Story Tellers from the Coming Generation! Interactive fighting novel JOJO-CON

双方向対戦小説ジョジョ魂

ROUND 1

1. 闇夜 - MESSENGER TO THE DARKNIGHT -

天を仰ぎ見ても、月も無く、星も無い。漆黒の闇の中を、一艘の舟が下っていた。小さな舟だ。その舟が水を押しやって作るさざ波の音が幽かに聴こえ、そこで初めて、舟が河を下っている事が認識できる……そんな深い闇が、その世界の全てだった。

舟に乗る者は二人。前方に座る大きな男は、闇で出来たかのような黒い鎧を纏った騎士だ。そしてその騎士に、舟の後部からしわがれた老婆の声が時折掛かる。その殆どを聞き流していた男が、暫く経ってからその「問い」を、前を向いたままで呟いた。

「もう一度問う……。誰だ……おれを呼ぶのは……?」

暗闇に染み込むように静かな、しかし力強いその声に対して、一拍おいて、枯れ葉の立てるような囁きで老婆が応えた。

「知らぬし分からぬ……そもそも儂にはどうでもいい事じゃ……」
「……」
「儂がするのは、呼ばれた者を連れてゆく事……それだけじゃ……」
「……」

程なく、老婆の操る櫂がその舟を岸へと寄せた。男が舟を下りると、小さな石がじゃりっと擦れ合う音を立てる。

「お前が今向いている方角へ、歩いていけばそれで良い。お前を呼ぶ『声』は、そちらにある」
「…………そうか」

男が闇の中へと足を進めようとした時、その背に老婆の声が飛んだ。

「待ていっ! 行く前に……舟賃を置いていきな」
「……何? 舟賃だと? おれを勝手に連れてきたのはお前……」

振り返ろうとした男の背中に、既に老婆の手が伸びていた。男の広い背に下げられた、長い剣。それに皺だらけの黒い手が触れ、男の手が払おうとする一瞬前に引っ込んだ。男が初めて感情的な声を上げる。

「貴様ッ!」

対して感情の無い声で、老婆が答える。

「確かに、『貰った』よ……」
「何だとッ!?」

男が慌てて剣に手を掛ける。音を立てて鞘から抜いたそれは、1メートルをゆうに超える長剣だった。男が手を添え目を近づけて、剣の根本からその先まで、更に表と裏とを確かめる。その剣には細かな傷が幾つもあった。それは男の前に立った敵の肉や骨を、時にはその鎧ごと断ち切り粉砕した、数々の武勇を示す傷だった。そしてその全てを、男は見知っていた。

特に奪われた部分は無い。

安堵と疑念。しかし、剣の握りに掘られたその文字を見た時、男はただ一つの違和感を感じた。

『LUCK』

そこに刻まれた文字は、記憶と変わりない。しかし、男は微かに喪失感を覚えた。だが、自分は何の喪失を感じているのか……それが分からない。

(確かに……何かは分からないが……『足りん』。奇妙だが、そう思える……)

返せ……男はそう言葉に出そうとしたが、何故かその言葉もまた「違う」ような気がして、口をつぐんだ。苛立ちを感じた男は、剣の切っ先を老婆に向ける。老婆は小さな悲鳴を上げ、跳んで後ずさった。

「ひいっ、何をするんじゃ!? 『返せ』とでも言うのか?」
「いや……フッ、それにしても、お前のような者でも、死ぬのは怖いか」

パチンと音を立てさせて、男が背に剣を収める。それを確かめながら、老婆が男に言い返す。

「馬鹿を言え、儂が死ぬものか……痛いのが嫌なだけじゃ」

返答を聞くのを待たず、既にその騎士は先へと歩を進めていた。小石を踏みしめて、闇の中へ……闇の向こうへ。

男の姿が消えた時、老婆は口を開け、年老いた猫の断末魔のような笑い声を上げた。口の中に歯は無く、闇を食らったような虚ろな穴が、ただそこにぽっかりと開いていた。


2. 星夜 - GIFT OF THE FALLING STARS -

地平線の向こうまで広がる満天の星空の下で、男が帰路を急いでいた。昼の暑さとうってかわり、砂漠の夜は男の逞しい身体をも震えさせる。男の背負った大きなリュックには様々な物が詰まっているらしく、男の歩調に合わせて、金属やガラスの立てる音がガチャガチャと静かな夜闇を乱していた。

男はやがて砂漠の町に辿り着く。男の目は、その入り口に不審な陰を見つけた。数人の身なりの悪い……そして何より、目つきの悪いチンピラ達が腰を上げ、男を睨み付ける。そして男に向かって、男の予想した通りの言葉を吐き付けた。背中からリュックを降ろしながら、男が毅然と言い返す。

「違うね、お前達のナワバリなんかじゃあねぇ。ここは、ブライアン爺さんの夢が眠る場所さ。そして俺はその遺産相続者、ロバート・E・O・スピードワゴン! 俺の目の黒いウチは、ここをお前等の好き勝手にゃあさせねぇ!」

スピードワゴンの名を聞いたチンピラ達は一瞬怯んだが、雄叫びを上げて一斉にスピードワゴンに飛び掛かる。口の端をニヤリと歪め、スピードワゴンが両手を前に突き出した。

ジャキ ジャキッ

袖の中から飛び出した「トンファー」を両手に握る。それを巧みに操って、襲い来るチンピラの繰り出すナイフを受け、そのまま殴り飛ばす。棍棒を弾いて避け、もう片方を腹に叩き込む。迂闊に走り込む足を払って、倒れ込む頭にぶつけて鼻を潰す。……数分で片は付いた。

