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優越感





どこにでもいるような、平凡な私が唯一感じる優越感。
全てが私とは天と地の差がある幼なじみが私の恋人だという事だ。






お金持ちで、容姿端麗頭脳明晰、人望が厚くて、おまけにスポーツ万能、テニスに関しては超一流…。
これだけ完璧な要素が揃っていれば、さすがに言いすぎだろうと思うのが普通なんだろうけど、世の中にはそんな人が本当にいることもあるんです。
そしてそんな人…跡部景吾が、私の幼なじみ兼恋人だというだけのことだ。
しかしそんな景吾に対して、私は全てにおいて平凡で、どこにでもいる普通の女の子で。
前と変わらず、今でも意地悪で私をからかうことはしょっちゅうだけど、それでも景吾は私を大切にしてくれているのは解る。
ただの幼なじみの時と今とは明らかに違う態度だからだ。例えば、私を見る眼が優しかったり、不安になったら黙って抱きしめてくれたり、落ち込んだときがあればぶっきらぼうにでも励ましてくれたり…そんな恋人として普通の事が、私に最高の優越感を与えてくれる。




「んんー…。遅いなぁ景吾」

書き終わった部誌をパタンと閉じて、誰もいなくなったレギュラー専用部室で大きくのびをしながら独り言を呟いてみた。
景吾は生徒会の集まりとかで、部活を途中で抜けていったきり今日は戻ってこなかった。
ちら、と時計を見ると針はちょうど七時を回ったところだった。
季節も秋を感じられる風に変わって、今日は少し肌寒さを感じる。小さくクシャミが出た。
その反動でぶるっと寒さに身体が震えたとき、部室のドアがガチャッと開いた。
私の待ち人が何だか疲れた顔をして、というか不機嫌そうに部室に入ってきた。

「お疲れ。何だか疲れてるけど…大丈夫?」
「あー、まぁ何とかな…。悪ィな、待たした」

大丈夫?とは訊いたものの、明らかに疲れ+不機嫌が顔に出てる。
樺地君のサポートがあるとは言っても部長の仕事は大変なんだろうし、しかも生徒会の仕事で練習出来なかった分の自主練…。
いくら景吾でもこれだけの仕事があれば、疲れもするんだろう。

「本当に大丈夫?最近寒くなってきたし、体調崩しちゃうような無理しないでよ?」
「そんなヤワに出来てねぇし、自己管理くらい出来てる。お前こそ大丈夫なのかよ?自己管理できるような器用なやつじゃねぇだろ」

ちょっと皮肉った笑いを含みながら、こんな事を言ってくれる。
多分これも景吾なりの私への心配なんだろう。
しかし…私が心配してるはずなのに、逆に心配させてしまった…。

「私は疲れるようなことなんてしてないもん。自己管理くらい私だって…クシュッ」
「……自己管理くらい、なんだって?ったく、これでも被ってろ」
「うわっ」

呆れたようにそう言って、私の頭にのせられたものは私には大きすぎる景吾のジャージの上着だった。少し肌寒さを感じていたので、素直にそれを受け取ってもそもそと着用した。
…ふふ、あったかーい。それにいい匂い。
人肌の温もりの気持ち良さと、清潔感のある景吾の匂いにぬくぬくする。
ぬくぬく幸せ気分でいたら、いつの間にか帰りの仕度を終えた景吾が「ほら、もう帰んぞ」と声を掛けてきたと同時に手を差し出してきた。
少しぶーたれた顔をして「えーまだ寒いー」とジャージを首元までもっていくと、景吾はすたすたと私の方に向かってきて、不意打ちのキスをされた。触れるだけの軽いキスではなくて、それなりに深いキスだった。
キスを終えた後に景吾は得意気に、でも優しく笑った。
こういう風に笑う景吾に私はいちいちときめくので、逆らえた試しがなかった。
もう少しこの幸せ気分に包まれていたかったけど、ちぇっ、仕方がない。
仕方なくジャージを脱ぐとまた寒さが身を包んだけど、差し出された大きな手を握ると温かさが全身に広がっていくような気がした。
部室を出たら、刺すような風が吹いていた。
明日からはマフラーの一つでも必要かなと思いながら、温かい手に引かれながら私達は学校を後にした。








