マフラーを元に戻して女が通路に降り立った。自らの興奮を抑えるように、大きく深呼吸をする。

「いけない……ちょっとだけ暴力的な気分になってしまったわ。こんなんじゃ父さんに叱られるわね……『エリナさんのような淑女には程遠い』って」

呼吸を整える女の耳に、飛行機のエンジン音が次第に大きく聞こえてきた。客車の切断面から顔を出して見上げると、かなり近くまで降りてきている複葉機から、縄梯子が降ろされた。女の目に操縦席に座る男が映る。手を振る男の姿に、女はその顔に笑みを作った。

―― ゴオオオオオオッ!!

かっと目を見開いて、女が弾かれるように列車内に振り返った。通路の先には閉じた扉があるのみだが、女の目はその向こうを見つめ、そこに釘付けになっていた。

(何? なに……かが……来るッ!?)

足が……手が……身体が動かない。動かせない。強烈なプレッシャーに、女の身体のみならず、心までもが凍り付いていた。

「なッ、なんだコイツはッ!?」

複葉機のコックピットで、男もまたそのプレッシャーに圧倒されていた。帽子を剥ぎ取ると、頭から汗がどっと流れ出る。それを拭いもせず、下に向かって叫んだ。

「おいッ、早く来いッ! コ、コイツは……何かヤバイッ!」

男の大きな声は、列車や飛行機の発する音をも越えて、女の元へと届いていた。しかし、女の意識はそれを聞いていない。女の意識は、迫り来る「何か」の気配に完全に囚われていた。

ドドドドドドッ

「聞こえてんのか? ヘイッ! 早く……逃げるんだよッ!」
「あ……あぁ……」
「イライザッ! おいッ! 逃げるんだッ! も、もうそこまでッ……イライザッ!!」

ドドドドドドドドドドドドドッ

「リ……」

一際大きい声で、男が叫んだ。

「リサリサァッ!!」
「……ハッ!?」

男の呼ぶ声に、女の瞳に理性が戻った。右手でマフラーを振るう。それは女のかぶる帽子を巻き込んだ。

「食らえッ!」

右手を前へ。真紅のマフラーが前方へ伸び、その表面を滑るように帽子が高速回転して、真っ直ぐに放たれた。マフラーは更に女の後方へ回される。それはその先に下がっていた、縄梯子に絡み付いた。

扉が開き、その向こうへと帽子が吸い込まれていく。その様を見つめながら、女が車外へと跳躍した。

複葉機が唸りと共に高度を上げていく。操縦席の男が、遠ざかっていく列車を見下ろした。縄梯子の末端に、マフラーでぶら下がる女の姿があった。そしてその向こう……客車の切断面に、男は人影を見たような気がした。


- 8 -

アメリカ、テキサス州。
夜明けにはまだ早い、暗い町の中を、ベージュのコートを羽織った一人の男がとぼとぼと歩いていた。齢4、50歳というところか。道の端を、身体を縮こまらせて歩くその姿には、弱々しさと闇への怯えを感じさせる。しかし、手に持ったランプの明かりが男の表情を浮かび上がらせると、その頬に走る傷跡と大きな瞳に、未だ男が持っているバイタリティーを見て取ることが出来た。

一台の自動車が、通りの前方から走ってくる。車のライトが、通りの端を歩く男の顔や身体を無遠慮に照らし出す。眩しそうに目を細めた男は、しかしそれをむしろ歓迎するように、安堵の笑みを浮かべていた。

車は男に近づき、やがてすれ違う。するとすぐに速度を落とし、男の後方で停止した。ドアが開いて、一人の男が顔を出す。

「スピードワゴンさんじゃないか!」
「えっ、本当か?」
「ほら見ろ、だから言っただろ?」

顔を出した男の声に、車の中からも続いて声があがる。振り向いた男……スピードワゴンが、右手を挙げてそれに応えた。

「やあ、お早う、みんな。どうしたんだ、こんな朝早く?」
「オレ達は『これ』なんだけどよ」
「スピードワゴンさんこそ、どうしたんだい?」

釣り竿を振って答えた二人目の男を押し退けるようにして、三人目の男が顔を出す。スピードワゴンが、町の外を指差して答えた。

「ちょっと空港にな」
「空港? まだ夜も明けてないってのに?」
「何かあったのかい、スピードワゴンさん」
「いやいや、何もないよ」

少し表情を曇らせた男に、スピードワゴンは笑みを浮かべて否定する。

「知人がやって来るんで、それを出迎える準備をするだけさ」
「スピードワゴンさん一人だけで? 大事な商談相手が来るとか? 手伝おうか?」
「いやいや、そんな大それた事じゃあないよ。本当に単なる身内さ」
「本当に手伝わなくていいのかい?」
「ああ、気持ちだけ頂いておくよ」
「空港まではちょっと距離がある。送っていこうか?」
「構わないでくれていいよ、散歩のつもりだから」
「そうかい?」

