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擬似関係―疑惑編―





「フリでいい。俺と付き合って?」

お堅そうに見えたあいつは少し思案した後に、意外にもあっさりと『…いいよ』と言った。
こいつが壊れた様を見るには近くにいたほうがいい。
と言う人間がどんな風に壊れ乱れたら…そうなったらどんな表情をするのか楽しみでならなかった。

そうしてその日から、俺達の「擬似関係」が始まった――。






こう言っては何だが、俺は自分がモテるという事を自覚している。
自分から誰かに興味を持つ前に、女なんて放っておいても年下年上関係なく次から次へと寄ってくるし、高等部や大学部の奴等に逆ナンされることも今や日常茶飯事で。
それが好意だと解ってはいるが、こっちの都合なんてまるでお構いなしって感じで興味も無い女に遠慮無く感情をぶつけられる事に、最近は嫌気が差してきた。



そして場所は人気の無い図書室。
今日もそんな感じで告白されたが、顔も名前も中身も知らない奴だったのでアッサリと断った。
そいつが図書室から出て行くと同時に、ハァと溜め息をついたら後ろから声がした。

「相変わらずモテるんだね、仁王君」

よく通る綺麗な声でそう言って本棚の横からひょいっと顔を覗かせたのは、クラスメートの

「…そりゃドーモ。それにしても覗きなんて随分悪シュミやの」
「失礼ね、偶然よ。私の方が先客だし、私もここに呼び出されたのよ」

少しの悪態も通じなかったのか、軽やかに笑ってそう答えた。
ふーん…て事はも誰かに告られたってワケか。しかも返事も俺と同じく「NO」。

モテるんじゃろ?彼氏の一人くらいつくればええのに」
「そっくりそのままお返しするわ」

どこか呆れたように薄く笑いながら、俺の方を見た。その見慣れない微妙な笑顔をジッと見る。

「…何?私なんか変なこと言った?」
「いや、別に…」

……こんなにジッと凝視するのは初めてだが…見れば見るほどイヤミなくらい小綺麗な顔しとるな。
とは親しいわけじゃないが、俺の知っとるはハンパじゃなくモテる。昼休みや放課後には男に呼び出されるのをよく見るし、他校の男に告白されとるのを目撃した事もある。
すれ違えば、男なら一度は必ず振り返るくらいだ。しかも物腰の柔らかさで人望もある。
とてもとても綺麗な、整った顔。

ふと思った。
一体どんな風に変わるのだろうと。


乱れたら……。
―――壊れたら……。


この綺麗な顔は、一体どのように変わるのだろう。
…見てみたい。こいつが乱れ、壊れたところを……。

その好奇心を満たすために、俺はに一つの提案をした。


「……?」

名前を呼び、怪訝そうな顔をしたに一歩近づく。は反射的になのか、一歩下がる。
一歩、また一歩と近づいて離れて、を窓際まで追い込んで逃げられないようにを囲み、両手を窓についた。覗き込むように視線を合わせ、顔をぐっと近づける。
はまったく表情を変えず、俺をジッと見つめる。強がってるわけでもなさそうだ。
…へぇ、怖がりもせず、表情一つ変えやしない、か。ここまで来たら、女なら普通は怖がるか期待するかのどっちかだと思ったんじゃが。
けど、そうでなくちゃ…面白くない、か…。
そして俺は、先程思い付いた「提案」を口にした。

、俺と付き合ってくれんか?」
「ゲッ……」

……今コイツ、確かに「ゲッ」って言ったよな?本人を目の前にして、何て失礼な奴なんじゃ…。いくらなんでも告られて「ゲッ」はないじゃろ、「ゲッ」は!
しかも思っきし疑っとるし。プリッ。
まぁ確かに嘘…建前なんだがな。そして、これからに言うことも90%建前だ。

「まぁ何だ、付き合うといってもフリでいいんだ」
「フリ…?」
「そう。俺に彼女ができたとなれば面倒な告白も少しは減るし、お前はお前で男にちょっかい出されずに済む。一石二鳥だろ?」
「……」