「ぶん殴っただけだ、命に関わるほどまではしねー。俺は『紳士』だからな!」

そう言って、スピードワゴンは頭の帽子を被り直した。


町に入り、宿への道を急ぎながら、スピードワゴンは溜息を付いた。

「やれやれ、もう半月だぜ。何の成果もありゃしねぇ……」

ぼやきながら、リュックにぶら下げた金属製の細長い棒を持ち出す。それは途中で直角に折れ曲がり、Lの字をかたどっていた。折れ目に指をかけ、くるくると回す。

「爺さんはうまい事水源を見つけたんだがなぁ……アイタッ!」

棒の長い方が目の前を掠め、帽子のツバを跳ね上げた。チェックの柄の帽子はぽーんと宙を行き、スピードワゴンの後ろへと飛んで落ちた。額に手を当てながら、スピードワゴンが慌てて帽子に走り寄る。

「大事な形見だってのに……すまねぇ、旦那……」

帽子に手を伸び、ツバに指が触れたところで、スピードワゴンの手がピタリと止まった。そして瞳で、触れた帽子とその手に掛けたままの金属棒を、交互に見つめる。

「水源……水、か……。ひょっとすると……爺さん、旦那……」

帽子を拾い上げ、頭に被り直しながら上を見上げる。空に輝く幾つもの星々が、自分をじっと見下ろしているように思えて……その眩しさに、スピードワゴンは目をすっと細めた。

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天明さんの「スピードワゴン(1部)」
VS
於腐羅さんの「黒騎士ブラフォード」

双方向対戦小説ジョジョ魂


3. 波紋戦士との再会

「アンタの弟子は乱暴過ぎやしないかぁ、ストレイツォさんよぉ~ッ!」

部屋に入ってくるなり、不機嫌さを丸出しにしてスピードワゴンが吠えた。椅子に座って読んでいた本を閉じながら、ストレイツォと呼ばれた男が振り向く。

「久しぶりだというのに、最初の挨拶がそれか、スピードワ……」

ストレイツォはスピードワゴンの顔を見ると言葉を切り、ふうと一つため息をつきながら立ち上がった。

「なるほど、確かに少し乱暴が過ぎるようだな」

ストレイツォの視線の先には、顔面の右半分に靴底の後が付いたスピードワゴンが立っていた。スピードワゴンに続いてドアから入ってきた男を指差し、太い眉をピクピクと動かして荒い言葉を続ける。

「いくら言っても、おれがアンタの客だと認めねぇ。しまいには『これ』だ」
「いやぁ、まさかこんな薄汚い格好で、顔の怪しい男が師範の客だとは……すまんすまん!」

スピードワゴンに手を挙げて謝る男だったが、その顔に浮かぶのは笑いだけで、あまり真剣味は感じない。指を差していたのを拳に変えて、スピードワゴンが手を振るわせる。

「て、てめぇ……」
「口が悪いぞ、ヨナール。そして足癖も悪いようだ」
「すいません、師範! 改めます!」

うって変わったヨナールの態度に、スピードワゴンは思わず肩をすくめた。


チベットに連なる山々の奥深く……そこには、「仙術」を学び修めんとする、波紋修行者達の修行場が点在していた。スピードワゴンが砂漠の町からはるばるやって来たのはその内の一つで、そこでは山に空いた洞窟を修行場としていた。そして、麓にある修行者用の館にストレイツォを求めて、スピードワゴンは訪問したのだった。


スピードワゴンは勧められた椅子に腰をかけると、部屋にいた女修行者の出した茶をすすりながら、気にしていたことをストレイツォに尋ねた。

「『療養』って聞いたんで驚いたんだが、見たところどうやらそれほど酷いわけでもないようだ。……どうなんだ?」
「恥ずかしいことだ。このストレイツォ、一生の不覚。笑ってくれ」
「おれがそんなことするかよ。で、実際、体調はどうなんだ?」

問われたストレイツォは、自分の腹部を指差して言った。

「確かにまだ傷は完治していないが、あと二週間もあれば充分だ」

指を部屋の壁にある本棚に向けて、言葉を続ける。

「その前にここの本を読み終わってしまいそうなことの方が、今は不安で仕方がないな」

ストレイツォの言葉に、部屋の一同が明るく笑う。その笑いが収まったところで、ヨナールが真面目な口調で話しだした。

「しかし、それだけあの屍生人が強敵だったということだよな。師範に傷を負わせるなんてよ」
「確かにあの屍生人は狡猾だった。私が今生きているのは、幸運だったと言わざるを得ない」
「そ、そうなのか、ストレイツォ?」

スピードワゴンの問いに、ストレイツォが深く頷いた。

「うむ。幾重にも罠を張ったヤツの住処へ、こちらが少数ずつ誘い込まれる形になってしまったのだ」
「おかげで仲間にも数人犠牲が出ちまった……くそっ、思い出すとムカムカするぜ!」

