「気持ちは嬉しいけど、ごめんなさい…」
がペコリと頭を下げて、嬉しいですがお気持ちは受け取れませんと謝罪する。
に告白した男子生徒は悲しげに微笑い、気にしないでと言って屋上から去っていった。
その足音が確実に遠ざかっている事を確認してから、俺は給水塔の陰から何食わぬ顔をして姿を見せる。
「あーあ可哀想にのう。今の奴、顔も性格も良さそうだったのに、お前の妙な嗜好の所為でフラれちまって」
「…雅治、覗き見なんて趣味悪い」
はギロッと睨んできたが、俺が隠れ見ていた事には特に驚いていないようだった。仁王雅治ならそのくらいしてもおかしくないむしろ大いに有り得るだが許せん、とか思ってるんだろう、多分。
「趣味の悪さについては、そっくりそのままお前に返す」
口端で笑って飄々と言い返すと、はむぐぐ…と不機嫌そのものの顔になって、唇を尖らせ噛みついてきた。
「そもそも、雅治は何でここにいるわけっ?」
「んー? そりゃ、お前と付き合いたいとか言う物好きが、お前の眼鏡に適うのかどうか、見物しに来たに決まっとる」
かの限りなく狭き門を攻略出来る猛者なのか否か、気になるのが人情ってものだ。ま、九割方無いってのは解かってたけどな。
何せ、こいつの理想のタイプってのが。
「――王子様、だっけ?」
「何よ、またバカにしたいの?」
曰く、「多かれ少なかれ女の子は王子様のような存在を求めるもの」らしい。それだけならまだしも、真顔で「白馬に乗っているなら尚良い」とまで言い切った時、俺は込み上げる笑いを堪えもしなかった。今でも笑える。
そんなの現実にいるわけがないだろう。精神的な事を言っているのだとしても、男なんていくつになってもバカでガキで下心の塊だ。『王子様』と喩えられるほどに高潔な魂を持った男など、果たしてこの世に一握りもいるかどうか。
それでも、お前は王子様なんて夢を求め続けるのか?
「…やめとけ。お前が思い描くような王子様なんてのは、どう考えてもお前に似合わんよ」
理由は至ってシンプルだ――はお姫様じゃない。『王子様』という夢には、『お姫様』という夢にしか釣り合いを取る事は出来ない。
「じゃあ、どんなのが私に似合うって言うの?」
「俺とか?」
「…雅治は王子様じゃあない」
まだ言うか。
プイッとそっぽを向いて憎まれ口を叩くは本当に可愛げがない。
いい加減、目を覚ませばいいのに。
……ああ、そうか。その手があったか。
「そういや、王子様のキスでお姫様が起きるんだったな?」
俺はの手をぐいっと引っ張ると、その勢いのまま唇を奪った。
僅かに顔を離すと、は真っ赤になって口をぱくぱくさせ、無防備な顔を見せている。そういう表情は可愛い。
俺はニヤリと笑いながら、その顔を覗き込んだ。
「『王子様』ってのは、好きになった相手を指す場合があるんじゃないのか?」
俺が王子様になってやるから。目覚めろ、姫。
そして童話のように、インプリンティングのような恋に落ちろ。
『いつまでも幸せに』なんてつまらない、『いつまでも退屈させずに』暮らさせてやるぜ?
めでたしめでたし……ってな。
END