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決戦前夜





とてもとても幼い頃に貴女と約束をした。
『ずっと一緒にいよう』と。
まだほんの子供だった私達は、笑ってそう誓い合った。
二人、共に生きることがまるで当たり前のように――。


子供の頃は良かった。
言葉にしたこと全てが真実になると信じて疑わなかった。
大人になれば見たくない現実にぶつかり、知りたくない真実を知り、そして気付かぬ内に汚されていく。
そしてその汚された世界で生きていくのが、私の生き方だ。

私の胸の中にある唯一の光。
幼い頃に交わした貴女との約束。

仕事に就いてからは、彼女は助手として色々私の世話を焼いてくれる。
危険な仕事だというのに『少しでもLの手助けをしたい』と言い、自らこの仕事を志望したと笑って言うのだ。
だが、それでも毎日一緒にはいられない。
仕事に行く前、離れる時に彼女は決まってこう言うのだ。

「いってらっしゃい」と。
笑って私を送り出してくれる。

仕事が終わり、帰った時にはこう言うのだ。

「おかえりなさい」と。
笑って私を出迎えてくれる。

だけど、今回は長く貴女と離れる事になるだろう。

『ずっと一緒にいよう』と誓い合った遠い日の約束。
あの時の純粋さと素直さと無垢な笑顔、心…今は少し思い出すのが辛い。
約束の一つすら守れない自分が不甲斐ない。

今回の「キラ事件」。
貴女を、連れて行くわけにはいかないんだ――。



明日、私は戦いに出向く。
ICPOの会議が明日開かれる。
その会議で私は正式に凶悪犯連続殺人事件―つまり「キラ事件」の捜査に取り組む事になるだろう。

この事件の話で持ちきりのTVニュースを見ていると貴女がお茶を入れてきてくれた。
暖かいお茶を一口、口に含むといい香りが口の中に広がる。
貴女はニュースに目を向け、やるせない表情をした。

明日、戦いに出向く事を話さなければ。
ICPOの会議が明日開かれる事は知っているだろう。
しかし、私が正式に捜査に加わることはおそらく知らないだろう。

私が話そうと口を開こうとした時。
貴女は、こう言った。

「…行って来ていいよ。私は今回はいけないだろうけどね」
そう、穏やかに言ったのだ。

心を見透かされたような気がして、少し驚いた声を出した。

「なぜ、解かったんです…?」
「なぜって…だってこんな難しくて恐ろしい事件、警察はLを放っておかないわ。Lだって頭の中では捜査をすでに始めていたんでしょ」
「……」

言おうとしていた事をほとんど先に言われてしまった。貴女は「気にしていたんでしょ?」とくすくすと笑う。
そういえば、昔から貴女は私の思っている事をよく言い当てていた。

「…長い戦いになります」
「そうだね」
「…当分会えないと思います」
「うん、そうだね」

貴女は笑いながら、不自然に元気良く言い放った。
「頑張ってね」と。

あまり私を見くびらないで欲しい。
貴女の本音は別のところにある。
私だって、伊達にずっと貴女の傍にいたわけじゃないんだ。
私は椅子から降りて、貴女を抱きしめた。

「本音を…貴女の本当の気持ちが知りたい」
「…言えないよ、教えてあげない。内緒」

貴女の口から出てきた言葉は、私の願いを否定するものばかり。
生憎私は超能力者ではないから、貴女の事、思っていること全てが解かるわけがない。
そんな能力があったとしても、貴女の気持ちは貴女の口から聴きたい。
そんな事を思っている事を示すように、私は貴女を抱きしめる腕に力を込めた。
ふう…と腕の中から小さな溜め息が聴こえた。

「解かってよL。私、あなたを困らせたくないの。私の我侭でLを困らす事なんてしたくないのよ」
「……我侭、ですか?」
「…しばらく、会えないんでしょ?」

そう言って貴女は下を俯いた。
貴女の細い肩、私の背に回された貴女の腕。貴女の手は私のシャツをギュッと握って。かすれていた貴女の声…。
かすかに震えている貴女の身体…。

そうか、そうだったんだ。
私の思い違いでなければ貴女は私を引き止めたいと、そう思っているのだろう。
それは今思えば今回だけではないのだろう。
いつでもそう思っていたはずなんだ。ただ…私が気が付かなかっただけなんだ。