ヨナールが強く床を蹴ると、壁際に立っていた女修行者がビクリと身体を震わせた。それに気が付いたスピードワゴンが、女を指差す。

「そうだ、ストレイツォ。この娘をまだ紹介してもらってないんだが」
「そうだったか。それはすまない」
「おいおい、オレの紹介もまだの筈だが」

ヨナールに冷たい視線を向けて、スピードワゴンが言う。

「アンタのは足だけでもう充分だ」
「なんだよそりゃー!」
「口が悪いぞ、ヨナール」
「すいません! 改めます!」
「……」

女修行者・シマの紹介に移るのは、結局ヨナールのそれの後になった。


4. 新たなる波紋の形

「『ダウジング』って知ってるか、ストレイツォ?」

そう言って取り出したL字型の棒を、ストレイツォを始めとする波紋修行者達は、興味深そうに見つめた。

「……なるほど、現代はこのような形になっているのか」
「え? ストレイツォ、今なんて言った?」
「波紋法を研究してきた先人達は、これの元になった道具を発明してきたのだ」

ストレイツォが取り出した本には、様々な形状の道具が書き記されていた。それぞれ用途によって、色々な材料が用いられていたようだ。話を聞きつけて集まってきた他の修行者達が、スピードワゴンの持ってきた「ダウジングロッド」を手に、口々に話し合った。

「地面や湖、雪の中に埋もれた物を、それが発するエネルギーを捉えて見つけ出す。または、自らが波紋を流し、それを反射してくるのを感じ取る。そういう道具は、数千年前から研究されていた」
「しかし、最近では研究はすっかり下火になっていたな」
「巷にこのような形で伝わっているとは」
「波紋の技術が未熟でも、ある程度効果を発揮できる物のようだ」
「ここは一つ、我々でこれに手を加えてみないか?」
「それは面白い!」

こうして、スピードワゴンのちょっとした思いつきは、自身の期待を超える反響をもたらしたのだった。


「ダウジングロッド」の研究をしばらく見守るため、スピードワゴンはストレイツォの療養する館に滞在することとなった。

弟子を守るために負ったというストレイツォの傷が、実は彼自身の言葉よりも重いものだとスピードワゴンは後に知ったのだが、ストレイツォの傷は驚くような早さで治癒していった。

「もちろん、波紋の効果が最も大きいのだが……」

そう言いながらも、ストレイツォは弟子である女修行者、シマの献身的な看護に対して感謝を表していた。確かに、四六時中彼の側に付き従うその働きは、スピードワゴンの目にも称えるべきものに見えた。師弟愛以上のものがそこにあるのが、スピードワゴンにも理解できた。


「このシマが持つ才能には、波紋法の新たな発展の可能性が秘められている」

ストレイツォがスピードワゴンにシマを紹介する際に放った第一声は、小さなシマの身体をさらに縮こまらせた。長い前髪に隠された顔が、真っ赤に染まるのをスピードワゴンは見た。

「だからこそ、私の元で修行させているのだ」
「まぁ、コイツの波紋自体は、まだまだ大したもんじゃあないんだがな」

ヨナールの思いやりのない言葉を目で制して、ストレイツォが説明を続ける。

「スピードワゴン。君も知っての通り、波紋は直接、もしくは何らかの伝達物質を通して、対象に伝導させる」
「あぁ、そうだよな。というか、そうなんだろ?」
「そうだ。それしかない。そこに波紋法の限界がある」

言いながら、ストレイツォは机の上の花瓶を手に取り、少し歩いてそれをテーブルの上に乗せた。そしてシマに顔を向ける。

「シマ、出来そうか?」

ストレイツォの問いに、再び顔を赤く染めながら、シマが首を縦に振った。小さな声で答える。

「で……出来ると、思います」
「無理はするな」
「は、はい……」

ストレイツォ、スピードワゴン、そしてヨナールが見守る中で、シマが真っ白なローブから手を伸ばした。テーブルまで、約5メートル。シマの手が小刻みに震え、ふうふうというシマの深い呼吸の声が、室内に響いた。一分ほど経ったとき、シマの呼吸音が変わった。

コオオオォォォ……

(波紋!?)

スピードワゴンが閉じた口の中で呟いたとき、パシッという軽い音を立てて、テーブルの上の花瓶が倒れた。皆の目が見守る中で、花瓶の中にある花のつぼみが、ゆっくりと開いていく。ふうっと大きな溜息を付いて、シマが手を下ろした。もちろんその手は、何にも触れてはいない。スピードワゴンが口を開いた。

「こ、こりゃあ……」
「波紋だ。間違いない」
「……し、信じられねぇ……」

唖然とするスピードワゴンに、ストレイツォが強めの口調で言う。

「シマの話によると、我々には見えない……シマだけに見える『幽霊のような白い手』が伸びて、花に触れるんだそうだ」
「白い手が……伸びる?」

シマが小さく頷いた。

「その『手』を通じて波紋が流れる、ということらしい。もっとも我々には、触れないで波紋が流れているようにしか見えないのだがな」
「……この目で確かに見たことは見たが……よく分からねぇな」
「だから我々で研究しているのだ。明らかにするために。波紋法の発展のために」

ストレイツォがシマの肩に手を置いて、高らかに言った。

「我々はこの現象を、『幽波紋疾走現象(ファントム・オーバードライブ・フェノメノン)』と呼んでいる」


(しかし……違うんだ、何か。「におう」っつーか……)

シマの姿を追うスピードワゴンは、時折見るシマの仕草に言いようのない不安を感じていた。

背が低く、いつも俯きがちだからか? 顔の表情すら隠してしまう長い髪の毛か? キョロキョロと神経質そうに辺りを窺う、前髪の奥から覗くその視線か? 一日に何度も、東洋の物と思われる掌に収まるほどの鏡と櫛を、白いローブから取り出しては前髪を整える、その仕草ゆえか?

