A学級たより 22

 

 わたしには。小学校、中学校と想い出の遊び仲間がいます。小学校のとき、特にわけもなく地面を掘っていたんです。どうして地面を掘っていたかというと、今でもわかりません。ただ、むしょうに地面を掘りたかった時代だったんです。今はもう埋められましたが、ちょっとした要塞でした。その地面掘りの仲間の中に近所のラーメン屋の長男がいるんです。

 時々、学校が早あがりのとき、出前を頼むと、その友人が持ってきてくれました。そうすると、うちのおばあちゃんは、いつも「感心だねー。」ってわざとらしく、私の耳元で言うんです。その度に「俺だって、その気になれば・・・。」と思ったもんです。私は、超負けず嫌いなんです。

 

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 11月5日〜8日
 
         午後は三者面談です。どの生徒達も、本当に気にな
          ってしかたがないようです。「先生、なんで俺の下
          の時間空いてんな?」Kくんが、何度も聞きます。
         「理由があるからさ。」とわたしが答えます。長い時
          間、自分の問題で親と正面から向き合って話し合う
          ことは、大変苦痛なものです。

          

三者面談といっても、34人いれば34通りあるも
  のです。とにかく、最初のHくんから最後のYくん
  までほとんど全員、[俺だって、その気になれば]とお
  もって帰っていくのでした。

 約束しよう!

          たとえ、自分が他の人より、早く合格したり、進路が
          決まったりしても、3月の公立高校入試まで、34人
          全員でがんばろう。

          A組全員が、卒業後の進路が決定したとき、全員で喜
ぼう。約束してほしい。

 

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 中学を卒業する日が近づいたある日、そのラーメン屋の友人の父が事故で

亡くなりました。出前の途中、地面堀りを手伝ってくれるおじさんでした。

そんなやさしかったおじさんが死んだというのは、強烈なショックでした。

 ラーメン屋の友は、長男でもあったことから、ぎりぎりで高校進学を断念

しました。そして家業のラーメン屋を継ぐために修業にでるのです。

 まわりのみんな全員が、高校に行くのをなかば当然のように思っていたわ

たしにとって、このことはさらにショックでした。その後の高校生活の間は、

ただの一度も、ラーメン屋の友と会うことはありませんでした。そして、い

つかわたしも、家を離れました。

 

 この前、久しぶりに自分の生まれた家に行きました。というのも、わたし

の実家は、家を建てて、別の場所に引越ししたのです。

 ラーメン屋は、その当時の面影を残したままありました。

 近所の人の話によると、昼はラーメン屋で出前中心で、夜は、街にでてラ

―メンの屋台を出しているとのこと。

 今のがんばっている彼の姿と地面堀りのときのがんばっている友の姿がか

さなるんです。

 

 主のいない店内に入り、みそラーメンを注文します。奥さんらしい人が、た

だもくもくと作ってくれます。ちょっぴりしょっぱいラーメンを食べ終えて、

店を出ました。

 もうそこには、「俺だってその気になれば・・・。」と思う、見かけ倒しの

自分はいません。

 同じ地面堀りの仲間として、俺なりにがんばらねばと思う自分がいるだけで

した。

 

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