生徒指導通信 9
カリーンさんと狩猟民族
朝、職員室に入るとわたしの机の隣に、外国人講師のカリーンが座っていました。わたしを見るなり「お・は・よ・う・ご・ざ・い・ま・す」と元気に、カリーンさんが、あいさつしてくれました。やや、その迫力に押され気味に「おはようございます」をわたしも返します。カリーンさんは、本地区の中学校を短期に訪問して、英語の授業のとき、本場の外国語を生徒教えてくれているのです。今の中学生は、外国人を見てもそんなに物怖じしませんね。2年生の女子や男子生徒が職員室にきて、楽しそうに話をします。
わたしが生徒だった時分は、外国人なんて発見すると、走って逃げたものです。カリーンさんの人柄もあるのでしょう。満面の笑みを浮かべて、お話しをしてくれるのです。女性で、異国の地にいても、あんなに人の心をリラックスさせて表情豊かにお話ししてくれるんです。たまりません。
「せんせい、しゅみは?」とカリーンさん。
「んー。なんだろうなあ?」とわたし。
「じゅぎょうで、せんせいあてるクイズをつくるんです。」と、にっこりカリーンさん。
「そうですか。じゃあ、わたしもクイズ作りにHelpしますよ。」と、見事な英語で答えようとする、浅はかなわたしです。
「オー。サンキュウ!」またも、屈託の無い笑顔で返されてしまいました。一本とられたなーと思うわたしです。
ところで、最近、顔の無い生徒たちがいるんです。もちろん、目や鼻、口はありますよ。表情、そう表情が無いんです。怒ったり、泣いたり、喜んだり、そんな心の状態を顔で判断できない生徒たちが増えているんですよ。そんな、顔の無い彼らは、「クールでかっこいい」と思っているのかもしれません。「楽しいか?」と尋ねると、「うん」と無表情に答える。生徒だけでないのかもしれませんが、そんな人間が世の中に増えているように思います。
そういえば、ロッカーで着替えているとき、美術のI先生からこんな事を教えてもらったことがありました。
「しかし、最近、顔に色を塗ったり、剃ったり、耳に穴をあけたり、そんなことが増えてるよね。」とわたし。
「それね。人間の本能なのかもしれない。ほれ、アフリカの原住民なんか、目の下にペイントしたりするでしょう。きっと時代が、古代に返っているのだよ。」とI先生。
「そうか!鼻の下さ骨刺したりするもんな。原始人と同じなんだ。」と完全に納得したわたしです。
狩猟民族における、ペイントと顔の無い生徒をつなげるのは、やや強引なのかもしれませんが、どちらも顔の表情を悟られないようにするのは似てるんじゃないかと、わたし思うんですね。日本の歴史にもありますよ。能面の面も表情が全く感じられませんよね。十二単を着ていた頃の平安貴族は、眉毛を剃るんです。自分が、誰を好いているのか悟られないからだそうです。
こんな事を考えると、今の子ども達は、一体何に、自分の心を悟られないように防衛
しているのでしょう。
うれしい瞬間に、うれしいと喜びを表現するのは、いけないことだと感じているのでしょうか?
くるしい時に、「俺は苦しいんだ。助けてくれ」と悟られることは、恥なのでしょうか?
わたしは、にんげんだものにんげんらしくあって欲しいと願っていますよ。
顔の無い生徒の心は、表にだせないほど濁っているとは思えないんですね。
眉毛の太さが細くなるに従い、聞こえてくる言葉は「むかつく」「かったるい」です。もっともっと、自分の弱さをさらけだしてもいいのに・・・。
一体何に恐れ、何を信じているのでしょう?中学生たちよ!
いよいよわたしも、おじさんの領域に入ったようです。
「ど・う・も・あ・り・が・と・う」と2日間の仕事を終え、カリーンさんが別れのあいさつをしてくれます。やや緊張気味に「ご苦労様でした。」と教頭先生。
「じゃあ、またね。気をつけて、Good Bye」とわたし。
「Good Bye!!」と、大きく手を振って、カリーンさんが答えてくれました。
職員室の窓から、家路に帰るカリーンさんを見ていると、小雨の中でも楽しそうです。背中でわかりますよ。にんげんだなー。「バスの時間を待つのも、全然平気な人なんです。」と職員室の奥の方で英語のS先生が話してくれました。
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