昭和史講座
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憲法第9条が生まれた歴史的経緯
自衛隊は警察の延長?
第40回 憲法第9条に規定された自衛隊は警察の延長?
* 安倍内閣の支持率は50%前後と安定しているにもかかわらず、野党は「安倍政治を許さない」というスローガンのもとに安倍批判を繰り返しています。
* こうした安倍批判がどこから生まれているかと言うと、言うまでもなく、それは“安倍首相が憲法第9条を改正しようとしている”からです。
* しかし、今日、日本の自衛権を否定する政党はいません。それなら、自衛のための「戦力」を否定する憲法第9条2項は改正すべき、となるはずですがそうはならない。
* なぜか、現在の日本国憲法下の自衛隊は「戦力=軍隊」ではなく「実力」と呼ばれており、いわば警察の延長のような位置づけです。つまり、憲法第9条2項を守りたいという人たちは、自衛隊を、あくまで「軍隊」ではなく「警察の延長」として維持したいと考えているのです。
* 問題は、それが具体的にどういうことを意味するのか、ということなのですが・・・。
「ポツダム宣言」受諾に至る経緯
* S20.7.2米国務長官スチムソン、対日降伏勧告文草案をトルーマンに提出(皇統による立憲君主制を排除しない)
* 7.17スターリン、ポツダム会談で対日参戦をトルーマンに伝えた
* 7.18原爆実験成功(プルトニューム型)ソ連参戦前に日本を降伏させるため、勧告文修正「日本の無条件降伏」→「日本軍の無条件降伏」。天皇制保障条項を「日本国民は自らの政治形態を決定できる」と連合国が天皇に言及しない形に改める。
* 7.25トルーマン原爆投下承認(日本の降伏を早める、原爆の効果を確かめる、人種差別?)
* 7.27ポツダム宣言発表 これに対して7.29鈴木首相「黙殺」と発表
* 8.6広島原爆投下、8.8ソ連対日参戦、8.9長崎原爆投下
* 8.10未明「御前会議」(最高戦争指導者会議)で昭和天皇「聖断」でポツダム宣言受諾(天皇統治大権変更要求含まない」との了解のもとに回答)
* 8.12バーンズ回答「日本の政体は日本国民が自由に表明する意思のもとに決定」
* 8.14御前会議でポツダム宣言受諾最終決定、閣議決定後終戦の詔書発表
* 8.15正午、日本政府は宣言の受諾と降伏決定を国民に発表(玉音放送)。
憲法9条が生まれた歴史的経緯(1)
* ポツダム宣言第13項「われらは日本政府が軍隊の無条件降伏を宣言し、かつ右行動における同政府の誠意につき、十分なる保証を提供することを要求する。右以外の日本国の選択は迅速かつ完全なる壊滅あるのみとする」
* 9.2降伏文書調印、外相重光葵は「ポツダム宣言は日本政府の存在を前提とし、(連合軍の)軍政を前提としていない」としたが、マッカーサーは「日本は連合国に対して無条件降伏を行った」といい、「条件付き」を「無条件」とした。東久邇宮首相は重光を更迭、新外相は吉田茂。
* * 9.27昭和天皇マッカーサー訪問「敗戦に至った戦争の、いろいろの責任が追及されているが、責任はすべて私にある。文武百官は、私の任命する所だから、彼等には責任はない。
私の一身は、どうなろうと構わない。私はあなたにお委せする。この上は、どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の援助をお願いしたい」(藤田侍従長s36.10)
* 天皇とマッカーサーの並立写真の新聞掲載をめぐって東久邇内閣総辞職、10.9幣原内閣発足
* 10.11幣原マッカーサー会談(憲法改正五項目示される(婦人参政権、労働組合の育成、自由主義的教育、検察・警察の改革、経済機構の民主化)*戦前の日本の民主主義
憲法9条が生まれた歴史的経緯(2)
* 1945.12日本の占領管理につき11か国で極東軍事委員会設置。メンバーの中には裕仁断罪を望む複数の国があり、ソ連は天皇制廃止を主張した。
* 一方マッカーサーは、占領政策上天皇の利用価値を認め、この問題を極東軍事委員会に諮る前に決着したいと願った。
* そこで幣原は、1946年元旦、「天皇の人間宣言」により、日本の民主主義を五箇条の御誓文に基づき再興するとともに、天皇の神格化を次のように否定した。昭和天皇もこれに同意
* 「朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ」
* 「 天皇ヲ以テ現御神トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ」
* さらに1946.1.24幣原はペニシリンによる肺炎全快のお礼にマッカーサーを訪問し3時間に及び会談、「日本は天皇制でなければ平和に治まらない」ことと共に「原子爆弾が出来た今日、平和日本を再興するには、戦争を放棄して再び戦争をやらぬ決心が必要だ」と説いた。
憲法9条が生まれた歴史的経緯(3)
* 1.30松本草案を閣議で配布。これを2月1日毎日新聞がすっぱ抜く。
