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Sleeping Birthday





「明日、学校サボってお祝いしようよ」
が笑顔でさらりととんでもない事を言い出した。
明日――そう、明日10月4日は。
跡部景吾の、15歳の誕生日である。






「駄目だ」

いきなりの提案に面食らったものの、跡部はキッパリとのとんでもない申し出を断った。
しかし、跡部のその答えを予想していたかのように、は間髪いれず質問を投げかけてきた。

「何で?」
「何で…って。そりゃ…」

学業が学生の本分だとか、普通に考えれば学校をサボるのはいけないことだとか、そんな事を言っても今のには通用しない気がする。
跡部が思ってる事の方が正しい事なのだが。
答えに詰まってる跡部を見て、はハァーと溜め息を吐いた。

「明日はコート整備で部活は休み。特に出席しなきゃいけない行事もあるわけでもない。単位だって充分。何か問題でも?ん?」
「…くっ……」
「じゃあ決まりね。明日は二人でどっか行ってゆっくりしようよ。約束ね。じゃ、明日迎えに行くから待っててねー」

有無を言わせずに、勝手に約束を取り付け、手を振りながら満面の笑顔で家の中に消えていく。こういう時の強引なに何を言っても無駄だと言う事は、跡部は長年の経験から知っていた。
しかしだ。学校には風邪だと言って休んでも疑いもしないだろう。跡部もも学校側の信頼は高い。両親だって海外に出張中で家には不在だ。
親に対して少しの罪悪感はあるものの、跡部にとって問題はそこじゃない。テニス部の連中はそうはいかない!誕生日に二人で休めばきっとズル休みしたことくらいバレバレで、デートでもしていたんだろうとからかってくるに違いない!
・・・ああ、めんどくせぇ!

間違いなくそうなる未来に跡部は頭を抱えた。
そう思ってはいても、結局の普通ではないデートの申し出を断る事の出来なかった自分を情けなく思う。に関しては、あと一歩押しが弱い跡部景吾。
そんな彼は明日、15歳の誕生日を迎える。



――お出掛け日よりの秋晴れした日。
午前9時には跡部家を訪れた。

「こんにちはー。景吾、起きてますか?」
「あら、ちゃん?今日、学校は?」
「………」

顔見知りのお手伝いさんに、そう訊かれて、無言でにっこりと笑う
しかしこのお手伝いさんも、長年跡部との二人を見てきたわけではない。の目的を的確に言い当てた。

「もしかしてサボり?」
「…ごめんなさい」

素直に謝ったに、お手伝いさんはフッと笑って、「誕生日だし、たまにはいいかもね」と許してくれた。チョロいな…と、は内心そう思う。誰に対しても常に好印象は与えておくものである。

「景吾ー?入るよ。起きてる?」

ノックもせずに、跡部の部屋のドアを開けた。呼びかけた張本人は、まだ夢の中で幸せそうに眠りを貪っていた。

「…迎えに行くって言ったのにね。…ふふ、可愛い顔しちゃって」

久しぶりに見た恋人のその寝顔に自然と笑みが零れる。
ベッドにちょこんと腰掛けて、指にサラサラの髪を絡めて頭を優しく撫でて。もう一度名前を呼んでみる。

「景吾ー。起きて、もうとっくに朝だよ。…景吾?」
「んぅー……」

跡部は少し低血圧っぽいところがあるので、覚醒するのにやや時間がかかる。寝言か何だか解からないような声を出して、くすぐったそうに寝返りを打つ。そんなところも可愛いなんて思って、またかすかに笑いを零す。
しかし、覚醒に充分な時間が経っても、跡部が目覚める様子が無い。

「もー、起きてってば。景吾ー?」
「…んだよ…。もう少し…寝かせろよ……」

やっと起きたかと思えば、第一声は不機嫌っぽいこんな言葉。サボりは駄目だとか言ったくせに、しっかり睡眠という形で堪能している。
ムッとして、指に絡ませてた髪をクイッと引っ張った。
そんな跡部はあからさまに不機嫌な顔をして、ちらっとのほうに顔を向けた。

「もう起きてったら…きゃっ!」

いきなりにゅっと伸びてきた跡部の腕に捕まり、の身体は跡部の横に沈んだ。
つまり、添い寝状態になったわけだ。
しかもそれだけじゃない。両腕を回されて、抱き枕状態だ。

「ちょっ…離してよ!は・な・し・て〜〜!」

何とかその状態から逃れようとするが、凄い力で、身動きする事すら出来ないに等しかった。この跡部の行動は、完全にの不意を付いた。

(くっそ〜、やられた…!)

跡部の腕の中で、心底悔しい思いをしてると、耳元でボソッと跡部の声が聴こえた。眠そうに、いつもと違うどこか色のある低い声で。
長い指で首元を触られ、びくっと身体を揺らす。

「いい子だから、もう少しこのまま大人しくしてろよ…。いいな…?」
「う〜……」
「…返事は?」

跡部が腕を解かない限り逃げられないと解かって、悔しさを堪えて腕の中で頷いた。すると跡部が視線を合わせて、ちゅっと軽くキスをしてフッと微笑んだ。半分夢の中のような、色気のある顔で。そんな跡部の表情に、は自分の顔が赤くなるのを感じた。

「そう…いい子だ…」

またを抱きしめ直して、跡部はまた夢の中へと戻っていった。規則正しい寝息がすぐ近くで聴こえる。
その寝顔をじっと眺めていたら、もういいかと、ふっと身体の力を抜いた。

(まぁ、誕生日なんだしね)

抱きしめられている心地好さだろうか、うとうととにも睡魔が襲ってきた。
跡部は完全に夢の中だ。自分も少し眠っちゃおうかな、なんて思って、跡部にすり寄っては静かに眼を閉じた。跡部の清潔感のある匂いが鼻をくすぐる。
子供の頃は、よく二人で一緒に寝たっけなと、懐かしさを感じながら。



(……何だ、一体何があった…!!)

