サロッティ『1989*1』について
 
 
 ここに取り上げる邦訳書の原著(Mary Elise Sarotte, 1989: The Struggle to Create Post-Cold War Europe, Princeton University Press, New and revised edition, 2014)は、1989-90年の冷戦終焉/ドイツ統一の過程を詳細に描き、その後の国際政治の展開についても興味深い示唆を与える好著である。もっとも、ソ連の内情に踏み込もうとした個所については若干の不満があるが、一人の著者にあまり多くのものを求めるわけにはいかず、これは本書全体からいえば小さな瑕瑾というべきものだろう*2
 この興味深い作品がこのたび邦訳された。これは大いに歓迎されることだが、実際に読んでみると、相当あちこちに引っかかるところがある。翻訳というのは難しい作業であり、どんなに努力しても完璧ということはありえない。私自身、これまでに何度か翻訳をしたことがあるが、誤訳・不適訳をしてしまったり、こなれない生硬な文章を書いて批判を受けたりといった経験は何度もある。だから、あれこれの不完全性をあげつらっても仕方ないとは思う。ただ、文章の意味が原意から大きく曲かけ離れてていたり、およそ意味をとりづらい文章になっていたりする場合には、一応指摘しておいた方が他の読者のために親切ではないかとも思う。ということで、いくつか気になった問題点を列挙してみたい。小さな疑問点を片っ端から挙げていたら膨大になってしまうため、特に気になる個所に絞るが、それでも以下に見るように相当多数の個所に関わる。
 
 上巻、19頁、12行目に「壮大なヴィジョン」という言葉があり、数行後には「大胆な」という言葉が出てくる。原文では、前者はheroic model、後者はheroismである。同じ(ないしは同系統の)単語に常に同じ訳語を当てねばならないということはないが、これは本書の中心概念の一つであり、第3章のタイトルにもこの語が使われていることを思うなら、原著者があえて同じ言葉をキー概念として繰り返し使っていることを明示した方がよいのではないだろうか(192頁では「野心的」という、もう一つ別の訳語が当てられている)。heroic modelとは一種の比喩的な表現であるため、どう訳すべきかは迷うところだが、壮大さと無謀さ(非現実性)がともに含意されていることを考慮するなら、「ヒロイック・モデル」「ヒロイズム」あたりが妥当ではないだろうか。「壮大なヴィジョン」という訳では、「感動的ではあるが、成功可能性は低かった」という著者の考えがうまく伝わらない。
 
 上巻、37頁、1-6行目。ここには幾重もの問題がある。「選挙が進行していたとしても」とある個所は原文ではeven asであり、「まさに選挙が進行している時期だったのに」という意味だろう。続いて「ソ連の指導部が武力を行使する方がいいと思うプロセス」とあるが、これはprefer toの意味を逆にとったものとみえる。実際には、「ソ連指導者(定冠詞付きの単数形なのでゴルバチョフを指す)にとっては暴力よりも連立政権の方がよい」という意味である。「いずれにせよ、起きるべくして起きたのである」という文言はどこにも対応する英文がなく、どこから出てきたのか分からない。この個所を全体として訳し直すなら、「天安門で死者が出たのは、まさにポーランドで選挙が行なわれ、その結果、連帯が旧指導者と協力して権力を握る――そのことはゴルバチョフにとって暴力よりも好ましいものだった――というプロセスが進んでいた時期のことだった」という風になるだろう。邦訳書ではいくつもの誤訳が重なり、ゴルバチョフが武力行使を志向していたというとんでもない文章になってしまっている。
 
 第1章の注30(巻末、逆ノンブルで14頁)。「遅れてくる者は命をもって償うことになるであろう」。この非常に有名な文句はいろんな訳し方があるが、基本は「実生活によって罰せられる」ということであって、「命をもって償う」などという話ではない。
 
 上巻、41頁、10-13行目。「ほかの場所でも抗議デモの参加者を武力で弾圧する行動指針とすることはできたが」とある。原文はcould have set the agendaだから、「できた」ではなく、「そうなりかねなかった」の意だろう。
 
 上巻、47頁、最後から3-4行目。「この支援表明によって、ヤルゼルスキは僅差でかろうじて大統領に当選した」。原文はThis support may have helpedとあり、「この支援が大統領当選を助けたのかもしれない」の意だろう。どうもcould have とかmay have といった表現のニュアンスに無頓着であるように見える。
 
 上巻、49頁、1-4行目。原文にない言葉が補われていて、却って意味の通じない日本語になってしまっている。何度読み返しても、これは何を言いたいのか分からない。単純に原文に即して、「西ドイツ領土の幅はロング・アイランドと同じ程度であるにもかかわらず」とした方が分かりやすいのではないか。
 