この季節になると、部活が終わる頃にはコートは綺麗なオレンジ色の夕陽に染まる。
今日も部活を終えて、私がレギュラー専用の部室に入ろうとしたら中からガックンの声が聴こえた。

「いや、大マジだって!俺見たんだから!」

…何の話をしてるんだろう?何かとんでもないものを見たかのような言い方だなぁ。
うーん、どうしよう。何となく中に入るタイミングを失ってしまった…。
と、その後に亮ちゃんの呆れた声が聴こえた。

「まさか見間違いだろ。跡部はああ見えて、案外一途だったりするんだぜ」
「そうやなぁ、跡部にしちゃ珍しく続いとるしなぁ」
「何だよ、ユーシまで!本当に見たんだって!昼休みに跡部が以外の女とキスしてるとこ!」

忍足君の後にガックンがそう言った。
……はい?何だって?誰と誰がキスしてたって?

「跡部さ、と付き合うまで何度か付き合った女がいたじゃん。俺の記憶が合ってれば、最後に付き合った元カノだよ!」

ああ、そういうことか。
景吾が誰かと付き合ってるという噂は私も聴いたことがある。
その時は景吾への気持ちが恋だと解ってはいなかったから、幼なじみが離れてくようで、少し寂しいなぁぐらいにしか思ってなかったっけ。
…景吾が元カノとキスしてたって……ぅん?ちょっと待てよ?
それって私…景吾に浮気されたってことか?そりゃ確かに今日の昼休みは一緒じゃなかったけどさ。
でもその私の疑問はすぐにガックンが消し去ってくれた。

「まぁ、跡部からじゃなくて、元カノのほうから無理矢理にキスしてたって感じだったけどさ」
「なんだそりゃ。無理矢理じゃ不可抗力じゃねぇか」

…なんとなく話が解った。
多分その元カノさんとやらは、景吾と別れたとは思ってないのだろう。
景吾はロクな話もしないで、別れを告げた。それが元カノさんにとっては納得がいかずに、ヨリを戻そうと無理矢理にキスでもしたんだろう。
景吾にキスするなんて、付き合ってもいない人がそうそう出来ることじゃないしね。

私は時々、こういった聴きたくもない話の場面に出くわしてしまうことがあった。
私という人間は決して間のいい人間じゃない。
でもこういったことは私が気を付けたってどうこうなるものでもないし、仕方がない。
ただ、景吾がらみの話は出来れば聴きたくない。
景吾に想われているという私が感じる唯一の優越感…そんな自分が何となく惨めに感じるからだ。

私は一つ、はぁと溜め息をついて、部室のドアを開けた。
そこにいたレギュラーの視線がざっと一気に私に向けられ、驚きの眼から気まずさの眼に変わった。
ガックンが小さい声でおずおずと訊いてきた。固い笑いを浮かべて。

…。今の話…聴いてた?」
「え?今のって?なぁに、何の話してたの?」

私は今の話を聴いていないふりをした。
私がいることで皆が気まずさを感じる話題なら、蒸し返すこともない。
私が聴いていない事を確認したら、ほっとした笑みを浮かべた。