どんな危険な事件でも、解決の為なら私は自分の身さえ省みなかった。
そんな私を今回も心底心配してくれているのだろう。

「しばらくって…いつまで?ねぇ、Lいつまで?…っ、帰って…くるよね?絶対…帰ってくるよね…っ!?」
「……そうですね…。努力しますよ」

かすれた声で小さく叫ぶ。
『必ず帰ってくる』だなんて無責任な事は言えなかったが、ひとまず安心させたくて貴女の髪を撫でて、そんな言葉を言った。

幼い頃貴女が泣くときはそんな風に泣いていたのを、ふと思い出す。

「そんな曖昧な言葉なんて…私聴きたくない…っ」

貴女も解かってはいるはずなんだ。こういった時には『必ず』という言葉は特に私達が使うべき言葉ではないということを。
解かってはいるんだろう、頭の中では。けれど、心は厄介でそうはいかない。それが人間という生き物なのだ。

貴女が泣く。私の為に。私は貴女の笑顔が見たいというのに。
『いってらっしゃい』という貴女の笑顔。
ああ、でも泣かしているのは私自身なのだ。

しかし私だって貴女と同じ気持ちなのだ。
離れて淋しいのは貴女だけではないのだ。
事件に立ち向かうときは私も怖いと、そう思っているよ。

「L…困ってるでしょう?だから言いたくなかったのに」
「…そうですね」

涙声でそう言う貴女を、私は近くにあったベッドに優しく押し倒した。
いきなりの事に驚いて目を丸くした貴女の頬には涙が伝った跡。
まだ涙が浮かんでいる瞳。
瞼にキスをして、その涙を舐め取った。


私は言おう。


貴女の悲しみの涙を止める為に。
幼い頃の約束を真実にする為に。
私が帰る場所はこの世でただ一つだけなのだと。
その言葉がどんなに無責任な言葉だとしても。

今まで一度も言わなかった言葉を、貴女に。

上から愛しい貴女を見下ろして。
私は言った。

「必ず帰ってきます。『ずっと一緒にいよう』と幼い頃に約束したでしょう?
私が貴女に嘘を言った事がありますか?」
「…ううん、ない」
「でしょう?…だから、帰ってきます。貴女の元へ必ず」
「そうね…。待ってるわ」

そう言って貴女は微笑み、私は貴女に軽いキスを落とした。
何度もついばむように触れるだけのキスを交わした。
それだけでは足りないと言うように、貴女が私の髪をクンッと掴む。

深いキスに変わると同時に、貴女の手は私の首に回される。
貴女に覆い被さり深いキスを交わすと、ベッドのスプリングがギシッと音を立てた。

戦いに赴く前夜、愛しい人とお互いを求め合った。

あと数時間で貴女と離れなければいけない。

貴女が私を忘れないように。
私が貴女を忘れないように。
いつもよりも、深く貴女に私を刻み込む。
いつもよりも、深く私に貴女を刻み込んで。

あと数時間、出来る限り――…。


目覚めると横には貴女の寝顔。
…ああ、もう朝か。
ついに戦い当日。

『L、そろそろ時間です』
とワタリから通信が入る。

「ああ、解かってる」

一言返事をして、貴女を起こさぬようにベッドから抜け出し服に手を通す。
気持ち良さそうに寝息を立てている貴女に手を伸ばすと、貴女の瞳が開いた。

「起こしましたか?」
「ううん。…行くのね」
「…ええ。行って来ます。
ああ、そうだ」
「?」

まだベッドに沈んでいる貴女に、ほんの少し深いキスをした。
唇を離し、貴女の目を見て一言。

「…愛してます」
「うん…。いってらっしゃい」

穏やかにそう言う貴女の顔は、いつも送り出してくれるあの笑顔。

「行って来ます」

離れがたい気持ちをぐっと堪え、貴女から離れ、私は振り返らずに部屋を出た。
私の身体からはかすかに貴女の甘い匂い。


幼い頃の何気ない約束と、昨夜の甘い約束。
約束なんてひどく曖昧なもので、守れる根拠なんて何も無い。
でもそんな曖昧なものでも私にとっては光であり、勇気なのだ。

次に貴女に会えるのはいつになるだろう。
貴女に触れる事が出来るのはいつになるだろう。
貴女に「おかえり」と言ってもらえるのは…。

先の見えない未来を思い描きながら、私は戦地へと足を運ぶ――。





update : 2004.06.28
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