社会科(古代国家の歩みと東アジア世界)
平成17年5月20日実施
授業者 S・H 教諭
文責 高橋 晋作
【授業の様子】
T:さて、今日のポイントは、この時代の貴族の生活、さ、教科書の食事をみて、どう思った。
S1:いろんなメニューがある
S2:器が豪華
S3:贅沢そう
T:じゃあ、家は?
S1:でかい
S2:豪華
T:豪華ってどうかくんだっけ。情けない。
S3:広い
S4:建物が何個もある。
T:広さ書いてあるでしょ
S:6万平方メートル
T:正確に測ったわけではないけど、この学校の敷地全部くらい。
T:じゃあ昨日貴族は何人いるって話した?
S:300人くらい
T:じゃあ、給料がどのくらいか調べてきた人いない。
S:最上級の役人で、4億円くらい
T:松井選手くらいの給料だ
T:じゃあ、どうして貴族は贅沢な暮らしができるの?時間あげます、さあ考えて。
※
普段の授業から取り組んでいるのだろう、スムーズに生徒たちが話し合っている。
T:どーんな手をつかってもいいから、自分なりの考えをみてください。あの、座ってなくてもいい。
※
生徒、歩き回って聞きあっている。
T:はーい、OK。ようやく顔の表情が緩んできたね。能面でやってはだめ。
※授業者は、絶えず表情を重視して授業を行っている。
S1:農民の負担だと思う
S2:同じで、農民がたくさんの税を納めているから贅沢ができる。
T:どうですか?
S:そうです(声をそろえて)
T:どんな税か調べて
T:そこで、農民になってもらう。そこに暮らす人になってもらって、一言。笑点みたい。はい、どうぞ。
※3人くらい挙手
T:じゃ、隣近所と話し合いどうぞ
T:意見交換できた?誰がいいかな?
S1:逃げたい
S2:やりたくない
S3:逆の立場になってみたい。
T:わかる?貴族に感情を込めて言ってみて
S4:逆の立場になってみろ
T:いいね、実感がこもっているね。
T:それがわかってくれればOK。黒板に、“墾田永年私財法”と書く。
T:どんな法律?
S1:耕したものは自分のものになる。
T:どう?
S:いいです。(声をそろえて)
T:土地って、誰のものだったの、今まで?これは、すぐ調べられるね。どうぞ。
S:教科書、資料集で調べはじめる。
T:さて、土地は誰のもの?
S:なかなか挙手があがらない
T:隣近所と話し合って
※
生活班をスタートに話し合う
S:天皇、国
T:それを何ていうの?
S:公地公民制
T:この法律(墾田永年私財法)できると、世の中どう変わりますか?これを考えよう。
S:各人が教科書、資料集で調べ始める
T:正直にわたしの力では無理という人
※
10人
T:そういう時はどうするの?先生に「わかりません、時間ください、相談させてください」と言うの。
それでは、相談してください。
T:この法律(墾田永年私財法)できると、世の中どう変わりますか?
S1:大きく崩れる。用語辞典の言葉でなく、あなたの言葉で。
T:なんで?
S2:もともとは、土地は天皇のものだけど、自分の私有地が増えてしまったから公地公民が崩れる
T:まだわかっていない人いるぞ。誰か?
S3:土地を借りなくてもいいくなるから
T:開墾して、あなたのものにしていいですよと聞いたら、この時代の人は何を考える?
S4:私有地を広げる
T:どうですか、みなさん。私有地を広げるね。これでいいかな?じゃ、公地公民制の目的は?
S5:豪族の権力を弱くする
T:でも、どうしてこの法律を崩れるような法律を出さなくてはならないの?
※
隣近所と話し合い
※
深まりが浅いとみるや、机の隊形をグループにしてさらに話し合い
T:はい、いきましょう。なんで、こんな法律を作ったの?
S1:政府は開墾を奨励した
T:どうして奨励したの
S2:口分田が少なくなった
S3:田が荒れて、人口が増加してきたから
・・・・このように、絶えず、話し合いと調べ学習を繰り返しながら、授業が進んでいく。
【研究協議会での話題】
『授業者への質問』であがってきたものは、生徒に「(前の人の発言と)同じです。」と答えさせない対応について、“立って発言することにこだわらないことについて”、“話し言葉で発言させていることについて”などの、生徒の発言のやりとりについてが多く出た。
特に、話し言葉のような柔らかい話し方について、学習規律の面で異を唱える教諭と、つぶやきを出させるためには必要だという考え方の教諭がいる。校内研究において、このような考え方の違いを互いに認識しあうことは、同僚性を育む上でも大変重要な過程だと、責任者の立場としは考えている。本当の同僚性は、ある場面では、批判的にものを言い合える間柄となることだと思っているからだ。
ただ、表現や意見の共有化を狙う本年度の研究を考えると、とにかく授業中に子どもの体をフリーにしてあげる必要があることは共通の認識として確認された。子どもの体を固くすると、つぶやきが消され、一見、整然とした教室に映るかもしれないが、事実は、生徒個々の考えが消されてしまっている教室である。以前、佐藤学東京大学教授から、「授業中、ノートを一生懸命とらせてはダメ。あれは、授業についていけなくてわからないから、脅迫概念でとっているの。特に女子。だから、授業がわからなくなると、女子生徒は、黙々と美しくノートをとり、反対に、男子は、うるさくなる。」という話をお聞きしたことがある。わからないならわからないと言えるくらいの、柔らかく自由な体にすることが、学び合う授業には必要なのであろう。
授業の途中で発言した、女子生徒Aの発言内容について話題が移った。どうしても、この生徒の言葉が“強すぎる感じがする”という話題だった。もっとたどたどしく自分の意見を発言できる姿になるにはどうしらよいのか。まずは、答えありきとなるような、明確に答えがわかる発問から、混沌とした話題に授業を誘う
ことも大切であろう。また、ここでも、他者が発言した言葉を利用(充当)させる答え方の研究も重要である。
社会科としての本時の内容については、班田収受の法が崩れる際の、生徒が抱く思考のイメージや「田畑を捨てて逃げる」と答えた子どものイメージは、いったいどういうものであったのかが話しに出た。“逃げる”というイメージは、生徒はどうとらえているのか。田畑を捨てた後、果たして行くあてはあったのか。逆に、制度の崩壊で、チャンスを生かそうとした農民はいなかったのか、そのような点を、生徒に焦点化させることで、さらに幅広い話し合いへの広がりが期待されたかもしれない。
本協議会によって、個々の生徒の意見や考え方を全体に広げる授業のイメージがある程度明らかになったように思う。Appropriation(領用、充当)というイメージ、ある程度同じ答えでも、敢えて自分の言葉として語らせる授業者としてのこだわりなど、今年度はじめの授業研としては、この研究の見通しを持たせるにふさわしい会となった。