「あー…いや、聴いてないならいいんだ、うん」
「えー?何よ、気になるなぁ」
「ホント、大した話じゃないからさっ。じゃ、また明日なっ!」

ガックンに続いて亮ちゃんも「お先」と部室を出て行った。
忍足君はフッと笑って私を見た。私の横を通る抜けるときに、私の頭をぽんぽんと叩いて。

「まぁ、あんまし気にすんなや。跡部の意思やないんやし。ほなお先ー」
「…お疲れです」

うぬぅ…立ち聞きしてたことバレてたのか…。
まぁあの調子じゃ忍足君以外にはバレてないんだろうけど。
私はまたひとつ溜め息をついて、誰もいなくなった部室をなんとなく見つめた。
景吾は今度は部長会議とかで、部活か終わりしだい学校の中へと戻っていってしまった。部室には誰もいないのに何となく所在無さげで部室を出て、黄金色のコートの中に立った。
ベンチに座って、綺麗な黄金色のコートを見つめた。

…部活をしてる最中は、景吾にどこか変わった様子は見られなかった。
私に対する態度も特に変わりは無く普通だった。
…何となく、気持ちが重くなる。
不可抗力だと頭では解っていても、気持ちや心は自分自身でさえ操作できるものではないから、本当にやっかいだ。
…別に、景吾を疑ってるわけじゃないんだけどね。
でも何となく、そう何となくなんだけど、少し寂しいかなってだけ。
彼女とキスした事なんて、景吾は何とも思ってないのだろう。私に対して後ろめたいと思うことあったら、何か変化が見られるはずだから。
だって景吾はああ見えて嘘とかつけないほうだし(元々嘘なんてつかない人だけど)、結構顔に出るんだよね。
…アメリカだったらキスなんて挨拶だし、そりゃ大した事ないかもしれないけどさ、生憎私は生粋の日本人なんですよっ!アメリカ人が気にしない事でも、私は気になるんだっつーの!

、そこで何してんだ?」

珍しく会議が早く終わったらしい景吾が、一人コート内にいる私を見つけた。
景吾の質問にも答えず、振り返ることもしないでコートを見つめて言った。

「…綺麗だよね」
「何が」
「コート。この季節になると夕陽でいつもコートが金色になるの。私、それを見るのが一番好き」
「そうか」

いつの間にか隣に来てた景吾が、私と同じくコートを見つめてた。
視線を私に移して、そろそろ部室に戻るぞと、私を見て笑った。

あ、その顔。
その笑顔を見て思う。この優しく笑う顔が好きだと。
金色に光るコートも好きだけど、この笑顔も好き。

部室に戻って、帰りの仕度をしてる景吾に向かって切り出した。

「ねぇ、キスしてもいい?」
「…キス?」
「そう。キス」

私からこんなことを言い出すのは滅多に無い事で、景吾は冷静にしてるようで少し戸惑ってるのも解っていたけど、そんなことなんて構わずに、私は景吾の首に腕を回して景吾の形の良い薄い唇に触れた。
あー部室の鍵閉めてないや。
そんなどうでもいいことを考えながら、私は夢中に景吾とのキスを繰り返した。
キスをしてる間はなるべく眼はギュッと閉じて。
一瞬でも眼が合えば、今私が思ってる事や感じてる事をすべて悟られてしまう気がして。

…彼女と景吾は一体どんなキスをしたんだろう?
キスなんかよりも、いっそのこと抱き合ってしまえばいいのかな。

部室の中にキスを繰り返す音が響く。
ついばむようなキスから、深いものへと変わっていく。
お互いに舌を差し出して、絡めていく。
荒くなってくる息やキスの音を聴いてると、何だか抱き合う事よりもヤラシイ事をしてる気になってくる。

「…ぅんっ…!?」

私から仕掛けたはずなのに、何故か今は体勢的に私が景吾にキスをされてる感じなのは何でだっ!
右手で頭を抑えられて、左手で腰を引き寄せられて、何だか逃げられない状態にされている。
思わずうっすらと眼を開けるとドアップの景吾と眼が合ってしまった。
一瞬だったけど、その時の景吾はニッと不敵な笑いをしていた。
何て言うか…「俺様に勝てると思ってんのか、バーカ」とでも言いたげな感じの眼だった!くっそー!キスに勝ちも負けもあるもんかっ!
しかし…すっかり立場が逆転してる気がする。
今の状況では誰が見ても私からキスしたようには見えないだろうなぁ…。
今の私は口内を舐められて、息も絶え絶えで、景吾の制服をギュッと掴んでいる。
僅かな声を出す事しか出来ない。

