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Weeds





「っダメーーーッ!!」


 ――ドンッ!


「おわっ!」


 今日は朝練がないので登校時間ギリギリに通学路を歩いていたら、急に後ろから誰かに突き飛ばされた。
 片足を上げて次の一歩を踏み出そうとしたところだったから、バランスを崩しちまって前のめりに倒れ込む。
 咄嗟に手を付かなかったら危うく顔からコケるとこだったぜ…

 誰だよ突き飛ばした奴…

 睨みながら後ろを振り返ると、ひとりの女がしゃがみ込んで地面にある何かを見ていた。

 …今の、この人?
 確かに女の声だったけど。

 うちの制服着てる。
 下を向いているせいで、セミロングの髪がジャマで顔が見えない。

 何を見てんだよ、人突き飛ばしといてよ。
 わざとらしくぱんぱんと音を立てて汚れた手を払い、俺は低い声で言う。


「一体何のつもり?」
「?」


 その女が顔を上げて不思議そうにきょとんとした。
 それからすぐに思い出したように、


「ああっ! ごめんなさい!」


 あたふたと謝り出した。

 オイ、忘れてたのかよ。


「怪我はないですかっ?」
「ないけど…もし手首や足捻ってたりしてたらどう責任とってくれたの?
 俺一応テニスプレーヤーなんだけど。手足は命」
「ごご、ごめんなさいごめんなさいっ!」


 すっげぇ必死だな。
 なんかこっちが罪悪感覚えて、怒る気失せる。


「…もういいよ。
 それよりアンタ、何で俺を突き飛ばしたのさ」
「あ…えっと…これ…」


 と言って、女は地面を指差した。
 さっき俺が次の一歩を踏み出そうとした辺りに、少し崩れたコンクリートの間から小さい花が顔を出している。

 …まさか…これ守ろうとしたっての?


「これを…貴方が踏みそうになったから…」
「思わず突き飛ばしてそれを阻止したと」
「はい…ごめんなさい」


 信じらんね、こんなヤツまだいたんだ。天然記念モノだな。


「どーでもいいけどさぁ、こんなの俺が踏まなくても、いつか誰かが踏んじゃうと思うよ?」
「…はっ!」


 何だよ「はっ!」って。気づかなかったのか?
 こりゃますます天然だな。


「あっ!」
「あ?」
「これ、どこか道の端に植え替えれば…」
「遅刻するよ?」
「うっ!」


 何だよ「うっ!」って。マジでやろうと思ったのかよ。
 あー…こういうヤツって見てると腹立ってくるぜ。

 俺は女の腕を掴んで、自分と一緒に無理矢理立ち上がらせた。


「わっ!」
「行くよ」
「え? で、でもっ…」
「雑草なんて、踏まれてナンボだろ。
 つーか、アンタはこんな草花を踏まずに一生を終えられるっての?
 アンタの偽善の為に、俺が犠牲になってもいいってのかよ」
「……」


 思いつく限りの罵声を浴びせてやったら、その女は花が萎れるようにしゅんとした。
 …クソ。何で俺がまた罪悪感に苛まれなきゃなんねーんだよ…

 俺は一つ溜め息を吐いた。


「…何なの、アンタ」
「え?」
「何でこんな雑草守ろうとすんの?」
「あ…うん…私に、似てるから…かな」
「『似てる』?」
「雑草って、誰にも目を向けられずに踏まれていくでしょう?
 私、だから…放っておけなくて…」


