8月1日12:30
「まったくお前は…俺に一言も相談もなしに…」
私は跡部のロッジで、すっかり完治したらしい跡部にくどくどと説教されていた。
怒ってるのは主に、比嘉中の三人に無断で合宿の秘密をバラした事――なんだろうけど、この合宿での私の行動は一任されているはずだから、跡部のこれは単なる八つ当たりというか、長太郎君から私の伝言を聞いてよほど気が揉めていたんだろう。
もう十分近くも説教(後半は愚痴)を続ける跡部に、私はようやく口を挟んだ。
「…ねえ、バラしちゃいけなかった?」
その問いかけに、跡部は眉を顰めてぐっと黙った。今までのお小言の嵐が嘘のように止んで、ロッジ内は静まり返る。
――答えは「ノー」だ。あの時はああするべきだと私が判断したのだから。
跡部が私を心配してくれてたっていうのは解かるんだけど(だから黙ってありがたく愚痴を聴いていた)、何故そんなにも過剰に不機嫌なのかが不思議なのだ。
跡部は私をじっと見据えた後、不意に視線を外して溜め息をついた。
「……お前を、ここに連れて来るべきじゃなかった」
――それはまるで死刑宣告のような呟き。
暑くて堪らない南の島にいるはずなのに、指先が急激に冷えていく。
「な、に…それ…?」
カラカラに渇いた喉から、掠れた声を絞り出した。
かつてないほど情けない声が出てくるのが解かる。跡部の存在は謂わば、私の最後の砦のようなものだったから。
跡部に否定されたら、私はどうすればいいの。
「全然、役に立てなかったって事…? やっぱり私…いらなかったの…?」
「そんな事は言ってねえ」
「だって跡部は、私が、ここへ来なければ良かったと思ったんでしょう?」
「違うッ!!」
私の言葉を遮るように跡部が怒鳴る。怯んで口を噤んだ私を見て跡部は「あぁクソッ」と悪態をつき、伝わる言葉を探し出そうとするように髪を掻き毟った。
「…お前が要らないわけじゃない。ただ…お前が泣いたり、辛い思いをするくらいだったら、連れて来るべきじゃなかったと言いたいんだ」
「それって結局、私が期待外れだったって事じゃない」
「違う、現実の話だ。お前はここにいる間…辛かったんだろ。なのにそんなお前にネタ晴らしなんて嫌な役を押しつけちまった。本来なら俺の仕事だったはずなのによ」
やっと、跡部の言わんとするところが何となく理解出来たような気がする。きっと跡部は、手塚君から昨晩の私の事を何かしら聴いたのだろう。それで、こんな事を言い出したんだ――責任を感じて。
馬鹿だなあ、跡部。…いや、馬鹿は私か。どっちもどっちか。
「違うよ、跡部」
「アン?」
「辛いからって言って逃げてたら、私こんなに強くなれなかった」
矛盾してると思う。こんなに弱みばかり見せてきたのに、強くなっただなんて。
でも、ここに来て解かった事がある――私は弱い。それに気づけただけでも、ここへ来た意味があったんだ。自分の弱さを認めた分だけ、強さを知ったんだ。
それだけは、誰にも否定させたりしない。
私が精一杯強がって笑って見せると、跡部が、さっきよりも深く溜め息をついて呟く。
「やっぱり、連れて来るべきじゃなかったな…」
また私の血は冷えていくけど、もう傷ついたりはしない。跡部の心遣いも解かってるから。
ただ今の呟きは私に言ったというよりも、何だか独り言のように聴こえた。
私は跡部の顔を覗き込んで、いつもの調子で訊ねてみる。
「どうして?」
「……お前を狙う輩が増えるからだ」
「……は?」
『狙う輩』? 何それ。まるで私がモテてるみたいな言い草じゃないの。
思いっきり怪訝な顔で跡部を見遣る。すると跡部はもっと怪訝な顔で私を見てきた。と言うか、呆れてる?
「自覚はねえのか」
「何の?」
一言ずつの応酬をして、再び互いに眉を寄せお見合いをする。
やがて謎の沈黙に耐え切れなくなったのか、跡部が「もういい」と一方的に匙を投げた。私はまだ納得してないんだけど、説明してくれるつもりはないらしい。
そして次には、ものすごい上から目線で命令をしてきた。
「いいか、ここから帰ったら、お前は氷帝のマネージャーだからな」
「何を突然、当たり前の事言ってるの」
「…氷帝(うち)だけの、マネージャーだ」
――何を、子供みたいな。
当たり前じゃない。誰が何と言おうとも、私は跡部に認めてもらった氷帝のマネージャーなんだから。心配しなくても、勝手にどこかへ行ってしまったりなんてしないよ。
こうして私の一番居たい場所で、私を必要としてくれてるのに。
跡部のその言葉だけで、私がどれだけの嬉しさを感じているか解かる?
誓うよ。日常へ帰れば、私は氷帝だけのマネージャー。
だからさ、私を連れて来なければ良かったなんて、もう言わないで。
私はここに来て良かったと思ってる。
私、ここにいる皆が好きなんだよ。
END