(……まぁ、こういうのは気にすると、必要以上に気になるものだしなぁ)

だが、度々シマをからかうヨナールの背に、シマの鋭い視線が前髪の向こうから突きつけられているのを見たとき、スピードワゴンはぞくりと背筋が冷たくなる感覚を覚えるのだった。


5. 人ならざる者の歌

『ブラフォード……ブラフォードよ……』

自らを呼ぶ声を追い、闇の中を進んでいたブラフォードは、いつしか真っ暗な洞窟の中を登っていたことに気が付いた。しかし、いくら先に進もうとも、声の主に辿り着くことはない。

『ブラフォード……ブラフォードよ……』

ブラフォードの足は、今や険しい岩盤を駆けるほどの勢いになっていた。洞窟の先から、周りから……何処から聞こえるのかも知れないその声を追い求める内に、ブラフォードに変化が起きていた。「追い求める」……すなわち「欲求」。久しく忘れていた、心から、そして身体からの欲求が、ブラフォードの平静を奪い、ただ激しく足を突き動かすほどに高まっていた。

欲しい……刺激が、快楽が。曲がりくねり、上へ上へと続く洞窟を登って行くにつれ、その感情は今や渇望とまで言えるほどに、ブラフォードの心を染め上げていった。

歓声が聞こえる。

『行けいッ! ブラフォードよ!』
『今こそ貴様の力を見せ付ける時だッ!』
『その長剣でヤツの頭を真二つにブチ割れッ!!』

闘いの刺激。暴力の快楽。その絵を思い浮かべ、ブラフォードの喉がごくりと鳴った。血だ。飛び散る鮮血を浴び、そして飲み干すのだ。荒い息を吐くその口に、鋭い犬歯がぎらりと光った。

ブラフォードが追い求めていたものは、自分を呼んだ者から既にすり替わっていた。

幾ばくの時を走り続けたのか……遂に前方に、ほのかな光が見えた。そしてブラフォードの感覚が、微かなそれを捉えた。「体温」。ブラフォード自身が気付かぬ内に、その喉から雄叫びが発せられていた。

URYYYYYAAAAAAAAHHHHHHHH!!

剣を振り上げ、人ならざる者が、人の世界に舞い戻った。


6. ヨナールの闘い

半日近く離れた町まで買い出しに出かけたスピードワゴンとシマが、館へと戻ってきたとき、既にストレイツォとヨナールは出た後だった。修行場となっている洞窟に一人の屍生人が現れたのだと、二人は残っていた老いた修行者に聞かされた。

『波紋の里に現れるなんて、全くツイてない屍生人もいたもんだな!』

と笑い飛ばそうとしたスピードワゴンであったが、老人の続く言葉に口をつぐまされた。

「に……二十人近くも、もうやられちまったってのかッ!?」

驚愕するスピードワゴンの隣で、シマも息をのんでいた。

「そ、そりゃそうか……でなけりゃストレイツォ達があとがら出て行きはしないハズだぜ」

館で帰りを待つように、とのストレイツォの伝言を残して、老修行者はその場を去った。ストレイツォの部屋でしばらく黙って俯いていた二人であったが、突然スピードワゴンが部屋を飛び出したかと思うと、すぐにその場へ戻ってきた。しかし、重たそうなハンマーを背負い、腰に銃を下げ、そして帽子は鋭利な刃が仕込まれた物に替えられている。何より、その目は闘志を燃やす鋭いものに変わっていた。

戸惑いを見せるシマに向かって、スピードワゴンの力強い声が飛ぶ。

「屍生人のいるっていう修行場、お前も知っているんだろう?」

小さな声が、おずおずと答える。

「う、うん。『原初の修練洞』……知ってるけれど……」
「連れてってくれ。早く行かなくちゃいけねぇ」

シマが小さな手を振って拒絶する。

「だ、駄目よ。ストレイツォ先生がここで待てって言ったって……」
「そう言われてハイそうですかと、大人しくしている性分じゃないんでな、おれは! 居ても立ってもいられねぇッ! アンタはどうなんだよ? 心配じゃあねえのか?」
「で、でも……私達が行ったって、何の役にも立てない……」

俯くシマの横で、スピードワゴンが静かに言った。

「……まあ、アンタがそう決めているなら、そうなんだろうよ」
「え……?」
「おれはストレイツォの役に立つ……既にそう決めているんだぜ」
「!」

スピードワゴンの目が遠くを見た。昔の記憶に思いを馳せるように。


「うぎゃあああぁぁーーー…………ッ!!」

バキバキバキイィッ!

波紋戦士の悲鳴は、その首を噛み砕かれることで唐突に絶たれた。

ゴグッ ゴグッ ゴグッ

口を大きく開け、迸る鮮血を口内へ直接受ける。流れ落ちていく血の感触がブラフォードの喉を快感で震わせるが、しかし沸き上がる欲求を満足させるには程遠かった。そう、血も足りないが……

「闘いもまた足りぬなァァァ……波紋戦士どもォォォ……」
「おッ、おのれええぇぇーーーッ!!」
「い、いかんッ! 待てヨナールッ!!」

ストレイツォの制止を聞かず、ヨナールが怒りに顔を引きつらせてブラフォードに飛び掛かった。

洞窟の奥深く、遙か下方まで続く巨大な断崖に、直径約20メートルの足場が迫り出している。松明の炎だけが辺りを照らすそこへ、ストレイツォ達はブラフォードを追い詰めたつもりであった。しかし今、立て続けに三人の戦士を失ったことで、ストレイツォは逆にブラフォードによってここへ誘い込まれたのではないかという疑念を抱いていた。残った波紋戦士は自分とヨナールのみ。そしてヨナールが今、ブラフォードへ闘いを挑んでいる。

(失策だ、犠牲を出し過ぎた……。もし万一、ヨナールが破れることがあれば……)

ストレイツォはブラフォードとヨナールの闘いを睨みながら、奥歯を噛みしめた。

(最悪、この修練場を封印するしかあるまいッ!)

