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Re-じれったい奴等め


 後にそのことを永四郎に愚痴ったら、「それは自業自得と言うんですよ」と本気で呆れられた。

 俺たちがそこを通りがかったのは、昼休みに貸した教科書を返せ、と部活が終わった後になって思い出したように知念が言ってきたせいだった。いや、お陰と言うべきか。
 とにかく、それを一番に目撃したのは二階廊下の少し先を歩いていた俺だった。
 急いで引き返して、遅れて歩いてきた知念に小声で訴える。

「でーじやっさーっ!」

 知念は俺の必死の剣幕に怪訝そうな顔をしたが、俺が静かにするようにというジェスチャーをしながら忍び足でもう一度そこへ向かおうとすると、黙って俺の後についてきた。まあ、コイツは普段から無口な奴なんだけど。
 俺は一つの教室の前ドア窓からそろりと中を覗き込む。そして、知念を手招きした。
 知念も俺の頭の上から中を覗き込む。そして、元から無表情だった表情をさらに強張らせた――と思う。俺は中の様子に釘づけで、知念の表情の変化なんか窺ってる余裕はなかった。

 その教室の中には、部活が終わるなり誰よりも先に着替えて猛ダッシュで帰ったはずの裕次郎と、つい先日裕次郎の彼女になったというちゃんがいた。
 いるだけならいい。単にお手て繋いで笑い合ってるだけなら別にいい…どうでも。それなら俺だってこんな風にコソコソせずに、スパーンと割り込んで冷やかすくらいしてやるさ。
 問題は、二人が向き合って、裕次郎がちゃんの肩に手を置いて――そう、今まさにキスをしそうな体勢でいるということだ。
 さっき、中の様子に釘づけで知念の表情を窺ってる余裕はないとか思ったけど、あれ嘘かもしんねぇ。何つーか、確認するのが怖い。

 でも今さらここから移動する気も起きなくて、背後の知念に密かにビクビクしながら成り行きを見守っていたが、どうにも事が進まない。二人とも目を開けたまま静止画のように固まって、一向に動き出す気配がないのだ。
 ファーストキスか。怖気づいたばぁ、裕次郎?
 俺は二人を凝視したまま、外の工事の音がうるさくて声を潜める必要なんてそんなにないのに、できるだけ小さな声で誰にともなく問いかけた。

「…アイツらの後ろ頭をムリヤリ押してやりてーと思うのは俺だけか?」
「いや…俺も出来るならそうしたい」

 返答なんてないと思っていたのに、ちゃんの兄貴的ポジションにある知念が俺の意見に賛同したことに少し驚いた。
 ――ああなるほど。兄貴だもんなお前。どんなに複雑でも、可愛い妹分の幸せが第一ってことか。損な性格やしぇ。

 そんな感想を抱きながらヤキモキして見守っていると、やがてちゃんがつま先を上げて背伸びをし、自分から裕次郎にチュッとやった。そしたら何でだかイラッときた。

「…キスしたらしたでムカつくのは何でだろな」

 と今度は何か同意が欲しくて思わず知念に顔を向けると、無表情は変わらずも知念の空気が不機嫌に澱んでてギョッと怯む。やっぱコイツも何だかんだ言って、ちゃんが裕次郎とイチャついてたら腹立つんじゃん。大人気ないどぉ、オニイチャン。
 知念は俺の心中の揶揄なんぞ露知らず、じっと二人を見つめている。俺も向きを戻して中を覗くと、二人は互いにはにかんで笑い合って何かぼそぼそ話してて、ああ、他人のラブシーンなんか見るモンじゃねーなとしみじみ思った。特にアイツらは見てると痒くなる。

 突然、知念が俺の襟首を掴んで、元来た方向へ俺を引っ張って歩き始めた。驚いて声を上げそうになったけど、両手で自分の口を塞いで寸前で止める。ここでアイツらにバレたら気まずいじゃ済まない。
 とりあえず知念に引きずられるままに階段の辺りまで来てから、俺はようやく声を出した。

「ぬーやが!」
「…あのまま教室の前にいたら二人が出てきてた。は俺に見られてたなんて知りたくないはずさー。教科書は明日でいい、帰る」

 それだけ告げて、人をネコみたいに引きずった謝罪もなく知念は階段を下りていった。

 ……あーっもう、どいつもこいつもめんどくせーヤツら! あっちはキス一つでヤキモキさせられて、こっちに至っては兄妹なのかただの幼馴染みなのかそれともただの男女なのか、ハッキリしれ!
 確かに本当の兄貴でも妹のラブシーンなんぞ見たくもないし見ていたことを知られたくもないだろうけど、ぬーが、俺が知念のダブルスパートナーなら少しは気を遣えとでも言うのか? ああ永四郎なら言いそうだクソ!
 こんな理不尽なわじわじーを押しつけられるくらいなら、覗き見なんてしなけりゃよかったさー!

 ガラッ、と離れた場所でドアが開く音がした。マズい裕次郎とちゃんが教室から出てきたんだと思った時には、俺も反射的に階段を全速力で駆け下りていた。
 ――でーじ、理不尽だ!





END





「でーじやっさー」=「大変だ」
「わじわじー」=「怒りの気持ち・ムカつく気持ち・ちょっとムカついた時にも使える」
update : 2007.08.20
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