尚もスピードワゴンを気にかける男達の車を、スピードワゴンは暖かな笑顔で送り出した。そしてまた、道を一人で歩き出す。

しばらく歩いて、住宅地の外れに建つ一軒家を通り過ぎる。そこにぽつりと明かりの灯った窓と、その中で微かに動く人影を見て、スピードワゴンはため息を付いた。

「ジェフの奴、相変わらず遅くまでやってるんだな」

そうしてスピードワゴンが町外れの空港までやって来た時には、東の空が徐々に青く染まり、稜線がくっきりと浮かび上がるまでになっていた。それを見て、ふと安心したような表情になると、滑走路の脇に建つ倉庫の中へ入っていった。

空港といっても、そこには滑走路が一本と、飛行機を何台か入れられる倉庫が三棟建っているだけである。スピードワゴンが自分の石油会社のために自費で建設したのだが、自社だけでなく、町の者達にも使わせている施設だった。

倉庫から出て、滑走路脇まで歩いてくるとそこに立ち止まり、倉庫の中から持ち出してきた椅子を置いた。その上に毛布を投げる。

深呼吸をして落ち着くと、スピードワゴンは空を見上げた。そこにはまだ、星が瞬いている。そこに先程町中で会った、三人の男の顔が重なった。

「釣りか……いいな。今度暇を作って一緒に行くか……」

呟きながら三人の、若い頃の顔を思い出す。彼等は昔、砂漠の町でスピードワゴンを襲ったチンピラだった。

スピードワゴンは後ろを振り向いた。そこには、この十年で大きく変わった町があった。スピードワゴンが波紋研究者達と共に油田を掘り当てたこの地には、多くの仕事が生まれた。人が集まってきた。自然と、町は大きくなった。

夜明け前の静かな町に、スピードワゴンはそこに住む人々の顔を重ねた。彼等、アメリカの各地からやって来た人々……希望を胸にやってきた者、故郷を追われ流れ着いた者……その人生がこの町で結び付いていくのを、スピードワゴンは長く見守ってきた。

(そうさ、俺達が……俺達がこの町を築いたんだ……)

スピードワゴンが、天を仰いで目を閉じる。スピードワゴンが旅の中で見た、世界中の町の様子が、そこに生きる人々の様が、瞼の裏に溢れ出す。

(世界中にそんな人々がいる……守りたい、その全てを。要らぬお節介と言われても構わない……)

瞼を開き、その瞳に星の光を受け止める。そして空のグラデーションを追うようにして、東の空に再度視線を移した。

(俺ももう歳を取った……肩の後遺症もあるし、暗闇や狭いところも未だに苦手だ。波紋も使えない俺では、あとは老いていくだけだ……)
(だから、ブライアン爺さんの遺産を……我が「財団」の組織力を使おう。この財団の力で、戦士達の支援に努めよう……)

スピードワゴンは、自分の右手を挙げて見た。そこにある手は、スピードワゴンが幾ら力を込めようと握られることはない。ブラフォードとの戦いの後で取り付けられた、義手だからだ。しかし今、スピードワゴンはそこに一丁の「銃」を見ていた。

(そう、それだけが……たった一つ、このスピードワゴンに残された武器なのだから……!)


複葉機の操縦席から、男が縄梯子を上ってきた女に手を差し伸ばした。しかし、女はそれに反応を示さず、機体に乗る素振りも見せない。下方に広がる地上の夜景に、女の白いコートが激しく揺れている。声を掛けようとした男は、女の身体が風に煽られる以上に震えていることに気が付いた。

