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ケガの功名





「いったーい!痛い、痛いってば跡部!もうちょっと優しくしてくれたって…」
「うるせぇな、少しは大人しくしてられねぇのか。大体こんなになるまで放っておきやがって。自業自得だろうが」
「そうだけど…だって痛いんだもん……」

サバイバル生活が始まって、三日目の夕方。が利用してるロッジに悲鳴のようなの抗議の声が響いた。そこのロッジでは跡部が文句を言いながら、の怪我の手当てをしていた。
はちょっとした事で捻挫をしていたらしい。
その日は午前中に比嘉中の甲斐の蒔割りの手伝いをしていて、その時に挫いたらしい。ただ、そんなに痛みはなかったし、歩いても気になる程度ではなかったので何もせずに放っておいたら、凄い状態になっていたのだ。
は氷帝のマネージャーとしてこのサバイバル合宿に参加しているのだが、何かと勝手な行動を取る比嘉中が気になって、は度々比嘉中の連中と行動を共にしていた。
そして更に今日、甲斐と一緒に探索までしてしまった。その途中に甲斐が足に怪我している事に気がついた。そっちの方に気を取られてしまって自分の怪我なんて全く気がつかなかったのだ。
盲点だった。人の事にばかりかまけて、自己管理を怠るなんて。

「迷惑かけて、ごめんねぇ…」

はしゅんと小さくなって、手当てをしてくれている跡部に素直に頭を下げた。
探索から帰ってきた時から、足が痛み始めているのに気がついた。その様子にどうやら甲斐が気づいたらしく、「お前こそ足、ケガしてんじゃないのか?」と声を掛けてきた。
初めて見る、甲斐の心配したような顔。あれは、少なからず責任を感じてる顔だった。
(別に、甲斐君のせいじゃないのにな…)

「終わったぞ」
「あ、うん…。ありがと…痛っ」

礼を言い終わらないうちに、跡部に額をコツンと小突かれた。

「迷惑だと思うなら、さっさとそのケガ治せ。今は人手は足りないんだからよ」
「………うん、ありがと」

――こんな言い方しても、きっと心配してくれているんだろうなぁ。
跡部とは長い付き合いのおかげではそれを良く解かっていたので、また素直に礼を言った。

その次の日、は激しい行動を跡部に禁じられた。
それでも何かと比嘉中の行動が気になって、彼らが使用しているロッジまで行ってみた。捻挫といっても、歩けないほど酷いわけではないのだ。
そのロッジに着いた時、どうやら甲斐が釣りに行くようだった。その甲斐に向かって、は声を掛けた。

「甲斐君、今から釣りに行くの?私も一緒に行ってもいいかな?」
「…でもお前、その足…」
「大丈夫」

包帯が巻かれているの足を見て、甲斐は心配そうな表情を浮かべた。しかし、は「大丈夫」の言葉に有無を言わせない強い瞳で甲斐を見つめた。ケガをしたからといって、特別扱いなんてされたくない。自分の仕事くらいはしっかりとこなしたい。
そのに圧倒されたのか、甲斐はが釣りに同行する事を渋々承諾した。
の足を気遣って、足場の悪い所では手を差し出してくれたりもした。自分だってまだ万全じゃないだろうに。夕食の山菜を取りに行くときも、何かと気にかけてくれた。
そんな甲斐の気遣いは素直に嬉しかった。

その日は甲斐と色んな話をした。
甲斐がいつも帽子を被っている理由ももちろん、好きな食べ物や好きな音楽、趣味の事など、色々と。
比嘉中の連中の中では、何かと甲斐と接する事が多い。そのお陰で、当たり前だが合宿前は何も知らなかった甲斐の事が、最近は少し解かってきた。
皆の前ではまだツンケンした態度を取る事も多いが、決して悪い人ではない。細かい気遣いや何気ない優しさもある。そうでなければ、のケガに責任を感じたり、足場の悪い釣り場で手を差し伸べてくれたりはしないだろう。一対一になるとガードが甘くなり、ふとした時に、無防備な笑顔を向けてくれる事もある。
最初は解かり合えるかどうか解からなかっただけに、そういった些細な事がには嬉しかった。

楽しい事ばかりではないこのサバイバル生活。生活ではやはり不便には変わりない。しかし、はもう少しこの生活が続いて欲しいと思っていた。
甲斐ともっと色んな事を話したい。甲斐の事をもっと知りたい。甲斐と…もっと一緒にいたい。は甲斐と一緒に居る時に流れる、どこか心地良い空気が好きだった。
その日の夜には、甲斐が拾ったという綺麗な天然の真珠を貰った。
いびつな形だったが不自然なほど綺麗な丸い真珠よりも、甲斐から貰ったそのいびつな真珠の方がには綺麗に見えた。
何だかそのいびつな真珠は甲斐の気持ちに似ていると思った。
不器用だけど、優しいところもある、そんな甲斐に似ていると思ったのだ。