これが跡部景吾が誕生日の日に初めに思った事だ。時刻は11時。
目が覚めると、横にはの寝顔。自分の手は、しっかりとを捕らえていて。
跡部は今のこの状況が理解できずに、混乱していた。
そっとから手を解き、眠りから覚醒したての頭であれこれと考える。

昨日はは泊まっていないはずだ。なのに、なぜ今俺の部屋にいて、しかもなんで寝ているんだよ…!?マジで何があった……っ!
ハッと気付く。
が昨日、学校はサボろうと言っていた事、迎えに行くと言っていた事を思い出す。
冷静になるんだ、俺!思い出せ、何があった…?

冷静になってよく思い出してみると、この状況が理解できた。
が迎えに来たことも、自分が言った事やした事も、全て思い出した。
まぁ怒らせるようなそんな大した事はしていないだろうと、跡部は安堵の溜め息を盛大に付いた。
隣で気持ち良さそうに寝ているを眺める。
顔にかかっている髪をどけてやる。はくすぐったそうに「ん〜…」と小さく唸った。

「……こいつは…」

の無防備な寝顔を見て、跡部は常々思う。
は誰に対しても恋人である跡部に対しても、少し無防備すぎるところがる。
その無防備な姿に、襲われても文句は言えねぇなと、少しイタズラでもしてやろうかと思ったが、あまりに幸せそうに寝ているのでなんだか起こすのが可哀相に思えてきた。しかもこんなに安心しきった寝顔は滅多に見れないので、イタズラ心をぐっと抑え、もう少しこの顔を眺めていようと決めた。
とりあえず寝込みを襲うなんて真似は未遂ですんだ。
可愛い恋人の寝顔に、自然と笑みが零れる。
こんな風に誕生日を迎えたのは初めてで、でも不思議にとても満ち足りた気分だった。目覚めれば隣には恋人の幸せそうな寝顔があって、天気も良くて。
こんな気持ちになれるのなら、学校をサボるのも案外いいものかもなと、間違った考えが跡部の頭に浮かんだ。
をまた優しく抱きしめ直し、耳元で囁いた。

「…早く起きろよ。今日は楽しませてくれるんじゃなかったのかよ…?」





END








































おまけ





「なんで起こしてくれなかったのよー」
「何言ってんだ。気持ち良さそうにぐーぐー寝てたのは誰だよ」
「だって、中々起きなかったんだもん。それに人を抱き枕にしたのはそっちでしょ」

朝食ならぬ遅めの昼食を取って、二人が言い合いを始めた。
時刻は既に2時を回っている。この時間帯では、どこか遠出してゆっくりするというのは無理に近い。

「それに今日のデートはプレゼント代わりに奢ろうと思ってたのにさ」
「…………」

本来ならば、デートというものは、男が女に奢るものではないのか。
誕生日だろうが何だろうが、男が女に奢られているというのは、何とも情けない図である。
ぶつぶつとスネてしまったの腕を引っ張って、を自分の前に座らせ、後ろからを抱きしめる。

「いいじゃねーか、別にどっか行かなくても」
「でも…せっかく二人っきりでゆっくりしたかったのに。一応ね、あげるプレゼントも用意してたんだけど」

そう言って、カバンの中から小さい包みを取り出して、景吾に差し出す。
「誕生日おめでとう」と、ありきたりな祝いの言葉を言って。
「サンキュ」とこれまた普通に礼を言ってその包みを受け取った。その包みの中には、黒いリストバンドが入っていた。
そういえば以前に、愛用していたリストバンドが古くなってきていて、そろそろ新しいのに変えるかと何となく話していたのを覚えていたのか。

「ごめんねぇ。こんな誕生日になっちゃって…」

しゅんと申し訳なさそうに頭を垂れる。
そんな様子がまた可愛いと思う。に解からないように笑い、垂れてしまったの頭を優しく撫でた。

「お前が謝る事ねぇだろ。それに、こんな感じの誕生日も悪くねぇよ」
「そう……?」
「ああ。だから、そんな顔すんな。それと…プレゼント、ありがたく使わせてもらうぜ」
「うん…」

跡部がそう言うと、が嬉しそうに笑う。
その笑顔を見て思う。
本当にこんな誕生日も悪くない、と。

生まれて初めて学校をサボった日は、自分の誕生日。しかし朝目覚めれば、隣には恋人の安心しきった可愛い寝顔。そんな寝顔を見て、満ち足りた気分になる。自分の生まれた日に、恋人と二人で過ごす時間。
そんな日の天気は、爽やかな青空が広がっている。

いつものように、盛大に自分の誕生日を皆が祝ってくれるのも嬉しかったが、こんな風に平凡に過ごすのも悪くない。

隣には笑顔の
誰にも邪魔される事無く、を独り占めできる。
そんな誕生日も、悪くない。





update : 2006.10.04
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