「お、おい、どうした? 何かされたのか?」

男の掛けた声に、女がぴくりと肩を動かした。続いて、低い笑いが男の耳に届く。

「ふふ……『何かされた』ですって? ふふふ……『されている』わ。ええ、ずっと以前から……!」
「イ、イライザ?」

女の激しい口調に、男は伸ばしていた手の動きを止めて、続く言葉に耳を傾けた。

「私の……顔も覚えていない最初の父親は、屍生人に殺されたわ。母親もッ! そして、優しかった二人目の父もッ! ストレイツォ父さまもッ!」
「イライザ……」
「屍生人ッ! ヤツらに呪われているのよ、私はッ!!」
「イライザ、とにかくこっちに乗るんだ。そこは危ない」

柔らかな声で男が諭す。顔を上げた女の目は、涙で潤んでいた。

「それにお前だけじゃない。俺の父親も母さんの目の前で吸血鬼に殺されたというし、マリオの父親も、祖父も、石仮面の因縁の中に死んだんだ」
「え? 誰ですって?」
「マリオさ、マリオ・ツェペリだ。アイツがお前に危機が迫っていることを、教えてくれたんだ」
「ツェペリ……ああ、彼? 彼が来ているの?」
「いや、人づてで知らせてくれたんだが……きっと来るだろうさ。頼もしい限りだぜ」
「そう、そうだったの……」

女が再び力無く俯く。唇を噛みしめながら、女が呻いた。

「な……情けないわ。逃げることしか出来なかった……。こんなんじゃ、ロバート父さんも殺されてしまう……! 何の為に長い間、波紋の修行をしてきたというの……。折角……折角、彼奴に会えたというのに……ッ!」
「何だってイライザ? 『彼奴』……まさか『彼奴』ってのは、あの……スピードワゴンのオッさんが言っていた……あのプレッシャーはそうなのか? 見たのかイライザ!?」
「そうよ……彼奴だったわ、来たのはッ! ストレイツォ父さまの仇ッ!!」
「『黒騎士』ッ!!」


「やはり還ってきたか、ブラフォード……」

椅子に座って、毛布で足を覆ったスピードワゴンが、今にも太陽が顔を出しそうな東の空を眺めていた。誰とも無しに呟く。

「ジョースターさんの波紋を受けて死んだお前が還ってきたんだ。きっとまた還ってくると、思っていたよ」

思い出したくない顔が脳裏を過ぎり、スピードワゴンの表情が一瞬曇った。

「ディオのヤツはもういない……今度は誰がお前を蘇らせたのか、それが分からない限り……そいつを叩かない限り、お前は還ってくるんじゃないかと思っているんだ」

目を細め、語り掛けるようにスピードワゴンが言葉を紡ぐ。

「だからブラフォード……俺はお前を倒したい。死の眠りからお前を無理矢理蘇らせる、その呪いからお前を救いたい。今度こそ、永遠の眠りにつかせたいんだ」

その時、稜線に太陽が姿を現した。白い陽光がスピードワゴンの目に飛び込む。眩しさに思わず右手を顔の前にかざしたスピードワゴンは、その太陽を背に飛来する物があるのに気が付いた。スピードワゴンの表情がぱっと輝く。

「おおっ、来たかっ!」

スピードワゴンは、毛布をはね飛ばして椅子から立ち上がった。スピードワゴンの見守る中、確かにそれはその影を徐々に大きくしていく。

「マリオ君の知らせは間に合ったようだな……。うちのエリザベスを助けられていなかったら、俺が張り倒してやるところだが……その時はここに帰って来たりはしないだろうから……いや、良かった。本当に!」

両手を東の空に向けて広げると、スピードワゴンは大きな声で叫んだ。

「早く帰ってこい、ガキ共! 俺はお前達に、全てを託しているんだからなっ!」


夜明けの迫る空の下を、漆黒の列車が走っていく。その最後尾、客車の切断口に、黒い鎧を纏った男が立っていた。黒衣が風になびいてばたばたと音を立てている。黒騎士……ブラフォードは、低い笑い声を漏らした。

「クックック……波紋の流れた帽子を繰り出してきたぞ、あの女……クックック」

ブラフォードの足下には、女の放った帽子が落ちていた。それには切り落とされたブラフォードの髪が巻き付いており、波紋によって音を立てて煙を上げながら溶けていた。

「名が『スピードワゴン』というからもしやと思ったが……貴様の娘か、スピードワゴン。クックック……こいつは愉快だ! おれを待っていたという訳か!」

背中から黒い刀身を持った長剣を抜き出すと、今正に太陽が顔を出そうとしている東の空へ向けて、真っ直ぐにかざした。

「いいだろう、スピードワゴン……今度こそおれは、『良く生きて』みせる! 『良く生きる』とは『良く死ぬ』こと。即ち『やり遂げる』ということだ!
それの善悪といった性質は、全く別の次元の話だ! 重要なのは『やり遂げる』ということなのだ!
騎士としてやり遂げるまで、おれは終わらぬ! たとえ志半ばにして死んだとしても、決して終わりはしない。終わることが出来るまで、おれは何度でも死んでやろう! 何度でも、何度でも……永遠に死に続けてやろう!
そう、それがおれの……!」

