卒業する君達へ 当たり前の輝き
卒業式も近づいてきた今日、学校は今、明るい飾りづけで彩られています。当日の式では、歌とお辞儀しか出番のない在校生ですが、放課後遅くまで取りかかる姿に、学校という社会の中の伝統を感じずにはいられませんね。
職員玄関をちょうど通ると、大きな封筒袋を手にした、中学3年生Hくんのお母さんと出会いました。「ちょうど先生に会ってよかった。先生、この手紙、3年生の親が全員、自分の子供に宛てて書いた手紙なんです。先生、卒業式の当日に子供達に渡してもらいないでしょうか。」
もちろん、この願いは、責任を持って引き受けました。それでも、卒業生の親が集まって、このような手紙を渡そうなんていう相談が、よくできたなあと感心するんです。
「子供から親への手紙は、よくもらう機会があったものですから、たまには反対に親から子供に手紙を書こうって話したんです。」Hくんのお母さんが、このアイデイアの理由を教えてくれました。アイデイアももちろん素敵ですが、Hくんのお母さんにみなさん協力してくれたことが、本当に素敵です。そして、一番素敵なのは、なんだか知らないけど自然とこんな活動ができたことなんですね。Hくんのお母さんと別れた後、すぐに校長先生にお話しをします。なんだか、話している私が自慢げなんです。
「先生!お久しぶり!!一番末っ子の応援に来たんですよ。Yもさっきまでいたんだけど…」
昨年の地区陸上競技大会の時、昔、担任したYくんのお母さんと懐かしい再会を果たしました。思わず2人とも、両手を握っています。
Yくんとは、中学2年、3年と担任をさせてもらいました。でも、彼と会うのは、学校ではありません。ほとんどが、自宅でした。Yくんは、中2の時から、学校に全然こなくなってしまったんです。無口で自分のことを、ほとんど話さないYくんは、きっと自分で悩み、苦しんで、学校に来ない決断をしたんでしょう。学校に来ない理由も、原因も、生涯、私にはわからずじまいでした。
当時、同じ学級の33名の子ども達にとって、学校に来ないYくんは、何となくわがままに見えたり、怠学生徒に見えたりしたんでしょう。担任の私は、毎日、朝や昼にYくんの家に行って、いっしょにテレビゲームをしました。Yくんは、テレビゲームとパズルが大得意なんです。へたくそな私とゲームをやるときは、よく桃太郎電鉄という何のテクニックもいらないゲームを黙ってカセットに入れてくれます。Yくんは、心優しい生徒なんです。
こんな生活が続いた、3年生の2学期のある日。私は思いきってYくんにこう言ってみました。
「明日の夜、学校に来てみない?夜だから、生徒いないよ」って。
そしたら、Yくん、黙ってうなずいたんですね。その次の日から、週に1回、Yくんと夜の授業をはじめました。夜の授業といっても、体育館でバスケットボールの体育の授業、図書室で本読みの国語の授業です。ある時、私とYくんが、夜の8時に体育館でフリースローの競争をしていたら、たまたま、忘れ物を取りにきた同じ学級の子どものMくんに見られてしまいました。
「先生!ずるーい」とクラスでも元気もののMくんは、叫びながら、いっしょにフリースロー合戦に参加してきました。驚いたことにYくんは、全然平気でした。いや、むしろ喜んでいるようでした。
卒業まで、あと2週間という日だったと思います。「今日が、学校の夜間授業の最後だよ。」と言って、Yくんを電話で呼び出しました。いつも、電話をかけたあと、学校まで私が車で迎えに行くんです。その日もそうでした。でも、たった一つだけ、いつもと違う風景が私を待っていたんですね。Yくんの家に行ったら、同じクラスの生徒が、15人くらいYくんと一緒に家で遊んでいたんですね。
「先生、遅いや。さあ、早く夜の授業しようぜ。」口々に、生徒達が騒いでいます。Yくんもいっしょに、うれしそうな笑顔いっぱいです。仲間の一人にそっと耳打ちします。「誰がいいだしっぺや?」みんなそ知らぬ顔。「自然にこうなったん」「自然に」
卒業式当日、Yくんは来ることができませんでした。昼の学校は、最後まで無理でした。
「卒業生徒呼名!」卒業式の進行の先生の言葉の後、私が出席番号の1番から名前を呼びます。「政野○○」「はい!」「三浦○○」「はい!」いよいよ、返事がかえるはずのないYくんの名前を呼びます。
「Y山○○」
「はい!」なんと、学級全員33名が一斉に返事をしたんです。ちょっと泣けてきましたね。次から続きませんでしたよ。後で話しを聞いたら、Yのことを考えていたら、自然とでてきたんだそうです。自然と。
昨日は最後の給食でした。最後はカレーうどん。「最後ぐらい、リクエストメニューして欲しいっけ。」なんて、男子がちょっとクレーム。でも、それだけ、9年間の給食に愛着があったんでしょう。給食も済み、係の生徒が号令をかけます。「ごちそう様でした。」
「ごちそう様でした!」いつもより、大きな声の返事が、中3のテーブルからかえってきました。調理員の方々にとどけといわんばかりです。
終業式の今日、T.Mさんは、”土砂崩れ防止作文コンクール”で、国土交通省事務次官賞を受賞しました。目標にしていた、何か1つ全国で活躍しようという願いが、最後の最後に叶ったね。終業式で、T.Mさんの名前が呼ばれると、3年生の誰からともなく、拍手がおきます。とっても温かな拍手です。
自然とでてくることって、簡単そうで実は難しい。心が寄り添っていないと、自然とでてくることなんてありません。Yくんのことで心が寄り添った33名の子供達。でも、明日の16名の卒業生は、たくさんの日常で心が寄り添っていたんですね。さりげない給食での返事、何気ない表彰での拍手。この3年間、心が寄り添った先には、人が当たり前と呼んで片付けてしまう、たくさんの自然な光景がありました。自然にできたって、当たり前って、だからすごいんです。
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陸上競技上であった、Yくんのお母さんとのお話です。話す内容は、あの日の苦しい日々のことばかりです。お母さんが一番苦しんだのは間違いないんです。でも、今、目の前にいる、お母さんは、あの日とは、別人の陽気な母でした。
「今からバスで帰るんです。」といって、積もる話しもそこそこに、お母さんと別れました。
閉会式終了後、選手とバスに乗って、競技場を去ります。よく見ると、遠くの方で、大きくバスに向かって手を振る二人の人影をみつけましたよ。一人は、Yくんで、もう一人はお母さんでした。
Yくんは、今、立派な電気技術士なんです。
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