8月1日21:00
その日の夜ミーティング、跡部は初日の遭難から今までの真実を明かし、合宿の残りの日にちは通常プログラムに移行する事となった。つまり薪や食料を集めに行く必要がなくなり、その分本来のテニス練習に専念出来るという事だ。
まだ合宿は続くけれど、ようやく肩の荷が降りて私はホッとしていた。
久々の贅沢な食事を終え、羽目を外した何人かがまだ食堂に残って騒いでいる姿を微笑ましく思いながら、そことは対照的に閑散とした広場へ向かう。
広場の中央には、初日から絶やさず焚いていた焚き火がある。そしてその傍らには、火の番をするように慈郎がひとり座っていた。実際、今日のこの時間の焚き火番は慈郎だったはずだ。
私はゆっくりとそこへ近づき、そっと声をかける。
「隣、座ってもいい?」
軽く眠っていたのか、慈郎はぼんやりとした眼差しをこちらへ向け、へにゃっと笑って頷いた。
慈郎の隣に座り、しばらく無言で焚き火の炎を眺めていた。パチパチと木が爆ぜる音、炎の揺らめきに、解放され浮ついた心が鎮まっていく。
そうして、私はぽつりと呟いた。
「黙ってた事…怒ってる…?」
この合宿の真実を、守り続けた事を。しかし、訊いておいてなんだけども、慈郎が怒っているという事はないだろうと確信出来るから困ったものだ。私は甘えている。
思った通り、慈郎はゆるゆると首を横に振ってのんびりと答えた。
「んーん、ぜんぜん。よくわかんないけど、必要なことだったんでしょ?」
必要な事、と。別の人から聴いたばかりの言葉を慈郎からも聴かされハッとする。
迷いなくそう言えるのは、これも跡部を信頼している証なんだろうか。それに引き替え私はどうだったろう。独りでがむしゃらになったり、ひとに心配かけたり、勝手に落ち込んだりして、空回ってばかりいた。
慈郎みたいに、ただ素直に跡部を信じていれば良かったんだ。でもそれも全部終わった事。これは独り反省会ものだわ。
私が軽くヘコんでいると、慈郎は私の顔を覗き込んで言った。
「ねえ、はどうしてこの合宿に来ようと思ったの? やっぱりさ、女の子には大変だったんじゃない?」
「……不純な動機を言わせてもらえば、慈郎の近くにいたかったの。昨夜、跡部が毒蛇に咬まれたでしょ? もしもああいう事が慈郎の身に降り懸かってしまった時、すぐに駆けつけられる距離にいたかった」
単純な、それ故に明確な動機。それが唯一だった。
なのにどうしてだろう、今はそれだけじゃないような気がする。自分の節操のなさに呆れて自嘲が零れた。
「はは……でもね、いつの間にか皆の手伝いをするのが楽しくなっちゃったんだよね」
肉体的にも精神的にも辛かった。でもそれ以上に、氷帝だけでなく他校の人達と話をしたり、力を合わせて何かをやり遂げる事が楽しくて仕方なかった。
何だか私はかけがえのない、とても貴重な経験をしているような気持ちなのだ。きっとそれは気の所為なんかじゃない。
慈郎にまで白状して後ろ暗いものが全て無くなり、清々しさまで感じてしまう。
そんな私の横顔を、慈郎は穏やかな眼差しで見つめてくれていた。
「俺ね、のそういうトコ好き」
「え…な、何が?」
「いつも一生懸命だよね」
率直な言葉に私が情けなく狼狽えると、満面の笑顔でそんな風に返してくれる。
それしか取り柄がないもの、なんて言ったところで照れ隠しにもならないんだろう。
「一生懸命っていうか、本当にただ楽しんでたの、充実、満喫してたの。本当にそれだけで」
賛辞を素直に受け止められなくてあれこれ言い訳を重ねようとする私に、慈郎が「うん」と一言だけ頷けば、途端に私は何も言えなくなってしまう。
遣り込められ俯いて黙っていると、慈郎の両腕が伸びてきてぎゅうと抱き込まれた。
「おつかれさま、。これからもよろしくね」
慈郎のあたたかい言葉が沁みて、胸がいっぱいになった。
この上ない労いは、今までの疲れも緊張も呆気なく解きほぐしてしまう。
慈郎はまるで、ここが帰る場所だよと示す灯りのようで。私は布団にダイブするかの如く力を抜き、その安らぎに身を委ねた。
END