その時、稜線に太陽が姿を現した。白い陽光がブラフォードに届く一瞬、列車が暗いトンネルの中に飛び込んだ。

「それがおれの、おれ自身に対する……!」

ブラフォードの紅い瞳が、トンネルの闇の中に消えていった。


「飛行機がこんなに高く飛べるのはどうしてか、知ってるか?」

複葉機の後部座席に座って、眉間に皺を寄せて落涙を抑える女に、男が操縦席から質問を投げかけた。

「な、何? いきなりそれは」
「いいから……なんで高く飛べると思う?」

困惑の表情を浮かべた女は、少しだけ考えてつまらない答えを返した。

「エンジンが付いているから?」
「んん……『翼が』と来た方がまだロマンがあったんだがなぁ」
「じゃあなんなの」

女の言葉に「苛立ち」が少し混じっていることに気付かずに、男が答えた。

「それはさ……飛行機がこんなに高く飛べるのは……『ものすごい空気の抵抗があるからこそ』、なんだ」
「空気の、抵抗?」
「そうさ。抵抗をその一身に受けてこそ、高く飛ぶことが出来るんだ」
「高く……」

それだけ答えてしばらく黙した男が、照れ笑いを浮かべながら後ろの女に振り向く。

「って、お前のとこの図書館で見た本に、書いてあった話なんだけれどな」
「なんだ……ちょっとがっかり」
「で、でもいい話だろ?」

男が前に向き直り、操縦桿を握った。口調を正して、女に語る。

「そしてその言葉を読んで、俺は飛行機乗りになりたいと思った」
「……」
「俺も高く、高く飛びたいと思った」

二人の間を、飛行機のエンジン音が流れていく。

女は男の後ろ姿を見つめた。パイロットスーツに隠された首筋……そこにある星形の「あざ」を、女は思い出していた。

しばらくして不意に、女の声が男の耳元に掛けられた。

「私も飛んでみたいわ」
「わぁっ、驚いたっ! お、おいイライザッ!?」

女は後部座席を抜け出し、機体の上に直接座り込んでいた。

「危ないだろ、落ちるぞ!」
「落ちないわ、波紋でくっついているもの」
「し、しかしだな……」
「呼んで」

男に女が顔を近づけた。男の目をじっと見つめる。

「私も貴方と飛んでいきたいの」
「い、今飛んでいるだろう?」
「そういう意味じゃないわ……だから呼んで、私の名を」
「イ、イライザ?」
「そっちじゃないわ、さっき呼んでくれたじゃない」

迫る女に、男が顔を赤くする。押し返そうとした男の手を、女が強く握った。

「あ、あれはその……咄嗟にだな……」
「あの名を呼んでいいのは、貴方と父さんだけなの……特別な絆なのよ」
「イ、イラ……」
「貴方となら私も高く飛んでいけるの。小さい頃からずっとそう思ってた……お願い、呼んで」

やがて男はふぅと大きく息を付くと、女を真っ直ぐに見つめ返した。握られていた手を、逆にしっかりと握り返す。

「分かったよ……一緒に高く、何処までもいつまでも飛んでいこう……リサリサ」
「ああ、ジョジョ……ッ!」

目を閉じて、顔を寄せ合う二人を乗せた飛行機が、朝日を背に受けながら空を飛ぶ。その行く先に、陽光に明るく浮かび上がる町があった。飛行機が町に向けて、徐々に高度を下げていく。その飛行機の尾翼には、操縦者の愛称が山吹色の塗料で描かれていた。

―― ジョージ・ジョースターII世。「JOJO II」と。


The end.
And now, "JOJO'S BIZARRE ADVENTURE (another) Part II" has begun !!


勝敗判定

勝利:黒騎士ブラフォード
新たなる主人に仕え、騎士としての「終わり」を目指す。
惜敗:スピードワゴン
救いの願い叶わず。次の世代……ジョジョとリサリサに全てを託す。

e-mail : six-heavenscope@memoad.jp SIX丸藤