 上巻、52頁、8-9頁。「アメリカは、レーガンが数々の印象に残る発表を行った後の新たな状況に大いに関心を示していた」とある。これはレーガン期とブッシュの態度の違いに関する著者の指摘を見落とした誤訳であるように思われる。訳し直すなら、「アメリカ〔ブッシュ政権〕は現状維持(status quo)に関心を示していた。これはレーガン期のドラマティックな声明があった後の新しい態度〔補っていうなら、現状変革から現状維持への後退〕だった」といったあたりではなかろうか。
 
 第2章の注2(巻末、逆ノンブルで26-27頁に当たるが、そのうちの27頁の14行目)。「譲歩を積み重ねてゆくゴルバチョフ」という個所は原文に該当する表現が見当たらない。原文ではドイツ語からの引用が長く続いていて、正確に読み取るのは難しいが、おそらく該当個所は「外交的な綱引き」の意であるように思われる。
 
 上巻、85頁、最後から3行目。「旧来の党派の分断に橋を架けて」。「分断」という訳語は言葉のニュアンスとして強すぎる表現であり、それでは架橋のしようもない感じになってしまう。原語はold dividesだが、「それまでの分岐」あたりが適当ではないか。
 
 上巻、86頁、3-4行目。「アメリカは故意に西ドイツとの関係を断絶した」。この訳文はそのまま読むと、まるでアメリカが西ドイツと断交したみたいでびっくりさせられる(「断絶」に当たる個所の原文はdisengaging)。しかも、原文には「西ドイツ」に当たる語句がない。そのすぐ後に「援助を申し出」とあるが、これも原文にはない。訳し直すなら「〔ヨーロッパの情勢から〕距離をおいてきたが、一歩踏み出す必要を感じた」といったあたりだろう。
 
 同じ頁の11-12行目。「当初、ミッテランには他の選択肢を考慮する余裕があった。しかし、その後すぐに、ドイツ統一の可能性と向き合わなければならなくなる」。どうしてこういう訳になるのかよく分からない。訳し直すなら、「ミッテランはドイツ統一の展望に関して、最初のうちは代案を考えたが、やがて受け入れざるを得なくなった」あたりだろう。
 
 上巻、124頁、8行目。「許可よりも許しを請う」とある。これでは日本語として意味がよく分からない。前者はpermission, 後者はforgivenessだが、ここは多少言葉を補わないと意味が通じにくいだろう。「あらかじめ許可を得ることはしないで、後になって、事後通知になってしまったことについて許してもらう」といった感じだろうか。
 
 上巻、148頁、4-5行目。「既存の社会主義政権にではなく」とあるが、if not in existing socialist regimesなので、「既存の社会主義体制にではないまても」と訳すべきだろう。
 
 上巻、165頁、9行目。「密かにリトアニアを訪れていた」。personallyを「密かに」と訳しているが、この訪問は秘密でも何でもなかったので、「ゴルバチョフ自ら訪れた」とすべきだろう。
 
 上巻、167頁、2-3行目。「彼の代弁者であるラファエル・フェドロフ」とある。deputyを「代弁者」と訳しているが、これは「次官であるフョードロフ」とすべきだろう。
 
 上巻、172頁、最後から5行目。「あらゆる問題でゴルバチョフに反対した」とあるが、「あらゆる」ではなく「多くの」である〔なお、原著者サロッティ自身がファーリンとゴルバチョフの差異をやや誇張気味に捉えている節があるが、その点には立ち入らない〕。ついでながら、その数行前の「最高評議会」は「最高会議」と訳した方がよい。
 
 上巻、173頁、6-9頁。この訳文は混乱していて、意味のよく分からない文章になっている。なるべく忠実に訳し直すなら、「もしゴルバチョフがこのアイディア〔サッチャーやハードのアイディアを指す〕を知っていたなら、それと自分のアイディアが重なっているのに利用しなかったということになる。彼はまた、彼のアイディアと多くの東欧指導者たちのアイディアの間にある共通性を強調する機会をも逸した」といった感じになるだろう(ここには原著者の捉え方自体にも疑問があるが、立ち入らない)。
 
 同じ頁の最後から6−7行目。「ほとんどすべての共産党員と政権指導部を」とあるのは、「党と政府の指導部の大半を」という意味である。なお、ファーリンがそのように「批判している」と現在形で訳されているが、wouldが入っているので、「後に批判することになる」とすべきだろう。
 
 下巻、4頁、4行目(小見出し)。「二と四を合わせるとNATOになる」。これは日本語として意味が通らない。「「二プラス四」〔東西両ドイツと占領四大国〕という定式はNATOと同じことだった」、といった感じだろう。
 
 下巻、7頁、最後から2-5行目。この個所は混乱していて、日本語として意味が通らない。訳し直すなら、およそ次のようになるだろう。「二プラス四の会議をいつ始めるかは問題ではなかった。というのも、二プラス四は実のところ大して重要ではなかったのだ。ブッシュとコールは二人だけで重要な決定を片付けることになる。それでも彼らは、他の国々が少なくとも自分たちの声も聞かれたと感じるようなフォーラムを公的に奨励しているかの外観をとる必要があった」。
 