「はっ…ァ、ふ…んんっ…」

深く深く唇を合わせて、唾液を注ぎ込まれる。

「ン…」

飲みきれない唾液が唇を伝って落ちる。
景吾が唇を離して、その唾液を舐め取る。
情けないことにキスが終わった時には、私は景吾に掴まってて立ってるのがやっとの状態だった。
景吾をチラッと見てみると、いかにも余裕がありますみたいな態度だ。
何故だかそれがとても腹立しかった。

「…満足したかよ、アーン?」
「景吾は?…昼間の彼女とのキスと今の私と、どっちのキスが良かった?」

わざと何でもないようにニッコリ笑って訊いた。
景吾は一瞬解らないというような表情をしたが、すぐに思い出したらしい。

「昼間の?……っ!お前っ…見てたのか…?」
「ふーん…ホント、なんだ」
「………!!」

カマかけてみたら景吾にしては珍しく「しまった」という顔をした。…否定なんかしない。本当に嘘がつけない人なんだね。
ここで景吾が「他の女とキスなんかしていない」と嘘をつき通してくれれば私はそれを信じて、あんな話は単なる噂話だと思っただろうな。
けどその噂話は真実だということは、景吾の態度が証明した。

「…見てたわけじゃないのか?一体どこで」
「そんなことどうだっていいでしょ」

そっけなく景吾の言葉を途中で遮って、震える足にグッと力を入れて景吾からスッと離れた。
景吾に背中を向けて、私は自分の帰り仕度を始めた。
黙って何も言わずに黙々と仕度をしてる私に景吾が質問を投げかけてきた。

「…お前、何か誤解してんだろ」
「してないよ、なぁんにも」

その質問に私は即答で答えた。質問と答えの差は1秒もないだろうな。
しかし景吾はその答えには満足してないんだろうな。
私の答えが嘘だと言わんばかりに、強い声で言った。

「してるだろ。誤解も何にもしてねぇなら、何でそんな泣きそうな顔してんだよ」
「……っうるさい!してないって言ってるでしょ!泣きそうなんて見てもいないくせに勝手な事言わないで!!」

二人だけのこの空間に部室に私の大声だけが響いた。
景吾は何も言わないで、静かに私を見つめているんだろう。
いつもはその眼に見つめられるのが好きなのに。お願い見ないで、今はその視線が痛い。
大声を出した所為で息が切れ、ハァハァと私は息を整えた。
つんと鼻の奥が痛い。景吾の言ったとおり、私は今泣きそうな顔をしてる。
私はボソッと小さい声で話し出す。
静かなこの部室には小さい声でも充分に聴こえるだろう。

「知ってるよ。あのキスは景吾からじゃないってことも、不可抗力だってことも。…全部解ってるよ」

そう、その元カノさんが景吾にキスした理由も、私の考えで多分合ってるだろう。
私の言葉を黙って聴いていた景吾は呆れたようにため息をついた。

「解ってんならいいじゃねぇか。」

そっけなく言ったその言葉にズキンと心臓が痛くなった。
痛くなったと同時に、あまりにもそっけない景吾にムカッと来た。
浮かんでいた涙をゴシッと乱暴に拭って、くるっと景吾のほうを向いた。
薄く笑って、馬鹿にするような言い方で。