そして同じく、その日の夜に事件は起きた。

「跡部が毒蛇に噛まれた!?で、大丈夫なの!?」
「命に別状はないようですけど、明日は一日安静のようです」
「そっか…良かった」

噛まれた傷は思ったよりも軽くて命の危険はないらしい。その事実にホッとした。
とりあえず様子だけでも見に行こうかと、跡部が使用しているロッジを覗いた。

「…失礼しまーす…。跡部、大丈夫…?」
「…か。こんなザマじゃお前の事言えねぇな」
「そうだよ、気をつけてね。じゃあ、心配しないで安心してゆっくり休んで」

は笑顔で跡部に手を振ってロッジを去った。
何となく一人、ロッジに戻りたくなくては海岸に向かった。
よいしょと、砂浜に腰を下ろして、星屑一杯の空を見上げた。
すごく綺麗……だけど、何だか怖い。吸い込まれそうで、そうなったらもう戻れないような気がして…無償に怖くなって、星空から顔を背けて下に俯いた。
そうしたら、足の包帯が解けかけてるのが目に入った。
直さなきゃと思って手をかけるけど、どうにも上手くいかない。
は中等部に入ってからテニス部のマネージャーをしているが、手先はあまり器用ではないのが唯一の欠点であった。

「お前、こんなトコに一人で何やってんだ?」

包帯と決闘しているの後ろから声をかけられた。
びっくりして振り向いてみると、そこには甲斐裕次郎の姿があった。

「いや、包帯を直そうと、思って…」
「…………」

解けちゃって、と、すでにバラバラになった包帯を指差した。



「すごーい、上手いねー!全っ然痛くない!跡部の時はすごい痛かったのに」
「……こんくらい、普通だろ。お前が不器用なだけなんじゃねーの?」
「そっ、そんな事…ない…ですよ……」
「声が小さくなってってんぞ」

甲斐が声を上げて、ハハッと笑う。
あれから何回やっても上手く出来ないに見かねてか、「貸せ」と言って、甲斐が手当てをしてくれた。その手際の良さに、は感動の声を上げた。

「跡部、毒蛇に噛まれたって?」
「あー…うん。でもさっき様子見に行ったら大丈夫そうだったよ。ちょっと調子悪そうだったけどね」
「…お前さ、跡部と仲良いんだな…」
「え?」
「い、いや、何でもないっ…」

気まずそうに視線を逸らした甲斐を見て、はフフッと小さく笑う。
甲斐が誤解してる理由が解かったから。

「違うよ、私と跡部はそんなんじゃないよ。ただの幼なじみ。私にとって跡部は頼りになるお兄ちゃんみたいで、跡部にとって私は手のかかる妹みたいな感じ。もうずっと昔からね」
「あ……そ、そう…か…」
「うん、そうそう」

フフッ、嬉しいな。私と跡部の事、気にしてくれたんだ。
……解かってるよ、本当は。

…お前、その…足のケガは大丈夫なのか?」
「うん、平気。今甲斐君が包帯してくれたからね。ありがとう」

がニコッと笑ってお礼を言うと、甲斐はかすかに顔を赤くした。
……解かってるよ、本当は。
甲斐君が今ここに来たのも、私のケガを心配して来てくれたんだよね…?
単独行動を断固としている比嘉中が散歩といっても、こんなところまでノコノコ来るはずがないものね。
…でも、来てくれたんだね。本当に、嬉しいよ。ありがとう。
ケガをして、思うように仕事が出来ないのは悔しいけど。でも、今は少しラッキーだったかな…?
だって甲斐君がここに来てくれたから。私がケガをしたから来てくれたんだよね。
これって私にとっては「ケガの功名」ってヤツなのかな。

「あのね、甲斐君。今日は色々ありがとう」
「……何が?」
「色々、だよ。それと、真珠ありがとう!すっごい嬉しい!大切にするね!」
「そんなに喜ばれると、何か素直に喜べないな…」

拗ねた子供みたいにむすっとする。
そんな甲斐を見つめて、本当に意地っ張りなんだから、と心の中でクスッと笑う。
そして隣に座ってる甲斐の肩に軽くもたれた。

「おっ、おい!…っ!ちょっ…」
「しーっ…少しだけこうさせて…」

は静かに眼を閉じた。温かくてたくましい肩に安心する。
星空を見て感じた恐怖が嘘みたいに退いていく。今はもう何も怖くない。
それはきっと、隣にいるこの人のお陰なんだろうな。

手先は不器用だけど、自分の気持ちには鈍くない。この人に感じる気持ちが何なのか、もう解かってる。
温かい肩から鼓動が伝わってくる。今は、これだけでいい。今はまだこれで充分。

でも、このサバイバル生活が終わる時には、この気持ちを君に伝えられたら良い。
そして今度は貴方が大好きな沖縄の綺麗な海を、貴方が私に見せてくれる――?





END





update : 2007.03.03
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