貴方からの、思いがけない告白が。
今まで気が付かなかった想いを気づかせてくれた。
きっかけを、ありがとう―。
薄暗い部室で。
偶然二人きりになった部室の中で。
貴方からの、突然の告白。
『君が好きだよ』と。
だけど、私はその想いを…拒絶した。
何も考えられなくて、頭の中が真っ白になって。
そんな時、貴方は私に一つ…キスをした。
思いもよらない行動に私は。
貴方に、手を上げた…。
私と幸村君は、仲が良かった。
恋人同士とか幼なじみとかそんなんじゃなくて、ただの友達として。
幸村君がテニス部の部長になって、マネージャーとして私は幸村君と接する機会が自然と多くなっていったし。
そんな事も含めて、仲の良い友達としてこれからも上手くやっていくと思っていたのに。私は幸村君を異性として、意識はしていなかった。
けど、幸村君は違ったんだね。
『友達』じゃなくて、特別な瞳で私を見つめていたんだね。
『女』として貴方は私を意識していたなんて…。
幸村君は『仲の良い友達』として、私達二人の関係を終わらせるつもりなんて全然無かったんだね…。
私の事を好きだと言って、抱きしめてキスをした幸村君。
緊張していたのかな。
いつもより声は少し低くて、抱きしめてくる手は冷たくて、キスをしてくる貴方は小刻みに震えていたよね。
私はそんな貴方に気づきながらも、どう答えていいのか解からなくて。
抱きしめてくる幸村君の鼓動が直に聴こえてきて怖くて。
私の鼓動も幸村君に聴こえてしまいそうで恥ずかしくて。
私は貴方の頬を、思いっきり叩いた。
その瞬間、私は部室から逃げ出した。
叩いた右手にジンジンした痛みを感じながら。
「お前幸村と喧嘩でもしたのか?」
「…別にそんなことないよ」
部室で資料整理している時に、柳君がそんなことを訊いてきた。
柳君は私の返答に納得していないらしく、無言で私を見つめる。
「まぁ…色々ありまして」
柳君の無言の問いかけに黙り通す事が出来ず、一言答えた。
「そうか。早めに仲直りしておけよ?」
「…はーい…」
「俺はそろそろ帰る。部室の戸締りはまかせたぞ。
ああ、それと幸村が部長会議でまだ残っているんだ。じゃあな」
「…えっ?ちょ…ちょっと柳君!」
私の呼びかけも空しく、バタンとドアが閉まる音。
…やられた…。
今の私にとってはこれぞまさに『小さな親切、大きなお世話』だわ…。
部室で資料整理なんかするんじゃなかった。
あれからすでに三日経って一言も話してないのよ…。
今更…急に何話せって言うのよ。
どんな風に仲直りすればいいの?
どっちにしたって…前みたいな関係にはもう戻れない…。
…やだな、そんなの。幸村君と一緒にいる、あの穏やかな空気が好きだった。
自然と目に涙が浮かんでくる。
…なんで涙が出てくるの…?
友達を失って悲しいのは当たり前だけど、そんな感じの涙じゃない。
じゃあ何…?
どうして私は泣いてるの…?どうして…。
…そうか、そうなんだ。
こんなに悲しいのは『友達を失ったから』じゃなくて、『幸村君を失ったから』なんだ。幸村君の事を考えて涙が出るのは…そういう事だったんだ。
「幸村君…」
なんて涙も拭かずに名前を呟いてみたら、いきなりドアがガチャッと開いた。
びくっとしてドアの方に顔を向けると幸村君が驚いた表情でそこに立っていた。
「…どうした?」
「…え…?」
幸村君が優しく私の涙を拭った。
…やばっ…、私泣いてたんだっけ。
「な…なんでもないよっ。気にしないで」
幸村君から顔を背けて、涙を拭いた。
は…恥ずかし〜…。人前で泣いたのなんて何年ぶりだろ。
「……」
「……」
きっ、気まずい事この上ないじゃない…。
会話が…話題が見つからない。
だから言ったのに〜、柳君のバカッ!
先に沈黙を破ったのは幸村君の方で。
「…忘れていいから」
「…え?何を…?」
「この間の事…忘れていいから」
「…なんで…?」
なんでそんなこと言うの?