 …なるほど。
 確かに、この女は目立つようなタイプじゃねーわな。どっちかってーと地味。
 そんな自分を雑草に投影したワケだ。


「あーもういいよ。でも言っておくけどさ、どう足掻いたってアンタと雑草は別物だよ。混同しない方がいい」
「っ…!」


 今度は泣きそうな顔。
 悪いね、俺は簡単に他人に同情なんかしないし甘い言葉をかけたりしない。

 なのに…何なんだよ、この膨らんでいく罪悪感は。

 女は俯けていた顔を俺の方へ向けると、泣きそうなまま笑顔を作った。


「…そうだね。ありがとう」


 「ありがとう」? 何でそこで「ありがとう」なんだ?
 ワケわかんねー。

 そしてそれからその女が続けた言葉はもっと意味不明だった。


「いい人だね」


 と。

 一瞬誰に言ってるんだかわからなかった。


「…は? 俺が?」
「だって、そんな事普通は誰も言ってくれないよ」
「俺が口悪いだけだとか考えないワケ?」
「うん! 貴方はいい人だと思う!」


 強く頷いたその顔はただの笑顔に変わっていた。
 花が開いたような、鮮やかな。
 綺麗な、それ。

 微かに顔が熱くなる。

 …地味じゃないじゃん。
 ただ自分の魅力に気づいてないだけじゃないの?

 雑草じゃないよ、アンタ。


「…っそ」
「あ! 遅刻しちゃう!」
「はっ!? クソッ、ぜってーアンタのせい!」
「ご、ごめんなさいっ!」


 悪態をついて俺が走り出したら、謝りながらその女も遅れて走り出した。
 後ろを振り返ると、だんだんと引き離されていくのがわかってイライラした。


「手、貸せっ!」
「え、え?」
「いいから!」


 走る速度を落として、手を差し出す。
 女はおずおずと俺の手を取った。
 俺はその小さい手をしっかりと握りしめて、再び速度を上げる。

 それから何とかギリギリ間に合って校舎に滑り込んだけど、俺たちは全速力で走ったから息も絶え絶えで。
 またムカつきが再発してきた。


「間に合ったからいいものの、遅刻してたらぜってーアンタのせいだったからな!」
「はぁ…はぁ…ごめんなさい…」
「ワビ入れろよ、何か奢れ」
「あ、はい!」
「…そういやアンタ何年?」
「三年です」
「はっ!? …チッ…先輩なのかよ…」


 これが先輩って、何かショックだ…
 俺がうなだれていると、先輩が微かに顔を覗き込んできた。


「貴方は?」
「アンタ、俺のこと知らないの?
 立海テニス部二年生エース切原赤也を知らないなんて珍しいよ?」
「知りません」


 …キッパリ言うなよ。自信満々に名乗った俺がバカみてーじゃん。 


「あ、でもテニス部の人は真田君なら知ってる。同じクラスだし」
「うぇっ!?」


 先輩で、真田副部長と同じクラス…
 それって、すげーやりにくい。


「も、いいや…何もしてくれなくていいっス…」
「ダメだよっ! もう何から何まで悪いなと思うし!」
「…じゃあ…」


 俺はスッと、先輩の頬に触れた。
 まっすぐに見据えながら囁く。


「アンタちょうだい」
「え…?」


 みるみるうちに赤く染まっていく先輩の顔。
 あ、いくら天然でもこういう意味はわかるんだ?
 その顔…可愛いかも。


「ぷっ…冗談っスよ」
「あ、そ、そう…」
「ハハ、でもいつかいただきますから」
「えっ!?」


 今度は冗談なんかじゃないっスよ?
 つーかね俺、もう、アンタにハマりそう。
 ムカつくけど面白いし、反応がいちいち可愛いし。

 言っただろ、アンタは雑草と違うって。
 本当は雑草よりずっと強いし、大事に育てられた花なんかよりずっと綺麗だ。
 と、少なくとも俺は思うよ。

 それがわかる奴がいないなら、俺がもらっちゃいます。


「え、えーと…じゃあ、お友達から…」
「ぷっ!」


 マジウケる!
 この人、超可愛いよ。

 いいよ、友達でも何でも。
 いつか必ずいただきますから。

 ね、せんぱ……って、名前すら知らねぇや。



「…とりあえず、アンタの名前教えてください」





END





********************

あとがき
 何だこれ。自分でもビックリの酷さだ。
 ヒロインの名前、いつ出そうかいつ出そうかとタイミングを見計らっていたのですが結局出てこなかったし。
 わけの解からない文章になってしまいました。
 どうもすいませんです…(ヘコヘコ)
 でも赤也ドリをやっと書けてちょっと悦。


update : 2004.02.06
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