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Re-あと、10センチ


 デジャヴでも見ているのかと思った――これは、前回と同じ状況だばぁ…?

 今日は部活が早めに終わるから一緒に帰ろう、といった部分はとりあえず同じだった。だが今回は、何か奢るから、と餌をぶら下げはしてない。彼氏彼女として、交際の一環としての誘いだ。は当然のように頷いてくれたし……
 そう思ったところで、自分の口元が緩んでいることにはたと気づく。慌てて引き締めて、教室の中に足を踏み入れた。
 一歩歩くごとに足音も衣擦れの音もするのに、さらに言えば学校の近くで工事をやっててうるさいくらいなのに、の周りだけ時間が止まったように静かだ。まーた熟睡してんだな。
 窓に頭をもたれさせているのも同じだし、無防備だし――ホント、しょうがないヤツ。

 俺もあの時と同じようにの前の席に座って、の寝顔を眺めることにした。ああやっぱり可愛いな、と目を細める。
 でも今度は、寝込みにキスしてやろうなどとは少しも思わなかった。付き合ってるんだからそのうち自然とそういうこともあるだろうと楽観して余裕ぶってるわけじゃない、今この時に必要な行為だと思わないからだ。今の俺にとっては、こうしての寝顔を眺めたりして幸せを噛み締めることの方が、寝込みを襲って欲望を満たすよりもよっぽど重要なだけだ。

 俺、大人になったなぁ……フッ、と大人な溜め息を吐いてみたりしても、無意識に動いた手は、大人とは正反対の行動をとっていた。
 のおでこを、指先でツン、と突つく。そうすればの頭は簡単に後ろにカクンと傾く。

「――ふぁっ!?」

 そうなれば自然と目が覚めるのは道理で、は驚きの声を上げて咄嗟に頭を前に起こした。
 その驚きっぷりがおかしくて、俺は声を上げて笑う。
 は首の後ろを押さえながらじとーっと非難の目を向けてきた。

「しかまさんけー! ひどいあんに裕次郎、もっとマシな起こし方してよー」
「ハハッ、悪ぃ悪ぃ」

 寝顔を見るのもいいけど、目を開けて俺を見てほしいと思ったなんて言えやしねぇ。どこのいなぐまさーさー。自分がサムい。
 は拗ねたように首をさすって、ぶつぶつと文句を言う。

「前は顔に落書き未遂で、今度はイジメ? もうっ、首痛いやっしー」
「…ラクガキ?」

 何のことだ、と素で訊き返しそうになって、自分が墓穴を掘ってしまったと気づいた。
 落書き未遂って、正確に言うとあのキス未遂のことですか? は、あの時俺がキスしようとしていたと知っていながら、顔に落書きしようとしていたということにしておいてくれたのに、蒸し返してどうするんだ俺!
 ――いや、違う。蒸し返したのは俺じゃなくて、俺じゃなくて……

 は口を尖らせたまま机の横にかけてあったカバンを取って、横髪を耳にかけながら立ち上がる。まるでデジャヴを見ているかのようだと思った。
 チラッと見えたの耳は赤かった。余計なことを言ってしまったと後悔しているように。

 俺は席を立って、さっさと廊下へ逃げようとするの腕を掴んでその場に引き留めた。
 そしてその次のセリフは、本当に、自然と口をついて出てきた。

「キスしてもいい?」

 はすぐには俺の言ったことが理解できなかったようで、俺を見上げてぽかんと呆けた数秒の後、いきなり顔をカッと真っ赤に染めた。
 金魚のように声もなく口をぱくぱくと開け閉めして、自分が今は声が出せる状態にないとわかると、唇をぐっと引き締めるに留めて、大きく頷いた。

 そういう状況になって初めて、内心俺は焦った。
 了解してもらえた場合のことも、断られた場合のことも、何も考えてなかった。
 強いて言うならば、その答えだけで充分、みたいな――いやいやいや、男としてそれはどうだよ。据え膳食わぬは何とやらさぁ!

 は赤い顔をしたまま、じっと俺を見上げて待ってくれている。
 俺は覚悟を決めての両肩をしっかと掴んで、顔を近づけようとした。
 でも、あと少しというところで止まる。緊張のせいかが目を閉じてくれなくて、俺も緊張のあまり閉じてくれとすら言えなくて。お見合い状態だ。
 ちゃーすがちゃーすが、と混乱してる頭に、教室の時計の秒針の音がやけにデカく響いてくる。

 まばたきすら忘れてカラカラに乾いた目に、の肩を掴んでいる手以外にはどこにも触れていないはずの身体に。
 視界の変化をその目に捉えさせたのは、新たな感触をこの身体にもたらしたのは。もっとずっとたくさんの情報を俺の五感に与えたのは。

 ちょこんと背伸びをして、自ら俺に口づけてきたに他ならない。





END





「しかまさんけー」=「驚かさないで」
「いなぐまさー」=「女たらし」
「ちゃーすが」=「どうしよう」
update : 2007.08.20
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