ヨナールの攻撃は、足技中心のダイナミックなものであった。両足の足首から伸びた1メートル超の長さの「鞭」がその武器だ。足の延長となるその鞭の切れは、スピードにも乗って、ブラフォードも避けるのが精一杯だ。

ビュンッ ビビュンッ!

「どおだああぁーーーッ! 『波紋鞭猛蹴(ブルウィップ・オーバードライブ・ラッシュ)ーーーッ!!』」
「ヌゥゥッ!」

そしてその鞭のリーチを最大限に利用して、ブラフォードの射程距離の外ギリギリから蹴りを放つ。両足から連続して繰り出される鞭には当然、波紋が流れている。ブラフォードはその剣で、鞭を断ち切る訳にはいかなかった。

その反面、「波紋鞭猛蹴」は攻撃範囲の広さ、およびスピードの早さのために、仲間が同時に戦えない。ストレイツォがヨナールを見守るしかなかったのは、その短所のためだった。

「その屍生人クセェ身体から、我が同胞の血をぶちまけてやるぞッ!」
「ヌヌオオォォーーーーーッ!!」

ビュビュンッ!!

頭部を二連続で襲った鞭を避けたブラフォードは、たまらず地面に手を付く。そしてその瞬間を、ヨナールは見逃さなかった。地面を蹴って、ブラフォードの頭上へと跳ね上がる。

「食らえ必殺ッ! 『波紋螺旋疾走(スパイラル・オーバードライブ)ーーーーッ!!』」
「良し、勝ったッ!!」

思わず拳を握ったストレイツォの背後で、駆けつけたスピードワゴンが叫んだ。

「だ、ダメだッ! やられるッ!!」


7. 黒騎士 対 ストレイツォ

『波紋螺旋疾走』! 回転蹴りである『波紋乱渦疾走(トルネーディ・オーバードライブ)』の発展形で、足の鞭を使うヨナール最強の技だ! 足首から伸びた鞭が、回転するヨナールの下半身を螺旋状に囲む。そこに発生する波紋の螺旋は、蹴りの標的である相手方向からの攻撃を、全て外側へ弾き返す!

そして波紋の乗った蹴りが炸裂するとき、今度はそこを支点として、鞭による攻撃が始まるのだ! 強烈な連続攻撃! これを逃れた敵はかつていないッ!!


「ヤツの攻撃は前からだけじゃねぇーーーッ!」

ドズウゥ!

「う、うぐぇっ!」

スピードワゴンが叫んだその時、ブラフォードの剣が空中にあるヨナールの胸部を貫いた。バキバキと、骨の砕ける音が響く。ヨナールの口から、大量の血が吹き出した。

『死髪舞剣(ダンス・マカブヘアー)』! ブラフォードが生き物のように蠢く漆黒の長髪で剣を操り、「螺旋」の死角から攻撃したのだ! 瞬間で攻撃を見切るその能力は、「77の輝輪」の試練を乗り越えた騎士だからこそ!

トンッ

ヨナールの蹴りを、ブラフォードが胸で受ける。しかし、肺を破壊されたがために、波紋が流れることはなかった。胸に剣を突き刺したままで、ブラフォードの髪がその長さと太さを増して、ヨナールの全身を包み込む。髪の毛がヨナールを締め付け、骨を折り、皮膚から血を吸い出した。

「悪くはないィ……悪くはない闘いだったぞ、おまえェェ」
「く……あ……ぁ……」

ヨナールの敗北を見たストレイツォが後ろを振り返り、スピードワゴンとシマの姿を確認した。シマがヨナールの無惨な姿に、身体を震わせている。

「何故ここに来た!? この入り組んだ洞窟を、どうやってここまで来れたのだ?」
「シマが連れてきてくれたんだ。アンタの居る場所がだいたい分かるって言うんでな」

その言葉に何かを言いかけたシマだったが、スピードワゴンの続く言葉にそれはかき消された。

「そんなことより! なんで『アイツ』がここにいるんだ、ストレイツォ? どうなっていやがるんだ、これはッ!?」
「『アイツ』だと? そういえば、先程もあの髪の毛による攻撃を分かっていたな、スピードワゴン? こちらこそ聞きたい! あの屍生人を知っているのか?」
「し、知ってるも何も……」

唇を噛みしめて、屍生人を睨みながらスピードワゴンが苦しげに答えた。

「アイツは『黒騎士ブラフォード』……『あの時』! 『風の騎士達の町(ウインド・ナイツ・ロット)』で! ジョースターさんが……ジョナサン・ジョースターが倒した屍生人だッ!!」
「な、なんだってッ!!」

URYYYYAAAAAHHHHH!!