「…そうだね、景吾にとっては何でもないことだもんねぇ」
「あ?」

私のそのつっかかった態度と言い方に景吾はカチンと来たらしい。
不快感を少し顔に出した景吾を無視して私は続けた。

「キスなんてアメリカじゃ挨拶程度だし?キスの一つや二つ、景吾にとってはどうってことないんだよね〜ぇ?」
「…誰もんな事言ってねぇだろが」

景吾の声のトーンが下がってきた。どんどん怒ってきたのが声に表れてきた。その声に少しドキッとしたけど、私はそんなことなんてお構いなしで、さらに続ける。

「私にはそう聴こえたけど?私以外の誰とキスしようとばれなきゃ大した事ないと思ってるんでしょ。そうなんだよね!」
「ふざけんなっ!」

そんな景吾の怒鳴り声にも私は怯まない。
何よ、怒りたいのはこっちなんだよ?逆切れしないでよ。

「あ〜はいはい、すいませんでしたねぇ、こんな事でぐちぐち言ってさ。気にしてた私が馬鹿でした!キスくらいどうって事ないんだったら、私が景吾以外の誰かとキスしてもどうってことないんだよねっ!」

最後のほうは完全に涙声になってた。
景吾から身体ごとそらした。また鼻の奥がつんと痛む。涙が眼に溜まっている。その涙をぐいっと乱暴に拭いた。何故だか泣いてたまるかと思った。
そして涙声のまま、私は声の限りに叫んだ。

「私が誰かとそんな事しても景吾は気にも留めないんだよねっ!!」
「いい加減にしろっ!!」

私の叫び声よりも大きな景吾の怒声が部室に響いたと同時にロッカーを叩きつけるガンッとすごい音が聞こえて、私は思わずビクッと身体を強張らせた。
こんなに大声を出させるほど怒らせたのは久しぶりだ。これほどの景吾の怒鳴り声を聴いたのは、一体いつ以来だろうか。
一呼吸置いて、今度は打って変わって静かに訊いてきた。

「…お前、俺を馬鹿にしてんのか?」
「馬鹿になんかしてないもん。馬鹿にしたり冗談でこんな事言ったりしない」

景吾が静かに質問してきても、その声には怒りがたっぷりと含まれていた。
景吾が本気で怒るとかなり怖い。
でももし私がここで折れて「もういいよ」なんて言ったって、景吾は納得なんかしないだろうな。

「でも…どうして景吾が怒るの?怒りたいのは普通こういう場合私じゃないの?」

私は涙が少し乾いたのを感じて、くるっと景吾のほうに向き直った。
景吾は真っ直ぐに私をその瞳に映している。
…いいなぁ、いつもその瞳には強く迷いが無くて、自信が満ちていて。
だけどね、世の中そんな人ばかりじゃないんだよ?

「私はね、景吾とは違うんだよ?いつでも自信一杯の景吾と違って、私はこういったつまんない事で不安になったりするんだよ。あんな綺麗な人とキスしてて、その事をあんな風に軽く交わされちゃ不安にもなるよ」

下を向いて、今までの景吾とのやり取りを思い出す。
…何やってんだろう、私。格好悪いったらないよ。
本当は解ってるんだ。これは単なる嫉妬で、私はあの彼女に焼きもちを焼いているんだ。
だって…景吾の元カノって綺麗な人だった。「平凡」なんて言葉とはかけ離れている感じの人。私にはその言葉が一番ぴったりなのに。
二人が付き合ってるとき、「お似合い」だって言われてたの知ってる?
不可抗力だって解ってても…やっぱり不安になる。

「不安…ね。馬鹿か、お前は」
「ば…っ馬鹿って何よ!」

人が真剣に悩んでる時に、馬鹿って…!
しかも呆れたような、大きい溜め息付きで!失礼な!
しかし、さっきまでの怒りはどこへやら、見上げた景吾は私の好きなあの優しい笑顔だ。
不覚にもその顔にドキッとしてしまった。

