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Re-この関係に名前を
      付けるとするならば


 隣の家から同い年の幼馴染みが出てくるのを玄関前で待つのが俺の一日の始まりだ。
 うきてぃー、と朝の挨拶を交わして、並んで通学路を歩く。とはコンパスの差が大分あるので、俺は一歩を小さくゆっくりにして歩幅を合わせた。
 こうして共に学校へ通うのは小学生の頃から変わらない。中学に上がってから俺は部活の朝練があって出かける時間はかなり早まったのに、それでもは寛と一緒に学校へ行きたいと頑張って早起きをしている。
 が幼馴染み離れ出来ていないと言ってしまえばそれまでだが、変わらない事を俺自身が嬉しく思っているのも否定出来ない。いつか離れていく時が来るだろうが、それまでは、傍で見守っていてやりたいのだ。
 む…幼馴染み離れが出来ていないのは俺の方かもしれないさー…
 肩より下の位置にあるの頭を見下ろして独りごちると、ん?とが俺を見上げてきた。
 何でもないと言うように首を横に振って答えながら、の様子がいつもと違う事に気がついた。何やらウキウキしているような、今にも駆け出したくて堪らないような浮き足立った雰囲気。遠足前か旅行前かって感じだ、珍しい。

「…、何かいい事でもあったばぁ?」

 俺が訊ねると、はえへっと小さく笑って、ショルダーバッグの吊り紐をきゅっと掴みもじもじと弄り出す。変だ。どこをどう見ても変だ。
 訝しんで横顔に目を向ければ、ふっくりとした頬はほのかに赤らんでいた。
 ……これはあれか、甲斐関係か。それにしたって、がここまで明瞭に読める程はっきりと表情に出した事などなかった。今でこそ解かりやすくなったが、が甲斐に特別な感情を抱き始めている事を俺が感知出来たのは長年の付き合いがあったからこそで、当初は本人を含め他の誰も気づかなかったくらいなのだ。その落差は大きい。

「…んと、ね…寛には、一番に言おうと思ってたんだ」
「うん」
「あたしね…裕次郎とお付き合いすることになったさー…」

 驚かなかったと言えば嘘になる。現在の時点での方から告白する事はないのは解かっていたので、あの甲斐が告白なんてよく出来たなと、そちらに感心してしまった。
 嬉しそうに報告してくるに、よかったな、と言って頭を撫でてやる。

 ――ここで一つ予言しようか。甲斐は、ごく近いうちに、俺に挨拶しに来る。アイツは俺をの保護者か何かだと思っている節があるからな。
 複雑ではあるが、逆に俺に何も告げないままと交際されるというのも何やら腹立たしい。
 …こんな感情を抱く俺は、やっぱりの保護者でいるつもりなんだろう。

 しみじみとそんな事を考えて通学路の向こうに視線を遣ると、えらく見覚えのあるシルエットが自転車に跨り、猛スピードでこちらへ走ってくるのが見えた。
 気がついた時には自転車はもう、すぐ近くにまで迫ってきている。俺達目掛けてまっしぐらにペダルを漕いでいるのは、紛れもなく甲斐だった。

 まさか、こんなすぐに現れるとは流石に思わなかった。
 予想を裏切らない甲斐の行動もあれだが、それを見事に当ててしまった自分にも軽く脱力してしまう。

 甲斐は俺達の目の前に辿り着くなり自転車を無造作に立て掛けて、身体の横に手をぴったりくっつけ、深々とお辞儀をしてきた。

「――お義兄さんっ、を俺に下さい!」
「…何のつもりさー」

 俺が駄目だって答えたらどうする気やっさー。と言うか誰がお義兄さんなんだ。
 当事者のは、唐突な甲斐の言動に唯々呆然としていた。無理もない。俺も呆れてる。

「ハハハ、いやぁ、将来の予行練習にと思ってよー…」

 悪びれなくそんな事をぬかす甲斐の横っ面を何となく一発すぐりたくなったが、がいるのでやめておいた。
 それに、「将来の」と、を末永く大切にしてくれるような拙くも率直な言葉が存外嬉しかったというのもある。
 甲斐にを任せるのは不安だが、を任せられるのは甲斐しかいないとも思っている――本人達には口が裂けても言わないが。

 目的を遂げて満足したのか、甲斐はようやくに向かって照れ混じりに挨拶をした。の方はいつも通りに見えなくもないが、やはりどこかもじもじしている。
 その初々しい遣り取りを横目に、を泣かせるような事なんぞがあったら思う存分甲斐をボコろう、などとこっそり決意してみた。

 ああ。俺は過保護な小舅になる予感がひしひしとするさー…





END





「うきてぃー」=「おはよう」
「すぐる」=「殴る」
update : 2007.08.15
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