「ハッ!」
「ヤ、ヤツがッ!」

剣を背に収めると、ブラフォードはストレイツォ達に向かって走り始めた。ストレイツォはブラフォードへ身体を向けると、後ろを向いたままスピードワゴンとシマに叫んだ。

「ともかくここは体勢を立て直す! スピードワゴン! シマを連れて逃げてくれ! ここは私が食い止める!!」
「ス、ストレイツォ!」
「先生!」
「急げッ!」

真っ直ぐ突っ込んでくるブラフォードに対して、ストレイツォが構える。

(あの屍生人の走り……この突進を避けると、そのままスピードワゴンとシマを襲うつもりか!)

ダダンッ
足の間隔を前後に広く取って、体勢を低くする。

コオオォォーーッ
波紋を深く、強く練る。

ババッ
両手を前に、ブラフォードに向けて広げた。

「来いッ 黒騎士とやら! その突撃! このストレイツォが受け止め、はね返してくれようッ!」

ブラフォードが、長く伸びた黒髪を背後の闇に染み込ませるかのように大きく広げて、迎え撃つストレイツォに迫る。その距離5メートル……4メートル……

コオオオォォ

前方に向けた手の人差し指と中指を揃えて立て、波紋のエネルギーをそこへ集中する。距離3メートル……!

(剣が振るわれようと! 髪の毛が殺到しようと! 槍のように突き抜いて波紋を打ち込む!)

距離2メートル! その瞬間、双方が動いた! ブラフォードに向かって、ストレイツォの2本の指が伸びる。同時にブラフォードの髪がうねって、「それ」を二人の間に突き出した。「それ」は血を吸い尽くされてしなびた、ヨナールの身体だった。

「! …………だが貫くッ!!」

ストレイツォの指の動きは微塵も怯まず、一直線にヨナールの向こうにある黒騎士を目指す。ブラフォードの顔に、壮絶な笑みが浮かんだ。

「その精神、見事! しかしィィ……」
「……ァ……ゥ……」
「何ッ!? (まだ生きて……ッ)」

ヨナールの枯れ木のような唇から、微かに呻きが発せられた。そしてその一瞬だけ、ストレイツォの動きに乱れが生じた。

ドガアッ!!

ブラフォードの体当たりがヨナールの身体諸共、ストレイツォに叩き付けられた。山がぶつかって来たかのような衝撃に、ストレイツォの身体が宙をはね飛ぶ。

「グハッ!」
(この体当たりッ、なんという重さ! これが屍生人の……吸血鬼から与えられし無尽蔵のパワーの一端かッ! 強烈至極ッ!!)

空中を吹っ飛びながらも、ストレイツォは冷静だった。自らのはね飛ぶ先を断崖ギリギリであることを横目で確認すると、次にブラフォードの動きを目で追った。ブラフォードは体当たりの威力で粉々になったヨナールの身体を振り払うと、すぐさまストレイツォの方へと疾走する。両手が、背中の剣に掛けられた。

(あの疾走……私が着地すると同時に剣を食らわせる腹か!)

そのままブラフォードの体勢を観察。剣の握り、その角度を観察。そしてブラフォードの瞳の動きを観察、分析して、食らわして来るであろう攻撃方向を予想する。

(左脇腹から右胸へと駆け上がる斬撃と推測! 私の取り得る対策は……繰り出される剣に対しての、攻撃を兼ねた波紋防御!)

剣に狙いを定めて、ストレイツォが着地体勢を取る。ブラフォードが地面を蹴って、ストレイツォとの間を一気に詰めた。波紋の呼吸と共に、ストレイツォの足が地面に着いた。

ベキッ ベギキッ

地面から、ストレイツォの予想外の音がした。

ガラアアァァーーーーッ!

突如、地面に亀裂が入り、ストレイツォの立った岩盤が崩れていく! 体勢を崩したストレイツォに、ブラフォードの剣が唸りを上げた。

ドピアァーーーーーーッ!!

「……な……何ということだ……ッ」

驚愕に開いたストレイツォの目に、自らの胸から吹き出す血流が見えた。そしてそのまま後ろへと倒れ込み、崩壊した岩盤と共に断崖の、奈落の底へと落ちてゆく。それを見下ろしながら、ブラフォードが呟いた。

「……あの男、余程の強運の持ち主と見たァ。足場が崩れて身体が流れたために、我が剣は命脈を絶つまでに至らなかった。その命、永らえたなァ……谷底に叩き付けられるまでだがァ」

様子を見ていた、スピードワゴンの喉が震えた。

「スッ……ストレ……」

しかしスピードワゴンの声は、女の絶叫によって打ち消された。

「ストレイツォさまああぁぁーーーーっ!!」


8. 幽波紋、疾走

「いやあああぁぁぁーーーっ!!」
「……えっ?」

その絶叫がシマの発したものであることに、スピードワゴンが気付くのにしばらくかかった。彼女がいつも小声で恐々と話す様子しか、見たことがなかったからだ。シマがスピードワゴンの脇を駆け抜けて、ブラフォードの……いや、ストレイツォの元へと向かったことで、それがシマの叫び声だということに、初めてスピードワゴンは気が付いたのだ。

「ストレイツォさまあぁーーーーっ!」
「バ、バカ野郎ッ! 行くんじゃねえーーーっ!!」

自分の方へと駆けてくるシマの姿を、ブラフォードは冷めた目で見た。そして既に鞘に収めた剣を髪の毛で捉えると、シマに向けて無造作に振るった。鋭い刃がシマに迫ったその瞬間!

バシイィッ!