* 2.3マッカーサーは、松本案の内容を旧態依然とし、GHQが独自に憲法草案を作成することとし、三原則(象徴天皇制・戦争放棄・華族制廃止)を民政局(GS)に示した
* 民政局は、2月4日からほぼ一週間でGHQ草案を作成、2月13日、日本側に提示し、これを受け入れることが天皇の身柄を安泰にすると説明
* 2.18松本、総司令部に「無理に他国のものを押し付けようとしてもダメ」と反論、しかし受け入れられず。翌19日、松本がGHQ案を閣議で説明、マックに真意を確かめることになった。
* 2.21幣原がマックと会談、その足で参内しGHQ案について天皇の同意を得る。「もっとも徹底的な改革をするがよい。天皇の政治的機能をはく奪するほどのものであっても全面的に支持する」。
* 2.22幣原、翌日の閣議でGHQ案を説明、この案の主眼は「象徴天皇」と「戦争放棄」であり、連合国の「ヒロヒト断罪」を避ける唯一の策であるとして受け入れを説得。松本や美濃部は反対するも大勢はやむなしとし、マック案を土台に「改正案」作成に入る。
* 3.6新憲法草案公表、4.22枢密院における草案審議で、幣原は「戦争放棄」(=戦力放棄)は自分の信念であると陳述、「やがて世界各国が日本の後を追って戦争を放棄するだろう」と強調。
「平野文書」に現れた幣原の考え(1)
* 世界平和を可能にする姿は、何らかの国際的機関がやがて世界同盟とでも言うべきものに発展し、その同盟が国際的に統一された武力を所有して世界警察としての行為を行う外はない。
* 原子爆弾が発明された以上、戦争すれば人類は滅亡する。
* 人類の滅亡を防ぐためには軍縮しかない。ではどのようにして軍縮するか。しかし、軍縮は不可能である。唯もし軍縮を可能にする方法があるとすれば一つだけ道がある。それは世界が一せいに一切の軍備を廃止することである。だがそれも不可能
* では、もし誰かが自発的に武器を捨てるとしたら・・・世界は軍拡競争の蟻地獄から抜け出すことができるのではないか。
* 若し或る国が日本を侵略しようとする。しかし、そのことが世界の秩序を破壊する恐れがあるとすれば、それに依て脅威を受ける第三国は黙ってはいない。・・・当然日本の安全のために必要な努力をするだろう。
「平野文書」に現れた幣原の考え(2)
* 今、濠州やニュージーランドなどが、天皇の問題に関してはソ連に同調する気配を示している。これらの国々は日本を極度に恐れていて、日本が再軍備をしたら大変と考えている。戦争中の日本軍の行動は余りに彼らの心胆を寒からしめた。殊に彼らに与えていた印象は、天皇と戦争の不可分とも言うべき関係であった。
* この情勢の中で、天皇の人間化と戦争放棄を同時に提案することを僕は考えた。
* 豪州その他の国々は日本の再軍備を恐れるのであって、天皇制そのものを問題にしている訳ではない。故に戦争が放棄された上で、単に名目的に天皇が存続するだけなら、戦争の権化としての天皇は消滅するから、彼らの対象とする天皇制は廃止されたと同然である。
* もともとアメリカ側である濠州その他の諸国は、この案ならばアメリカと歩調を揃え、逆にソ連を孤立させることが出来る。そこで、僕はマッカーサーに進言し、命令として出して貰うように決心した。
「平野文書」に現れた幣原の考え(3)
* 第九条の永久的な規定ということには彼も驚いていた。僕としても軍人である彼が直ぐには賛成しまいと思ったが、賢明な元帥は最後には非常に理解して感激した面持ちで僕に握手した程であった。
* 元帥が躊躇した大きな理由は、アメリカの戦略に対する将来の考慮と、共産主義者に対する影響の二点であった。それについて僕は言った。
* 日米親善は必ずしも軍事一体化ではない。日本がアメリカの尖兵となることが果たしてアメリカのためであろうか。原子爆弾はやがて他国にも波及するだろう。次の戦争は想像に絶する。
* 世界は亡びるかも知れない。世界が亡びればアメリカも亡びる。問題は今やアメリカでもロシアでも日本でもない。問題は世界である。いかにして世界の運命を切り拓くかである。日本がアメリカと全く同じものになったら誰が世界の運命を切り拓くか。世界は亡びるかも知れない。
「平野文書」に現れた幣原の考え(4)
* 世界の悲劇を救う唯一の手段は軍縮であるが、その突破口は自発的戦争放棄国の出現を期待する以外ないであろう。
* 同時にそのような戦争放棄国の出現も亦ほとんど空想に近いが、幸か不幸か、日本は今その役割を果たし得る位置にある。
* 貴下さえ賛成するなら、現段階に於ける日本の戦争放棄は、対外的にも対内的にも承認される可能性がある。
* 歴史のこの偶然を今こそ利用する秋である。そして日本をして自主的に行動させることが世界を救い、したがってアメリカをも救う唯一つの道ではないか。
* * また日本の戦争放棄が共産主義者に有利な口実を与えるという危険は実際あり得る。世界はここ当分資本主義と共産主義の宿敵の対決を続けるだろうが、しかし、イデオロギーは絶対的に不動のものではない。未来を約束するものは、絶えず新しい思想に向って創造発展して行く道だけである。
幣原の本心は一体何だったか?