「あんな女はもう関係ねぇよ。お前は自信もって俺の傍にいればいいんだよ。胸張って自惚れてろ」


……何てこった。
景吾のこんな一言で今まで感じてた不安が消えてなくなったなんて。
そうだ、今はただの幼なじみだった頃とは違うんだ。
今は私の想いは一方通行じゃない。この想いを受けとめてくれる相手が目の前にいる。
そして景吾はその想いを伝えてくれる。
そういえば、ガックンからその話を聴いた友人達は、少しも景吾の事を疑ってなんかいなかったっけ。
私なんかよりもその友人達のほうが景吾の事を解っているのかもしれない。

多分これからもつまらない事で悩んで嫉妬して不安になったりするんだろう。
でも今日の事を教訓に、そんな事があった時は目の前の相手を信じてみようと思う。
私だけに向けられるであろう、その笑顔を信じてみよう。



「それにしてもお前、キスくらいもう少し上手くできねぇのか」

その帰り道、景吾がこんな事を言い出した。

「しょ、しょうがないでしょ!自分からするのなんて慣れてないんだから!」

自分からキスする事自体、ほとんど初めてという私にはあれが精一杯だったんだ。
途中からは景吾にリードされてたし。

「ったく仕方ねぇな。今から俺の家に来い」
「へ…?何で…?」

景吾は何を思ったのか、私の手をいきなり掴んで足早に歩き出した。
な、何だろう…。なにか不吉な予感がするのは何でだろう…?握った景吾の手がいつもより熱いのは何で…?
くるっと景吾が振り向いて、ニヤッと笑いながら言ってきた。

「今から直々に俺様がお前を教育してやる」
「は…い?」

ヒィーッ!!ニヤッて…笑顔がものすごく怖いんですけど!さっき部室で笑った優しい顔の人と同一人物だとは思えないよっ!周りが暗いだけに、何だか邪悪な雰囲気まで感じるよ!
しかも教育って…何言っちゃってんの、この人!一体何するつもり!?
言われたときは一瞬何を言われたのか解らなくて、頭の中その言葉ばっかりぐるぐる回ってて、理解した後には混乱が襲ってきた。抵抗らしい抵抗も出来ずに跡部家に到着してしまった。
…私、ピンチですか…?

幼い頃から頻繁に跡部家に出入りしていた私はお手伝いさんとも顔見知りで、景吾と一緒に帰ってきた私を怪しむどころか「いらっしゃい」と笑顔で歓迎してくれた。
自分の身の危険を思ってか、愛想笑いしか返す事しか出来なかった。

「…景吾〜?」

景吾の広い部屋で所在無くポツンと小さく立ち尽くす。見慣れた部屋も、今の私には監獄のようだわ…。
景吾はそんな情けない声を出した私を見て、フッと笑う。

「安心しろ。キス以上の事はしねぇよ」
「あ、そうですか」

その言葉にほっとして胸を撫で下ろし、安心したのもつかの間でした…。
景吾は涼しい顔でとんでもない事をサラっと言った。

「キスだけでイカせてやるよ」
「……へ?」

先程部室でしたキスよりも濃厚なキスが降って来た。
あまりにもとんでもない事を言われた所為なのか、返って思考が冷静に動いた。
今日のケンカは私の自分勝手な嫉妬をしたせいで、酷い事もたくさん言って景吾を怒らしてしまったわけで…。
だからね。
今日は抵抗なんかしないから、景吾の好きにしても良いよ?君のとんでもない事にとことん付き合うよ。
ふと景吾の顔を見ると、とても安心したような表情をしていた。
こんな景吾の顔を見るのもきっと私だけなんだろうなと思うと、久しぶりの優越感が沸いてくる。
ふかふかの気持ちのいいベッドに私の身体が沈む。

ふふ、どうせキスだけでなんて我慢できなくなるんだろうな。キスだけなんて言ったこと後悔してるんじゃないかな。
でも今日は私が悪いから、しょうがないから折れてあげるよ。
景吾の首に腕を回して、笑って言った。

「…満足させてくれるのかな?」
「……上等だ」





END




update : 2006.04.11
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