フッ、考えとる、考えとる。
俺の本音なんか、こいつは気付いていないんだろうなと内心ほくそ笑む。


コイツを壊すが為に、騙す。
この本音をコイツに悟られる事も、騙しているという事も、1ミリだって気付かれるつもりはない。まぁ俺がそんなヘマなんてするわけがないがな。
仮にも「詐欺師」という異名を持つ、この俺が――。
隠し通して、目的を達成する自信だってあるのだから。
そんなことを思っていたら、が口を開いた。

「告白されて断るのは辛いものがある…だけどフリで付き合うっていうのもどうなの」

少し不満そうに呟いても、それは俺の提案を拒絶する言葉じゃなかった。

「どうなの言われてもなぁ。ま、どちらかに好きな奴が出来るまでの期限付きじゃけん」
「期限付き…?」
「そんなら告られても、断るちゃんとした理由になるからな。ホントに好きなやつがいるのに、フリで付き合っとるのも…な」
「…………」

何に対して悩んどるのか知らんが、迷ってるのなら後一押しで落ちる。
俺はの頬を触ったら、肩まで無い髪が手に掛かる。そして、ゆっくりと優しく囁く。

「フリでいい。俺と付き合って?」

意外に真面目そうやしな、やっぱり「NO」なのだろうか。

その時だった。
の眼が…スッっと変わった――。クス、と微かに笑いを零して。

「…いいよ」

一言、静かにそう言った。

その時のは今まで見たことのない、普段のからは想像もつかないくらい…挑戦的な、そしてどこか好戦的でもある表情だった……。

一瞬、気圧された。ゴクッと喉を鳴らす。
…ゾッとした。
―――だがやはり、その表情も綺麗だった……。


しかし、俺は何にも気付いちゃいなかったのさ。この時、本当に落ちたのは誰なのかということを。
に対しての執着心――こんなにも壊したいと思う感情は一体何なのか…。

俺は後で思い知る。




俺とが付き合い始めてから、2週間が過ぎた。
俺達が付き合っているということは、今や全校生徒の知ることとなっている。それこそ中等部に限らず、高等・大学部にさえ知れ渡っているほどだ。
ククッ、…可哀想にな…。
それが嘘だとも知らずに…。


はというと、意外と色んな表情を見せてくる。拗ねたり、怒ったり、笑ったり、穏やかな顔を浮かべたり――。そんな表情を見てると、あの時の好戦的な笑みをした奴とは別人に見える。




時は放課後、場所は誰もいない図書室。
俺達の「擬似関係」が始まった場所――。


「…最近つまらなさそうね。と、いうか機嫌悪いでしょ?」
「あぁ?別に…」

そっけなく答えた俺を見て、嘘ばっかりとは溜め息をつく。
すぐに壊しても面白くないからジワジワいこうと何度か仕掛けようとしたんだが、中々上手くいかない。お堅そうな性格の割に、どこかぬけてるのに警戒心が意外と強い。
ちらっと横目でを見て、ちゅっと軽くキスをした。前にこういう形で仕掛けたが、少し目を丸くした程度で、今では何の変化も見られない。

「だから何でキスするの?」
「付き合っとるんじゃからキスくらい普通じゃろ」
「フリなんだし、誰もいない図書室でキスする理由なんかありませーん」
「そんなら誰かの前だったらいいんか?」
「違う、キスまでする必要はないって言ってるの」

…ほら、キスしても頬の一つも染めりゃしない。場慣れしているような気さえしてくる。意外と男慣れしとるんか?
…いや、違う。そういう浮いた話なんて一度も聞いたことが無い。も男にとっては憧れの的で、付き合ったり特別な関係の奴がいたら、それなりの噂になり、嫌でも耳に入る。
でも、確証があるわけじゃない。俺や周りが知らないだけで、そんな関係の奴がいたかも知れん。
…なんや、いい気分はしないな。
人の過去に口を出す趣味はないが、に俺以外の男がいたと思うと…チッ、ムカついてくる。