* ①原爆発明後の戦争は世界を破滅させる。従って戦争はできない。
* ②世界平和を実現するためには、武力の一元化が必要である。それが出来れば各国は警察力だけでよい。
* ③では、どのようにしてこれを実現するか。軍縮交渉でこれを実現しようとしても、各国は疑心暗鬼となり不可能。
* ④そこで、敗戦後の日本が置かれた状況を考えて見る。この時アメリカは核を独占し武力を「一元化」している状態。日本はその占領下にある。この条件下では、日本が「戦力放棄」しても攻めてくる国はない。
* ⑤また、「戦力放棄」することで、連合国の日本の天皇制に対する警戒心を和らげることができる。
* ⑥さらに、戦後の東西対立の中で、日本人がアメリカの先兵として使われる危険性を除去できる。しかし、これは絶対に口にせず、「戦力放棄」の必要性を、原爆発明後の世界平和のためといい、マッカーサーの持つ「ハルマゲドン後の千年王国信仰」に訴えた。
「負けて勝つ」日本外交の勝利
* s21.4吉田内閣成立、吉田は幣原と連携し、憲法9条について「自衛権は持つが、第2項で自衛の発動としての戦争放棄」と説明。この時、共産党は自衛戦争は放棄すべきでないと主張
* その後「芦田修正」(第2項冒頭「前項の目的を達するため」挿入)等を経て、S21.11.3新憲法公布。社会党片山→民主党芦田内閣を経てs23.10第二次吉田内閣発足
* 憲法に「戦力放棄」を規定した効果は、朝鮮戦争の勃発によって顕在化。アメリカは、ダレスを日本に派遣し軍創設を要請。吉田首相は、憲法9条及びマッカーサーを盾にこれに抵抗
* S25.3マッカーサー「ミスター幣原は一切の戦力を放棄するといわれた・・・私はこの高邁な理想こそ世界に範を示すものと思って深い敬意を払ったが、今日の世界情勢からみると、何としても早すぎたような感じがする」
* 吉田は「早期講和の代償」の思惑もあり、S25.8警察予備隊・警備隊を発足させるも、朝鮮戦争に一兵も送らずに済んだ。
* S26.4マッカーサー解任
* S27.4サンフランシスコ平和条約で日本は独立回復、同時に日米安全保障条約を締結→保安隊27.10→自衛隊29.7創設
戦後復興の最高殊勲者は天皇
* 独立回復後、社会党は憲法9条を理想とし、非武装中立を唱え自衛隊を違憲とした。吉田「自衛隊は戦力には当たらない、よって軍隊ではない」従って違憲ではない・・・。共産党は「人民防衛軍」創設を主張
* 吉田は、国力の全てを経済復興、技術革新に充てるため、憲法9条を盾に軽武装を貫いた。その結果、朝鮮戦争にもベトナム戦争にも一兵も送らずに済んだ。朝鮮特需、ベトナム特需がひたすら日本経済を潤した。
* 松野頼三、吉田への質問で、独立と言ってもまだ「占領軍が残っている」。吉田答えて「知恵のある者は『番兵』を頼んだと思えばいい」。外相椎名悦三郎、国会答弁でこれを間違えて「番犬」と呼んで咎められ、「ハイ、番犬様です」と答えた。
* 吉田「しかしね、松野君、アメリカはこのまま駐留を続けはしないよ。利用され続けるとは思わない。アメリカが引き上げると言い出すときが必ず来る。そのときが日米の知恵比べだよ」
* 戦後十年、重光葵がマッカーサーを訪ねたとき、マック「日本を灰の中から今日の状態まで復興させた最高の殊勲者は誰だと思う?」重光黙っていると「返事をしないなら私が教えてやる。それは天皇以外の誰でもない・・・これを日本人が知らないなら大間違いだぞ」(新憲法制定における天皇の決断)
日本国憲法の負の遺産の克服
* 今日、天皇の「生前譲位」が話題になっているが、よく考えて見ると、日本国憲法の「象徴天皇」にの在り方について、国民は十分な議論をしていない。
* 日本国憲法の「戦力放棄」条項は、先に紹介した通り、①連合国の日本に対する警戒心を解き天皇断罪を避ける。②戦後の東西冷戦構造の中で、日本軍が先兵として使われる危険性を除去する等、日本敗戦当時の国際政治状況を踏まえて採られた、いわば「窮余の一策」だった。
* それは「負けて勝つ」外交の勝利ではあったが、理想と現実が混淆しており、それゆえに「自国防衛」に対する覚悟は揺らぎ、誇りは傷ついている。
* 「象徴天皇」は日本の伝統に沿っている。しかし「戦力放棄」は自衛隊を警察の延長としており、軍隊であることを否定している。
* このため同盟は「属国」となり、国連軍への参加も忌避され、はたまた「自国防衛」すべきかどうかさえ疑問視されている。
* かって「自国防衛」のために多くの日本人が命を捧げた。それは一体何を守るためであったか。戦後70年、憲法改正問題を機に、これらの問題について、真剣に議論する時が来ているのではないだろうか。
内容