シマに届く数メートル前で、剣が奇妙な音を立ててはね返った。

「見えなかったッ!」

スピードワゴンが、耳の後ろに手を当てて叫ぶ。

「だが確かに聞こえたぜッ! 今のは!」
「こ、これはアァッ!?」

ブラフォードが戸惑いの声を上げる。剣を掴む髪の毛が、青白い炎のような光と共に焼け溶けていく。しかもその光が、髪の毛を伝わり登ってくる!

「何故だッ? は、波紋だとォォ!?」
「鋼を伝わる! 銀色の幽波紋疾走(メタルシルバー・ファントム・オーバードライブ)ーーーッ!!」
「うおおおぉぉぉォォッ!」

ブラフォードが首を回し、髪の毛を自分の周りで回転させる。そして振り下ろした手刀で、その髪の途中を切り離した。波紋が伝わる髪とそれが握る剣が遠心力で回転、ブーメランの様に空を飛ぶ。……その先にはシマがいた。

「よッ、避けろシマアァーーーッ!!」
「ヒ……ッ!!」

ドバンッ!

ブラフォードの剣によって、シマの胴体が腹部で上下に両断された。シマのローブの中から、粉々になった鏡が、闇の中に散らばった。


9. 祖母の記憶 - NEMESIS -

帰宅した幼い姉妹を、祖母が出迎えた。泣いていた姉が、飛び込むように祖母の胸に顔を埋める。

「お姉ちゃん、またあのお屋敷の男の子にいじめられたの」

妹が言う。祖母は姉の頭を優しく撫でて慰めた。

「そうかい、そうかい。たんとお泣き。お前は悪くないからね」

徐々に弱くなる嗚咽。祖母は言葉を続けた。

「でもね。あの子を恨んじゃいけないよ。悪いことをしたり、悪い気持ちを持ったりしたら、それは全部、自分に返ってくるからね。そういう悪いことは、あんた達は何もしちゃいけないよ」

数日後、三人は散歩中に、池に出来た人だかりに出会った。祖母が人だかりの一人に声を掛ける。

「どうしたんですか?」
「お屋敷の息子さんが、溺れて亡くなったんだってさ」
「まあ、なんてこと」
「池の底は浅かったのに、生えていた水草が、足首に絡まってしまったそうだよ」
「まるで手で捕まれたように、その水草の跡が足首に残っているんですって」
「くわばらくわばら」

池に向かって手を合わせて拝む祖母の後ろで、姉は呟いていた。

「本当だね、お婆ちゃん。返っていくんだね」

薄く笑みを浮かべて、そう言った。

「見ているだけで、いいんだね」


10. 人間であること

「な、なんてこった……」

呆然と立ち尽くしたスピードワゴンは、その事実に気が付いた。一分経っていない。自分とシマがその場に駆けつけてから、まだ一分経っていないのだ。その間に、ヨナールが倒され、ストレイツォが闇の中へと姿を消し……そして今、シマが惨殺された。

今、ここに立っている人間は自分一人なのだ。波紋法も身につけていない、ただの人間がたった一人になってしまったのだ。

背筋に、冷たい感覚が、広がっていく。


「まただ……何かがおかしい……」

ブラフォードが、二つに分かれて地面に落ちた女の身体を睨んだ。その向こうに、飛ばした剣が地に刺さっている。手元に帰ってくる筈だった剣が。

今の「剣のブーメラン」は、女の頭部を狙ったものだった。しかしそれが、女の目前で再び旋回の方向を変えた。結果として腹部を切断したとはいえ、自らの剣を二度も弾かれたのだ。当惑と、自らの誇りが傷付くのを、ブラフォードは感じていた。

(何故だ……分からぬ……)

背筋に、冷たい感覚が、広がっていく。


「…………ィィ…………ィィィィ…………」

スピードワゴンとブラフォードの耳に、小さな、鼠の鳴くような声が、シマの身体が転がるところから聞こえた。

「……ィィィ…………ィィィィーーーーーー…………」
「シ……シ、マ……?」

スピードワゴンが、おずおずとシマへと歩み出す……その時。

ドガンッ!
「うぐあッ!」

背中に強い打撃を受けて、スピードワゴンがその場に顔から倒れ込んだ。

ドガンッ!
「グワウゥッ!」

背中に強い打撃を受けて、ブラフォードがその場に膝をついた。

「な、なんだぁッ!? 背中に何か……『刺さった』のかッ!?」
「背には何も……ないぞォォ! しかしこの……『冷たさ』はあァァ?」
「せ、背中が……凍りそうに冷てえっ!!」

かさ、と暗闇に幽かに聞こえた物音に、弾かれたようにしてスピードワゴンとブラフォードが、その発信源へと視線を飛ばした。

「シ……シマ……?」
「貴様ァァ……まだ生きて……」

転がって伏せていたシマの上半身が、ピクピクと動いた。そして小さな、甲高い泣き声が発せられた。

「……ヒィィ……ヒィィィーーーー…………鏡が……鏡がぁ……ヒィ……お婆ちゃんんん…………」
「シ、シマ……?」
ドガンッ!
「ぐはあッ!」

スピードワゴンの背に広がる「冷たさ」が、一段と強くなる。その寒気を耐えながら、スピードワゴンは立ち上がった。そしてシマに目を向けて……ビクリと一層大きく身体を震わせた。シマが顔を上げて、血走った目でスピードワゴンを睨んでいたのだ。