と「擬似関係」を始めて2週間。
俺は確実にの事を考える時間が増えていった――。




「お前さ、と付き合ってんだろぃ?」

部活の休憩時間に、丸井がそう話し掛けてきた。

「それが何?」
「何って…お前知らねぇの?」

信じられないとでも言いたげな、そんな顔をした丸井を怪訝そうに見た。
あきれたように丸井はワザとらしく「はーあ」と大きく溜め息をついた。

「…彼女の事なのに、お前ってホント他人に興味ないのな」
「だから何だよ」

こいつは一体何が言いたいんだか。目的語を言え、目的語を。
いまいち話の内容がはっきりせず、訊き返すと、「しょーがねーな、教えてやる」と得意気に話始めた。

「今日の昼休みに、に隣のクラスの奴が告ったんだってさ」
「……何?」

なぜか得意気に話す丸井の言葉を疑った。
俺と付き合い始めてからも、諦めの悪いバカな奴がまだいるらしいな。

「断ったみたいだけど、これからどうなるか解んないよなー」
「…何でだよ」
「だって相手は顔良し、成績優秀、人望も厚いの三拍子揃ってんだぜ。告られてから意識したりすることもあるんじゃねーの?それがいつの間にか恋に発展したりさー」

表には出さずとも丸井が淡々と話すその話題に俺らしくもなく、内心は動揺していて額や手には冷や汗で濡れていた。心臓の音がドクンドクンと頭に直に響いているみたいだ。その音が周りに聞こえてしまいそうなのと、胸に小さな苦しみを感じ、無意識に胸の辺りをぎゅっとつかむ。

「お前、何か見逃してんじゃねーの?」
「見逃す…?」
「お前が気付いていないだけで、はSOS出してたかもよ。まぁ適当に頑張れば」

軽くそう言って丸井は再びコートへと踵を返した。

が俺に助けを求めていたかも知れないだと…?
今日の昼休みの事で、その後も特別に変わった様子は見られないように思えた。
――そういえば部活に行く直前、に呼び止められたな…。「どうした」って聞いたら、何か言いたげな感じで…。

『あー…えっと、やっぱいいや。何でもないから気にしないで』

引き止めてごめんね、と言ってあいつは笑っていた。自身が「何でもない」と言ったんだからきっとそうなんだろう、そう思って特には気にはしなかった。
もしかしてその時か…?この俺が見落としていた……?
―――そこまで考えて、丸井の言葉を思い出した。『SOS出していた』という言葉を。

冷静に考えると、頭の中に疑問が浮かぶ。
何故だ?何故、は俺に助けを求めた?告られてもただ断ればいいだけの話だろう?それなのに俺に助けを求めたなんて。
告られたことを俺に報告しなければならないわけでもない。結局あいつも話はしなかったが、俺にその事を話そうとしたのは確かだ。

…何故だ?
、お前は俺に何を求めている……?




「…と、いうワケなんよー。お前はどう思う?」
「どうと言われましてもねぇ……」

あの疑問が浮かんでから、すでに一週間が経っていた。しかし、答えは見つからずのままだ。そしてその一部始終をダブルスのパートナーである柳生比呂士に話し、相談していた。柳生は俺の質問に思案顔をして、眼鏡をクイッと上げた。

「それにしても珍しい事もあるんですね」
「ん〜、何がぁ?」

気だるげに聞き返す俺を見て、どこか楽しそうに柳生は言う。

「仁王君が一つのことにこんなにも執着する事があるんですね。しかもさんと付き合い始めて三週間ですか。仁王君にしては真面目に付き合ってますし」

くすくすと楽しそうに笑う柳生を見て、ムスッと顔を歪ませた。
いつもこんな風に笑っとれば女にももっとモテんのに、と思いながら話題を元に戻す。

「柳生〜、どうすればいいんじゃろ」
「情けない声ですね、らしくないですよ。そんなに気になるんでしたら、ご本人にお聞きしたらいいんじゃないですか?」
「…………」
「仁王君が知りたがってる答えは彼女だけが知っていると、私はそう思います」

柳生らしい穏やかな笑みを浮かべてそう言った。
俺の相談なんかでも、柳生は親身になって考えてくれる。他人に対して下手に甘やかさないが、こういう優しさがコイツのイイところだ。こんなダチは一生モンだ、なんてガラにもないことを思う。
ふと腕時計に目をやると、後5分で昼休みが終わる時間だった。