 下巻、24頁、最後から1-2行目。後段の節の主語thatが訳されていないが、これがないと意味が通りにくい。その点を補うなら、「そのこと〔ブンデスバンクの反対〕は政治的には問題でなかった」となるだろう。
 
 下巻、40頁、6-8行目。日本語として意味が通りにくい。訳し直すなら、「ゲンシャーがなおもNATO拡大を制約しようと努めていること――その路線をコール自身、2月にはまだ承認していたのだが――に反撃するための更なる梃子を得た」という風になるだろう。
 
 下巻、58頁、6行目。「ファリンのようなソ連の軍高官らや、時代遅れの外交政策の専門家」とあるが、これではまるでファーリンが外交官ではなく軍人だったみたいな表現になってしまう。正しくは、「軍指導者たちや、ファーリンのように今や時代遅れとなった外交専門家たち」となるだろう(ここでも原著者の捉え方に疑問があるが、立ち入らない)。
 
 下巻、59頁、3行目。「ドイツ統一を認めたのは大失敗だった」とある。原文に「認めた」に当たる語句はない。原文は、German reunification had become a fiascoである。訳し直すなら、「ドイツ再統一は大失敗となってしまった」とでもなるだろう。補っていうなら、ドイツ統一は1990年初頭には不可避となっており、それ自体を認める/認めないは問題ではなくなっていたが、「どういう条件を付けて、どのような形での統一に至るのか」という問題をめぐる交渉において失敗してしまったというのが、ここでファーリンが述べていることである。
 
 邦訳とは別に原著自体の問題だが、下巻の61頁や87頁に、コールをはじめとする西側政治家たちがリトアニアに独立宣言撤回を要求し、実現させたとあるが、これは正しくない。このときリトアニアに要求され、実現したのは、独立宣言そのものの撤回ではなく、その履行の一時的モラトリアムということである。リトアニア国内では、モラトリアムにもかなり異論があったが、まして撤回などは絶対に受け入れられないという考えが圧倒的であり、かろうじてモラトリアムによって一定の妥協が取り付けられたというのが、ことの経過である。
 
 下巻、66頁、10行目。「分離独立派の武装蜂起」とある(原語はseparatist uprisings)。確かにuprisingは「蜂起」を指す単語だが、この言葉はしばしば比喩的な意味で使われ、文字通りの武装蜂起ではない反乱・反抗を指して使われることもある。このケースに即していえば、一部に武装の動きが見られ始めたとはいえ、基本は平和的な独立運動が中心だったから、それを「武装蜂起」と訳してしまうと、事態を誇張して描き出すことになる。
 
 下巻、135頁、1-3行目。この個所は混乱していて、日本語として意味が通らない。訳し直すなら、およそ次のようになるだろうか。「この問いへの答えは、1990年以降の時期によって、また諸国の間でも、議論が分かれているように見える。だが、〔答えが一義的でなくても〕この問いは重要である。というのも、そこから、NATO拡大に関する非常に多様な評価が帰結しているからだ」。
 
 下巻、139頁、最後から2行目。「NATO拡大にとどまらないロシアへの贈り物」。これは、「止めどないNATO拡大その他のロシアへの贈り物」と訳すべきだろう〔「贈り物」は反語的表現〕。
 
 特定の個所に限られない一般的な問題として、allianceという言葉が常に「軍事同盟」と訳されているのも気になる。本書で問題となっている時期には、NATOについてもワルシャワ条約機構についても、従来の軍事を第一義とした機構から軍事色を薄めた政治的機構への変革という構想が議論されていたから、militaryという形容詞抜きのallianceを常に「軍事同盟」と訳すのは問題だろう。また、the alliance というように定冠詞付きの場合は、大抵は文脈上NATOを指しているので、はっきりとNATOと訳したほうが分かりやすい。
 
 全体的特徴として、わりと意訳調の個所が多い。そのこと自体は決して悪いことではない。学術書の翻訳は往々にして直訳調になりがちで、日本語として読みにくい悪文になる傾向があるが、できれば読みやすい日本語にした方がよいし、そのためには時として意訳も必要となる。しかし、原著者の意図がよく分からずに勝手な思い込みで意訳をしたとおぼしい個所があちこちにあり、これではおよそ原意が伝わらない。
 
 はじめに書いたように、どのような翻訳といえども完璧ということはあり得ず、大なり小なり誤訳・不適訳を含むから、そのこと自体を責めても始まらない。ただ本訳書においては、あまりにも不適訳あるいは日本語として意味の通らない表現が多すぎるように思われる。本書を読む際には、原著を横に置いて見比べながら読んだ方が無難だろう。
 
(2020年4月)

*1メアリー・サロッティ『1989――ベルリンの壁崩壊後のヨーロッパをめぐる闘争』上・下、慶応義塾大学出版会、2019年(私の手もとにあるのは、2020年2月刊の第2刷)。
*2同書への私の全般的評価については、かつて書いた小文(このホームページの「新しいノート」欄に収録)を参照。