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目が合わせられないのは


 ついに……やっちまった。
 自分の腕の中に収まっている小さな身体は、未だにぴくりとも動かない。の両腕は自由なはずなのに、拒絶して突き飛ばすでも俺の背中に回すでもなく、ただ力なくだらりと身体の横に下ろされているだけで。唯一感じられるものは、体温と静かな息遣いだけだった。
 それに引き替え俺はどうだろう。力を入れていなければ手は震え出しそうで、の肩を強く掴んでごまかしている。きっと痛いはずだ。悪いと思っていながら力を弱められないのは、この状況を冗談に変えられなくなるのが怖いっていう、俺の弱さに他ならない。
 ああでも、そんなごまかしは無駄なんだって頭ではわかってる。
 には聴こえているだろう、伝わっているだろう、早鐘を打つ俺の鼓動が。

 そもそもどうしてこんなことになったのか、なんて思い返してもどうしようもない。
 俺は衝動的にを抱きしめてしまった。そして引っ込みがつかなくなってしまった。ただそれだけだ。
 は最初に、なに?と訊いてきたのに、俺が何も答えないでいたらそのまま黙り込んでしまった。
 それまでずっと普通に話をしていたのに、今はお互い無言のまま。まるで先に動いた方が負け、というゲームでもしているみたいに、俺たちは膠着している。

 どうすればいい。謝って放せば何とかなったであろうタイミングはとうに過ぎ去ってしまった。
 つーか、俺はどうしたいんだ。どうしなければならないんだ。この状況を作ったのは間違いなく俺。だから俺がどうにかしなきゃいけないのに。
 俺は往生際悪く、逃げ道を探してる。
 自分への怒りに唇を噛み締める。そうしたら余計に腕に力が入って、が微かに呻き声を洩らした。俺はハッとして、戒めを解こうと力を緩める。
 それなのに、は俺を逃がさないように背中に腕を回してきた。俺よりもずっと劣る力だ、けど必死で、痛い。
 この時になって俺は、もう逃げることが許されないのだとようやく悟った。

 の横髪に鼻から下を埋め、軽く息を吸い込む。甘い香りが胸一杯に広がり、それだけで救われたような気がした。
 白状する、と耳元で呟くと、はビクッと身を震わせた。

「俺はが好きだ」

 思いのほかあっさり言えて、本音を吐露したら力が抜けた。あれだ、刑事ドラマとかで犯人が涙ながらに罪を自供してくず折れる感じ。黙っていた時よりも言ってしまった後の方がスッキリするってとこまで同じだと思う。
 たまらなくの顔が見たくなって、俺は腕を完全に離した。のに、は俺にしがみついて離れない。

「…?」
「ズルい…あたしはズルいさー…」

 懺悔するように呟かれた声はくぐもっていて、聴き漏らさないように俺は静かに耳を傾ける。

「ぬーやが、それ」
「裕次郎が言うまで黙ってた。知らん振りしてた」
「…うん。それで?」

 続きを促すと、は俺の身体をぎゅうぎゅう締めつけ額を胸にぐりぐり擦りつけてきた。ちょっと呼吸が苦しいけど、さっきまで俺もにそうしていたのだから我慢する。
 は震えていた。泣いているのかと思った。でもどうやら、力の入れ過ぎと緊張のせいらしい、と次のの声でわかった。

「あのあた、あ、あたし、あたしね…」
「俺が言うのもなんだが、落ち着け」

 に落ち着けと言う日が来るとは思わなんだ。どっちかっていうといつも俺の方がうろたえてて、は涼しい顔をしているばかりだったのに。
 俺の力でこれだけの動揺をに与えられたことは、何だか誇らしくもある。
 この反応だけで、答えなんていらないほどに満足かもしれない。

 愛しくて、行き場を失って宙に浮いていた手を動かしての髪に触れたら、その瞬間いきなりドーンと突き飛ばされた。ちょっとショック…これは照れ隠しと捉えていいんでしょーか神様。拒絶だったら泣いてもいいですか。
 は俯いたままで、髪に隠れて表情も窺えない。

「……あたし、」

 ――うん、うん。よーっくわかったから。ああ顔がニヤけそうやし俺。
 とりあえず愛しのさん、どうか面を上げて、目を合わせてはくれまいか。





END




update : 2007.06.03
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