「そろそろ戻るわ。ありがとさん、柳生。参考になったわ」
「そうですか、それは光栄です」

教室を出て行くときに「仁王君」と柳生に呼び止められた。振り向くと柳生は静かに言った。

「本気なんですね、仁王君。頑張って下さいね」
「……はぁ?」

言葉通り、俺は自分の耳を疑った。先程より深く微笑みながら言った柳生の言葉の意味が、一瞬理解が出来なかった。

「……ハ、何…言っとんの?」
「おや、自覚無しですか?でも間違いではないと思いますよ」
「…………」

有無を言わさない自信満々な柳生の笑顔に、俺は何も言い返すことが出来なかった。


……本気だと…?誰が…誰に?
柳生は…あいつは一体何を言った?この俺が…に対して本気になっている?を俺にハメるはずが、逆に俺がにハマっていたとでもいうのか…。
俺自身さえ、気がつかない内に…。
――いや、今考えれば認めたくなかっただけなのかもしれない。誰か一人に本気になるなんて、そんならしくない事を認めてたまるか、と。
本気になるなんてこれっぽっちも考えちゃいなかった。あの綺麗な顔が気に入って、乱し壊したいと思ったのも、ちょっとした遊びで暇つぶしになると思ったからだ。そして自然にの事を考える時間が増えていった。
――結果、その俺の思惑は予想外の感情を俺に与えた。
……そうか、そうだったのか。に対しての強い執着心、俺以外の男がいたら何故面白くないと思ったのか――。
そうだったのか……。


今、俺は自分の中にあるへの気持ちに気付いた。
それは自分がという一人の女に、不覚にもハマってしまったという事を認めた瞬間だった。
――だったらモタモタしている暇はないな。あいつに他に好きな男ができる前に、全てを俺のものにする。
は誰にも渡さない。そして、の乱れ壊れた様は誰にも見させない。あいつは…絶対に俺のものにする……!




「お前、隣のクラスの奴に告られたって?」
「うん、まぁね。けど随分前の話だよ?」

俺は疑問の答えを求めるべく、柳生のアドバイス通りに直接に聞いてみたところ、告白された事をはさらりと認めた。

「断ったんだってな」
「もちろん断りました。顔は知ってたけど、名前も知らない人だったし」

そう言ったの言葉に内心ホッとした。どうやらソイツに対しては特別な感情は無いらしい。丸井の奴め、何が『今は解からない』だよ。勝手な事を言いやがって。

「お前さ、その事何で俺に言わんかった?」
「仁王君に言う必要なんてあるの?ないでしょ、そんなこと」
「あの時言いかけたじゃろ?じゃあ何であの時言おうとした?」
「それは……」

矛盾してるじゃろ?
「言う必要は無い」と言っておきながら、その事を俺に伝えようとしたのは確かだ。

「何故だ?」
「…それは……」

理由を問いただす俺から逃げるように、は視線をそらした。それでも俺の視線はを捕らえたままだ。
その瞬間、ざぁっと強い風が吹いた。の髪が揺れて、その表情を隠す。
髪の間からわずかに見えた表情は何ともいえない、とても微妙なものだった。
どこか悔しげで、やるせないような――。
その眼には切なさまで秘められてるように感じた。


あの眼は――『 』―― をしている眼だ。

そんなとても微妙な表情だったが、その表情が今までで一番綺麗だと思った。
風が止んだ時にはいつものだった。小さく笑って『単なる気紛れだよ』と言った。

「ほら、フリでも付き合ってるわけだし、一応伝えとこうと思ったんだけどね。でもよく考えたらそこまでする必要も無いかなって」
「…………」
「だから『何でもないから気にしないで』って言ったんだけどな」
「ふぅん…ほぉか、解かった」

不自然な満面の笑顔を見て、俺は取りあえずの言葉に頷いた。
これ以上問い詰めても同じ答えしか返ってこないだろう。
とても不自然な満面の笑顔の裏には、どんな真意が隠されているのだろうか――?

しかし、この後に起こった俺の一瞬の気の緩みが、の真意を知る前に全てを壊してしまった。





疑惑編・完
update : 2006.01.10
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