他人に興味なんて無い。
自分が楽しけりゃそれでいいだろ?
そんな考えの中、俺は一人の女に興味を持ち、そいつと付き合い始めた。
他人に関心の無い俺が、めずらしいこともあるもんだ。
気になったのは、お前のその笑顔。
どうしていつもそんなに、穏やかに笑っていられるのか気になったんだ―。
俺は今、探し物がある。
目には見えない、どうやって探していいのかも解からない、大変な探し物が。
けれど、お前の傍にいたら見つけられるような気がするんだ。
何の根拠も無いが、そんな気がする…。
『コート上の詐欺師』―。
それがテニス界における俺の異名だ。
他の奴らが思いつかないような奇策を得意とし、相手を騙して陥れる。
試合に勝つ為なら、自分さえも隠し騙す。そんな事は当たり前で。
そして解からなくなる。
どれが本当の自分の姿なのか…。
俺の探し物。
『本当の自分』―。
なんて、そんなモンどうやって見つけりゃいいんだか解からんし。
大体中3が悩むようなことなのか…。
十五歳の若さで、すでに自分を見失う俺はこの先生きて行けんのか…?
そんなことを考えていたとき、目に入ったのはお前の笑顔。
テニス部のマネージャーの、 ―。
二年の終わり頃から付き合い始めた俺の彼女。
俺の知る限り、は外見通りの人間だ。
穏やかな笑顔の通りに、優しく性格も良いらしく、部員や周りの奴らからも中々信頼も厚く人気者だ。
これが俺の知る、 だ。
何故だろう、こいつの傍にいれば探し物が見つかる気がしたんだ。
当ても無く途方もない探し物に一筋の光が見えたような、そんな気がした。
しかし、と付き合っていても探し物が見つかるような進展は無く、俺は徐々に焦りを感じていた。
関東大会のために、柳生に化けるようになってからはますますそれを増加させた。
誰かに変装するたびに、よけいに解からなくなる『本当の自分』。
『本当の自分』が解からない恐怖。
それが見つからなくて、感じる焦り。
迷いが無いように穏やかに笑うに、イラ立ちを感じた。
お前を見ていると、ムカつくんだよ。
『自分』というものに迷いが無いように見えるお前がムカつくんだ。
俺は自分を騙し続けていかなくてはいけないのに。
その度に、俺がどれほどの恐怖を感じているかお前には解からないだろ?
俺が今一番欲しい『本当の自分』を当たり前のように持っているお前がムカつくんだよ!
そう、にぶつけた。
…これじゃあまるでガキの八つ当たりだ。
でも何故か言わずにはいられなかった。
俺の自分勝手な言い分を黙って聴いていたは、ゆっくりと口を開いてこう言った。
「…私だって、『本当の自分』なんて解かんないよ」と。
あんなにも迷いが無いように穏やかに笑い、自分をしっかり持っているように見えた。
それなのに…。
「皆、優しそうとか…雅治みたいに穏やかに笑ってるとか言うけど、そんなの当たり前じゃない。だって、そう見えるようにしてるんだから」
「……そう見えるフリをしてるってことか?何故?」
「だって、優しくなりたいし、穏やかに笑えるようになりたいもの。それが本当の私じゃないとしても、そうなりたいと思ってるのは事実だから。…だったらそれでいいんじゃないかって思う。いつかそうなれるって信じていれば」
「……」
「ねぇ、雅治」
いつもの穏やかな笑みではなく、はイタズラっぽく笑ってこう言った。
『本当の自分を解かってる人なんて、あんまりいないよ。きっとね。皆気がついていないだけなんだよ。焦んなくても、ゆっくり理想の自分を見つければいいよ。
…いつかそれが本当の自分になるよ』
…なんてことを言うんだ、こいつは。『理想の自分』なんてまったく考えもしなかったぜ。
…焦らなくても…か。
そうか、そうだな。探し物がそうそう簡単に手に入ったり見つかったら、人生面白くないかもな。
きっと今はまだいいのだろう。
人生はまだまだ先は長いんだ。焦っても仕方ないんだろう。
いつか『理想の自分』を見つけて、それが『本当の自分』になれるように努力すればいいさ。
中々面白そうじゃないか。
その後に、が言った言葉が印象的だった。
『今も私は外見だけ。でもそれでいいんだ。
―フリだけでもカラ元気は本当に元気なんだし、強がりだって本当に強いんだよ』
俺はたまに思う。
『理想の自分』を演じたり、外見をそう見せるということは、ある意味自分を騙しているんではないかと。
でもは、そう疑う前に「それが本当の自分となるように」と信じた。
今でもたまに焦りに追われたり恐怖に襲われたりするし、立ち止まったりもするさ。
そんなときは、との言葉を思い出す。
が俺の傍にいる限り、焦りや恐怖に負けることはないだろう。
そう、が傍にいてくれる限り、俺は前へ進んで行けるだろう。
いつか、俺が望んだ自分になれたその時には…一番傍にいて欲しいと思う―。