血に濡れたバイオリンが奏でるような不気味な声で、シマが喋り出した。

「……スピードワゴン……オマエが悪いんだ。私は何もしていない……スピードワゴンスピードワゴンスピードワゴン……オマエがオマエがオマエが私を連れてくるから…………」
「シ……シマ……?」
「オマエがオマエが私を此処に此処に、連れてくるから……私が悲しい思いをすることになるんだよおぉ…………私は何も……なのにこんなにこんなにこんなに悲しヒィィーーーーー……」

ガシッ ガシッ

シマが自らの両手を使って、上半身だけで地面を這う。

ガシガシッガシガシガシガシッ

落ちている自分の下半身に近づき、掴んで、顔元に引き寄せた。

「可哀想に……可哀想に可哀想に可哀想にィィーーーーー……」

泣きながら、自らの下半身に歯を立てる。血に濡れるのに構わず、ガジガジとそれを噛み続けた。

ドガンッ!
「ヌグッ!」

立ち上がりかけたブラフォードの背中に、再び衝撃が走った。

「オマエ、よくもストレイツォさまを殺したな……」

自分の下半身から口を放して、シマがブラフォードを睨みつける。気の小さい者ならそれだけで死にかねないほどの殺気を帯びたその視線を、ブラフォードは無言で受け止めていた。

「私の愛していたストレイツォストレイツォストレイツォさまを……悲しい……よくもよくも……愛していたのにぃぃ…………」
「…………」
「ストレイツォさまを殺すなんて……私を私を私をこんなに悲しませるなんてえぇーーーー……!!」
「…………」

シマはいつ出したのか、自らの血で真っ赤に塗れた「櫛」を口にくわえた。両手を使って上半身だけで、断崖に向かって這っていく。スピードワゴンはその様子を、慄然として目で追った。

ガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシッ

「よくも憎い許せないてめぇら……でも何もしない…………因果応報……『運命』が刺さったあんた等はもう死ぬしかない…………『運命』は絶対だから……いつも『運命』は絶対だからねええぇえぇーーーー……」

ヒヒヒと甲高い笑いを響かせながら、シマはスピードワゴンとブラフォードを振り返った。

「姉さんだって、見ているだけで『運命』が刺さって死んだ…………ヒヒヒ……私は見ているだけ……そう、見ているだけでいいんだ……ヒヒヒヒ……」

そして遂にシマは、断崖へと身を投じた。声だけが、残った二人に聞こえる。

「私はじっと見ているわ……楽しいものね、『運命』に『とどめ』を刺されるヤツを見るのは…………私はじっと、見ているわ」


静寂がその場に戻った。

「……こ、これも『幽波紋』なのか……?」

スピードワゴンは、背中の強い「冷たさ」を感じながら、シマの消え去った断崖を見た。ぼそりと呟く。

「……まるでもう、人間じゃねぇ…………」

その呟きを聞いたブラフォードの胸に、自分自身が理解できない、怒りの感情がこみ上げた。

『人間じゃない』……そのあまりの強さ、常識を超えた技への怖れから、人間だった頃に自分へ浴びせられた言葉。自分の崇拝する者を陥れ、辱め、そして命を奪った者への最期の感情。自分、そして憎しみの対象への、共通の言葉。

ブラフォードには既に思い出せない記憶……しかし、ブラフォードの魂の奥底で、それが言葉に反応したのだ。

「では『人間』とはなんなのだ、人間の男よォォ……」

感情のままに、ブラフォードがスピードワゴンに投げかけた。

「人間でない『我ら』と、貴様ら『人間』はァァ……」

ブラフォードが、スピードワゴンを見つめる。

「何が違う? どう異なるゥ?」

両手を大きく広げて、ブラフォードが叫んだ。

「我に示せ! 人間の男よォ…… 我に『人間』を謳えいィィーーーーーッ!!」

ジャキ ジャキッ

スピードワゴンは咄嗟にトンファーを握り締めていた。人間のチンピラを相手にした時は、闘志を沸き立てる心強い感触を返していたそれが、今は穴の空いたスプーンのように頼りなく、意味を持たない物に思えた。震える手でそれを持つ自分を、とても滑稽に感じた。

「……『いない』んだな、もう……」

かつて、太陽の輝きを放つ両の拳によって、目の前の男を倒した誇り高き勇者がいた。その男を思い……そして呟いた自分自身の言葉に、スピードワゴンは身をすくませた。冷たく強張る背筋が絶望でさらに凍り付くように、スピードワゴンは感じた。

しかし、スピードワゴンの目はまだ屈していなかった。

「ジョ……ジョースターさん……ツェペリの旦那…………オレにッ……オレに勇気を分けてくれ…………ッ!!」

二人の間の、地面に刺さった剣。それに書かれた「LUCK」の文字が、流れる血によって覆い隠される。そして視線が闇の中から、二人の男をじっと見つめていた。

To Be Continued.

シマの幽波紋能力解説

スピードワゴン、現世に還りし闇の騎士と不運な再会。
頼りの波紋戦士は一人は命果て、一人は漆黒の断崖に消え、最後の一人は狂気に堕ちた。

スピードワゴンは人間賛歌を謳えるか?
黒騎士ブラフォードは、闘いの果てに何を求める?
そしてシマの『幽波紋』は、二人の『運命』にとどめを刺してしまうのか?

天明さんと於腐羅さんは、自分のキャラクターがラウンド2に向けて『何をしたいか?』、『何をしようとするのか』などをテキトーに書いて、マッチメーカーにお送り下さい! あ、『起こってしまう不運な出来事』なんかもありです!

e-mail : six-heavenscope@memoad.jp SIX丸藤