かじかむ手を擦り合わせる。
吐き出す息は先程までは白かったが、既に身体の芯から冷えてきたので、やがて目には見えなくなり、私はその見えない息をぼんやりと見上げた。
…何やってんだかなぁ私。
もう二時間、ここでこうしている。
周りには私と同じく待ち合わせの人がいっぱいいて、その誰もが、多少の遅刻はあっても待ち人と会う事が出来、私の目の前から消えていっていた。
私は幸せそうな顔をして去っていく何組ものカップルを見送りながら、彼らに反比例するかのように、自分の気分がどんどん深く落ち込んでいくのが解かった。
いい加減、フられたんだと自分でも認め始めてきたわ…
クリスマスなのになぁ…
深呼吸に近い溜め息を吐くと、微かにちょろっと白い息が出た。
もう帰ろうと、壁にもたれさせていた背中を浮かせた。
無意識に彼の姿は見えないかと周囲に視線を巡らせていて、自分の諦めの悪さに気づいて呆れてしまう。引き際って大事よ。
軽く頭を振って顔を上げると、私は元来た道を歩き始めた。
だが。
すぐそこの建物の角を曲がった瞬間、見慣れた色の髪がいきなり視界に入ってきた。
その横顔は、紛れもなく私の待ち人。
私は一瞬息を吸い込んで絶句した後、止めた息を吐き出しながら叫んだ。
「――…キヨっ!?」
私の声に気づいたキヨは勢い良くこちらを向き、私と同じように目を見開いて一瞬言葉を失った後、どっと肩の力を抜かせた。
「はぁ…よかったー……フられたかと思ったよ」
「それはこっちのセリフ! だって、私あっち側でずっと待ってたのに!」
びしっ、と先程まで自分がいた場所を指差して言うと、キヨは困惑したように言い返してきた。
「え、俺はこっち側だと思って待ってたんだけど…」
「それでも! それでも…ちょっとあっちを覗くくらいしたっていいじゃない…
私、もしいなかったらと思って、ガッカリするのが嫌で、動きたくても動けなかったんだから…!」
わがままな事言ってるって自分でも解かってる。
でも更にわがままに、涙なんかが溢れてきた。さっきの悲しさからなのか、今嬉しいからなのか解からない。
ああ、ここが極寒の地だったらこんな涙、一瞬で凍ってくれるのに。零れ落ちたりしないのに。
キヨは慌てて私に近寄り、手袋を脱いで私の頬を撫でた。ひやっとして、その冷たさに背筋が震えた。
キヨの手は手袋をしていたというのに、冷えきった私の身体と何も変わらなかった。
キヨも私と同じだけ、私を待ってたんだ。
そう解かったら、ますます泣けてきた。
「ごめんね、泣かないで?
俺も、ガッカリするのが嫌でさ…あっちを見に行けなかったんだ。ごめん」
「……冷たい」
「えっ!? あ…そうだね、俺って冷たいよね…ごめん」
「違うよ。手が、冷たい」
言いながら、頬に触れているキヨの手に自分の手を重ねて擦り寄せた。
キヨはすまなそうに笑って、私の顔を覗き込む。
「…君の手も冷たいよ。頬も、冷えきっちゃってる」
「さっきまでは、心も冷えきってたよ。でも…今はあったかい」
「私こそごめんね」と言って、私はキヨに抱きついた。
私が先にあの場を離れてしまったのは、キヨを信じきれていなかったからに違いない。裏切ってしまったような気がして、それも含めての「ごめん」。
でもあの時私が諦めてなかったら、もっと待つ羽目になっていたかもしれないわけで、ちょっと複雑だけど。
キヨは私をぎゅっと抱き返すと、嬉しそうに「許す!」と言ってくれた。
「――さて、それじゃまずは、身体もあったまれる所に行こうか?」
身体を離し、私に手を差し出してキヨはニッコリ笑った。
私は差し出された手を握りしめながら苦笑を返し、歩き出す。
「…キヨが笑顔でそういう事言うと、何かヤラしい」
「ひどいな〜。…まぁ、そういう意味も含んでるけど〜」
「……」
「…ダメ?」
私がジト目で睨むと、キヨはかわいこぶってご機嫌を窺ってきた。
何だかおかしくて、私はぷっと笑いを洩らす。
「いいよ。今日はクリスマスですから」
「ホント? あはっ、クリスマスだもんねぇ」
本当はクリスマスなんて関係ないんだけどね。クリスマスは恋人たちの為にあるわけでもないし。
ただ、二時間分の淋しさが、今日がクリスマスだからという理由だけで埋められるのなら。笑い合えるのなら。
なんてお手軽で幸せな事だろう。
「…キヨがここにいて、よかった」
私にしては珍しく、素直にそんなセリフが出た。
だってキヨがいなきゃ、今この幸せは得られなかったもの。
微笑んでキヨを見上げると、キヨは決して寒さだけではならないくらいに頬を赤くしていた。
ちら、と私の方を見て、呟いた言葉が
「反則…」
、だ。
キヨは嬉しそうな笑顔をマフラーに隠して、私の手を握る力をきゅっと強める。
それだけで、キヨの照れが私にも移ってしまい、顔が熱くなった。
そんな私の様子を見て、キヨは、ふっと笑う。
「…かわい」
「ど…どっちが反則だか…」
キヨはクックッと喉を鳴らして、おかしそうに笑い出した。
「なんか、もう、あったまる必要ないくらいだね」
「さ、寒いもん!」
「そう? 俺暑いや」
「寒い! だから…ちゃんとあっためてよね!」
言ってしまってから自分の発言にハッとして、窺うようにキヨを見たら、先程よりもずっと真っ赤になって驚いていた。
「…大胆」
そう言ってキヨは私の肩を抱き寄せ、頭を擦り寄せてくる。
そして淋しくなった私の手の中に、プレゼントらしき袋を押しつけてきた。
開けていいよと言われて、歩きながらゴソゴソ中の物を取り出すと、そこからはあたたかそうな一組の手袋が。
「君ってさ、普段手袋してないから」
「あ、ありがとう…」
それは、キヨと手を繋ぐ機会が増えればいいなって思ってたから、わざと…なんだけどね。
「俺がいない時に、着けててね?」
「!?」
っていうか…もしやバレてた…?
くぅ、敵わないなぁ…
悔しさをごまかす為、これみよがしにその場で手袋を着けてやった。
でも今は肩を抱いてる状態だから、キヨは別段気にしないようだったけど。
「…あったかい」
「俺の手の代わりだと思ってて」
…キヨの手、ね。
思わず笑みを洩らしながら、手袋を着けた手を表裏表、と眺めていると。
ちゅっ、と音を立てて、キヨが頬にキスをしてきた。
「メリークリスマス」
今日がクリスマスだからという理由だけで、こんなにも満ち足りた気持ちになるのなら。
プレゼントもケーキもいらないから、毎日がクリスマスだったらいいのに。
…なんてキヨに言ったら調子づくから言わないけど、キヨといる時間は、本当に心地好くて、幸せなんだよ。
君も、そうだといい。
そうしたら私だけじゃなく、ふたりで、もっとあたたまっていくだろうから。
END
********************
後書き
何も考えず小説書くもんじゃないですね。何だこれ、いろいろと恥っず。
最初は、ヒロインもキヨも別の人と付き合っててお互いにフられた、って設定のつもりだったんだけど、完成版の方がそれなりにラブラブでいいじゃないか、と思わないでもない。
Fortunate warmth=幸せのぬくもり