「…げ」
おいおい、人の顔を見るなりご挨拶やしぇ裕次郎くんよー。なに、俺に見られたくなかったわけ、その彼女。
永四郎の命令で知念とダブルスを組まされ、しょーがねーから親睦でも深めてやろうと街に繰り出すと、女連れの裕次郎と遭遇した。あからさまに顔を引きつらせる裕次郎を見て、今一緒にいる女子が、部活で時折裕次郎の話題に出てくるとかいうクラスメイトなんだとあっさりわかった。
俺の口元が意地悪い笑みに歪む。
ちゃんはひろしーとか言いながら知念に駆け寄りにこにこ挨拶を交わしている。その隙に俺は裕次郎の首に腕を回して知念たちに背を向け、ヒソヒソと話しかけた。
「えー、お前の彼女ぉ?」
「ああああらん! まだそんなんじゃねえ!」
ほうほう、「まだ」ね。動揺は命取りどぉ、裕次郎。
俺はニヤニヤ笑いながら、肩越しに後ろの二人を盗み見る。仲良さげだ。
「んじ、なら知念の彼女ばぁ?」
裕次郎はさっきよりも一層激しく、あらーん!と小声で怒鳴った。あいつらは幼馴染みなだけで兄妹みたいなもんなんだしょうがないんだとか訊いてもいないことをぶつぶつ説明し始めたが、その自分に言い聞かせるような様子は滑稽で、いっそ清々しい。
なんか、ここまでわかりやすいと憐れみすら誘うな。
裕次郎を宥めるようにまあまあと肩を叩いて、まだ仲良く話している後ろの二人に向き直った。知念とちゃんはかなり身長差もあって、裕次郎の希望通りまあ兄妹のように見えなくもない。
俺はちょっと屈んでちゃんと目線を合わせ、愛想良く声をかけた。
「ちゃん、はじみてぃやーさい。俺、平古場凛な」
ちゃんはぽかんと俺の顔を見つめていたが、その焦点が徐々に顔からズレていっているのが目の動きでわかった。目線は顔のちょっと上だったり、横だったり、首元だったり……一体どこ見てんだ?
まさか見てはいけないものが見えちゃってるんじゃないだろうなと怪訝に思って眺めていると、ちゃんは突然俺と目を合わせて、にっこりと微笑んだ。
「凛くん、髪きらきらできれいやっさー」
一同フリーズ――したと思う。んな風にいきなりストレートに褒められたのは初めてで一瞬時が止まったぞ、おっかねえ。
なぜか少し照れが生じたので、軽く目を逸らしてどーもと応える。と同時に、横からドンッと体当たりされて身体がよろけた。つーか地味に痛ェんだけど。
わっさいびーん、なんて白々しく謝る犯人を睨みつけるが、そいつは既に俺を無視していた。
「、そろそろ行こーぜ」
「あ、うん。じゃあ寛に凛くん、バイバイ」
こちらにひらひらと手を振るちゃんの空いてる方の手を引いて、裕次郎は大股で歩いていく。正直ムカついてたけど、今度倍にして返してやろうと決めたらいくらか落ち着いた。
「なー知念、あいつらどこ行くって?」
「甲斐の奢りで食べ歩きするらしい。は喜んでたさー」
「ふーん……ちなみにそれって、どんな風に?」
長躯を仰ぎ見て問うと、知念は遠ざかっていく裕次郎とちゃんを微笑で見送り、ただ沈黙でもって俺に答えた。おお、兄貴の目だ。
俺はもう一度ふーんと相槌を打ち、知念と同じようにめんどくせー二人を眺める。
勢いで手を繋いでしまっていたことに気づいた裕次郎が、慌ててちゃんの手を放す。が、ちゃんは裕次郎の手を捕まえてわざわざ繋ぎ直した。途端、裕次郎の動きがぎこちなくなる。
…痒い。痒すぎるぜお前ら。
なるほど。確かに彼氏彼女というには決定的な何かが足りないらしい。
どっかの我輩な猫みたいに、あいつらの関係に名前は「まだ」無いってことなんだろう。
END
本文中の沖縄言葉解説(※作者はネイティブではないので使い方が正しくないかもしれません)
「あらん」=「違う」
「んじ」=「そうなの?」のように確認、同意を求める相槌
「はじみてぃやーさい」=「初めまして」
「わっさいびーん」=「ごめんね」