私…やっと答え出したのに。
なのに…どうしてそんな事言うのよ。
「…勝手すぎると思わない?
勝手にあんな事言って勝手にキスまでしてさ、今度は忘れろ?勝手すぎるも程があるよね」
「…?」
「私、考えたよ。幸村君の事考えて考えて考えて、答え出したのに。それすらも聴いてくれないの?」
ああ、一度は止まったはずの涙がまた溢れてくる…。
涙で視界がよく見えない。
「忘れろ」なんて、ひどいよ。
忘れられなかったから、こうして悩んでたのに。
「やっと…気付いたのに…。私だって好きなのに!
その想いすら忘れろって言うの?そんなの、ひどいよ…」
私はたまらず床にしゃがみ込んで、顔を伏せて泣き出した。
かすかな声を出して。
ううん、ひどいのはむしろ私の方なんだろうな。
三日前の幸村君はきっとこんな気持ちだったんだ。
私は幸村君の想いを思いっきり拒絶したんだ。
まさか、自分の想いを相手に受け入れてもらえない事がこんなに辛い事だなんて知らなかった。
…もう遅いのかな。
もう幸村君の気持ちは変わっちゃったのかな。
「好きなのに…。ひどいよ…勝手だよ…っ。幸村君のバカ…っ」
顔は伏せたままで、泣きながら、声は震えていた。
泣きじゃくりながら、そんな事しか言えなかった。
今、こんな形でしか自分の想いを伝えられない事が情けない。
幸村君は今どんな顔してるかな。
怒ってる?それとも呆れているかな?
もうどっちでもいいや…。
貴方が帰るときには、私の事は放っておいて。
だって今は…まだ涙が止まりそうにないから…。
「頼むから…泣かないでくれないか」
そんな幸村君の言葉を聞いた瞬間、何を思ったのか幸村君は私を抱きしめた。
温かくて、優しい匂いとぬくもりが私を包む。
「…諦められなくなるよ」
「…私、諦めたくない。幸村君の事は諦めたくなんかないよ…」
震える手で、幸村君の制服をギュッと掴んだ。
幸村君は私の頭をゆっくりと撫でて。
「そうだね。諦められたら俺が困るよ」
確かに、そう言った。
自分の耳を一瞬疑ったけど、確かにそう聴こえた。
思いがけない言葉に思わず顔を上げた。
見た幸村君の顔は、とても穏やかに、いつものように優しく笑っていた。
私の涙をキスで拭い、あの日の言葉を言ってくれた。
「君が好きだよ」
そして私をもう一度抱きしめて、唇に軽いキスを落とした。
…あの日と同じ様に。
ただ、違う事は私がその想いを拒絶しなかった事。
あまりの嬉しさと混乱で、幸村君の名前を何度も呼んで泣く事しか出来なかったけれど。それでも気持ちは伝わったらしく、私の涙が乾くまでずっと抱きしめてくれていた。
それからは素晴らしいほど私たちは順調で。
最初は『友達』とは違う雰囲気に少し戸惑ったけれど。
今はその違う雰囲気がとても心地良く感じているわけであります。
今思い出すと少し恥ずかしい。
あんなにも人前でベロベロに泣いてしまった自分。
なんと言っても、幸村君に手を上げてしまった事は今思い出すだけでも何ともいえない気持ちに襲われる。
一応謝ったんだけど、「ごめんね」って言うと、「…うん」と言った幸村君の表情を見たところ、何が「ごめん」なのか解かってないっぽかった…。
恥ずかしくて、今はとても言えないけど。
ありがとう、きっかけを作ってくれて。
貴方への気持ちに気付くきっかけを、ありがとう。
もし、あの時貴方からの告白がなかったら…今私たちはどうなっていたのかな?
『友達』のままの関係が続いていたのかな。
それとも、離れてしまっていたのかな。
どうなっていたんだろうね。
でも、私たちは今一緒にいる。
貴方が隣にいる日々を送っている。
貴方がくれた、きっかけを大事にしていきたい。
私を幸せに導いてくれたきっかけ―あの日の告白を私は一生忘れないだろう…。