生徒指導通信 19

 

本物だ!本物だぞ!

 「先生、ほれ!」

金メダルを、預かった。教員3年目の秋。わたしは、本物のロスアンゼルスオリンピックの金メダルを抱いて、寝ていた。

 何の感動もしない生徒達。以前、この通信で話しましたが、当時わたしは、地域にある、ごくごく普通の家に下宿させてもらっている居候の身分でした。その年、同期採用の体育教師が転任してきて、いっしょに下宿生活をしていました。彼は、筋肉隆々のむきむきマンなんです。それもそのはず、中学生より体操競技をはじめ、大学は日本体育大学の体操部でした。あの池谷幸雄の直接の先輩にあたるんですね。

 彼は、佐渡出身。わたしは、庄内地方出身。彼もわたしも、今住んでいる最上地方なんてさっぱり知らなかった。よそものなんです。そんなこともあってか、何かと情熱むきだしで、朝まで最上地方の教育を変えようと熱く語ったものです。わたし:「何にも感動しねのが、がまんできね。」

彼:「本物だ。本物しかねなだ。」

わたし:「んだ。本物だ!本物だぞ!」

なんか盛り上がって、「本物」という言葉に、2人とも夢中になったんですね。たまたま、当時使っていて道徳の副読本にロスアンゼルスオリンピックで金メダルをとった、柔道の山下泰裕さんの話が載っていたんですが、「おら、金メダルなんて知らねもん。」と生徒は無関心。そうなってくると、エネルギッシュだった我々2人は。「よっしゃー。金メダル見せてやる。」って、ますます熱くなってしまうんです。今考えても恐ろしいですね。

 彼:「あのさ、俺の先輩に、具志堅幸司がいるんだ。いつかお前のところさいぐぞ!っていってたから、金メダル持ってきてもらえっがも。」

わたし:「具志堅選手っていうと、あの体操のか?よし、やるべ!」

 もう誰にも止められません。次の日、学年主任と校長先生にお願いしました。主任もなかば呆れ顔でしたが了承してくれましたね。ところが、校長からはお許しがでないんです。講演料で心配しているんですね。もうあんなに盛り上がって計画を立てた若輩者ですから、止められません。

「何が講演料だ。俺ら2人分のボーナスをつきこめばいいなだ!」そして、情熱いっぱいの手紙を書いて、具志堅さん(当時全日本男子体操チームの監督でしたが)をよんじゃったんですよ。本当に。

 山形空港に迎えに行った時、「なーに、金ないらねがらな。」と具志堅さんは言ってくれましたね。その夜は、瀬見のグランドホテルに泊まってもらいました。

 「ほれ、先生。中学生によっく金メダル見せてやってや。」大阪弁で具志堅さんは、何の注文もなく、わたしに金メダルをわたしてくれるんです。今でも、眠れずに金メダルを胸に抱いて、狭い下宿の部屋に寝ていたことを憶えていますね。

 次の日、朝自習の時間、担当だった2学年5クラス全員に手渡しして見せましたよ。さすがに、生徒も緊張気味でした。

 6時間目は、具志堅さんの講演です。下宿人の彼がロスオリンピックで使われたファンファーレのテープを鳴らし、わたしが入り口にいる具志堅さんに照明をあてるんです。時間もなく勝手に企画したものですから、全てこの下宿人2人でやります。そしたら、なんと具志堅さんは、体育館の後ろの入り口からステージの上まで、逆立ちして歩いてくれたのです。感動です。あれが世界一の逆立ちかって、生徒も仰天です。これぞ本物の逆立ちなんです。なんか目頭が熱くなりましたよ。講演の題目は、「限界への挑戦!」です。胸には、やっぱり金メダルがかかっています。

「ありがとうございました。」終わった後、下宿人2人は、具志堅さんにかけよって、手をついてお礼を言いましたよ。

「また来るよ。」具志堅さんは、その日のうちに飛行機で、全日本の合宿地に戻りました。

 

生徒:「先生の歌、いっけよ!」

わたし:「うれしいな。他の人はどうだった?」

生徒:「・・・。」

生徒:「愛がいいよ。愛が」

わたし:「詩が大切なんだよ。詩が」

生徒:「先生が、愛なんて使うとは思わねげもん。」

生徒:「ふるさとって、ちょっとね・・・。チョウダサって感じかな」

 

 実は、わたしが詩を書いて、音楽のH先生に曲をつけてもらい、オリジナルの合唱曲を作りました。数日間、夜遅くまで、詩をイメージして書き上げたんです。H先生も同じですね。曲を作るまで、産みの苦しみでしたが、まあまあ気に入っていますよ。音楽の時間、全校生徒に聞いてもらっています。「なんか、またおもしろい事やってるぞ。」って笑われているみたいです。

 本物を体験させるのに必要なものは、金や時間じゃないんです。

 やる気というエネルギーだけなんです。

 

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